鹿島茂の読書日記

鹿島茂公式ブログ。未来過去、読んだ書籍の書評をあげていく予定です。


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 『レ・ミゼラブル百六景』という解説書を書いていることもあって、たぶん、私は日本ではヴィクトル・ユゴーのこの傑作について一番よく知っている人間の一人だろう。だから、どんなによく出来た映画を見ても必然的に点が辛くなるのだが、舞台のヒット・ミュージカルを『王様のスピーチ』のトム・フーパー監督が映画化したこの作品だけは文句のつけようがなかった。それどころか、ラスト・シーンでは思わず涙がこぼれてきて、隣席の妻から「あなた泣いているの?」と驚かれた。もちろん、妻も涙で目を赤くしていた。
 では、なぜ、感動しないはずの私まで泣いたのかといえば、それは、まず第一に、歌というものの圧倒的な力だろう。ヒュー・ジャックマン、ラッセル・クロウ、アン・ハサウェイ、アマンダ・セイフライド、サマンサ・パークスといった名優たちが吹き替えなしで熱唱するヒット・ナンバーは私のようなスレッカラシの心も激しく揺さぶるのだ。とくに、物語の鍵であるジャヴェール警部を演じるラッセル・クロウなど、こんなに歌がうまかったのかと驚くほどである。
  しかし、人を感動させるのは歌だけではない。ユゴーの原作に含まれるメッセージが、貧困や犯罪などの悲惨を克服したはずの現代人にも強く伝わってくるからである。
 では、ユゴーがこの作品で人類に訴えようとしたメッセージとはなんなのか?
  それは、「愛はたしかに勝つ。だが、愛というものは貰った分だけしか人に与えられないものである。ゆえに、ファンティーヌやコゼット、それにジャヴェールのような、愛を受け取ったことがない惨めな人々(レ・ミゼラブル)を救うには、ジャン・ヴァルジャンに象徴される《だれか》が見返りを要求しない無償の愛を《最初》に与えなければならない。かつてその《だれか》はイエスであった。だが、イエスへの信仰が衰えた現代にあっては、その《だれか》は《あなた》でなければならないのだ」ということなのである。
 原作でも映画でも、その「始まりの愛」は、パン一つを盗んだために十九年間も徒刑場で鎖につながれ、憎しみだけで生きるようになったジャン・ヴァルジャンに銀の燭台を与えるミリエル神父から発するように描かれているが、勘所は、この「始まりの愛」を受け取ったジャン・ヴァルジャンがキリスト教の伝道師となるのではなく、福利厚生施設を整えた工場の経営者として更生するところにある。つまり、現代における「愛」は雇用の創出や働く喜びを伴った社会事業として実現され、その前提から出発して「愛」のリレーが始まらなければならないのだ。
 この「愛の人・ジャン・バルジャン」に対し、一度罪を犯した者は永遠に呪われるという「法の正義」を体現するのが、徒刑場で看取としてジャン
・ヴァルジャンを虐待し、出獄後も執拗に追い回すジャベール警部。
 愛が勝つか法の正義が勝つかという人類普遍のサスペンスが傑作ミュージカルによって奇跡的に蘇った。「愛を貰ったことがないと感じている日本人」必見の映画である。


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