鹿島茂の読書日記

鹿島茂公式ブログ。未来過去、読んだ書籍の書評をあげていく予定です。


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 鹿島茂事務所より全ての愛書家に、鹿島茂の愛用の書棚「カシマカスタム」をご紹介させていただきます。

 書評家、兼、古書コレクターである鹿島茂。本の収納に関する悩みは尽きませんが、その悩みから誕生した特別な書棚が「カシマカスタム」です。

 アメトーク「読書大好き芸人」登場の芸人さんにもお使いいただいております「カシマカスタム」。本が好きで、本の収納にお悩みの方に、オススメしたい一品です。

 

 

【カシマカスタム8つのコダワリ】

①横並び対応&薄さ:本棚を複数横並びに設置することを想定し、本棚外側の金具の凹凸は限りなくゼロに。そして薄型17cmで統一。

②設置し易さ:設置が簡単な「完成品」でのお届け。

③専門書収納:専用オプションとして「大型本用棚板」を用意、薄型でも大型本の収納可能。

④耐震性能:つっぱり性能&安定性を考え、付属のつっぱり金具を「9cm」と「13cm」の2タイプ付属。

⑤より細かい棚高さ調整:本棚の場合、棚ピッチは3cmがスタンダード、これを一気に倍の1.5cmピッチに。

⑥引っ越しや本棚の移動:どんな天井高にも対応できるよう、本棚そのものに伸縮機能を備え、全てボルト組に。

⑦棚の追加OK:追加棚の設定が無い本棚も多いですが、「カシマカスタム」は1枚から棚の追加が可能。

⑧材質:表面材は耐スクラッチ性能の高いものを使用、本の出し入れで表面がハゲてくることなく、長持ち。

 

 

----- 以下、鹿島茂の寄稿文

 

 まずは2003年10月号の「室内」(工作社)に発表したエッセイを読んでいただきたい。長い間、じつに長い間、「理想の本棚」を捜し歩いたあげくに発見した「それ」のことが書いてあるからだ。

 

 書庫と書斎を兼ねた仕事部屋を持った。(中略)

 一般に、日本の書籍というものはたいていが四・六判かA4判で、奥行きが15センチ以上ある本は例外に属する。ところが、書棚のほうは、ほとんどが奥行き25センチから30センチになっている。これでは、狭い日本の家屋では場塞ぎであるばかりか、非効率的でさえある。また、本が増えてくるとどうしても二段詰めになるので、結局、書棚のどこかに本があることはわかっていても、それが捜し出せないといった悲喜劇を繰り返すはめになる。(中略)

 だから、今回は、第二書庫兼仕事部屋を借りるについては、この奥行き15センチの本棚にこだわってみたのだ。

 この意味で、東急ハンズの天井突っ張りラックは、私の条件に完全にかなうものといえた。しかし、いきなり大量購入しては失敗することもある。とりあえず、幅60センチ・タイプのラック(一万五千円)を二棹だけ購入して、様子を見ることにした。これがよかった。大きな欠点が一つ見つかったからである。
 組み立てはすべて購入者がやることになっているのだが、この組み立てにやたらに時間が取られるのである。勝手が呑み込めない一つ目では、なんと組み立てに半日もかかってしまった。締め切りに追われる身としてはなんとも痛い時間のロスである。こんなことではいつになったら書斎の整備が終わるかわからない。(中略)
 この欠点を克服したものはないものか?そう思って、なおも探索を続けると、同じ東急ハンズでも渋谷店のほうに、システムはほぽ同じでももう少し工夫がなされている天井突っ張りラックが見つかった。(中略)
 自分で組み立てる点では同じだが、こちらは、ネジ止め部分に女ネジが仕込まれているため、ドライバーを使わなくても組み立てが可能になっているのがいい。そのほか、天井に突っ張る装置でも、渋谷店のほうが一工夫なされていて簡単。横浜店のものは男手がなければ無理だが、渋谷店のものは女性でも組み立てられる。組み立て時間は、横浜店の半分以下、あるいは三分のーかもしれない。(中略)

 うん、これはなかなかいいぞ。いままで何力所かに散らばっていた同じジャンルの本がーカ所に集まったので、いろいろと連想も働き、新しい仕事への意欲も湧いてくる。

 

  「室内」10月号で出てしばらくすると、編集部から電話が入った。静岡県の家具インテリアメーカー・充英アートのNさんという方が、「取り上げられている東急ハンズ渋谷店に納入している書棚の製作をしている、もしよろしかったら連絡を取りたい」と言ってきているので、電話番号を教えてもいいかというので、OKを出した。数日後、仕事場にNさんが現れた。そこで、私がエッセイの中で取り上げた本棚(これは「天井つっぱりラックTEN」と言うらしい。以下TENと略す)の素晴らしさを称賛すると同時に、愛書家、蔵書家としての希望をいくつか述べた。

  まず、素晴らしさというのは、エッセイでも少し触れたように、天井つっぱりネジに鋼鉄のスプリングが加えられているところである。これがあるために、本の重みでつっぱり力が弱ってもスプリングが伸びて空隙をつくらないようになっている。これは、転倒防止には最良の仕組みである。

  しかし、それでも不満はあったので、いかにも愛書家、蔵書家らしいワガママな希望を伝えたところ、しばらくして、Nさんからまた連絡が入り、希望の改良点を加えた新型ができたので、試験使用してくれないかと伝えてきた。かくて、テストが行われたのだが、これが素晴らしい出来だったのである。希望と改良点は以下の通り。

 

 第①の希望は、TENでは、本棚の上箱と下箱を繋ぎ止める金具が本棚の外側にあるため、金具が出っ張ってしまっていて、隣の本棚と連結するときに隙間が出来てしまうので、薄さはそのままで、なんとかならないかいうこと。

→【改良点①】横並び対応&日本の書籍にマッチした薄さ

本棚を複数横並びに設置することを想定し、本棚外側の金具の凹凸は限りなくゼロに。

もちろん薄さはそのまま。本を1列でとにかくズラーっと並べることを前提に、薄型17cm[外のり17cm、内のり15cm]で統一した。

 

 第②の希望は、他のつっぱり本棚よりはましたが、それでもキットから組み立てるのは非常に時間がかかるので、上箱と下箱は組み立てが終了した完成品として届けてもらえないかということ。

→【改良点②】設置し易さ

この手の本棚は「お客様組立」が基本、でも本好きの方程ものぐさの方が多いのも事実。

そこで、設置が簡単な「完成品」でのお届け。

(このサイズで完成品お届けと言うのは、当時は中々なかった。)

 

 第③の希望は、奥行きが外のり17センチ、内のり15センチというのはまさに理想だが、しかし、私のようにかなり大判の専門書も多い人間にとっては、そうした本も収容できるように下部の棚が迫り出しているようなものはつくれないだろうか、というもの。

→【改良点③】専門書収納

外国書籍や専門書にはA4サイズぐらいある大きなものもある。

そこで、専用オプションとして「大型本用棚板」を用意、薄型でも大型本の収納も可能とした。

 

 第④の希望は、天井の高さが部屋によりまちまちな場合があるので、それに対処できるような方法はないだろうかというもの。

→【改良点④】耐震性能

つっぱり性能&安定性を考え、付属のつっぱり金具を「9cm」と「13cm」の2タイプ付属。

設置天井高さに合わせてご使用可能とした。

また、地震の際に高い所からの本の落下を防止するよう、上段はブックガード標準装備。

ブックガードはオプションで増やすことも出来、下段用や大型本用も用意。

 

 第⑤の希望は、棚を据えつけるためのダボ穴相互の間隔(ピッチ)が広いと、本を詰めると上部が大きく空いてしまったり、あるいは反対に本が入るサイズでなくなったりすることが起こるので、ダボ穴のピッチをもっと狭くしてほしいということ。

→【改良点⑤】より細かい棚高さ調整

本棚の場合、棚ピッチは3cmがスタンダード、これを一気に倍の1.5cmピッチに。

棚高さを細かく調整できる為、本を隙間無くギッチリと並べることが可能。

(これは、漫画コミック等、高さが全て揃っている場合に更に有効な機能。)

 

 第⑥の希望は、今後、事務所の面積が足りなくなって引っ越しする可能性があるので、その点も顧慮していただきたいということ。

【改良点⑥】引っ越しや本棚の移動

どんな天井高にも対応できるよう、本棚そのものに伸縮機能を備え、全てボルト組に。

この為、設置場所変更で天井高が変わっても対応出来、引っ越し先でも高さを変えるだけでそのまま使用可能。

また、ボルトを外すことでバラバラに分解することが出来る為、2階に運ぶ等の移動も問題無く対応。

完成品お届けでありながら、移動性も考えられた仕様に。

 

 第⑦の希望は、引っ越しをして天井の高さが変わったりすると棚ダボの追加が必要になるはずだから、アフター・メンテナンスをしっかりしてほしいということ。

【改良点⑦】棚の追加OK

追加棚の設定が無い本棚も多いが、「カシマカスタム」は1枚から棚の追加が可能。

もちろん後付けもOKなので、蔵書の増加に合わせてカスタマイズOK。

 

 第⑧の希望は、他の本棚の材質が悪く、いかにも安っぽいので、この点にも注意してほしいということ。

→【改良点⑧】材質

表面材は耐スクラッチ性能の高いものを使用、本の出し入れで表面がハゲてくることなく、長持ち。

 

 さて、最後に「カシマカスタム」を100台以上使用した経験者からのサジェスチョンを述べておきたい。天井に突っ張って据え置きが完成しても、本を詰め終わった後にもう一度、突っ張りのボルトをドライバーでしっかり止めること、これが重要なのである。そして、できれば三カ月一回、あるいは半年に一回、緩みが来ていないか点検するといい。床と天井が軟弱だと、どうしても緩みが来るからだ。

 この点検を怠らなかったおかげで、3.11大震災でも我が家の「カシマカスタム」は一台も倒れることはなく、本が落ちるということもほとんどなかったのである。

 

  げに偉大なるは「カシマカスタム」である。このような優れものを開発した充英アートに拍手!

 

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『聖人366日事典』刊行にあたって

 

『聖人366日事典』(東京堂出版 2016/11/28)の刊行を記念して、

単行本未収録の、聖人に関する解説を掲載します。

 

『聖人366日事典』内容紹介
キリスト教文化圏の国において、聖人は人や地域、職業等を守護する存在として今なお生活に深く息づく。
本書では960人を超える聖人を取り上げ、エピソードから守護対象、アトリビュート(シンボル)、ゆかりの作品等幅広く紹介。

巻末に逆引き用に1300項目を超える守護対象、500のアトリビュート(聖人のシンボル)を掲載。

【目次】
1月の聖人/2月の聖人/3月の聖人/4月の聖人/5月の聖人/6月の聖人/
7月の聖人/8月の聖人/9月の聖人/10月の聖人/11月の聖人/12月の聖人

聖人名別索引(本書見出し表記・英語表記・仏語表記)
アトリビュート別索引
守護する分野別索引
聖人名6ヵ国語対照表

 

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守護聖人について

 

 パリでは、聖○○や聖女○○と呼ばれる守護聖人に会わずには一日として過ごすことができない。なぜなら、パリの市域だけに限っても、「サン(あるいはサント)」を冠した通り、大通り、広場など一八〇以上もあり、さらに聖人名の教会、病院、学校などの諸施設は枚挙に暇(いとま)がないからだ。話をフランス全土に拡大すれば、聖人名の都市や村は限りなくある。

 

 そればかりではない。日々われわれが接するミシェルやジャン=ルイ、あるいはカトリーヌやマリ=アンヌなどのフランス人もみな守護聖人から名前を取っている。一〇年ほど前までは、守護聖人にローマ、ゲルマン系の偉人を加えたファースト・ネーム許可リストというものが役所にあり、リスト掲載の名以外は子供に付けられない決まりになっていたのである。

 

 まだある。一年三六五日がいずれかの守護聖人の祝祭日で、誕生日の守護聖人が自動的にその人の守護聖人となる。昔は、誕生日の守護聖人から洗礼名を取ることが多かった。また、誕生日の守護聖人から名前をもらわなかった人も、自分と同名の聖人が守護聖人となる。ミシェルなら九月二五日の聖ミカエル、カトリーヌなら一一月二五日の聖カタリナという具合である。

 

 守護聖人は都市や国、地域も守護する。たとえばパリの守護聖人は聖女ジュヌヴィエーヴ、ルーアンとオルレアンは聖女ジャンヌ・ダルク。同業組合や職業もそれぞれの守護聖人を持っている。ワイン商人やブドウ栽培業者は聖ヴィンケンティウス(フランス式発音ならヴァンサン。以下、特に示さない限り、カッコ内はフランスの読み方)と聖マルティヌス(マルタン)、歯医者は聖女アポロニア(アポリーヌ)。カメラマンは聖女ヴェロニカ(ヴェロニック)、ドライバーは聖クリストフォロス(クリストフ)。恋人たちはもちろん聖ヴァレンタイン(ヴァランタン)だ。

 

 守護聖人はかなり具体的な危機的状況にも人々を助けにやってくると信じられている。なにをやってもうまくいかない人には聖女リタ、ニキビなどの腫(は)れ物で悩む人には聖女バルビナ(バルビーヌ)、不当な差別に泣く人は聖ユダ(ジュード)が、それぞれ救難にあらわれるから、その名前を唱えることになっている。病気、ケガにも専門の守護聖人がいて、聖人カレンダーは無料の総合病院のようだ。

 

 このように、現在でもなお、フランス人(広くいえばカトリック圏の人々すべて)の日常生活には守護聖人が密着しているので、小説を読んだり、映画を見る場合、守護聖人の性格がわからないと、状況が理解できないことが少なくない。

 

 ところが、日本にはこの守護聖人のことを具体的にかつ世俗的にわかりやすく解説した本がほとんどない。たとえば一年三六五日、今日の守護聖人はだれ、と思っても調べようがないし、また守護聖人が判明しても守護分野や救難分野をつきとめることはかなり難しい。フランス語や英語なら適当な本はあるかというと、宗派や国によって三六五日の守護聖人がかなりちがっていて、どれを信じたらいいかわからない。しかもカトリックの聖母マリアの祝日には守護聖人は省略してあるので、三六五日すべての守護聖人を知ることは困難である。

 

 これは困った、どうしようと思ったが、そのとき、自分がほしいものは自分で作ってしまえばいいじゃないか、という内心の声が聞こえたので、これに従うことにした。こうして、三六五日の守護聖人とそれぞれの守護分野、象徴的な事物(アトリビュート)を網羅し、サービスとしての多少の占い的要素も加えた一種の聖人カレンダー『バースデイ・セイント』(飛鳥新社)ができあがったのである。2000年12月のことだった。これは、自分で使ってみてもなかなか便利な本であったが、今回、そこから編集部の意図で加えられた占い本的要素を払拭し、学術的な用途にも耐えられる本として『聖人366日事典』を作ったのである。役に立つことは確かなので、お手元に備えていただければ幸いである。

 

2016/11/28発売『聖人366日事典』

 

聖人366日事典聖人366日事典
4,104円
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『「悪知恵」の逆襲』(清流出版 2016/11/19)の刊行を記念して、

単行本未収録回を特別公開(その2)「ライオン」

 

『「悪知恵」の逆襲』内容紹介

「すべての道はローマに通ず」「火中の栗を拾う」など、
多くの名言を残した17世紀の詩人、
ラ・フォンテーヌによる大人のための寓話集を
現代日本の状況と絡み合わせて考察。
鹿島流の解釈で、現代を斬る。
正直者は本当に馬鹿を見る? フランス流、賢い考え方・生き方に学べ! つまり、本書のコンセプトは、ラ・フォンテーヌに学んで「大人の思考」ができるようにすることである。 では、「大人の思考」とは何か? それは、選択肢を前にして、何が自分にとって一番得かを自分の頭だけで徹底的に考え抜くことである。
目先の利益や、見せかけの親切、甘い言葉、儲け話に騙されてはいけない。論理的にしっかり考えて、真の意味での自己利益を追求せよということなのである。
(「まえがき」より)

 

 

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「ライオン」(2016/05/17、清流出版ブログに掲載)

 

ライオン王子が、まだ子どものうちなら、何ら恐れることはないが、何の手も打たずに、やがて成長して、ライオン王になるまで放っておくなら、将来、痛い目にあうことを覚悟しなければならない。

  

「陛下、ライオン王子がまだ小さいうちに、亡きものにしなければ」

 

 アメリカ共和党の予備選挙でトランプがニューヨークで圧勝し、共和党の大統領候補となる可能性が出てきた。トランプは、日米安全保障条約は日本が「タダ乗り」している不平等条約だから、これを廃棄してアメリカ軍を日本から撤退させ、その代わりに日本にも核武装を認めると主張している。これを額面通り受け取れば、「戦後レジームからの脱却」を謳う安倍首相にとっては千載一遇のチャンスであり、ここはなんとしてもトランプの当選を願わなければならないということになるが、しかし、実際のところはどうなのだろう? 第一、トランプは大統領に当選したとしても本当に日本の核武装を容認するのだろうか?

 この問題を考えるのに最適なテクストが「ライオン」という寓話である。

 その昔、東方の王国の盟主ヒョウ王は、栄華を誇っていた。牧場ではたくさんのウシが草をはみ、林ではたくさんのシカが群れ、平野にはこれまたたくさんのヒツジが放牧されていた。

 そんなとき、近くの森の王国で、一匹のライオンが生まれた。

 ヒョウ王は形どおりの祝福を送り、ライオン王国も感謝の言葉を返した。

 しかし、ふと不安に駆られ、ヒョウ王は、老練な大臣のキツネを呼び寄せて考えを聞くことにしたが、その前に自分の考えを述べた。

「どうやら、おまえは隣国のライオンの王子を恐れているようだが、しかし、あれの父親のライオン王はもう死んでしまったのだ。あんなチビになりができるというのか? むしろ、気の毒なみなし子として憐れんでやるのがいい。第一、ライオン王国はたくさんの問題を抱えている。あえて征服など試みるまでもあるまい。とりあえず、いま我が国がもっている領土を保持してゆくにとどめよう。そのほうが運命から大きな援助を受けるだろう」  こうしたヒョウ王の楽観論に対し、キツネの大臣は首を横に振って答えた。

「陛下、わたくしはあの孤児にまったく憐れみを感じません。ライオン王国に対しては隷属的な友好関係を強いるか、さもなければ、あの王子の爪と歯が伸びて来る前に、そう、われわれに危害が及ぶ前に、断固として、あの王子を亡きものとするよう努めなければなりません。ひとときも放置していてはなりません。 わたくしがひそかに占ってみたところでは、あの王子は戦いを通して成長すると出ました。 地上にいるライオンの中で最も強いライオンとなるはずです。 ですから、 友軍とすることができましたら、 これ以上に頼もしい味方はないということになります。 王様、 以上のような理由により、 選択肢は、 友軍とするか、さもなければ、 ライオン王子の力をそぐか、 二つに一つなのです」

 キツネは雄弁を奮ったが、諌言は無駄だった。ヒョウ王は舟をこいでいたからである。

 それどころか、ヒョウ王国の全員が、けものたちも、戦士たちもみんな眠っていた。

 そうしているうちに、いつしかライオン王子はまごうことなき雄ライオンに成長した。そのライオン王が怒り狂って、ヒョウ王を攻撃するという噂がとんだ。

 ここに至って警鐘が鳴り響き、騒ぎはいたるところに広がった。ヒョウ王から意見を求められたキツネ大臣は嘆息しながらこう言った。

「なぜあのライオン王子を怒らせてしまったのです? 事態はもはや絶望的といっていい。いまから一千の援軍を求めても無駄です。援軍が多くなれば、その分、彼らを養うための費用が出ていく。援軍というものは、分け与えられたヒツジをむさぼりくうだけで何の役にもたたない。

 どうせなら、ライオン王子の怒りを静めるよう努力すべきです。彼はたったひとりでわれわれの同盟軍に優に勝るだけのものをもっています。それに、ライオン王子には、まったく費用のかからない味方が三つあります。勇気と力と、それに警戒心です。これにはどんなものも勝てない。

 さあ、ライオン王子の足元にまずヒツジを一匹なげてやりなさい。それで足りなかった、さらに何匹も投げてやるべきです。ついでに、牧場でいちばん太ったウシも付けてやることをお忘れなく」

 キツネ大臣のこの提案はヒョウ王の容れるところとはならなかった。その結果、事態は悪化し、ヒョウ王国の友邦国はライオン王国の侵略に苦しんだ。どの国も勝てなかった。みんな負けてしまった。力を合わせて戦ってもだめで、結局、ライオン王子が動物帝国の覇権を握ったのである。

 かくて、教訓。

「ライオンが大きくなるのを放置しておくなら、その友になるほかない」

 

日本は、「やむをえず」核武装に踏み切ることになる

 

 さて、この寓話からいかなる教訓が引き出されるだろうか?

 第二次大戦後、トルーマン政権では、ライオン王国のライオン王子(日本軍)を真に恐れたキツネ大臣の意見が主流を占め、ライオン王子を抹殺してしまうという方針に傾いた。かくて、東京裁判が行われ、日本国憲法には第九条が挿入された。ところが、冷戦の到来で、ライオン王子(日本軍)は死刑を免れ、アメリカの友邦軍としての警察予備隊という位置付けで延命を許されることとなった。アメリカは復活した日本軍を友軍と見なし、警察予備隊が自衛隊と名を変えたあとも存続を許した。ただし、その友軍扱いは、あくまでアメリカに対して従属的な位置にある友軍としてである。 

 だが、戦後も七十年以上経過し、前代のライオン王に痛い目にあわされた経験を忘れたのか、アメリカでは、トランプという愚かなヒョウ王が即位しそうになっている。しかし、トランプがいかに愚かでも、ライオン王子(日本軍)が逞しく成長し、ヒョウ王国を脅かすほどに強くなることへの警戒心は国防省やペンタゴンに強いから、実際には、核武装を認めるという方向には向かわないのではないか? アメリカにとっては、北朝鮮が核武装するよりも日本が核武装するほうがはるかに脅威は大きいはずだからである。

 となると、トランプ政権下での日米関係はそうとうに微妙なものになるはずである。

トランプは公約通り、在日米軍を日本から撤退させるだろう。しかし、公約と違って日本の核武装はおいそれとは認めないだろうから、日本は通常兵器で自分の国を守らなければならないことになる。しかし、そうなると、これまでとは比較にならないほどの軍事費がかかる。原発と同じで、核兵器は非常に安上がりの兵器なのだが、それを禁じられる以上、通常兵器の精度を高めるしかないからだ。

 しかし、少子高齢化で、ただでさえ国力が劣っているところに、GDPに占める軍事費の割合が大きくなるのだから、国民の暮らしがさらに悪くならないはずはない。

 すると、国民の間から安上がりな核兵器に兵器を切り替えろという声が上がってくるだろう。かくて、日本は「やむをえず」核武装に踏み切ることになる。しかし、そのときには日米関係は最悪の段階に達しているのである。

 これがトランプ政権誕生という悪夢の結末なのである。

 日本としてはクリントンが勝ってくれることを望むのみである。

 

2016/11/19発売 『「悪知恵」の逆襲』

 

「悪知恵」の逆襲「悪知恵」の逆襲

1,728円

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『「悪知恵」の逆襲』(清流出版 2016/11/19)の刊行を記念して、

単行本未収録回を特別公開(その1)「森と木こり」

 

『「悪知恵」の逆襲』内容紹介

「すべての道はローマに通ず」「火中の栗を拾う」など、
多くの名言を残した17世紀の詩人、
ラ・フォンテーヌによる大人のための寓話集を
現代日本の状況と絡み合わせて考察。
鹿島流の解釈で、現代を斬る。
正直者は本当に馬鹿を見る? フランス流、賢い考え方・生き方に学べ! つまり、本書のコンセプトは、ラ・フォンテーヌに学んで「大人の思考」ができるようにすることである。 では、「大人の思考」とは何か? それは、選択肢を前にして、何が自分にとって一番得かを自分の頭だけで徹底的に考え抜くことである。
目先の利益や、見せかけの親切、甘い言葉、儲け話に騙されてはいけない。論理的にしっかり考えて、真の意味での自己利益を追求せよということなのである。
(「まえがき」より)

 

 

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「森と木こり」(2016/06/29、清流出版ブログに掲載)

 

恩をかければ、仇で返ってくるものなのだ。

でも、それを恨むべきではない。

そこには、必ず理由があるのだから……。

  

トランプは、日本を「恩を仇で返した」国と言う

 

 知的財産という概念がまだない時代、日本は欧米先進国に追いつき、追い越すために、知的財産の盗みと言って人聞きが悪ければ、無断借用を多く行った。その結果、さまざまな産業製品を欧米に輸出できるようになったのであるが、しかし、たとえば共和党大統領候補のトランプ氏のような人物から見ると、日本は恩を仇でかえした国ということになる。偉大だったアメリカが産業輸出国でなくなったのは、あまりに気前がよかったのが仇になり、日本のようなこずるい国に技術を奪われ、産業戦争に負けたからというのだ。思えば、トランプ氏が名を挙げたのは日米貿易摩擦において日本たたきの先頭に立っていた1980年代であり、そのころから、同じことを言っているのだ。いまやそのトランプ氏が大統領に当選するかもしれないので、この手の思考法がどのように生まれるか把握しておく必要がある。

 この意味で参考になるのが「森と木こり」という寓話。

 あるところに一人の木こりがいた。うかつにも、商売道具だった斧の柄を折るか、なくしてしまい、商売あがったりの状態となった。そこで、木こりは森に向かって、お願いだから枝を一本だけ切らせてほしいと懇願した。商売道具の斧はほかの森に行って使うから、森の見事なカシやモミが切り倒されることはないと保証したのだ。ひとのいい森は木こりの懇願に負け、枝を切ることに同意した。

 すると、木こりは新たな柄で力を倍にした斧を使って森の木々を片端から切り倒していった。かくて森は恩を仇で返され、自分の善意を大いに悔やむこととなる。

これはいかにもトランプ氏が好みそうな寓話である。日本人の中にも韓国や中国に対して同じような思いを抱いている人もいるだろう。

 しかし、よく考えてみればすぐにわかるように、産業においては恩を仇で返すのはある意味、あたり前なのである。それは相撲でいう「恩返し」と同じで、与えられた知識なり技術なりを自分なりに磨いて、それを与えてくれた当人を凌駕するようでなければいけないのだ。学問や芸術もまたしかり。恩師を凌ぐ弟子でなければ進歩というものはないのである。

産業もまたしかりで、資本主義は本来より安い労賃と地代を求めて世界中を移動するという特質をもっているから、昨日、アメリカが日本を、今日、日本が韓国や中国を恩を仇で返したと恨んだように、明日は中国や韓国がインドやベトナムを同じように恨むこととなるのだ。いずれ、木こりは世界中の森を切り倒すに至るのである。

 

決して「忘恩」なのではない

 

 とはいえ、「森と木こり」という寓話はトランプ氏好みの「正直者は馬鹿を見る」式の教訓に過ぎないのかというと、そうでもないといわざるを得ない。というのも、この寓話にはヨーロッパで、中世からルイ十四世紀時代まで行われた乱開発の歴史が寓話的に語られているからである。

 いっぱんにわれわれ日本人はフランスに旅すると都市部に多くの緑地帯が設けられていることに感動する。緑の少ない東京や大阪に比べてなんという緑の多さよ、と思うのだ。ところが、試しにグーグルマップでフランスと日本を比較すると、この印象は逆転する。都市を一歩離れると日本のいたるところが森であるのに対し、フランスの田園地帯にはあまり森がなく、ほとんどが耕地になっているのだ。

 なんでこうなったかというと、日本の国土のほとんどは山地で耕作不可能なのに対し、フランスの国土の大半が平地であるため、樹木が切り倒されて耕地にされたからである。ひと言でいうと、地理環境によって日本では山地の森が保全され、全体としては緑の多い国となっているのに対し、フランスは国土のほとんどが平地という地環境のため、緑の面積が少ないのである。

 フランスの森は木こりに斧の柄を与えたから丸裸にされたのではない。平地の森という環境によって災いをもたらされたのである。

 同じようにアメリカの製造業が衰退したのは日本や中国・韓国に知的財産を盗まれたからではない。国土が広く、国内市場が大きいため、かえって国際競争力を失ってしまったのだ。地理的環境は時に恵みとなるが、別な時には災いのもととなるのである。

 

2016/11/19発売 『「悪知恵」の逆襲』

 

 

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鹿島茂の新刊のご案内です。
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東大で独逸語を学び、

ドイツに留学したのちには軍医の傍ら、
小説家としても名をはせた森鴎外。
彼には西欧人コンプレックスから生まれた
「ドーダ」がある、と著者は説く。
偉大な文学者の過剰な自意識に迫る画期的な文学評論。
ドーダの人、森鴎外――踊る明治文学史――/朝日新聞出版
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「ドーダ」とは「自己愛に源を発するすべての表現行為」である。
作家はそれぞれ「ドーダ」を表現欲として書き続けてきた。

小林秀雄の文章は難解である。
「なぜ、小林秀雄は分かりづらいのか」。
そこから本書はスタートし、
小林のコンプレックスを突き止め、
偉大な文学者の本質を軽やかに衝く。
難解な小林秀雄の文章が身近に感じられる、
読みはじめたら止まらない文学論、かつ、
コンプレックスにがんじがらめになった小林を身近に感じ、
苦手意識が薄らぐ、読み応えのある小林秀雄論。
ドーダの人、小林秀雄 わからなさの理由を求めて/朝日新聞出版
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フランス文学って、知っているようで、実は知らない…読んでみたいけれど、どれから読んでいいかわからない…そんな方のための「フランス文学講座」。恋愛において「やってはいけないこと6か条」を学びたい方、年下男との付き合い方を体得したい方、どうしようもなく弱い男に惹かれてしまう方、鹿島先生の講座へ、ようこそ! 

※本書はNHK『テレビでフランス語』2013年4月号から2015年3月号にかけて連載したものをまとめたものです。
フランス文学は役に立つ! ―『赤と黒』から『異邦人』まで/NHK出版
¥1,296
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  しかし、この本で一番おもしろいのは、こうした超実際的な語学的トラブル回避法もさることながら、日本人と付き合いたがるフランス男のタイプが分類されている第二部「〃フランス人との恋愛〃必勝マニュアル」である。
 この分類によると、フランスで日本人の女の子に声かけてくるのは、[A]「典型的フランスオトコタイプ」と[B]「日本・日本人オタクタイプ」に二分されるという。
 「A典型的フランスオトコタイプ」はようするに、日本の女の子がイメージするような女好きで、マメで、お洒落で、積極的に女の子にアタックしてくるタイプ。日本や日本人に特に関心も知識もないけれど、たまたま出会った日本人の女の子がかわいて感じが良かったため、好奇心から、深い考えもなくナンパしてくる。このナンパ術はさすがはフランス男で手慣れたものだから、日本人の女の子はコロリとまいるが、その後がたいへんだ。 「このタイプのオトコはあとのことを考えずに行動する傾向があり、相手の気を引いておいて、引っかかったところでいきなり手を離す(そんな悪意はないのだろうが・・・)。日本人女性がまじめにおつき合いをしようという態度を見せれば見せるほど、離れていく」 著者の意見では、この手のフラオ(フランス人オトコの略)は、普通はフランス映画によく出てくるような、「わがままでエゴイトでヒステリックなフランス人女性」が好きだから、たまにこうしたフランス女に振り回されてズタズタボロボロになったとき、「癒し」の必要から日本人に手を出すが、すぐに物足りなくなって捨ててしまう。
 いっぽう、[B]「日本・日本人オタクタイプ」は、アニメ、まんが、ゲーム、柔道、空手などの日本の文化に興味を持ち、日本人の女の子に興味を抱いている。彼らの日本人の女の子に対するイメージはかなりステレオタイプで、優しい、尽くしてくれる、慎み深い、気がきく、料理がうまいなどで、いささか紋切り型の古めかしい情報に依っている。
 しかも、このタイプはオタクの特性として、女の子に対して消極的で、気も弱い。「フランス人女性に相手にされず、優しい日本人女性に希望の光を見いだす」
 では、この手のオタクタイプを日本人の女の子はどう判断するかというと、以下の通り。
 「ただしこのタイプには、イケてないオトコが多い。よく〃日本人女性は外国でモテる〃なんて声を耳にするけど、実際、モテたって嬉しくないような男しか近寄ってこないのが現実だったりする。ごく稀にイケてるオトコもいるが、気が強いフランス人女性に相手にされないから、日本人に走るオトコが多いのも事実」
 なんのことはない、オタクは、どこの国籍だろうか、関係なく「モテない」のである。日本人の女性がこの手のオタクに泣かされることは少ないが、「いわゆる色気があって甘~い雰囲気のフラオではない」から、付き合っていても、つまんないのである。
 そこにあるのは、日本人とフランス人という違いではなく、女あしらいのうまいモテ男と、女よりもモノを好むオタクというグローバルな差異なのである。
 このグローバルな差異を見事に描き切ったのが、私がこのあいだフランスで見つけてきたカレスニコという漫画家の『通販花嫁 Mariee par Correspondance』。 どうやら、 作者はフランス人ではなく、アメリカ西海岸に住むカナダ人(?)のようだが、フランスでそのほとんどが翻訳されているところを見ると、問題意識を共有しているフランス人も少なくないらしい。
 カナダのハンクーバー近郊の小さな田舎町にすむモンティーはアンテーク・オモチャの収集が講じて、オモチャやコミックの店を経営している典型的なオタク。モンティーの願いは、アジアン・ポルノで見たようなアジア系の女の子と結婚すること。自我の強い白人女が嫌いなモンティーはついに決心して、アジアから「通販」で花嫁を紹介する組織「ピンク・ロータス」に入会し、韓国から花嫁Kyung Seo を迎える。 いっぽう、 カナダの白人と結婚するということで、 西欧社会への大きな夢を抱いて空港に現れたキュンは、 モンティーにつれていかれたその店を見て落胆する。 キュンからすれば、まったく意味のないオモチャが雑然と積み上げられた薄気味の悪い倉庫にすぎないからだ。
 田舎町の退屈な日常もキュンの期待を裏切る。 小汚いガキ相手の商売はさておき、 町のレストランに出掛けても、 そこにいるのは年寄りばかり。 モンティーは同年配の男女は、 高校でイジメにあった記憶が強いため大嫌いだと告白する。
  モンティーにとってキュンといる時間は至福であり、 「愛しているよ、 大好きだ」を連発して、キュンも自分と同じくらい幸せだと思い込む。キュンが韓国から持ってきたチマ・チョゴリを捨てようとしているのを見ると、「スバラシイ!」連発し、チマ・チョゴリ姿のキュンに激しく欲情する。
 そんな日常に倦んでいたキュンの前にある日、山の上の芸術家コロニーに住むカナダ生まれの女性韓国人カメラマンが現れ、「鉄と女」と題する写真を撮りたいのでヌードのモデルになってくれないかと誘う。退屈から抜け出したいと願っていたキュンはこの申し出にOKを出すが、写真展を見たモンティーは激怒し・・・。
 最後は、モンティーのことを「卑怯者」とののしっていたキュンが、モンティーから「自分のほうこそ韓国人であるというアイデンティティを消そうとしている卑怯者じゃないかと」反論され、愕然として、元の鞘に収まるというところで終わる。 
 なかなか、考えさせられる漫画ではないか。
 日本発のオタク文化は、それまで潜在的なレベルに止まっていた世界中の男のオタク性を顕在化させ、日本人を初めとするアジアの娘たちへの関心を引き起こしたが、アジアの娘たちは、だからといって「白いオタク」が好きになるわけではないのだ。
 オタクはどこにいっても救われない。この悲しい現実に、日本の元祖オタクは安堵すべきなのか、それとも慄然とすべきなのか。問題がグローバル化していることだけは確かなようである。
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 新刊書店でめったに見ない棚の一つに語学書のコーナーがある。一応、大学ではフランス語を教えてはいるが、いまさら英語をやってもはじまらないし、新しい語学にチャレンジする気力もない。専門のフランス語についていえば、日本で発行されてフランス語学書はほとんどが初級だから、フランス語の棚も見る必要がないのだ。
 ところが、先日、なにかの拍子で語学書の棚の前にたったら、情報センター出版局というところから出ている「旅の指さし会話長シリーズ」のバリエーションの一つ「恋する指さし会話長」の『フランス語編』(平澤麻理・西川薫著)というのが目にとまった。
 ようするに、フランス人の男と恋してしまった日本人の女の子が落いりやすい語学的トラブルに対するお助け本の一つであるのだが、きれいごとをいっさい排したその実践的な編集態度がまことに気持ちよく、いたく感心してしまった。これぞ便利本。フランスに行く女の子は必携である。
 たとえば、「エッチのトラブル」の章では、コンドームと「中出し」を巡る双方の言い分が日仏両国語でこんなふうにつづられている。
 「(日女)コンドーム持ってる?Tu as un preservatif?」「(仏男)いや、なんで?Non, pourquoi?」「(日女)なんでってどういう意味???Comment ,pourquoi???」「(仏男)大丈夫だよ。中出ししないから。Ne t'inquietes pas. Je vais me retirer」 
  ちなみに、 この(仏男)の最後にある「me retirer」とは、直訳すれば「(途中)で抜く)」ということである。 では「中出しする」というのはフランス語でなんというかというと、それは前のページの「ベッドにて」という章の用語編に「中出し jouir en toi」とちゃんと出ているから、 女の子は、 「中出ししないでね Ne jouie pas en moi」 というようにきちんと拒否することができるというわけだ。 すると、たいていのフランス男は「ピル飲んでないの? Tu ne prends pas la pillule?」と逆に尋ねるらしい。
 このピルという言葉には、文化的な背景からする詳しい注がついている。すなわち、フランスでは、女性はセックス年齢に達するとピルを飲むことが常識になっている。いっぽう、日本ではピルの普及はいまだしだからここにトラブルが発生する確率がきわめて高い。 
 
「フランス人の男性は、どこの国であろうと女性はピルを飲んでいると思いこんでいることが多く、そのため、セックスしているとき、何の了解も得ずに〃中出し〃する人がいるのだ。そういうことは、たいてい語学力が足りずに意志疎通ができていない人たちの間で起きる。『えっ、今、もしかして・・・!!!』と気づいたときには、もう遅い。聞き返す語学力も、非難する語学力もない。だから相手は、コトの重大さすらわからないことが多い。(中略)なんせ言葉がわからないから、『中で出していい?』と彼が聞いている意味がわからずに、まさか、そんなことを聞かれているとは思いもよらずに頷いてしまって、こういう一大事になるパターンが多い」  
 なるほど、これぞ国際「草の根交流」におけるトラブルの根源であり、ここを押さえずして、いかなる国際理解もありえぬわけだ。
 
  
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