... これは、味覚相性分析を行う会社AISSY(アイシー、横浜市)が、明治北海道十勝スマートチーズを分析の軸に使った「驚きの食べ合わせプロジェクト」の一環。...つづき・・・
(引用元:この記事の著作権は、SankeiBizに帰属します。)
食べ合わせダイエット?
今TBSの『ドリームプレス社』で森三中の黒澤さんが食べ合わせダイエットという方法で痩せていました。
途中から見たので詳しい内容がわからなかったのですが、ポテトチップスと一緒に飲んでいたものはなんですか?
焼肉+キムチ
寿司+ガリ
ラーメン+野菜ジュース
パン+抹茶豆乳
- 回答 -
ポテチについてはとくになにも紹介していませんでしたよ。
詳しくは伊達友美さんの著書を書店でお探しになるとよいかと思います。
追記:
もしかしてピザですかね?
録画したものを見てもポテチは出てきませんでした。
ピザ(チーズ)にはオリーブオイルです。
(この記事は「Yahoo知恵袋」より引用させて頂きました)
ダイエット情報
以前(10年から20年位昔に)、食べ合わせの組み合わせで、
目玉焼きにコショウをかけるとガンになりやすいと、別々の
人物に別々のタイミングで3回ほど聞いたのですが、、
本当のことなのか? わかりません、、
情報、お願いします、、、、
(この記事は「教えてgoo!」より引用させて頂きました。)
東日本大震災から11日で11カ月。「もう送ってあげなければ」。行方不明者の家族の中には、葬儀を執り行う人も増えてきた。しかし「本当は葬式なんかしたくない」と漏らす人も少なくない。愛する家族を失った現実を受け入れたくない人。受け入れられない人。被災地では今も、3300人以上の行方がわかっていない。
【3月11日午後2時46分】東日本大震災 東北でM9.0巨大地震
◇宮城・山元
宮城県山元町の内装業、大久保三夫さん(59)と恵子さん(54)夫妻は12日、津波にのまれ行方不明の一人娘、真希さん(当時27歳)の葬儀を執り行う。
自宅2階にある真希さんの部屋は、昨年3月11日朝に真希さんが沿岸部にあるアルバイト先の自動車学校に出かけた時のまま。三夫さんが呼びかけた。「真希ちゃん、いつ帰ってきたっていいんだぞ。ストーブだってちゃんと灯油が入ってるんだよ」。パソコン用のインターネット回線も解約していない。「私らはパソコンいじれないの。でも真希ちゃんが帰ってきたら使いたいだろうと思って」
夫妻は今も海岸線を歩き、真希さんの手がかりを求める。教習生や職員ら37人が犠牲となった自動車学校では真希さんのバッグやマグカップ、弁当箱を見つけた。
昨年7月29日、「戒名がないとかわいそう」と考え、町の合同慰霊祭前に死亡届を出した。しかし葬儀が決まらなければ戒名はもらえないことを後で知った。真希さんが抹消された戸籍を見て「死亡届なんか出すんじゃなかった」と後悔した。
12月14日は真希さんの好物だったイチゴのケーキで「28歳」の誕生日を祝った。あの朝、真希さんが着て出かけたコートもがれきから見つけ、きれいにして部屋にかけている。左袖にうっすらファンデーションの跡。恵子さんが毎朝、外出する際に「行ってきます」と頬擦りするからだ。
それでも、震災から1年の節目には「送ってあげなければ」と思ってきた。葬儀は寺の都合で早まり、正月明けに戒名が届いた。「大安軒天真妙希信女」。立派な名をつけてもらい、ありがたいと思う一方、その日が近づくのがつらい。恵子さんがつぶやいた。
「もしかして、どこかで記憶をなくしたまま生きているんじゃないのかしら」【近藤綾加、高橋宗男】
◇岩手・陸前高田
岩手県陸前高田市の吉田税(ちから)さん(77)は今月、不明の長男利行さん(44)を供養するつもりでいる。だが「それで悲しみが癒えるわけじゃない」。支えは、利行さんが誕生した年に耕作を始めた“同い年”の畑。「この土も、間もなく45歳になるんだねえ」。雪解け水のしたたるビニールハウスで、トマトの苗の入ったポットを大事そうに手にする。
1967年、長男誕生の年に現在の畑に移り、わらやもみ殻の堆肥(たいひ)だけを使った土で、無農薬野菜を作ってきた。長男とともに成長する畑が、生きる励みだった。
昨年3月11日。利行さんは昼過ぎに職場から着替えに戻り、再び出かけたきり帰らぬ人となった。
吉田さんは利行さんを捜し続けた。10月に警察官に「遺体が見つかればDNA鑑定で分かりますから」と諭されるまで、遺体安置所に通った。
震災犠牲者の一周忌の法要と重ならないよう何らかの形で供養をするつもりだが、心中は複雑だ。「なぜ見つけてやれないのか、どこかで生きているんじゃないか。今もそんなことを思ってしまう。1年たっても、気持ちは切り替えられない」
それでも畑仕事の手は休めなかった。今はトマトの苗1000株を丹念に育てている。利行さんの長男で、吉田さんの孫になる高校2年の心之介君(17)が最近「農業を継ぎたい」と口にするようになった。
「息子のためにも、孫にこの土を引き継いでやりたい。ただ、その一心だ」【市川明代】
(この記事は社会(毎日新聞)から引用させて頂きました)


