ぼくは極寒のドイツ、ボンの街で独りぼっちになってしまった。
まあいい。今さらどうのこうの言っても始まらない。緊急に対処すべき問題は、今から自分がどうやってこの状況からサバイブするかだ。
とにかく一息入れよう。駅の構内に立ちすくみながら、ぼくは胸ポケットの中に入っているキャメルの箱を取り出し、マッチで火をつけた。最後の1本だった。旨かった。煙草の煙と、駅の外に見える吹雪の白が重なり、一瞬、とても綺麗な白色になって、消えた。
次に、財布の中身を確かめた。小銭が何枚かあったので数えてみたら、なんとかパンを一切れ買えるか、または煙草を一箱買えるか、といった金額だった。
普通、ここで考えるべきことはこうだ。
「この金で親か友人か誰かに電話して、銀行口座に金を振り込んでもらう」
ぼくもその時、そう考えたのだと思う。いや、考えたはずだ。しかし、そうしなかった。たぶん出来なかったのだ。理由は忘れたが、そうできたのなら、当然そうしていたはずだ。
確か、手持ちの小銭ではもはや長時間通話が不可能だった。そこで、コレクトコールで誰かに電話しようとした。しかし、当時ドイツからフランス、または日本へのコレクトコールシステムが出来ておらず、コレクトコールができなかった。
まあ、そんな感じだったと思う。
もちろん当時、携帯電話などというものも無かったし、貧乏学生の分際でクレジットカードなどというモノも持っていなかった。
とにかく万策尽きたわけだ。
さて、じゃあこの小銭をどうする?
人間、山で遭難したり、海で遭難したりした時、生きのびるために、どんな行動をとるだろうか。たぶん、まずは水と食料の確保だ。
ぼくは手のひらに載せた数枚のコインを見つめながら考えた。喉が渇いていた。そうだ、まずは飲み物だ。しかし、ここ数日ほとんどまともな物を食べておらず、腹も減っている。いや、煙草も吸いたい。でも三つ全部買う金は無い。
ぼくは迷った。ずいぶん迷った。迷った挙句、駅の売店買ったのは、コーラと、煙草(キャメル)だった。
なぜパンを買わなかったのだろう。
もし、死に際に「一つだけ、何を口にしたいか?」と尋ねられたら、その答えは人によって異なるだろう。食べ物、飲み物、煙草。今の自分だったら、たぶん、グラス一杯の冷えたビールだろう。
その時のぼくは、コーラと煙草を選んだ。とんだジャンキーである。
しかし、その時のコーラと煙草の一服はほんとうに旨かった。
時刻は夕方。外は吹雪。気温はおそらく零下10℃以下。空腹。
さて、どうする? ぼくは自問自答した。
このままここでじっとしていても始まらない。
ぼくは、おもむろに、駅を出て、吹雪の中に向かって歩き始めた。
つづく