DRIFTER

~漂流者の日々徒然~


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昔々ある人里離れた山奥におじいさんとおばあさんが住んでいました。


二人は山から切り出した木を薪にして売ったり小さな畑を耕しながら細々と暮らしていました。
その日もいつものようにおじいさんは山へ木を切りに、おばあさんは川へ洗濯にいきました。おばあさんが洗濯していると川上からどんぶらこどんぶらこと大きなお椀が流れてきました。
おばあさんがびっくりしながらお椀をすくい上げると中にはかわいい男の赤ちゃんが入っていました。おばあさんは赤ん坊を家に連れてかえり、これからどうするかおじいさんに相談することにしました。
その頃おじいさんは山で木を切っていました。ところが急に胸が痛くなりそのまま倒れてしまったのです。
ずっとずっと働き続けてきたおじいさんの心臓は紙のようにうすぅくなっていたのでした。やがておじいさんはそのまま眠るように死んでしまいました。


家ではおばあさんがおじいさんの帰りをずっと待っていました。
けれどもおじいさんは帰ってきません。おばあさんは赤ん坊に名前をつけることにしました。
「お前はお椀に入っていたから『おわん太郎』という名前にしよう」
赤ん坊に名前をつけたおばあさんは何だかとてもうれしくなりおじいさんのことをすっかり忘れてしまいました。おばあさんは体は丈夫でしたが少し呆けていたのです。


月日は流れおわん太郎はスクスクと成長して十三歳になりました。
太郎はとてもよく働く少年でおばあさんととても仲良く暮していました。
けれども心の中では「山のむこうには何があるんだろう?オラの生まれた国はどこなんだろう?」と思っていました。
ある日、太郎はいつものように山へ木を切りに行きました。
すると落ち葉の隙間から何かが光るのがみえました。不思議に思った太郎が積もった葉っぱをどかしてみると古びた斧と人間の骨がでてきました。それはおじいさんの骨でした。太郎はおじいさんのことは知りませんでしたが、きっと木を切りにきてそのまま死んでしまったのだと思いました。
太郎は急に怖くなりました。
「今のままだとオラも山で一人ぼっちで死んじまうことになるかも‥」太郎はそう思うとがまんができなくなりました。おばあさんのことはとても気掛かりでしたがこのまま山を出る決心をしたのです。
でもどこへ向かえばいいのか?と考えたとき自分がお椀に乗って川を流れてきたと聞かされたことを思い出しました。
「川をずっとさか上っていけばきっとオラの生まれた場所に帰れるにちがいねえ」
太郎は目の前が明るくなった気がしました。


家ではおばあさんが太郎の帰りを待っていました。帰りがあんまり遅いのでおばあさんはどんどん心配になってきました。
でもそのうちに何が心配なのか忘れてしまいました。やがて心配していることも忘れました。ずいぶん昔おじいさんとおばあさんの間には男の子がいたのですがいくさに出かけたまま帰ってこなくなりました。それからというものおばあさんは悲しいことを覚えていられなくなったのです。
おばあさんにとって世の中は悲しいことだらけでいちいち覚えていたら胸が張り裂けてしまうのでした。


さて、太郎はずんずんと川をさか上っていきました。最初のころは元気いっぱいだったのですがすぐにこの旅が思ったよりずっと大変だということに気が付きました。川は曲がりくねっているし広くなったり細くなったりします。流れが激しいときもあるしおまけにいくつもの支流に分かれているのです。太郎は何度も迷いながらひたすら進みました。
ずいぶん長く旅は続きました。でも太郎の生まれた所がどこなのかは全くわかりませんでした。途中でたくさんの村々に立ち寄りましたがお椀に乗って流された赤ん坊の話は誰も知りませんでした。
「あぁ‥オラはどうすりゃいいんだ?」
太郎は川面を見つめながら後悔し始めました。自分をひろって育ててくれたおばあさんを捨てて山を飛び出したこと。おばあさんは元気に暮らしているだろうか。オラはなんてバカなんだろう、と。
太郎があきらめかけていたその時です。
川上から大きなお椀が流れてきました。
「オラの家にあるのと同じお椀だ!」
太郎はあわててお椀にかけよりました。中はからっぽでしたが太郎はすっかり元気を取り戻しました。
「きっとこの上流にオラの生まれた村があるに違いねえ!」
太郎は川上を目指してずんずん進んでいきました。そして辺りもすっかり暗くなった頃たいまつの明かりに映し出された不気味な建物を見つけました。


川辺に立つその建物は周りをぐるりと高い板塀に囲まれ中から騒がしい音が聞えてきます。時々恐ろしい叫び声も。
太郎は板塀に近づき隙間から中をそっと覗いてみました。
太郎ははっと息を呑みました。塀の中では大きな大きな体の鬼たちが酒盛をしていたのです。鬼たちは手に見慣れたお椀を持っていました。
「あのお椀は鬼の盃だったのか‥」
鬼は全部で十匹いました。中でも大将と呼ばれている鬼はひときわ体が大きくて持っている盃もお椀ではなく大人が入れそうな大きさのどんぶりでした。
太郎はこのまましばらく様子を見ることにしました。
建物といっても塀の中には古びた蔵があるだけでした。扉は開いていて中には酒樽が見えます。どうやらそこは酒蔵のようです。その蔵を囲む形で桜の木が十本立っていて季節はまだ早いのに狂ったように満開の花が咲いていました。
鬼たちは地面に座り蔵から出した酒で酒盛していたのです。
鬼の大将が言いました。
「者ども!明日の夜から赤ん坊を集めてくるのじゃあ!」
鬼どもは「おう!」と返事をして口々に話し出しました。
「そろそろ鬼酒を仕込む時期じゃからのう」
「鬼酒は我らの妖力の源じゃでな」
「今年も百人ほどさらえばええかのう」
何という恐ろしい話でしょう。鬼たちはどこかから赤ん坊をさらってくるつもりなのです。
「わしらは妖力で風のように速く動けるから百人など朝飯前じゃ」
「さらった赤ん坊をあの樽に薬草と一緒に一年漬け込めば鬼酒の出来上がりよ」
鬼たちは調子に乗って騒いでいます。すると鬼の大将がごろごろとよく響く声で言いました。
「あまり調子に乗るでない!特に明日は酒はいかんぞ!前にもせっかくさらった赤ん坊を盃といっしょに川に落としたタワケ者もおったではないか!」
鬼たちはしゅんとなりました。大将の言葉を聞いた太郎は青ざめました。
「オラは鬼にさらわれて来た子供だったのか‥」
故郷へ帰る夢が破れた太郎はがっかりしました。でも鬼酒にされずに済んだのだから運がよかったのだと思うことにしました。
鬼の大将がまた言いました。
「そろそろ夜明けも近い。明日の夜に備えて今宵はもうお開きじゃ」
鬼は酒樽を蔵にしまって鍵をかけました。そして各々が桜の木に近付いていきました。
すると驚いたことに鬼の体が桜の木に吸い込まれていくではありませんか?
古い桜の木には鬼が棲みつくという言い伝えがあります。妖しいほどに美しく咲く桜は人を食うとも言われています。
あの鬼はきっと妖力を宿した桜の木の化身なのかも知れません。
鬼がいなくなると松明も消えてしまい辺りは暗闇になりました。
太郎はこんな恐ろしい場所からは早く逃げ出したい気持ちで一杯でした。でも「このままだと今夜にも鬼どもは赤ん坊をさらってくるに違いねえ。オラが何とかしなくちゃならねえだ」と思いここに残る決心をしました。


やがて空が明るくなり始めました。太郎は塀の周りを調べてみました。特に変わった物は見つかりません。
ただひとつおかしな事に気付きました。松明は塀の中ではなく外で燃やされていました。普通なら酒盛りは火のそばでするはずです。
「きっと火が苦手なんだ!」
太郎は勇気がわいてきました。太郎は小さな木戸を見つけました。そしてそこからそぉっと塀の中に入ってみました。
中はしんと静まりかえっています。あの桜もまるでごく普通の木にしか見えません。夕べの恐ろしい光景が嘘のようです。
太郎は蔵に近付いてみました。蔵の扉には頑丈な鍵がかかっていました。そしてとてもいやな臭いが漂ってきます。
「鬼酒の臭いだな」
太郎は塀の外へ引き返し松明の燃え残りの木を取りました。そして持っていた火打ち石で火をつけました。
桜の木と蔵を燃やしてしまうつもりだったのです。太郎は火のついた松明を手に再び塀の中に入りました。ところがどうでしょう?
中に入ったとたん松明の火が消えてしまいました。太郎はあわてて火打ち石を打つのですが何故か火花も散りません。
太郎はもう一度外に出て火をつけてみました。すると今度はちゃんと火がつきます。それを持って塀の中に入るとやっぱり火は消えてしまいました。
実は塀の中には鬼の妖力で結界が張られていて火の気は一切起こせないようになっていたのです。
太郎が他に持っていたのは木こり仕事に使っていた一本の斧だけでした。
太郎は斧を見つめ、今から自分がやろうとしている事を想像しただけで怖くて涙が出そうになりました。でもやってみるしかないのです。
太郎は斧をつかんで桜の木に近付きました。そして何が起きても慌てないように大きく息を吸ってから斧を思い切り振り降ろしました。

大きな音と共に斧は桜に深々とくい込みました。けれども何も起きません。太郎は少しホッとしてそれから斧を何度も振りました。すると切口からあの鬼酒のいやな臭いがしてきました。
そうして太郎は最初の桜の木を切り倒しました。
すると倒された桜の木はみるみる内に枯れてしまいました。
太郎の祈るような予感は当たりました。
鬼はお日さまがのぼっている内は桜の木から出てこられないのです。
太郎は桜を次々と切り倒しました。
三本目までは順調でした。
でも四本目で手にマメができました。
五本目でマメがつぶれました。
六本目になると手の皮がすっかり剥けてしまい血だらけになりました。
それに無我夢中で忘れていましたが昨日から何も食べていないし一睡もしていないのです。
太郎の目からは手の痛さと体の辛さで涙がぽろぽろ流れました。
でも手を休めることはできません。もたもたしていたら日が暮れてしまいます。太郎は気力をふり絞って桜を切り続けました。
そしていよいよ最後の一本になりました。
その頃には日もすっかり傾いてきました。太郎は体がバラバラになりそうな痛みをこらえて斧を振りました。
「急がないと、急がないと‥」
お日さまは無情にもどんどん沈んでゆきます。
「早く、早く」
その時です。
「あっ!」
太郎の斧がボキリと折れてしまったのです。
太郎がほんのわずか呆然としている間にお日さまは山のかげに隠れてしまいました‥
すると桜の枝がざわざわし始めました。太郎がぎょっとして見上げるのと同時に、今度は塀の周りの松明に火がつきました。そして桜の花が炎に照らされて恐ろしいほど美しく咲き開いていきます。
太郎は逃げようと思うのですが足が全く動きません。
ついに目の前の桜から鬼の大将が出てきました。近くで見るとその大きさはまるで小山のようです。
元々桜色の肌は怒りで真っ赤に染まっています。鬼の大将は鷹のように金色に光る目で太郎を睨みつけて言いました。
「小僧!よくもやってくれたな!今からお前を八つ裂きにして食ってやる!」
大将の声は雷のようにゴロゴロと響きました。太郎はもうだめだと思いました。
そして心の中で「ごめんよおばあさん、ごめんよ‥」と何度も謝りました。
鬼の大将は牙を剥いてにやりと笑い、鋭い爪を振りかざして太郎に襲いかかってきました。
その時突然ごおぉっと強い風が吹きました。風は松明の炎を巻き上げ火の粉を桜の木に降らせました。太郎が九本も桜を切り倒したために結界が破られたのです。
鬼酒をたっぷり吸い込んだ鬼の桜はあっという間に炎に包まれました。
すると鬼の大将はぐわぁあと悲鳴をあげ体中が燃えだしました。
太郎があぜんとして見ている間に鬼と桜は炎に焼かれ燃え尽きてしまいました。
火の粉は今度は酒蔵に降り注ぎました。
太郎は蔵に燃え広がる炎を見つめながら「きっと誰かがオラを助けてくれたんだ」と思いました。
そして燃え盛る蔵に向かってそっと手を合わせ、そこに眠る数えきれないほどたくさんの赤ん坊の魂に「ありがとう、ありがとう」とつぶやき、そのまま気を失いました。


太郎が目覚めたのは翌朝でした。
辺りはすっかり焼かれてしまい跡形も無くなっていました。
ただひとつだけ鬼の大将のどんぶりだけが焼け残っていました。



おばあさんは今日も川に来ていました。
特に用事の無い日でも何故か川に来ないと落ち着かないのです。何か大切なものを忘れたような気がして。
近頃では体もだいぶ弱ってきて雨の日などは辛くなってきました。それでも毎日欠かさず川に来るのです。
しばらく川を眺めて「やれやれ今日も何も変わらんわい」と思って帰りかけた時です。
川上から大きな大きなどんぶりが流れてきました。おばあさんがびっくりしていると中から見覚えのない若者が顔を出しました。
そしてどんぶりを岸に寄せて川辺に飛び降りておばあさんに駆け寄り言いました。
「ただいま!」と。
おばあさんは見知らぬ若者に「ただいま」と言われただただ驚くばかりでした。
でも何だかとても懐かしい気持ちがして目から涙が溢れてきます。
若者も涙を流しながら「ごめんよ、ごめんよ」と言っています。
おばあさんは言いました。
「オラ、お前なんか知らねえだよ。でも行くとこ無えならオラのウチさ来ればええだよ。そうだ、オラが名前さ付けてやるだ。」
若者はちょっと不思議そうな顔をして、それからうんうんとうなずきました。
「お前の名前は『どんぶり太郎』だ」
おばあさんはそう言うととてもうれしくなってまた涙がポロポロ流れてきました。

おわり


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