Sat, May 21, 2005

自治と学 【泥ウソとテント村】 新田進 [日本'04]

テーマ:映画 〔日本:21世紀〕

  “泥ウソとテント村”は東大・山形大で起こった学生自治寮の廃寮反対闘争をテーマとしたドキュメンタリー映画。

 東大駒場寮、山形大自治寮のどちらもが結局機動隊を導入する騒乱を経て潰されてしまうのだけれど、山形大学の方はそののち自治寮の学生たちが山形大学当局を訴えた『泥棒はウソのはじまりだった』国家賠償請求裁判へと至る。


 大学当局による強制執行や山形大学によるスパイ行為露見のシーンなど、絵的にも見応えのある箇所が思いのほか多かった。
 大学側の関係者がもっぱら冷酷無情の鉄面皮で描かれるなか、元東大教官でかつて自治寮を長く支援してきた人が出演するシーンは、目先ではなく大きな視野で現在の狭量に陥った教育状況を批判する言葉が逐一説得力があり、よろしい。映画的にも静かなクライマックスの一場面として良く機能していた。


 このドキュメンタリー映画は主に二つの見方ができると思う。一つはスタンダードに学生による社会運動を追いかけた記録映画として、ことの顛末を追い事実確認の糧とする見方。もう一つは、学生たちの成長を描いたビルドゥングスロマンとしてその行く先を追う見方。

 後者の見方を採った場合、東大の学生たちが寮建物の強制排除後、同じ敷地内に自ら設営したテント村のエピソードや、山形大学の学生たちが追放後新しい寮に入れてもらえず、自分たちで共同生活を始めるエピソードなどに感動を覚えることになる。琉球新報への掲載記事に載った、「テント村の建築法は、大学当局によりバリケードを作るために介入した施工業者の技術を盗み、敷地後方のテントに行くに従い上手くなっていく」というある建築評論家(五十嵐太郎か?)による記事が紹介されたりする。

 実際に監督や映画中に登場する二人の“最後の”両学生自治寮委員長とも知り合い話した。その顛末についてはそのうち同行した主人が書くんじゃないかな。きっと書くかな。いやどうかな。



泥ウソとテント村 -東大・山形大 廃寮闘争記- ” by 新田進 / 日本 / 2004 / アテネ・フランセ 2005年5月7・14日上映 ☆☆

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Sun, May 15, 2005

戦々楽々 【キル・ビル vol.1】 クエンティン・タランティーノ [US'03]

テーマ:映画 〔北米:メジャー 21世紀〕

 笑った。いまさらながらだが、初見である。


 友人知人の範囲でも世間的にも等しく賛否両論の両方を聞いていたけれど、これは単純に面白い映画だったと思う。というかそれ以外の何物でもない。この作品を浅薄だと酷評する人は少しズレているというか、どこか頭がヘンかもしれない。面白さだけを意図している作品に、タルコフスキーの味わいを求めてどうするっていう。


 しかもこのディティールへのこだわりは予想外にレヴェルの高いものだった。文化考証的にどうという話ではない。襖がサイバースペースチックに無限展開する空間での斬り合いとか、青葉屋のシーンはどこも凄い。もう、それだけっ。


 美術に“スワロウテイル”、“イノセンス”などの種田陽平と“コラテラル”などのDavid Wasco。やくざの親分衆として麿赤児や國村隼も客演している。なかなか粋ではないですか。にゃはは。



“Kill Bill Vol.1” by Quentin Tarantino / Uma Thurman, Lucy Liu, 栗山千明, 千葉真一(Sonny Chiba), Julie Dreyfus / 種田陽平, David Wasco [Production Designer] / US / 2003 ☆

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Sat, May 14, 2005

見る左翼 【レフト・アローン [第二部] 】 井土紀州 [日本'04]

テーマ:映画 〔日本:21世紀〕

karatani  新左翼の展開を回顧的に描くドキュメンタリー映画“レフト・アローン”、後半の第二部は日本における60年代の学生運動の顛末を離れ、毛沢東、ゲバラ、ファノンを駆け抜けてより現代に軸足を傾けていく。

 

 絓との対談のなかで、柄谷行人は地域通貨とくじ引き制社会制度の有効性を唱え、津村喬は現下の社会におけるオウム的危うさを述べ、早稲田大学サークルスペース移転闘争を戦う花咲政之輔はスーパーフリーの若者たちへ部分的理解を示す。それらはいずれも今を焦点に置いた語りで、もっぱら回想に終始した第一部とはかなりムードの違うものになっていた。


 最後に松田政男が、みんな死んじゃったからね、とつぶやいていたのがもの悲しい。これは必ずしも寿命による死を意味せず、むしろ精神的な死を言っているのだろうと思う。

 
 

レフト・アローン [第二部]” by 井土紀州 / 絓秀実, 柄谷行人, 津村喬, 花咲政之輔, 松田政男 / 109min [第一部:93min]  / 日本 / 2004 / アテネ・フランセ 2005年5月14日上映 ☆

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Fri, May 13, 2005

語る左翼 【レフト・アローン [第一部] 】 井土紀州 [日本'04]

テーマ:映画 〔日本:21世紀〕

leftalone11

 絓秀実が中心人物として描かれる。現在進行形で語られる早稲田大学でのサークルスペース移転阻止闘争と、松田政男、西部邁、柄谷行人らを相手どり交わされる、かつての闘争。あの時代は何であったか。いまはどういう時なのか。絓秀実は本屋の評論棚で時々見る人、西部邁は朝生の常連、柄谷行人は難しいこと言うのが好きな人、くらいにしか知らなかったし関心も持ってこなかったので、彼らが自分の生きた経験を語る言葉は新鮮だったし、花田-吉本論争(花田清輝と吉本隆明による文学論争)や学生運動の離合集散のプロセスを追いかけたシークエンスなどもよく知らなかったことが多く、ためになった。たぶん。(詳しいあらすじは[作品HP] を参照のこと)

 

 だが監督の井土紀州がこの作品で何をやりたかったのか。そこがいまいち、伝わってこなかった。傲慢にもニューレフト(新左翼)正史のようなものを描く試みを意図したわけではないことは、西部邁への異様なほどの同情的視線と、それとは対照的にドライな柄谷行人への扱いからもよく分かる。ではこの映画は要するに絓秀実による“左翼運動紀行の旅”なのかと考えても、その割には絓秀実本人の思想が語られなさすぎる。彼を案内役としたルポタージュとして見ても、最もリベラルな生き証人としての松田や絓よりさらに後発の鎌田との討議を別にすれば、社会潮流の動きに即したバランス・シートをうまく維持できているようにはとても見えなかった。(つまりそのようなものとしては意図されていないらしい。)

 


レフト・アローン [第一部]”  by 井土紀州 / 絓秀実, 松田政男, 西部邁, 柄谷行人, 鎌田哲哉 / 93min [第二部:109min] / 日本 / 2004 / アテネ・フランセ 2005年5月7日上映 ☆

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Thu, May 12, 2005

≪☆☆☆≫評点について

テーマ:“☆☆☆” 評点,本サイトについて
 各記事末尾の☆は、芸術性・娯楽性・社会性(または先進性)・趣味性・品格の各要素について秀逸と感じた際に一つずつ付けています。

 よって☆一つの作品が、他の作品より猫的にも面白いというケースはよくあります。たとえばすさまじく楽しい、だけの作品は、☆一つだけだけれども幾度も観たくなるに決まっている、という具合です。

 他方☆の多い作品は、そのバランスにおいて非常に優れていると感じたもの、とは言えるだろうと思います。どの人にも安心してお勧めできるという点では、☆の多いものが有効です。

 ただ、とはいえ☆が多い方に比較的一押しの作品が集まる傾向にはやはりなるので、一応おしなべて言えば、

 ( ) 星なしは見所も感じずよくわからない作品、
 ☆ は偏りがめだつ分エッジの立った良作、
 ☆☆ は特徴/個性の際立つ秀作、
 ☆☆☆ は刮目に値する傑作、
 ☆☆☆☆ は問答無用の逸品、
 ☆☆☆☆☆ は言絶の珠玉、    としておきます。

 ☆☆☆をいわゆる“三つ星”、満点の評価とお考えください。  
 ☆四つ、五つという作品はかなり稀になるはずです。

 また、付された☆が具体的にどの要素を示すものかは、記事本文を読んでご推測ください。できるかぎり作品の良さを伝えたい一方で、イメージの固定化を呼ぶようなリスクは避けたいので、総数のみ示すことにしています。

 以上の旨、ご了承くださいませ。映画記事を念頭に書きましたが、書籍、展覧会についても大筋は同様です。

 お気軽にコメント付けてくださいね。
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Wed, May 11, 2005

禁忌と怨 【オールド・ボーイ】 パク・チャヌク [韓国'03]

テーマ:映画 〔東/東南アジア〕

 なぜか今日は、失語症的に書くことが思い浮かばない。それがこの映画に関してそうなのか、映画全般についてそうなってしまったのか、わからない。完成度の非常に高い作品であることは確か。異様に、と言ってもいい。ただその完成度が前もって周到に準備され、計算し尽されたゆえのものであるように感じたからか、受けた衝撃の大きさに比べると、見終えてどこか腑に落ちないところが残る。


 なんなんだこのおじさんは。すごいな。とは思う。ミドルショット1カットで3分続くチンピラ集団相手の乱闘シーンの、ただカッコいいだけでないしょうもなく汗臭いリアルさは“仁義なき戦い”とか“羅生門”を彷彿とさせるし、一緒に行動する女の子とのセックスシーンもこれほどに明け透けというか、愛してる→ゆえにいたす、という以外の映画的で余計な要素が一切ないのは久しぶりに観た気がする。

 (このセックスシーンを観てなぜかジャン=ジャック・ベネックスの“37゚2 le matin”と今村昌平の“うなぎ”を思い出したけど、“オールド・ボーイ”のそれに比べれば“37゚2 le matin”はキレイすぎるし、“うなぎ”は情緒的すぎる。)


 おじさん役のチェ・ミンシク、女の子役のカン・ヘジョン、大好き、すごくいい。もう一人の主役(敵役)を演じたユ・ジテは、その演技力は認めるけれどやはりどうにも年齢に無理がありすぎ。

 監督のパク・チャヌクはこの作品により、最終的にアジアを代表するヒットメーカーとしての地位を築いたんじゃないか。一発屋でないことは“JSA”を過去に持つことからも明らかだし、緻密な構成力と大胆な発想が見事に合成する様はほとほと感心するばかり。普段映画を多く観ない人はその各シーンに驚きと感銘を覚えるだろうし、よく観る人はそのほとんどのシーンに20世紀映画の遺産を観、この韓国人監督による味付けを堪能することになるはずだ。


 とまぁどこが失語症だよというくらいに五月雨打ちしてるけれども、どれもぜんぜ~んこの映画を観て感じたこと考えたことの核を突いてないんだよね。そこはおいおい、主人が別の機会に書くこともあるでしょう、あるかもしれない、ないかもしれない。

 

“Old Boy” by Park Chan-wook [+scr] / Choi Min-sik, Kang Hye-jeong, Yoo Ji-tae, Yoon Jin-seo / 韓国 / 2003
2004年カンヌ国際映画祭グランプリ ☆☆☆☆

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Tue, May 10, 2005

憶う歳月 【永遠と一日】 テオ・アンゲロプロス [Greece+Fr+Ita'98]

テーマ:映画 〔欧州:イベリア,ギリシャ〕

 老人の最後の一日をテーマにした映画。ギリシアの街、テサロニキを舞台とする。詩人として生きた老人は数年前に最愛の妻を亡くし、自身も病に侵され、最後の旅に出ることを決意するが、旅立ちの日にふとしたことからストリートチルドレンとして生きる少年を助ける。娘が生まれた日、妻が残した自身への恋文。娘が売り払ったため廃墟と化した、自身の人生の財産とも言える海岸の別荘での回想。雪の降りしきるアルバニア国境での、行方を失った無数の人影を背後に語られる少年の境遇。夜闇をゆくバスの窓光。現実と幻想、悔悛と希望とが互いに融け合ってゆく。


 車の運転席と助手席に座る老人と少年の顔が映し出される。ブルーノ・ガンツ演じる老人との、その表情の対照性は互いの年齢が逆転しかのようで、少年の表情はすべてをあきらめきったかのように老けこんでいて、老人のそれは泣きはらした赤子のようだ。アルバニア難民としてここで生き、人身売買に身を引き渡される危険とも隣り合わせの境遇を生きる少年のそれは疲弊しきり、張り付いたような笑顔が痛々しい。


 テサロニキはギリシア第二の街で、アテネに比べると古い町並みが良く残っている様子。二ヶ月ほど前にはギリシアにいた。ところどころで意味のわかるギリシア語が懐かしく響いてくる。なんだか悲しかった。

 砂場でお手玉遊びをする子供、それが時間だ。
 私の心は下書きだらけ、何も書き残してはいない。
 なぜ願うことが思い通りにならない? なぜ我々は希望もなく、腐ってゆくのか。苦痛と欲望に引き裂かれて。なぜ私は一生よそ者なのか。ここが我が家だと思えるのは、まれに自分の言葉が話せたときだけ。自分の言葉。失われた言葉をもう一度見つけ、忘れられた言葉を沈黙から取り戻す。そんなまれな時にしか、自分の足音が聞こえない。なぜお互いの愛し方がわからない。
 いつか君に聞いた。明日の時の長さは? 永遠と一日。 何だって? 永遠と一日。
 私は今夜、向こうへ渡る。言葉で君をここに連れ戻す。すべては真実で。すべては真実で。待っている。私の花。よそ者。私。とても遠く。



Mia Eoniotita Ke Mia Mera”(Eternity and a Day / L'Éternité Et Un Jour) / Theo Angelopoulos [+scr] / Bruno Ganz, Isabelle Renauld, Achilleas Skevis etc. / 134min / Greece+Fr+Ita / 1998
1998年カンヌ国際映画祭パルムドール ☆☆☆

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Thu, May 05, 2005

この掌のさきに

テーマ:肉球日記

neko0

 

 よいことなのか、わるいことなのか、わからない。
 けれどもどうやらあたし、ねことして生まれてしまったらしく。

 ねことして生まれてしまったからなのか、ひとの言うことがよくわからないこともある。ひとならば引き受けてあたりまえらしい、理想だとか義務だとかいう、けむりのようなものとも縁がない。

 ただ使命感のようなものならある。ねことしてまっとうに生き、ねことしてこの宇宙にあらんかぎりの愛嬌をふりまいて、いずれはよいねこだったと惜しまれつつ、さっそうと逝かねばならない。なにはともあれ。

 そしてそのようなありかたは、きっとひとがおもうほどには甘くない。ねこにはねこなりの苦労がたんまりあるから、そこだけはいつかわかってくれよとおもっている。

 ねこゆえに、なにかあったらにゃんとなく。はらがへったらにゃにゃんとなく。さみしくなったらにゃぅ~んとないて、ねむくなったらまっすぐねむる。そこはしっかり、徹底する。

 とりあえずはそう心にめぐらせて、きょうもまたにゃんとなく。
 ただあなたの声を、すこし想う。

 

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