Fri, June 24, 2005

黙闘二人 【ハンテッド】 W.フリードキン [US'03]

テーマ:映画 〔北米:メジャー 21世紀〕

 久々にベニチオ・デル・トロが観たくなり、“ハンテッド”を借りて観る。ジャンルで言うと逃亡&追跡モノで、追いかけ役がトミー・リー・ジョーンズだから“逃亡者”[1993]とか“追跡者”[1998]とかの括りになると思う。けれども逃げ役がハリソン・フォードとかでなく、ベニチオ・デル・トロになっているあたり、企画側の手詰まり感が出ていて良い。
 デル・トロはかなり好きな俳優の一人だ。何より寡黙な演技がいい。スパニッシュ系で、ハリウッドメジャーに出てきた当初は単に英語が上手くなかったからというのもあるはずだが、最近ではその押し黙りキャラがすっかり定着した味になっている。トミー・リー・ジョーンズも最近は背中で魅せる渋さを醸し出すようになったおかげで、この作品での二人の格闘シーンは専ら無言で行われる。これが良かった。というかセリフが出ると、急にトーンが落ちる。頼むからダマッて戦え、と観てる最中、幾度か思った。

 アクション主体のこの作品で最も印象的だったのは、両主人公の身体的特殊技能を極地での銃を使用しない近接戦による暗殺法としている点で、映画の佳境ではなんと、手近の材料から原始的な石器づくりや鍛金工法で武器となるナイフを作り出していた。最新の銃器や近未来的な装備を伴う格闘シーンなど、観客はとうに見飽きている。CG技術の発展により予算規模と製作サイドの想像力の巧拙のみが問われるようになった現状では、むしろこのような肉体=自然への回帰はニッチをいく魅せ方として利くだろう。
 だがそれ以上にこの演出が興味深いのは、いざ原始的な肉弾戦に回帰した追跡劇、格闘戦を映像化した時、そこではおのずと都市/自然の二項対立的な認識がまるで意味をなくすということだ。生きるために動く、食べる、そして殺す。周囲の環境の差異など、これらの動作にはおよそ無意味な要素となってくる。この作品中ではとりわけ大都会のど真ん中で行われた追跡シーンにおいて、追う者/逃げる者の双方の目線や四肢の先をカメラが逐一追いかけることにより、環境すべてをサバイバルに利用可能なモノとして平準化する視座を獲得しえていた。撮影監督はキャレブ・デシャネル。彼は“パッション”[2004]でも同傾向のショットを試みている。
 監督のウィリアム・フリードキンという名は初見だけれど、この一点のみを以っても十分に評価に値すると思う。というか検索してみたら、なんと“フレンチ・コネクション”[1971]や“エクソシスト”[1973]の監督だった。“エクソシスト”、やはり一見に値するかも。う~ん……ん、恐いの不安。


"Hunted" by William Friedkin / Benicio Del Toro, Tommy Lee Jones / Caleb Deschanel [cinematographer] / 94min / USA / 2003 ☆
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Sat, June 18, 2005

空港の君 【ターミナル】 スピルバーグ [US'04]

テーマ:映画 〔北米:メジャー 21世紀〕

 ある国際空港で一切の出入国が不許可となった人物を主人公に据えた作品と聞けば、映画好きの人間の多くは即座にロシュフォール主演の“パリ空港の人々”[1993]を思い出すことだろう。映画“ターミナル”も案の定、同作品のリメイクだった。しかも元作品にはないヒロインを登場させて恋愛シーンをつくり(スッチー役 by キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)、悪役も用意して対決シーンに持ち込むという(取り締り官 by スタンリー・トゥッチ)、徹頭徹尾ハリウッド的落とし込みを加えている。これをスピルバーグの詐術とみるか、クリエイティヴィティの枯渇とみるかはおそらく意見の割れるところだと思う。

 ともあれトム・ハンクスの演技はいつも通りの水準に達していて、これだけで充分楽しめたとは言える。様々な人物や出来事との遭遇をへて、空港を出るか否かという主人公の決断が物語の行方を左右してゆくプロットの構成は大枠で“パリ空港の人々”を引き継いではいるものの、キャスティングの相違が両作品の質の違いを決定的なものとしている。すなわち“パリ空港の人々”では、このようなビルドゥングスロマンの一典型を青年ではなくロシュフォールという、老年で二枚目でありつつもとぼけた風情のある俳優が演じるところに玄妙なエスプリが生じていたのだが、これがトム・ハンクスになるともう彼以外ではありえないような異様さを孕んでくる。食べ物を獲得し、建築施工の腕を発揮してゆくくだりなどにとりわけ顕著だが、その極太なヴァイタリティー放恣の様は成長譚というよりは、もはや“フォレスト・ガンプ”[1994]や“キャスト・アウェイ”[2000]で彼が見せたような冒険譚に近い。

 ちなみに本作品および“パリ空港の人々”でモデルとなった実在の人物は“元”イラク人で自称アルフレッド・マーハンと名乗り(元の本名は別にあった)、現在も17年目の滞在をシャルル・ド・ゴール空港で続けているらしい。彼を難民とみるのは高等遊民とみるのと同程度に無理を感じるが、いずれにしてもこの特異さには孤高の色合いを感じてならない。
(↓こちらのBBCドキュメント動画にマーハン本人が特集されています)
http://news.bbc.co.uk/olmedia/cta/events99/millennium/diaries/airport.ram


"The Terminal" by Steven Spielberg / Tom Hanks, Catherine Zeta-Jones, Stanley Tucci / 129min / USA / 2004 ☆
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Mon, June 13, 2005

栄観寝夢 【8 Mile】 カーティス・ハンソン [US'02]

テーマ:映画 〔北米:メジャー 21世紀〕

 “8 Mile”は、ハードコアラッパー(こう書くと何だかカワイイ感じだが)エミネムの自伝的ストーリー。主役のジミー役(エミネムの本名)を、エミネム本人が演じている。舞台は彼の出身地である1990年代のデトロイト。産業構造の変化に置いてけぼりを食らって荒んだ街並みがしばしば映し出されることになる。
 タイトルの“8 Mile”とは、直接的にはデトロイト市内中心部に横たわる、白人中心の富裕層と黒人を中心とする貧困層との居住区を分ける人種的境界間の距離を指している。この“8 Mile”が作品中ではたびたび象徴的に扱われ、ときに絶対的な壁として、ときにいつか越え出て行くべきゲートとして語られる。

 場末のクラブで開催されるラップバトルのシーンは見モノ。とりわけ最後の優勝決定戦の場面でのエミネムによるラップの実演はさすがというか、気合が漲っていて痛快。バトルを勝ち抜くために採られる戦略はロジカルにはありきたりなものだが、画面の臨場感がそのベタさを吹き飛ばしていた。
 エミネムは役者としても十分堂に入った演技を披露しており感心。ここで Bjork や Madonna、あるいは Faye Wong を挙げるのも良いだろうが、国境を越えるようなスター歌手には演技功者の比率が割に高いような気がするのはなぜだろう。 歌手一般に比べてもしこうした演技との親和性の面で質的に優位に働くような要素があるとすれば、それはそれで興味深い。

 他のキャストでは、エミネムの新しいガールフレンド(Alex)を演じた Brittany Murphy が非常に良かった。とくにエミネムとのセックスシーンで見せた呆けた表情の動きは類稀なものを感じた。他にもエミネムの母役で Kim Basinger、親友役(Future)で Mekhi Phifer("ER"でベントンにいじめられる若い黒人医師をやってた俳優)、グループの女友達の一人に"24"で大統領の秘書役をやっていた若い黒人の女優(名前我不知)など、力量ある面々が脇を固めていた。太っちょの友人 Sol George を演じた Omar Benson Miller も素晴らしく良い。
 監督は"L.A.Confidential"(1997),"Wonderboys"(2000)などのカーティス・ハンソン。DVD特典の監督のインタヴューをみたかぎりでは、想っていたよりずいぶん洒脱な感じの人だった。


"8 Mile" by Curtis Hanson / Eminem, Kim Basinger, Brittany Murphy, Mekhi Phifer, Evan Jones, Omar Benson Miller / 110min / USA / 2002 ☆
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Wed, June 08, 2005

異次肉林 【エイリアン vs. プレデター】 P.アンダーソン [US'04]

テーマ:映画 〔北米:メジャー 21世紀〕

 2004年、巨大企業ウェイランド社の情報衛星が、南極大陸の地下深くでの謎の熱源の発生を探知する。衛星からのデータを解析した結果、それが世界最古の文明が生んだ古代遺跡だと判明する。経営者であることに誇りと同時に虚しさをも感じるウェイランド社CEOのチャールズは、自身による現地調査を決断。各分野の専門家を招集し、南極に向かう。

 “アイ,ロボット”や“キル・ビル vol.1”の項にも述べたが、こうした現代ハリウッドの商業娯楽映画に作品世界のもつ物語性や品格、真性の意味での芸術性を求める姿勢は直截に言って‘もったいない’。制作の側はすでに構造的な意識転換を終えている。観る側はその変化に寄り添い、大規模な資本の投下を以て展開される視覚的イリュージョンをのみ楽しむスタンスを採るのが最も‘ペイ’すると個人的には考える。
 その伝でいけば、舞台となる遺跡のデザインや、南極大陸の氷上にあり地下遺跡の上部に位置する19世紀に廃棄された捕鯨基地のセットなど、視覚的に楽しめた要素はかなり多い。エイリアンとプレデターの格闘シーンも、プレデターの人型の身体に対する、エイリアンの特異な身体構造から生み出されるアクションはよく練られており見応えを感じた。

 その意味ではブログ等であれこれ書くのはあくまで二次的な享楽に過ぎないが、そのうえでなお一つ気になった点を挙げるなら、クメールとアステカとエジプトの混合ゆえに、世界最古の原型的な文明だというロジックはあまりにもしょうもない。言うまでもなくクメールもアステカも隆盛を極めたのは12,3世紀の話で、場を移せばハプスブルクや鎌倉幕府の時代である。たしかにエジプトに加えてメソポタミアやインダスでは醸す神秘性に目減りはあるが、せめてオルメカや三星堆あたりを出してほしかった。三星堆のややこしいデザインとか、うまくデフォルメすればエイリアンをデザインしたH・R・ギガーのセンスに絶対合うと思うのだけど。
 もう一点。“フレディvsジェイソン”、“ゴジラvsガメラ”など、人気の凋落しつつある同ジャンルのキャラクターを対決させるという手法はいかにも商業娯楽映画にありがちだが、その対照性を押し出す要に駆られるあまりか、各々のキャラクターが元々持っていた魅力を出し切れずに終わることもまたありがちなのに違いない。人型ゆえにかプレデターが複数の個体間に人格の差異をも感じさせる表現を施されていたのに対して、エイリアンの方には映画“エイリアン”シリーズが育んできたような存在論的な深みが一切欠けていた。とりわけ女王蟻的なマザー・エイリアンが、‘こいつを倒せばアガリ’という以上に何の含みもないボス・キャラとして消費されていたのは残念。
 最初に作品内世界観を総覧し、後半はアクションにのみ集中するという“バイオ・ハザード(Resident Evil)”と同様のポール・アンダーソンの制作手法は、シンプルで良い。何よりその衒いのない率直さが良い。アクションが見せたいんだそれだけさ、っていう。


"Alien vs. Predator" by Paul W.S. Anderson [+scr] / Sanaa Lathan, Raoul Bova, Lance Henriksen / 100min / USA+Canada+Germany+Czech Republic+UK / 2004 ☆
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Mon, June 06, 2005

人形禁忌 【アイ,ロボット】 A.プロヤス [US'04]

テーマ:映画 〔北米:メジャー 21世紀〕

 2035年、新型のロボットの普及が始まる。すでにロボットは人々の生活に不可欠のものとなっていたが、この最新鋭のロボットには重大な欠陥があった。開発者の博士は謎の事故死を遂げ、ウィル・スミス扮する主人公の刑事は事件を探るなかでロボットたちの異変に気づく。

 アイザック・アシモフの古典的SF小説を下地におくこの作品は、そのプロットの大枠に目新しい要素は取り立てて何もない。ロボットが自らのプログラムにあらかじめ組み込まれた‘人間を襲ってはならない’等の禁則を破る筋立ても、その背後に単体のロボットたちを統べる人工頭脳の存在が明らかになっていく構図も、すでに見飽きたものの域を出ない。
 絵的なディティールにしても、この新型ロボットのフォルムはどうみても Chris Cunningham の Bjork PV や“Ghost in the Shell”の亜流だし、都市やインテリアの作り込みにもたとえば“マイノリティ・リポート”のようなこだわりはみられない。

 それゆえこれらをもってこの作品を駄作と断ずるのはたやすいが、個人的にはそうした評価は少しポイントがズレているように思う。最近は東京にもシネマ・コンプレックスがずいぶん増えたが、海外の、とくにアジアの大都市で映画がどのように観られているかに実地に触れれば、このことの理由はわかる。すなわち市場があぶり出す最大多数の観客にとって映画はすでに、ウーファーをも使用した多層的な音響効果や、リラックゼーションシートといったサービスの行き届いた環境のなかで楽しむイリュージョン装置に他ならず、映画作品本体の質は‘趣味’の選択を左右する最終的なソフトの微細な差異としてしか機能しない。そこではプロットの精神性、先進性よりはむしろ、体感的享楽性、ステロタイプなカタルシスへの導きの有無こそが問われる。とかく大都市の情報メディアインフラにおいて日本や欧米は既存の体制が強固な分、新興の国々に多くの面で先頭を譲っている。映画の配給体制はそのささやかな例の一つだが、個人の作家性よりマーケテット・リサーチが重視されるハリウッド映画ならではの未来像がそこには茫洋として浮かぶ。
 そして‘体感的享楽性’についていえば、この作品は完全CGによる、人型だが人ではないゆえに可能となるロボットの超絶的アクションは観る目に極めて快い。‘カタルシス’についていえば、ウインクすることの意味や人間の感情という不可解なプログラムを必死に学び、会得していくロボットの姿、トラウマを抱え奔走する刑事の姿に涙する人はきっと大いに涙する。その意味でこの作品は無難な水準を行っている。悪かない。

 極私的には、刑事に寄り添う女性研究者が彼と恋愛関係に落ちるよう描かれなかったのはやはり、彼女が白人でウィル・スミスが黒人だからなのだろうということ、プログラムゆえのこととはいえ博士を殺してしまったロボットと刑事とがラストで友情を確かめ合ってしまうことの禁忌のなさ、等が気になった。女性研究者を演じたブリジット・モイナハンは“リクルート”に続きいい感じに仕上がってきており、今後が楽しみ。


"I, Robot" by Alex Proyas / Will Smith, Bridget Moynahan / 110min / USA / 2004 ☆☆
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Sun, May 15, 2005

戦々楽々 【キル・ビル vol.1】 クエンティン・タランティーノ [US'03]

テーマ:映画 〔北米:メジャー 21世紀〕

 笑った。いまさらながらだが、初見である。


 友人知人の範囲でも世間的にも等しく賛否両論の両方を聞いていたけれど、これは単純に面白い映画だったと思う。というかそれ以外の何物でもない。この作品を浅薄だと酷評する人は少しズレているというか、どこか頭がヘンかもしれない。面白さだけを意図している作品に、タルコフスキーの味わいを求めてどうするっていう。


 しかもこのディティールへのこだわりは予想外にレヴェルの高いものだった。文化考証的にどうという話ではない。襖がサイバースペースチックに無限展開する空間での斬り合いとか、青葉屋のシーンはどこも凄い。もう、それだけっ。


 美術に“スワロウテイル”、“イノセンス”などの種田陽平と“コラテラル”などのDavid Wasco。やくざの親分衆として麿赤児や國村隼も客演している。なかなか粋ではないですか。にゃはは。



“Kill Bill Vol.1” by Quentin Tarantino / Uma Thurman, Lucy Liu, 栗山千明, 千葉真一(Sonny Chiba), Julie Dreyfus / 種田陽平, David Wasco [Production Designer] / US / 2003 ☆

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