Tue, November 29, 2005 posted by obaragoroku

■引越し20回、中目7年。

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今日、職場の近くにある恵比寿アトレの本屋で、雑誌『散歩の達人』の、「恵比寿 代官山 中目黒」特集というのを買った。

ここ最近、タウン情報誌を中心に恵比寿、代官山、中目黒にスポットを当てた特集を組む雑誌が多いが、これまでその手の雑誌はほとんど買ったことがない。

ふだん中目黒に住み、恵比寿で働き、休日は代官山界隈を散歩する、という生活をしているだけに、かえってこの手の特集号には食指が伸びない。

今日この号を買ったのは、たまたま数ページに渡って俺の好きな古地図が載っていたからだ。
明治、昭和初期のこの界隈には何があって、当時どんな地名だったか? 今とどう違っていたのか?
そういうのにはすごく興味がある。

俺は中目黒に住み始めてそろそろ7年ほどになるが、この界隈は確かにいい街だと思う。
これまで随分いろんな街に住んだが、最長で3年。こんなに長く住んだ土地は初めてだ。
とにかく交通の便がいいのと、ゆるーい空気と下町っぽい感じ、目黒川界隈と目黒銀座(商店街)のオーガニックな雰囲気、住民のガキ層とジイさんバアさん層比率のバランスがちょうどいい感じ、ってあたりが、自分にはとても馴染むんだなー、これが。

ちなみに、これまでの俺の引っ越し歴は、高円寺→大山→幡ヶ谷→パリ(2カ所転居)→立川(西国立)→東十条→三鷹台→ニューオリンズ(3カ所転居)→参宮橋→南青山→信州の実家(一時帰省)→鶴見→中目黒。

うーん、こうして改めて数えてみると、過去20年間で16カ所目だ・・・。

子供の頃も親父の転勤で3カ所ほど住む場所が変わっているので、通算約20箇所!?
さらに、むかし引越し屋でバイトしてたのと友人知人の引越しの手伝いなんかを入れたら、なんと引越し経験数50回!!

話がそれたが・・・。まあ、中目、恵比寿、代官山は確かにいい街だってことは認めるが、でもそんなに騒ぐほどじゃあないと思うんだけどなー。

この街は素晴らしい! って言うからには、「お洒落なお店がいっぱいあります」っていうだけじゃなく、そこに何か独自の文化がないとね。

この間の日曜日、中目黒の商店街を散歩していたら、ある中年の夫婦らしき二人連れの女性の方が、商店街の一角にある古ーい文房具屋さんのおばあちゃんに向かって、

「昨日テレビで見て、せっかく中目黒に初めて来てみたんだけど、別になーんにもない所なのねー、がっかりだわ!」、と愚痴っていた。

おばさん、商店街だったら「大山ハッピーロード」がお薦めだよ!

今日の格言:街の良さ味わいは、実際に自分の足で歩いて、自分自身の五感で発見すべし。
Wed, November 16, 2005 posted by obaragoroku

■【号外】 こんどはズージャだ!

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今回はイベントのお知らせです!

今度はズージャだ!
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ニューオリンズ救援
チャリティー JAZZコンサート
 in 東京山手教会
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落ち葉が散り日ましに寒くなる折から、皆さまいかがお過ごしですか?

さて、ここ最近シャンソンコンサートのプロデュースを手がけてきました
私ですが、今回は一転、ジャズコンサートのお知らせです!

皆さんご存知のように、先ごろ米国南部を襲ったハリケーンにより、
ジャズの故郷・ルイジアナ州ニューオリンズは大きな打撃を受けました。
無事避難し命が助かった人たちも、家や家財道具を失い、未だに多くの
住民が元の生活に戻れずに苦しんでいます。

そんなニューオリンズを救おう! というのが今回のコンサートの目的です。

かつて数年ニューオリンズに暮らしたことのある私にとって、この街は
第ニの故郷。今回私は主催者ではありませんが、来日出演ミュージシャン
もニューオリンズ時代の友人ということもあり、一人でも多くの方に足を
運んで頂ければと思い、此処にご案内する次第です。

ご来場ご希望の方は、下記メールアドレス宛にご連絡下さい。
私の方でチケットを手配し郵送(または手渡し)させて頂きます。

皆さま万障お繰り合わせの上ぜひご来場を!

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こんな機会、めったにない!
教会で本場New Orleansのジャスを体感しよう!

「ニューオリンズ救援チャリティー・コンサート」

● 日時 : 12月09日(金)開場:18:30 開演19:00
● 会場 : 東京山手教会Tokyo Yamate Church (渋谷)
● 出演 : Mari Watanabe New Orleans Quartet
(渡辺真理(p)、ウイリアム・スミス(tp)、ルシアン・バーバリン(tb)
ジェフェリー・ヒルズ(tb)、バーナード“バンチー”ジョンソン(ds))
友情出演:ハイタイムローラーズ

● チケット : 前売券¥5,000 当日券¥5,500
● 主催 : ニューオリンズジャズソサイエティ
● 協賛 : 日本基督教団東京山手教会
● 後援 : アメリカ大使館
■INFORMATIONはこちら! 
■案内リーフレットはこちら! 

■お問合せ&チケット申込は、

小原秀雄
MAIL: hideoobara@yahoo.co.jp

または、上記INFORMATI0Nサイトから!

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Fri, November 11, 2005 posted by obaragoroku

■出会いと別れ 続編

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今回は、前回記事の続き。
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今から10数年前、ルイジアナ州ニューオリンズ(以下N.O.)に住んでいた時、金がなかったオレは両手が後ろに回らない程度に(?)いろんな仕事をやった。

日本食レストランの皿洗い(その後、厨房の調理人に昇格!)、ペンキ塗り、バックヤードの芝刈り(米国南部の裏庭はメチャクチャ広い!)、ストリートミュージシャンのローディ(機材の運搬とセッティング)、ボディ—ガード(N.O.は米国で最も治安が悪い!)、日本の新聞や雑誌への寄稿、そして、個人タクシー。

中でも一番印象に残っているのがタクシー稼業だ。

タクシーと言っても、友人知人をクルマでいろんな所へ送り迎えしてあげて謝礼を貰う、という得意顧客限定の送迎屋だったのだが・・・。
ちなみに当時の愛車は、メタリックモスグリーンの81年式 HONDAアコードだった(こいつで後に北米大陸を1周したのだが、そん時の話はまた次回)

当時、一番の得意客だったのが、中心街フレンチ・クォーターの古いアパートに独りで住んでいたクレアという80歳位のアメリカ人のおばあちゃんだった。
クレアは、ちょっと太っていて足が悪く、腕を支えてあげないと独りで歩けなかったが、いつ会ってもとても明るく元気で無邪気な可愛い女性だった。
オレの名前を呼ぶとき、何度ちがうと言っても「ヒデオ」と発音できず「ハイディーオー」と言っていた。

彼女からのオーダーは週1回。目的地は、ミシシッピ川を挟んだ向こう岸のウエスト・バンクという場所だ。

クレアがウエスト・バンクに通う理由、それは、彼の地にやはり独りで住んでいたラリーという恋人に会いに行くためだった。
ラリーは絵描きで、確かクレアよりもう少し歳上だったかな・・・。

毎週毎週、クレアと一緒にミシシッピ川を渡るフェリーに乗って、ラリーの家に通った。

クレアはいつも沢山の料理を作ってラリーに持っていくのが習慣だった。
というか、1週間分の食事を彼に持っていくのが向こう岸に渡る理由と言ってもよかった。

このミシシッピ川を挟んだ逢瀬はいつも約半日を要したが、毎回決まって全く同じ行動パターンが繰り替えされた。

クレアと一緒にお昼頃ラリーの家に行く。
  ↓
クレアとラリーが一頻(ひとしきり)話す。
  ↓
3人ですぐ近くの古びたバーに行く。
  ↓
既にカウンターで酔っぱらってる近所のオジサンまたはオバサンと一緒に、NFLの勝敗の話などしながらビールを飲む(いつ行っても飲んでる女は完全にアル中だった)。
  ↓
小一時間ほど飲んでラリーに別れを告げ、クレアと二人でまたミシシッピ川を渡ってフレンチ・クォーターに帰る(N.O.では飲酒運転は当たり前、銃&ドラッグは生活必需品)。
  ↓
クレアのアパートでお菓子や手作りの料理をご馳走になる。
  ↓
夕方、家に帰る。

といった感じだ。

あの、昼下がりのバーでの一時はホントに楽しかった・・・。
これまでの人生の中でも3本の指に入る楽しい時間だったな。

クレアとラリーはバーマスターに毎回毎回「このジャパニーズ・ボーイは本当にいい子なんだよ」と言っていた。
「ボーイって言われても・・・、もうすぐ30なんだけど」と心の中で思ったが、
でも、当時のオレはホントに二人の孫みたいだった。

ほろ酔い気分でバーの外に出ると、いつでも日が燦々と照っていた。

ほとんど亜熱帯のN.O.の日差しはジリジリと肌を焼き、アスファルトに張りつくオレの影はそれまで眼にしたどんな影よりも濃く、まるで影自体が魂を宿しているかのような存在感があった。

あん時の光、空気、イメージは今でも鮮明に、強烈に記憶の中に刻まれている。

N.O.から帰国した何年か後、ラリーが亡くなったと人づてに聞いた。

クレアのことはすっかり忘れていたが、今回この文章を書こうと思ったとき、「そう言えばクレアは?」と思い知り合いに尋ねたら、「もう随分昔に亡くなったわよ」というメールが届いた。

クレアとラリーは今頃きっと天国で仲睦まじく話してるんだろうな。

当時、「二人は一緒に住めばいいのに、何で川を挟んで別々に暮らしているんだろう?」と不思議に思っていたが、今はなんとなく解るような気がする。

付かず離れず執着せず、でも寄り添って生き、
つかの間の出会いに喜びを感じ、サラッとした別れを迎える。
それでハッピー。

そういう生き方がやっぱ正解かも? という心境に、そろそろなってもいい頃かな?

★今日の格言: 男と女の間には、やはり川がある方が良いのだね。
Mon, November 07, 2005 posted by obaragoroku

■出会いと別れ

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先日、NYへ旅立つ友人(前述の)をクルマで成田空港まで送っていった。

ひさびさの成田。やっぱり空港はいい・・・。

これから新天地へ旅立とうとする人。
自分の国へ帰ろうとしている人。
別れを惜しむ人。
再会する人・・・。

空港というこの非日常な空間には、さまざまな人間の期待と希望、興奮と悲哀が入り混じって、一種独特の空気に包まれている。
オレはここに来ると、例によってちょっとセンチメンタルな気分になってしまうのだが・・・。

友人の搭乗時間まで2時間ほど食事しながらおしゃべり。
そして、彼女は旅立った。

何か一仕事終えたような安堵感に包まれながら、夕暮れ迫る空港を背に都内に向かって独りドライブ。

「空港送迎専門のドライバー稼業やったら楽しいかも・・・」なんてまた変な空想に浸っているとき、「そいうえば、オレ昔ニューオリンズに住んでるとき、“白タク”やってたよなー」 と懐かしい思い出が蘇ってきた。

いや、もとい。白タクと言ったらちょっと語弊があるな。
正確に言うと、「友人や知人をクルマでいろんな所へ送り迎えしてあげて謝礼を貰っていた」、と言うべきだろう。

当時、一番の得意客だったのが、知り合いのアメリカ人のおばあちゃんだった。
彼女はニューオリンズの中心街フレンチ・クォーターに独りで住んでいたのだが、週1回ある理由でミシシッピ川の向こう岸のウエスト・バンクという所に行かねばならず、毎週オレが彼女を車に乗せ、フェリーに乗ってミシシッピ川を往復していたのだ。

彼女が川の向こう岸に出かける理由。
それは、ウエスト・バンクにやはり独りで住んでいた恋人に会いに行くためだったのだが・・・。

おっと、話が長くなりそうなので、今日はここまで。
続きは近日公開。乞うご期待!

★今日の格言:人生は出会いと別れの繰り返しだね。
Tue, November 01, 2005 posted by obaragoroku

■NY移住計画!?

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深夜1時帰宅。

ここ数週間、連日連夜いろんな人と会合、会食続きでちょっと疲れ気味・・・。
職業がら、日々いろんな世界のいろんな人種の人間と会っていろんな話するのも仕事のうちなので、そのへんは体力勝負。

今日は一仕事終えいったん帰宅後、銀座で友人Cとディナーミーティング。

彼女とは仕事がらみの付き合いも含め、知り合ってからかれこれ5、6年になるが、何でも本音で話しのできる数少ない友人の一人だ。

Cはニューヨークを拠点に仕事をしていてNYと東京を2~3ヶ月おきに行ったり来たりの生活をしているので、直接会うのは年に4、5回程度だが、会うたびにいつも新しいネタ(?)を提供してくれるので、よどんだぬるま湯のような日本社会にやや辟易しているオレにとてもいい刺激を与えてくれる。

また、彼女と話していると、日々の生活の中で気を抜くと沸々と湧き上がってくる自分に対する不安感や不透明感を一掃してくれるような、“漠然とした自信”を与えてくれるから不思議だ。
しかも、自分という人間の本質や、自分の思いや考えていることがとてもクリアになってくるのだ。

今夜もいろんな話をしていて、改めて思ったことがある。

それは、「自分はやっぱり、ずっと日本にいる生活は合わないなー」 ということ。 「常に動いていないと、きっと、常に何かと戦っていないと生きている心地がしない人間なんだなー」 ということ。
東京という都市は、日本人の自分にとって暮らす分には楽だけれど、決して刺激的で楽しいとは言えない街だ。

うむ。そろそろニューヨークにでも移住するか・・・。

一昨日、以前つかこうへいさんから貰った小遣いで宝くじを買った。
大金が当たったらNY移住資金にしよう!

■今日の格言: 人生やっぱタイミングでしょ!

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