DRIFTER

~漂流者の日々徒然~


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息子の所属するスポーツクラブの強化練習に弁当を届けに行った奥さんが帰宅するなり「信じられない!」を連呼しだした。


「ナニゴトか?」と尋ねる(というか興味ありげに聞き返すこともまたオットの義務)と、「他のお母さん方がみな自分のぶんの弁当を持参していてシートを広げて母親だけで集まって一緒に食べていたのよ!そんなの信じられる!?気持ち悪くない?」だって。奥さんが言うにはたかが練習なのにそこまでするのはおかしいというのだ。


まぁ言わんとすることはわかる。


「そういう人たちはだね、学生時代に連れ立ってトイレに行くのが当たり前だったヒトたちなのさ。つまり群れてないと不安なわけね。」


ちなみに僕はプロフィールにも書いてあるように「自由と孤独を愛する寂しがり屋」。つまり好んで群れたがるタイプではないが決して孤独だけを良しとするわけでもないという矛盾を常に抱えながら独りの時間がないと息が詰まって死んでしまうヒトである。そして奥さんも僕ほどではないが好んで群れたがるタイプではない。そしてウチの娘も僕同様「自由と孤独を愛するヒネクレ者」である。


「だから僕らにはそういう群れてないと不安な人たちの気持ちが解らないんだよ。多分向こうもそうだろうけどね。だからお互い相容れないってわけ。」


奥さんは「なるほど」と納得した様子。


「世の中の半分近くはそういう人で成り立ってるんじゃないかな?そしてきっと世の中を実際に動かしているのもそういう人たちの集まりなんだと思うよ。絶対数でいくと僕らのタイプ(群れないヒト)の方が多いのかもしれないけどさ。でもこっちは群れないから結局数が集まらないじゃない?だからきっと負けちゃうっていうか『声無き声』で終わっちゃうんだな・・うん」


ところで我が家には息子もいるわけだがコイツだけは毛色が変わっている。つまり分類としては「群れるタイプ」というか、とにかく独りでいられない超寂しがり屋なのである。そして僕も奥さんも彼の寂しがる気持ちを今ヒトツ理解できずにいる。

別にほったらかしにしてるとかじゃないのに何故必要以上に寂しがるのか?

何故いつも誰かとくっついていなければ気がすまないのか?と。


ただし彼は僕達には無い人懐こさや明るさを持っているのもまた事実。


独りではいられない(独りじゃ外食も出来ない)というヒトは僕の会社にもいる。でもそういうヒトに限って妻子と別れて独り暮らしをしていたりするわけで、その人の話を聞いたときに僕は心の中で「独りじゃいられないなんて可哀そうなヒトだな」と思ったりもした。


そんな彼は会社の中ではヒトの集まりに積極的に参加していつも会話に加わっている。そして僕はというと会社では独りになりがち(というか好んで会話に参加しようとはしていない)であり自分では「やや浮いた存在」だという自覚すらある。

そして彼からするとそんな僕こそが「可哀そうなヒト」に見えるのかもしれない。


結局はどちらが正しいとかじゃないのだ。我々は違う種族なのだ。

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