2010年05月09日

リレー小説【他人の、一員】

テーマ:[リレー小説]
夕方すぎから雨が降る。

天気予報はみてこなかったが、行き交う人々がそう話していたのだから、きっと降るのだろう。
今のところ少しもその気配はなく、 持ち歩くのが億劫なので、 まだ傘を買ってはいない。  まあ、この辺りは少し行けばアーケードはあるし、 コンビニもちらほら見かけたから、 降りだしたら降りだしたで考えればいい。…と、そこまで特にはっきり考えるとも思うともなしに手ぶらで歩いていた。
矢先、  遠くにやや光があったと思う間に、 ゴロゴロと空か地面がなりだして、  ああ、もうここらも雨が降っている。

ぬれたものは仕方ない。
寒い日ではないから、そのまま雨のなか、待ち合わせの場所に向かうことにした。
実のところ時間はとうに過ぎているのだ。


待ちあわせの相手とは、もうこれまで8年も音信がなかった。はやる気持ちと、なんともなしに会って何を話すものぞとの緊張がややあり、正直言って今少し気は重い。
それくらい、予期せぬ邂逅となった。
連絡があったのだ。
今朝メールの着信音で起きて受信BOXを開いたが、最新の受信メールは一時間も前のものだった。うっすら目が覚めたものの記憶にない一時間の間に、二度寝に落ちたのだろう。
送信者の名前に少し驚いて、即座に本文を開き、あわてて意識をはっきりさせようと跳ね起きるようにしてベッドに胡坐したが、

内容は本日の夕方5時頃に、空いているならば会って話そう としたものだった。


結局、再びベッドに潜り、休日の三度寝を昼過ぎまでむさぼった。
まどろみながら、先方とのかつての記憶やその後の憶測を楽しみながら。







「お待たせ、久しぶりですね。」

笑顔を作りたいがたっぷりとぬれた靴やズボンのシミがさすがに不快で、
結局苦笑いとなって、なんだか必要以上に後ろめたい。
続けざまに天気の話や遅れた事の詫びを一人でペラペラと続けたが、
まだ何の言葉もはさんでは来ない相手の顔を
まともに見る気持ちになかなかならなかった。

***



しとしと   しとしと

 しとしと   しとしと 


雨がふっているわけではない。 
これはオレがこの口でそう言っているだけだ。 

そう大きな声でもなく、だけどもたしかに耳に残る声で。 



しとしと  しとしと

 しとしと  しとしと 


ほうら、  まるで雨がふっているみたいだろ? 

やつらもそう思っているさ! 
そう、やつらも。 



すべての雨に濡れるべき奴らの為に、

おれはこうしている。 


どうだ、まるで、雨のようではないか! 



しとしと しとしと

 しとしと しとしと

しとしと しとしと   

しとしと しとしと 



ほらみろ、あわてていやがる! 




エアコンと、コーヒーメーカー 
入館証に、個別のIDナンバー、 
そんなアスクルで一から十まで揃えただけの便利と、 
コンピューターに覚えてもらってるだけの
いつどこに貼り替えられてもパニックみたいに不自由になる、
そんな、インスタントな権限を首からぶらさげて、


やつらは蛍光灯の庇護下で足を浮腫ませていやがる。 






外に出て、思い知るのだ! 





朝一時間かけたくせに手早く済ませたつもりでいる化粧も、 

何度も手洗い場の鏡で摘んで捻って無造作などと嘯くその頭の上の彫刻も、 


この日射しのなかでは子供の描いた似顔絵よりも滑稽で、

空調器のソレよりもほんの少し強い程度の風で不自然な揺れ方をしている。 





仮装だよ、安い。 




せいぜい出し抜き合えばいい。



お前らは外にでて一人でいるとなると



とたんに不機嫌な顔をつくる。





わかっているからだ、



ドレスコードの窮屈と安心の中で





雑誌の切抜きをとってつけたような


まるきりモンタージュみたいに安易な個性の博覧会をしていることに、




気づいているからだ。





さぞ気恥ずかしかろう・・・






どの光度でどんな角度ならどんなタレントに似ているかを



それだけに頼っている。





サカリのついた若者が、





オフィスでは大人ぶろうなどとするからさ!





わはは。







街というものは



そうしたサカリついた消費者層の脳内を的確に反映させていく。





街とは建築物や機能というブロックを組み合わせて作り変わっていく。






脳化は際限なく進んでゆく。






街は強い風をきらい、

長い距離を歩かせないように配置転換され、


いたるところに姿見の代用となる反射物がつくられる。





ハイヒールで歩ける路、

どこでも受信できる電波、


スローブは後回しだ!



花壇も結局のところ減少する一方だしな!



まちをおふぃすにするつもりなのさ。




野良犬も浮浪者も入り込まない、





安らぎのおふぃすに。













なら雨はどうだ?

奴らの恐れる、 雨なら。



雨の観念が奴らの時間や空間の認識すら萎縮させる。 


雨がふりそう
雨がふったら
雨が雨が
濡れる雨、
冷たい  痛ましい、 

全ての小さな体裁を阻害する、 



その雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が
雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が
雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が
雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が
雨が雨が雨が雨が雨が雨が雨が
雨が雨が雨が雨が雨が
雨が雨が雨が
雨が



この雨ならば、  どんな気がする? 




愉快だ、  この雨すら、  オレの口から流れる只のト書きでしかないというのに。 

滑稽だ、 


だだ  しとしとと、  しとしとと

しとしとしとしと
 
しとしとしとしと

うふふ、

しとしとしとしと

しとしとしとしと

ん?

しとしとしとしと

しとしとしと・・

し、

しと・・っ


・・・・・っっっくしゅん!!!!!




しと、しと


ぐずっ・・


はて、冷えるな?



しとしとしとぐじゅ、しとしとしっくっしゅ!としとしと
しとしとしと、ふふふ
しとしといっきししとずずぅしとしと
し、し、しっとしゅん!
しとぶるるしとししししとしごほ、
しとしと



??

しとしと

しとしと



・・・・・・・




いっきし!いっきし!























「?」

「どしたの?」

「ねぇ、みてあの人」

「外の? びしょぬれだね・・・、こんな雨の日に、何してんだろ?」

「ね? それに何かズッと喋ってるの。それも一人でよ?」

「あまり見ないほうがいい。」

「そうね。気味悪いったらないわ!!!」

***

-他人の、告白-












・・・

目も合わないこの男が、

一体誰で、なぜ俺の前に立ったのか、



まるでわからなかった。




その言葉は、誰に向けられているのかを知るまでに 
あらかた、口早に言い終えてしまっている。 



せっかちだ。
とてもせっかちだ。



とんだ雨宿りになった。








だが、まだこうして継続してしまっている俺の混乱を

どう表現していいものか・・・


つまりこれは、

まさに〈とんだ雨宿り〉の、ほんの導入部に過ぎなかったのだ。






いったいどの言葉が本当なのか、

どの言葉が、本当に俺の言葉なのか、




いや、うーん、


はたして俺は、そんな風に考えているのだろうか。


どう思っているのか、ではなく、



どう思考しているのが俺自身なのか、



あれ?


うむ、

つまり何を言わんとしているかというと、


あぁ、まただ、

『言わんとする』?




なにも言えやしないじゃないいか!


言ったとすればもはやそれは、
この〈俺〉の言葉でもなんでもない。


言葉として口から逃れ、

人の耳に届き、


意味を理解された瞬間に、


それは

まぎれもなく俺の言葉となる。


言葉が生み出した情景から順にまるで必要な箇所に的確に収まるかのごとく、



それは俺を形成する情報となり、

俺の断片となり、


積み上げるほどに


その言葉が連結され、補完され、

俺そのものとしての意味をもつ。






こわいんだ。






なぜなら、俺自身、
それまでついぞ思っても思い描いてもなかったような事柄が、
口をついてただ並んでいき、


それを言葉として耳で受け止めた瞬間に


俺にはその景色も経験も、



それはきちんと
俺自身に在った事になっていくんだ。




これをどう表現したらいい?






俺は話せば話すほど、


言葉を、


放せば放すほど、


そして


離せば離すほど、




その凶暴なほどの浸透力をもった情報が


ほとんど唯一の真実味を充満した風船のように肥大し、
その膨張の経過以外、視界に入らなくなる。




わかるだろうか、いやわかるまい。


今俺が味わっているこの不自然な現実を




どう表現しようか・・・






ただこの口を介してハナたれていく言葉というものが、








もはや、この世界での


もっとも正しい真実であり、構成物質となってしまうようなんだ。

つまり、この、

俺自身の存在そのものではなく、

俺と言う情報が、


俺と言う信憑性抜群の情報源がソースであるという理由で、



俺自身の本当を押しやり、


どんどん居座っていく様を、


最前列ど真ん中、


最新の場面場面で


俺は目の当たりにしていく事になるのだ。





まるでこの世界は、

そっくりそのまま俺が今までごく普通に慣れ親しんできた、

ごくごく当たり前の、しっかりとした現実の姿をうつしとった、



異世界か何かに
ある時点をもって挿し替わってしまったようだ。








つまり、状況だけをまずは説明しよう。


要はこういう事だ。



とにかく、俺は、


この雨宿り程度に考えていた(これは事実俺の考えだった)
煩わしい小さな街角での出来事からただ普通に立ち去りたくって、


この見ず知らずの男に、 人違いを告げて場を辞そうと考えたその時、 


驚いたことに、  俺の口は、 
この俺自身にとっても、 


まったくの他人となってしまったという事なのだ…。

***
一の他人


「やあ。」

「お久しぶりです!」

「直ぐに私だと気付いたのか?」

「えぇ、えぇ、それはもちろん!」

「そうか?私としては、驚く顔がみたかったんだがな。」

「そりゃ驚きましたとも!貴方からご連絡をいただけるなんて!
今朝からずっと気もそぞろでしたよ!」

「うむ。」

「しかし、変わられてませんね、貴方は。8年ぶりですよ?
いや、それよりも、まさか今でもそれをおもちだなんて!」

「これか?」

ワシントンは右手に持った手斧を肩に乗せながら続けた。 

「私はこれを手放したことがない。それこそ、子供の時からだ。」

「あぁ、よくそれで捕まらないものだと皆で感心していたものですよ!」

「うむ、しかしこの8年間はそうもいかなかった。」

「と言うと?」

「これさ。」

そういって、こぶしとこぶしを内側でくっつけて手前に差し出すポーズ。


「あぁ…」


「あの日、君と別れた夜にね、そうだ、あの白木屋の帰り道のことだが、」

「あの日は随分お酔いになってましたものね!」

「うむ。あの頃は毎晩そうだった。君たちといるのがすこぶる楽しかった。

店中のボトルが我々のテーブルに集められてきたかのようだったよ。」

「そして貴方は店員にこういった、
『挨拶がしたい、赤井秀和をよんでくれ!!!』」


「若かったよ」

「えっと…、あ、はい。」

「そしてこうも思った。私はかつて、一つの国のリーダーであった。
わたしが会いたいと申し出て会えない人間などいなかった。」

「しかし今は」

「そう、わたしはしがない不法滞在者にすぎない。ま、おかげで」

親しみを込めて目を細めながら 

「君ともああしてバカをしでかしたりできた。」

そういって、一度目を伏せたあとで、少し語気を上げた。 


「わたしは再び立つと決めた人間なのだよ。」


斧はにわかに色気を孕んだようにみえた。
それを意味ありげに持ちなおしたり眺めたりしながら
彼の語り口はますます高揚してきた。 

「わたしはコレで新世界を切り開いた。」

「存じております。」

「再び、この新天地で、同じ運命を創製しようと思い立ってね?」

「?」

「あの晩、熱気の拭えないわたしはかつて、わたしを昇らせ足らしめたその根源に回帰していた。」

夢見るような目である。

「わたしはね、わたしが勇気と誠実の証足る狂気を思い出しつつあると知った。
あの晩アルバイトの青年の頭部を割ったこの斧をもち、そのまま警察に出頭したのだよ。」

「え???い、今なんと?!!」

「君は見ていなかった。」

「まさか、ご冗談ですよね?」

「何がだ?」

「いえ、その、頭部を、その、斧でどうとか・・・」

「出来るなら君には見ていてもらいたかった。そして私のために力を貸してほしかったが・・・」


声が出ない。それを見下ろしながらワシントンは更に続けた。


「わたしの誠意は理解されなかった。」

「そ、それは」

「なに、キミにじゃあない。この国の警察機構にだよ。」

「いや、あの・・」

「わたしはきわめて紳士的であった筈だ。拘留中も、また裁判においてもだ。」

「この国の裁判ですか?」

「無論だ。」



酸えるような沈黙が再び辺りを包み、斧はその刃面の反射でもって
辛うじて我々が石になるのを防いでいるかのように軽く、高音をたてる管楽器の様に、
綺麗なミスマッチを演じた。
もはやその存在は世界の中心であり、先んじて動的なる予兆を身に宿し、
まるでその可能性のみに殉ずる若者の様にキラキラとしてみせた。

そして為すべき事を悟ったかのように
するりと一度ワシントンの利き手から滑り落ちると、
そのまま、地面に走り、陶器で囲われた花壇のその枠を
一部破砕した。


静かな目覚めのように
ワシントンは目を穏やかにあけつつその斧を拾いながら言った。

「裁判は退屈だったよ。」

「・・・」

「皆、わたしを、揺らせば波打ち、こぼれかねないバケツに満ち満ちた水面のように恐れた。」


静かな目の奥で、水銀のように真っ平らな鏡でもあるかのように、
ワシントンは手にした斧の輝くばかりをうつし、揺らめいていた。

ふと顔をあげ、

「私を逃がしてくれた男がいてね。今はどうしているか知らんよ。名前も聞かなかったし、彼もついでだと言っていた。わたしも興味はないでもないが、
いいや、まあ今となってはどうでもいい。」

いずれ触れなければならない。今はまだ。


「やり直せるはずだ。」

低く言った。


「そ、そうですよ! い、いまこうしてご無事でいられるわけですから、それに8年もたっている。やりなおしはできる!出来ますとも!」

いささか無責任な発言だ。


「何を勘違いしている?」

「え?」

「やりなおすと言ったのだよ?しくじりそのものを糧として。」

「だ、だから、じ、人生を、」

「馬鹿な!私がいったい何年生きていると思っている。人生などやり直すものか。」

「そ、それじゃあ・・・」


「もう一度伐り倒すのだよ。」

「あ・・、あああ、ああ」




「そうだ! 桜の木をだよ!!!!」


***


桜の木の下には死体が埋まっている。

桜はその死体を養分とし、花を咲かせる。そして、その死体が美しい程に、桜はより一層見事な花を咲かせると言う。

私がまだ好奇心に満ちていた頃、学校内に流れた今で言う都市伝説の一つだったが、
私と彼は、その根拠のない噂を真のように信じていた。

ある日、噂を確実なものにする為私と彼は、街で一番美しい花をつける桜の木の下を掘り返そうと、

まだ夜も明け切らぬ闇の中、その桜の木が佇む丘へと向かった。

季節は春とは言え、真夜中の空気は冷たく、まるで現実から断絶されたかのような静けさに、私は不安を覚え、

一度は彼に帰ろうと言ったのだが、彼はまるで言葉など耳に入らないかのように黙々と丘への道を進んで行った。

一人で引き返す訳にも行かず、半ば仕方ないという気持ちで彼の後をひたすら追う事にした。

数十分かけて、丘を登り桜の木のふもとに到着した。闇夜に浮かぶ薄紅色は、昼間とは違う表情に見えて、子供心に不気味さを覚えた。

そんな私を尻目に、彼はナップザックから用意して来たスコップを取り出すと、

「掘ろうぜ。俺はこっち。お前は反対側からな。」
と、無表情のまま私に言った。

「ああ、うん。」
私は、何かいつもとは違う彼の表情に戸惑いながらもスコップを受け取り、桜の根元を掘り起こし始めた。

お互いに会話はなく、無言のままでただ地面を掘り起こす。掘れども掘れども、死体どころか虫一匹出てきはしない。

15分程経ったあたりから、私は飽きを感じ始め、手持ちぶさたに辺りの土をただ撫でるだけで、彼が「もう止めよう。」と言い出す瞬間を待ち続けた。

もう、死体なんかある訳がない、あんなの噂話以外の何者でもなかったのだ。

そもそも、死体なんて見つけてしまったら、近所でも学校でも大騒ぎだ。警察沙汰になって、周りに何を言われるかも判らない。

そうだ、もう止めようと言おう。そう思って立ち上がった瞬間、

「あった。」

彼は子供らしからぬ低い静かな声で言った。

「え?嘘だろ?!」

私は声を荒げて、彼がしゃがみこんでいる背後に周り、彼の手元を覗きこんだ。

暗くてあまり良く見えなかったが、彼が指し示した先には土に埋もれた白い欠片があった。

「骨、だよな。」
「う、うん。でも、人間かどうかは判らないよ。」

狼狽えて答える私に目もくれず、瞳に異様な光を宿しながら彼は独り言のように呟いた。

「本当だったんだ。」

それを合図にしたかのように、彼は荒々しく尚も地面を掘り起こしていく。

私は、その光景が恐ろしく、立ち尽くして彼の行動を見つめていた。

結局、3つの骨の欠片を見つけ、彼はその欠片をビニール袋に大事そうに収め、ナップザックにしまった。

帰り道、彼は
「この事は誰にも言うなよ。俺とお前だけの秘密だ。」

と、やはり無表情のままだが、語気は強く私に念を押した。

私は頷き返すのが精一杯で、子供の私が背負うには重すぎる約束に頭がクラクラしていた。

その翌日から、彼はズボンのポケットに骨片を忍ばせるようになった。

誰かにバレたらどうするのだと諫めても、

「これは俺の宝物なんだ。手離す訳にはいかない。」

と言い、愛しそうに手のひらの上でコロコロと転がした。

そんな彼に軽い戦慄すら感じ、なんとなくその日から私と彼は距離を置くようになった。

それから数週間後、彼は泣きはらした目をして登校をしてきた。

距離は置いていたものの、秘密を共有していた私は理由を聞かずにはおれず、声をかけた。

「宝物を盗られた。こんな汚いもの持っていたらダメだって…。」

言いかけた側から、彼はまた号泣した。どうやら、自室で骨片を眺めていた所を親に見つかり、取り上げられたらしかった。

「一緒だったんだ。ずっと一緒にいたかったんだ。」

彼は人目もはばからずワンワンと泣いた。
私は困り果て、あの闇夜の時のように、ただ立ち尽くして彼を見つめた。

その翌日から数日、彼は学校を休んだ。担任の話では風邪という事だったが、

きっとあの骨片を失った悲しみが、彼を無気力にさせたのだろうと私は思った。

学校に戻ってきた彼は、以前と変わらぬ様子でごく平凡な日々を送っていたが、

クラスメートの何人かが、夕暮れ時のあの丘の桜の木の下で、何かを懸命に探している彼の姿を見たという。

その一年後、私は学校を卒業し、彼とは疎遠になり、その後の彼の話は聞かない。

しかし大人になって、ふとこの話を思い出した時、一つの考えが頭に浮かんだ。

もしかしたら彼は、あの骨片に恋をしていたのではないか。

言うなれば、彼の初恋の人は、あの桜の木の下に埋まっていた、美しい花の化身だったのではないかと。

今となっては、あの骨片は犬や猫の死体の処分に困った誰かが、弔いの為に埋めたものだったのだろうと容易に想像がつく。

しかし、彼にとってあの骨片は、美しく咲き誇る桜の木の下で出逢った運命の人だったのだ。

馬鹿げた話だ。しかし、あの時の彼の涙を思い出すと、少し胸の奥にチクリとした痛みを感じる。

そして、またふと思う。彼はまだ信じているのだろうか?

あの丘の桜の木の下には、自分が愛した人が埋まっていると。

***

桜の木の下には死体が埋まっている。







実のところ、

私の死体だ。


掘りおこそうにも、
今の私は非力だ。


せめて、もう少し大きな手があれば…



私は、どうにか少しづつでも掘り進めていきたいと、

とくに尿意がなくとも1日に三回はあの男にせがむ。

彼は私の真意はわからなくとも、
私があの場所で、あの桜の木の根元で、

しゃにむに土を掻く事に強い執着を抱いていることを知っている。

また、それなりにその行為、その姿に感じ入るところがあるらしく、

急ぐ私にも、文句をいわず、

クチではやれやれ等と言いながらも、

なかなか楽しげに引かれるままに付き合ってくれている。




公園で寝起きする彼にとって、
そして、公園でもまたその他のどんな場所ででも、
腫れ物の様に忌諱される孤独な男にとっては、

この私が唯一の安らぎであり、
愛着であるのだ。


家族。


我々は家族だ。



種族も意志の向かう先もまるで違うが、

確かに家族なのだ。


私といる時にだけ、彼の心と身体の運動は、なんの摩擦も受けずに機能する。



家族だからだ。




だが、今日は随分と帰りがおそい。




日も落ちて、随分たった。
さすがに気が気ではない。

どこで油を売って…

お?おお、帰ってきた!
まったく。

今まで何をやって、

ん?なんだ、随分濡れている。

どうしたどうした!

いつも意味もなく傘だのマグライトだのサバイバルナイフだのぶら下げて歩いているだろうに、

今日に限ってどこかに置き忘れたのかい?

だらしないなぁ、

都会の失われた野生をのべつ憂いて苛立っていたキミがそんな失態を演じるなんて!

ん?おや、なんだ、持っているじゃあないか!

風流とか云うわけかい?


それにしても濡れたなぁ。

また店には入らなかったのかい?

それとも噴水にでも飛び込んだのか?

まだまだ水も外気も冷たかろう…

シャワーのつもりなら服くらい脱いだらどうだ?


金ならこないだ手に入れただろ?

私が植え込みで見つけだした財布には随分入っていたじゃあないか。



ま、いい。金があるやないや、君にはもはやどうでもいいことだな。


君は外の世界の更に外に出たここにいるどんな人間よりも更に外にたどり着いた人間だ。


人が濡れない雨にまたそうして一人濡れているのもまた君だ。


私以外には理解できない君の苛立ちは、

私に言わせればもっとも人間らしい。

思考が先行し、

どこまでも先行し、

降りる駅が見当たらなくなった君が、


誰にも危害を与えられないほどに自分の内側でだけ闘い、
直接的にその肉体を連動させられないように自ら進んで混沌に飛び込んだ君が、

やはり人でも獣でもない私には心地よい。


それは私がこうしてパグとして君に巡り合ったことの唯一の感謝すべき点だ。


この屈辱的にちんまりとした肢体を嘆く事は多々あるが、

君に巡り合ったことが何かしらの使命であるとも思えた。

だが、もはやそんな面倒な役割を担う気負いは無くなってしまった。


私は結局のところ君の想いや焦燥を誰よりも理解できたが、
何一つ語る事も力を貸すこともできやしなかったのだから。

そのまま、君が、先へ先へと魂を押し出して、

ついには私が今更君と握手をする為の手や議論をする為の口を手に入れたところで、

君はもう

新しい友を必要としない。

それが、例え今こうして君の手を置かれて小さな尻尾をピコピコと振り回しているこの私の本来の姿だとしても。

まあ、そもそも白骨と化したであろう私の身体を掘り出したところで、

元のように心を宿して自立して君に逢いにこれるとも限らない。


そして、

元のように人間として蘇ったなら、

私もきっとまた雨を疎い、土を裸足で踏むこともしなくなるだろう。

私は君ほど強い心をもった生きものではなかった。

今も、あの頃も。




だが、それでも、

私はあの身体を見つけたいんだ。

君にみてもらいたい。


君よりも背が高く、
君より更に白い髪、
君が、お守りとしていつもそのクタクタの財布にいれているコインに刻まれたレリーフの

その男が君の前に笑顔で立つ。

君はどう感じるだろう…

何かしらの奇跡を君だけが目の当たりにする。


君は救われた気持ちになるだろうか?


救われる?
一体何から?

わからない。

ただ、人は、単なる珍奇な出来事や、なんて事のない巡り合わせに心を震わせ、

意味のない、
いやさ、意味の無い事にこそ想像したこともないような部位に突如ライトの光が当たったように何かしらの意味を感じ、かつそれを創造し、

心の埋まっていなかった沢山の空欄が、

あらかじめ知っていた答えのように急速に満たされていく。


あわよくばそれが君のように遠くの答えと
ごくごく内視鏡的に偏狭な突っかかりに填まり混んだ魂の忙しい尖閣者をすら癒してくれやしないかと期待をしてしまうのは、

私のエゴだろうか。


それもわからない。

ただ、君が大切なお守りから抜け出した化身とでも感じてくれるなら、事は単に面白い。


もはや、好奇心からも親身からも双方からの感情が互いに振り切って完全に一つの目盛りの様に一通した。

結果よりも、ただその場面そのものを私は見たい。




ただ、君はそのレリーフの男には関心がないかもしれないな。

それが誰なのかすら考えたこともないかもしれない。

ただ、どんな自販機にもはいらず、
コンビニでも両替出来ない、

その珍しいコインが単に捨てがたいだけかもしれない。


でも君が直接なんの目的にも使えない代物で、しかし唯一大切にしている形あるものが、


そのコインである事をしったあの日、



私はどうあっても元の身体に戻りたくなったのだ。

その方法もわからない、その為に必要な代償も何一つ見当すらつかない、

ただ私が生まれ育ち、また死んで埋められた祖国から遠く離れたこの小さな国で、
なぜこのようなナリで次の生を得たのか、

そしてなぜこの国に私の肉体が眠る確信をもつのか、

私自身何も、何一つも解らない


しかし、そう感じる。
この鋭敏な鼻が私の愛用していた様々な装身具の匂いを、はっきりと嗅ぎとったからだ。

無論、かつてその身にそれらを取り付けていた頃の私がそのように匂いまでも知覚していた覚えはないが、
今の私にはただ判るとしかいいようはない。



おや?

そうこうとしているうちに、やや空も白んできたようだ。


男も私に鎖をとりつけた!


したり。

実は永く待ちすぎたせいで、随分と排泄欲も高まっている!

私はこの公園では一切それらをしたくないのだから、

散歩が1日でも忘れられたら腎臓を壊しかねない。
私のような小動物にとってそれは死病でもある。


た、助かった!!



思考にかまけて自らのバイオリズムすら失念するとは。


しかし相変わらず私の事に関する限りのこの男の見立てはいつも鋭敏だ!


おそれいるよ。


さあ、さあ、

先ずは一回目の用足しも済んですこぶる身体がかるい!

いざゆかん!

かのヨシュアの木のもとへ!


ハイヨー

ハイヨー!


ははは、私が仔犬ではなく、
馬か、せめてポニーでさえあったらばな!

君を背に乗せ、風の様に駆けただろう。


私は短い手足を四本が16本にでも見える程に懸命にバタつかせる。


君は鎖が伸び切ることもないほど機敏についてくる。


いいぞ!

約束の地はまもなくだ!

我々たった二人の、

いやさ一人と一匹の騎兵隊は疾風と化して野をゆかん!


素晴らしい気分だ!


そおら、見えてきた!

週末にも満開になりそうな我が縁深き桜の木が!


さあ、さあ、さぁ~!!!




ん? な、

なんだ?

おかしい、


匂いが消えている。

私の、私の朽ちた肉体の、その削ぎ残された骨の匂いが!



なぜだ!


うっ…


誰かが掘り起こしたのか?

なんてことだ!


一体なぜだ!


なぜ、誰が、どうやってその存在を知ったのだ!


いや、そもそも、私以外にはなんの価値もないものだ!


私だけの、私の骸、


かつて私だったもの、



それは例えどんな法律にも明記されないとて、



私だけのものではないか!



なんということだ!


まるでファラオの柩を荒らすならず者の仕業ではないか!

いやいや、それだけの価値が誰かにとってあるならば、

くれてやるとは言わんまでも、


その衝動に一定の合点はいく。


だが、私の遺骸が、そうと知れる可能性などどこにも無かった、
つまりはただの名もなき朽ち果てた哀れな無機物でしかないはずの私の骨を持ち出したのはなぜだ!

なぜなんだ~…!!!!???


う、うっ、ウワオーーーン!!!!!









***→続【他人の、一員】に、つづく***
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