岡本一志 幸せのタネまき日記

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昨日の続きです










親鸞聖人は、なぜ公然と肉食妻帯されたのか




親鸞聖人以前の僧侶にも、妻帯していた者は、いくらでもあった。





 奈良時代には三車法師というものがあった。




一つの車には自分が乗り、




二の車には子供を乗せ、




三の車には女を乗せて歩いたものである。




 これらは特異な例としても、その他にも妻帯していた僧侶がいた記録が残っている。






その禁を公然と破られた親鸞聖人に、四方八方から非難攻撃が巻き起こったのです。




なぜ聖人は、非難覚悟で肉食妻帯されたのでしょうか。






【A】




 親鸞聖人が、破天荒の肉食妻帯をされたのは、三十一歳の御時です。






当時の常識として、僧侶の結婚は考えられない大事件でした。伝統仏教が厳しい戒律を設けていたからです。






世間からは、大変な非難がわき起こりました。






親鸞聖人の先生であられた法然上人は、親鸞聖人に諭されています。








法然上人




「よいか親鸞。弥陀の本願には、出家も在家も差別はないが、天台や真言などの、




聖道自力の仏教では、肉食妻帯は、固く、禁じられているのは、承知の通 りじゃ。




彼らや、そして世間から、どんな非難攻撃の嵐が起きるか、分からぬ ぞ」






親鸞聖人




「はい。それは覚悟しております。すべての人が、ありのままの姿で救われるのが、




真実の仏法であることを分かっていただくご縁になれば、親鸞、決して厭いはいたしません」






法然上人




「うむ。その覚悟、忘れるでないぞ」








親鸞聖人の住居・岡崎の草庵から、法然上人のおられる吉水までの道中、








聖人とご内室の玉 日姫が乗られた牛車には、悪口雑言の数々が浴びせられました。










「おい、堕落坊主」








「気でも狂ったか、色坊主」








「怖くて顔が見せられんのか。腐れ坊主」








 多くの野次馬が集まり、はやしたてます。










棒切れで牛車を打ち、御簾を引きちぎる者、石を投げる者すらいたのです。








僧兵たちは、薙刀をかざして立ちはだかりました。








「仏敵親鸞。出てこい」








「み仏に代わって、オレが成敗してくれるわ」








 非難の嵐の中、親鸞聖人は泰然と、突き進まれたのです。






「よいか、玉日。今こそ、そなたに言っておこう。




僧侶も、在家の人も、男も、女も、ありのままで、




等しく救いたまうのが、阿弥陀如来の本願。その真




実の仏法を、今こそ、明らかにせねばならんのだ。




阿弥陀如来の、広大なご恩徳を思えば、どんな非難




も、物の数ではない」






 肉を食べたり、結婚する者が救われないなら、




一般の民衆は、だれ一人助かりません。




仏さまの慈悲は、山で修行する、




ごく一部の者だけにかけられているのではないのです。 




親鸞聖人の肉食妻帯の断行は、決して破戒や堕落ではありませんでした。




全人類を、ありのままの姿で助けると誓われた、




弥陀の本願を、開顕されるためであったのです。





























というところまで友達に話をしたかったが




肉を食べて終わってしまいました(T_T)





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