言葉は、使っている人と聞く人では、意味に差があることが多い。

 

最近の日本語の中で勢力を伸ばしているのが、「カワイイ」。

 

私は、この言葉が他の多くの形容詞を侵食し、そのうちに現存する近い意味の形容詞を絶滅させるのではないかと危惧しています。

 

可愛いといえば、昔は「愛らしい」の意味で使われていました。

 

その最たるものが、赤ちゃん。

 

すやすや眠る赤ちゃんの顔やモミジのような手は、「可愛い」以外表現のしようがない。

 

少し成長した人間や動物の子供のあどけなさも、「可愛い」。

 

つまり基本的に、可愛いとは、幼く、小さい生きものに使われていた言葉です。

 

ところが、最近はなんでも「カワイイ」で済ませる。

 

本来の意味の「愛らしい」に加え、

 

素敵だ

 

綺麗だ

 

美しい

 

粋だ

 

かっこいい

 

見栄えがいい

 

好ましい

 
と言った意味にも、平気で使う。

 

もちろん昔から、「可愛いおばあちゃん」という表現はあったものの、そこには基本的に「愛らしい」「憎めない」などの本来の意味がありました。

 

絶望的な思いをしたのが、ある情報番組で、アナウンサーが、女子中学生が始めたというインスタグラムの陸上競技場の写真を見て

 

「カワイイね」

 

と感想を述べたこと。 

 

陸上競技場が、「カワイイ」……。

 

すかさず、女子中学生が

 

「カワイイっていうか、カッコイイ」

 

とフォローしたことに救われました。

 

アナウンサーを職業とする30代の男性が陸上競技場の写真を見て、「カワイイ」と表現するようでは世も末。

 

赤ちゃんの寝顔と陸上競技場には、どう考えても共通点がない。

 

私がその写真を見てまず感じたのは、女子中学生が言ったように「カッコイイ」。

 

次に「写真として美しい」。

 

そして「上手に撮れている」。

 

日本人のこの言葉の乏しさは、実は「カワイイ」に留まらないのかもしれません。

 

ものごとを簡単な言葉で済ませてしまう傾向が急速に広がっているのかもしれない。

 

つまりそれば、そのようにしか考えず、感じなくなっているということ。

 

日本語には、雨にまつわる表現が多くあります。

 

ぽつぽつ、しとしと、ぱらぱら、ざあざあ、土砂降り……。

 

春雨、五月雨、梅雨、夕立、秋雨、時雨、冬雨、氷雨……。

 

すべての素敵なものを「カワイイ」で済ませることは、どんな雨も

 

「雨が降っている」

 

としか表現しないようなものなのです。

 

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