PTNA ステップ

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久々のPTNAステップは国分寺夏季地区。会場は国分寺いずみホール、JR西国分寺駅のすぐ近くにあるホールである。結構歳月を経過したホールであるが、これまで行ったこともなく、その存在も知らなかった。けれどもアクセスもいいし、温もりのある響きの良いホールである。

 

今回はあまり小さなお子さんはおらず、中学生以上の方が多く、それぞれが自分の主張をしつつ、作品に挑戦していた。しかしながら少なくとも19世紀までのクラシック音楽で重要なのは、楽曲の持つ様式観である。作曲家の原語や作品の成立動機、背景を知らずして、譜面だけ追いかけていてはその核心に迫ることはできず、それではどんなに上手く演奏しようが、まったく意味はない。

 

例えばJ.S.バッハがどんな楽器を好み、その楽器から奏されるどんな響きをイメージしていたかを研究なくしてJ.S.バッハの真意を汲むことはできない。もちろんオリジナル楽器でなければバロックを演奏してはいけないなどとは言わないが、少なくとも当時の楽器の響きや音色、タッチなどをできる限り研究し、そのイメージをもって対峙しなくては正統的な演奏にはならない。ゆえにチェンバロやクラヴィコードを愛したJ.S.バッハを弾くのに、モダン・ピアノでのぺダリング多用で響きが混濁してしまうなんてことはあってはならないのだ。またあまりにロマンティックというか恣意的にテンポが揺れてしまっては、J.S.バッハの造型からは遠く離れてしまう。

 

一方で、アマチュアだから自分の弾きたいように弾けばいいじゃんと主張する人もいる。けれどもそれは大いに間違っている。むろん自分の部屋で好きなように弾くことに異論は挟まない。しかしながら、少なくともステージに立ち、人前で演奏するのであれば、それが例えば5分間くらいの短い楽曲であっても、アドバイザー、聴衆、スタッフなどその場に居合わせたすべての人の5分間は、その人の演奏のために使われているのである。これは大変なことだ。であれば、上手とか下手とかではなく、舞台で弾くために、どれだけ真摯に勉強したか、どれほどしっかり研究したかがきわめて重要になるのである。

 

ピアノは(だけではないが)、やるべきことは無限にある。演奏とは本当に過酷なジャンルではあるが、それを自分なりに納得いくまで突き詰めて舞台に立ってほしいと思う。そこで初めて音楽の愉悦を感じることができるはずだ。

 

今回も、ステップ主宰の奈良井巳城先生、相澤聖子先生、田口翔先生、寺田ひろみ先生、そしてスタッフの方たちには大変お世話になった。ありがとうございました。

 

 

左から相澤先生、寺田先生、田口先生、奈良井先生

 

 

 

 

 

 

 

 

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野瀬徹氏と下田太郎氏

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8月の「真嶋雄大の面白クラシック講座」には、元読売日響(現エルダー)ホルン奏者の野瀬徹氏と、あちこちで活躍するやはりホルン奏者の下田太郎氏、そしてお馴染みのピアニスト小林侑奈さんとフルーティスト布能美樹さんをお迎えした。タイトルは「ホルンの秘密」。

 

冒頭、先日ご逝去された中村紘子さんを偲んで、布能さんと小林さんによるR.シュトラウス「万霊節」。紘子先生は、この講座にも2回おいでくださっていて、受講されている方たちとも親しく交流されていたので、本当に万感胸に迫る。

 

そして本日のテーマはホルン。野瀬氏のMCで進めていただき、ホルンの楽器としての成り立ちから発展、改良などご説明いただき、さらに楽器としての魅力も大いに伝えていただいた。黎明期のバルヴのないナチュラルホルンの音色、調性、演奏の難しさ、またその原理を解説するために、ガス管にマウスピースとジョウゴを差し込んで、それで2人で演奏してしまうなどという離れ業も大いに受けた(笑)。

 

ホルンの発展の歴史にはいろんな要素が含まれていて、調性や純正律、転調の問題や音程など、そこにはホルンのみならず、オーケストラや音楽そのものが時代によってどう受容されてきたかの命題も浮き彫りになった。またそれを支えた先人たちの苦労や工夫がしっかりと伝えられて、実に興味深かった。さらにオーケストラの中でのホルンの役割や、ホルンがホルンたる音型なども明確に解説、実演していただいて、本当に有意義な講座になった。心から感謝である。

 

終了後はもちろん打ち上げ。お疲れ様でした。

 

 

ガス管ホルン?

 

 

ヘンデル 水上の音楽より

 

 

野瀬氏(左)と下田氏

 

 

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仲道郁代さん

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仲道郁代さんが、来年デビュー30周年を迎える。仲道さんは桐朋学園大学1年の時に、日本音楽コンクールに優勝、その後ミュンヘンに留学、帰国したのが1987年。その年の11月5日、昭和女子大学人見記念講堂でのリサイタルがデビュー・コンサートとなった。さらに12月2日に「ヤマハ創立100周年記念コンサート「協奏曲の夕べ」に出演、井上道義指揮新日本フィルとショパン「ピアノ協奏曲第1番」を共演して注目を浴びたのである。

 

それからは多彩な演奏活動を積極的に展開、30周年を迎えるにあたっては、ゲヴァントハウス弦楽四重奏団との共演、小林研一郎指揮ハンガリー国立フィルとの共演、オール・ショパン・プログラムでのリサイタルなどが目白押し。それが今秋から続々と予定されているから楽しみではないか。

 

先日取材させていただき、30年間の想いや今後への抱負、またコンサートの詳細など、現在発売中の「音楽の友」9月号の巻頭カラーで私が書かせていただいているので、ぜひご覧いただきたい。

 

ただし、ひとつ訂正がある。P7の下の段、21行目、「彼が出版したかったものもいっぱいありますよね。」と掲載されているが、「彼が出版しなかったものもいっぱいありますよね。」の間違い、ここで訂正させていただきたい。仲道さん、失礼いたしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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座談会 中村紘子さんを偲んで

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「音楽の友」9月号では、中村紘子さんのご逝去を受けて急遽追悼特集をすることになった。それで私も幾つか担当し、座談会の司会・まとめをすることになった。メンバーはいずれも生前の中村さんと親しかった方たち。

 

東京交響楽団桂冠指揮者、広島交響楽団音楽監督・常任指揮者、九州交響楽団桂冠指揮者などを務める秋山和慶氏、音楽ジャーナリストの富永壮彦氏、音楽評論家の寺西基之氏、そして私である。

 

終始和やかな内に鼎談は終了したが、各自の持つエピソードの中にも、結局あらためて中村紘子さんのとてつもない功績、凄み、そして人間的魅力が浮き彫りにされて興味深かった。

 

写真左から、富永氏、寺西氏、私、秋山氏。