AFTER THE GOLD RUSH

とおくまでゆくんだ ぼくらの好きな音楽よ――

●1969年6月28日(土)
6月最後の“土曜ショー”は、過去最高の人出となった。その様子を朝日新聞は次のように報じている。


  新宿駅西口地下広場に集まったのは大学生を中心に労働者、サラリーマン。中に子ども連れの婦人もいる。
  5月から毎週土曜日の夕方開かれている“フォークソング集会”だが、この日もべ平連の青年たちがまずギターを抱えて現れた。
  午後7時ごろには、これまでの最高約7千人になった。


この日のフォーク・ゲリラを待つ群衆の様子は、ファッション雑誌「服装」のルポ記事に詳しい。



Folk Guerrilla 「まだフォークゲリラ出ないの?」と、署名運動の学生に聞いている2人の制服を着た女子高校生。
「じき出るよ、もうそろそろじゃないかな。それよりカンパしてくれよ」
「もう60円もカンパしてんのよ、お金なくなっちゃうわ」「私たち歌うたいに来たんだもん、ネエ」
と、顔を見合せてうなずき合う2人。
「チェッ、フォークゲリラはもてるなあ」とカンパの学生。
袋の中をのぞきこみ、袋をゆすってみる。チャラチャラとお金の音がする。


ワーンというのか、ゴーッというのか、眼を閉じてつっ立つと、騒音が身体中を包む。気がつくと、ジワジワと汗が滲み出て来ている。蒸し暑い。国電改札口から吐き出された人たちは、雑踏の渦に、一様に顔をしかめる。白いブラウスに黒いスカートの若尾文子に似ているОLが、指で耳に栓をしていた。


Folk Guerrilla 「ボクはフォークゲリラじゃないんですけど、まあボクの歌を聞いてくださーい」
ポロシャツにコッパンというラフなスタイル。ギターを肩から吊り、顔の部分にハーモニカをセットして、一人二役という忙しさ。
集まった人たちに配るのは歌詞カード。
『ばらをあなたに』 しのざきまつを――
「ボクが作詞作曲した歌なんですよ」
アップテンポの調子のいい歌だ。彼、しのざきまつをクンは、愛想良くしゃべりながら、今度は反戦フォークソングを歌う。
その時、人の波がワーッと揺れ動いた。
「フォークゲリラだわ」
人の波は軸の部分から、バタバタと座り込み、そのまわりを人が囲む。
アッという間である。
「本家が出てきちゃ商売あがったりだ」
ニガ笑いしながら、ギブソンのギターをしまうしのざきクン。


「新宿郵便局に機械が運び込まれ、機動隊の一機、二機、三機が待機しています。彼らの挑発に乗らないでやりましょう」
フォークゲリラの代表が、ものなれた調子でマイクを持って叫ぶ。
「ナーンセンス!」
あちらこちらからヤジと拍手。
やがて、ギターを持ったゲリラたち数人の伴奏で「栄ちゃんのバラード」「自衛隊に入ろう」「機動隊ブルース」などの大合唱がはじまる。
(「服装」1969年9月号―歌声の外側で青春を探検するティーンたち)



ゲリラの言う「新宿郵便局の機械」とは、28日の朝、抜き打ち的に搬入された郵便番号の自動読取区分機のこと。
これに反対する全逓労組の「反合理化闘争」に共鳴する学生たちが、この日のフォーク集会には多数参加していたようだ。そして「新宿郵便局に抗議に行こう」と地下広場から地上に上りデモを始めた。これが機動隊との衝突に繋がるのだが、この抗議デモを呼び掛けたのが、学生側だったのか、フォーク・ゲリラだったのか、どうにも判然としない。
まず、当時の新聞報道を見てみよう。



Folk Guerrilla ひとまず歌が終わった。同7時45分、青年が「近くの新宿郵便局に、けさ区分機が強行搬入された。機動隊もいる。郵便局へ行こう」と叫んだ。学生らは一斉に立ち上がり「安保粉砕」「闘争勝利」のかけ声とともに、地下と地上の二手に分かれて、動き出した。ヘルメットはいくらかいるが、ゲバ棒はない。
(『朝日新聞』6月29日)


午後8時ごろ、社学同系の約300人が「郵便機械を搬入した新宿郵便局に抗議に行こう」と地下広場から上の西口広場に上りデモを始めた。これに呼応したように、反安保共闘の旗を振りかざした学生が地下広場でデモを始めた。周囲の学生たちも一斉に立ち上がってデモ。
(『毎日新聞』同)


午後6時すぎ、地下広場に集まった反日共系学生たちは、石やビンを片手に地上に現われ「郵便局に突入しよう」と副都心内に通ずる大通りをデモ。同8時過ぎ待機中の機動隊が規制に入った。学生はくもの子を散らすように地下広場に逃げ込み、部隊が引くと再びデモを繰り返した。
(『日本経済新聞』同)



ゲリラ側は、この時の様子を次のように描いている。



Folk Guerrilla その日はもうひとつの怒りに満ちた集団もあった。その朝、突然に新宿郵便局への郵便番号の自動読み取り機の搬入に抗議する人々であった。その人々はその抗議の意志を表示すべく西口の坂を登って外へとデモを作って出ていった。外には青いヘルメットの無数の機動隊がジェラルミンの楯を光らせ、獲物を狙う狼の如き姿を見せていた。


フォークグループの中から声があがった。「機動隊を監視にいこう! 彼等が何をするか確かめよう!」
何かがおこると、必ず出てくる彼ら青い大きなネズミ共、国家権力はすでに機動隊しかわれわれへの武器とはできないのか。フォークの人々の怒りは大きくなっていった。抗議はそこから出発していった。西口の地上へ、地上へと無数の人々がウイシャル・オーバーカムを唄いながら出て行った。
(吉岡忍編著「フォーク・ゲリラとは何者か」自由国民社、1970年)




ここで“機動隊の監視”を呼びかけた「フォークグループ」が、ゲリラ自身なのか、それともフォーク集会に参加した全共闘系の学生なのか、この記事からは読み取れない。
一方、明治大学新聞のルポ記事は、この呼びかけについて、次のように記している。



Folk Guerrilla この日、新宿郵便局に郵便番号自動読み取り機が強行搬入されたが、それに対して“べ平連”から抗議表明がなされ、同時に以前から提唱されている“機動隊員の顔を写そう”との提案、フォーク集会終了後、外に待機している機動隊を写しに行こうとのアピールがなされた。


7時50分、インターの合唱を最後にフォーク集会は終わった。参加者はその後「安保粉砕」「闘争勝利」のかけ声と共に、道路いっぱいに広がり、時にはジグザグデモも行いながら、地下道を行進し、地上へと出て行った。
(1969年7月3日 明治大学新聞)




これらの記事から推測すると、おおむね次のような状況だったのではないだろうか。
郵便番号自動読取機の強行搬入に反対する学生達が、フォーク集会の最中に新宿郵便局へとデモを始めた(これは、日経新聞の記事―午後6時過ぎに「郵便局に突入しよう」とデモ、と一致する)。当初は、「機動隊の挑発に乗らないよう」呼びかけていたゲリラ達だが、彼らを見捨てるわけにもいかず、「機動隊を監視に行こう」と群衆にアピールした――。あくまでもぼくの推測である。
さて、この後、起こった大混乱については次回。(つづく)

フォークゲリラを知ってるかい? その9

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