ある脳外科医のぼやき

脳や脳外科にまつわる話や、内側から見た日本の医療の現状をぼやきます。独断と偏見に満ちているかもしれませんが、病院に通っている人、これから医療の世界に入る人、ここに書いてある知識が多少なりと参考になればと思います。
*旧題「ある脳外科医のダークなぼやき」


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あけましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いいたします。


それではさっそく、引き続きご質問に答えています。


順に答えていますが、

残念なことに記事にできるほどでもない質問に関してはコメントで返しているのでご参照ください。


今回は

「脳転移に対してサイバーナイフ治療をしたが、また再発した。さらに治療できるのかどうか?」


というご質問にお答えします。

とはいえ、僕は放射線治療科の専門医でもなんでもないので、

一般論としてのお答えになります。


基本的に、大原則として知っておいてほしいこととして、

放射線治療は諸刃の剣ということです。


放射線は確かに癌細胞も殺しますが、正常細胞も殺します。


放射線は細胞の核のDNAをダメージするので、

細胞分裂が盛んな組織ほど効果が強いです。


脳の神経細胞はあまり細胞分裂しない細胞と考えられているので、


脳転移巣に放射線を照射した場合、

細胞分裂の盛んな癌にはよく放射線が効いて、脳の細胞にはそれほどではないと考えられます。


この放射線によるダメージの差を利用して治療するのが、

脳転移に対する放射線治療です。


つまり、脳そのものが痛まない程度に癌が死ぬだけの放射線をあてることで、

癌だけを殺すのです。


極論、

どうしても癌を脳から消し去りたければ、十分に強い放射線をあてれば癌は死にます。


しかし、

放射線が強すぎると周囲の脳組織も死んでしまうことになります。


この諸刃の剣をうまく使うことで、

治療という枠に当てはめるのが放射線治療と言えるでしょう。


これらの正常脳組織と脳転移巣の放射線耐用性の差は治療可能比という概念で考えられています。



さて、

具体的な話になりますが、脳の放射線治療には大きく2種類があります。


一つは全脳、全脊髄照射などと呼ばれるもので、

多発する脳腫瘍や、極めて再発や播種の可能性の高い腫瘍の場合に、

いっそ脳全体や脊髄全体に放射線をあててしまうという方法です。


これは当然、全脳に放射線があたるので、

腫瘍に対する効果の範囲も広い一方で、脳全体への影響も強いことが分かると思います。


もう一つは定位放射線照射です。


これは今回質問にあったサイバーナイフや、ガンマナイフ、他にもSRT,SRSなどがそれにあたります。

いろいろと種類はありますが、

どれも脳の中の一部の病変にのみ放射線を集中させて狙い撃ちするという基本的な仕組みに変わりはありません。ただ、放射線をあてる上での機械の違いです。


また、放射線の当て方にも二種類あります。

それは分割照射といって、連日少ない線量を当てる方法と、

非分割照射といって単回でドンと多い線量を当てる治療法です。


分割した方が様々な理由(正常細胞の回復など)で、トータルとして多くの線量をがん細胞に当てることが出来ます。また、全脳照射など、正常組織への影響が大きい場合にはこの分割照射しかできません。


一方で、

脳の一部にできた脳腫瘍を狙い撃ちする定位放射線治療では、

狭い範囲(ガンマナイフでは2.5cm)に限って、非分割照射ができます。

分割することなく、単回でがん細胞を殺すのに十分な線量を当てることができるのです。


おそらく今回の質問にあった脳転移では、

この非分割照射で一回でそれなりの線量をあてて治療したものと思われます。


ちなみに、


サイバーナイフとガンマナイフの最も大きな違いは、

サイバーナイフでは連日分割照射が可能という点です。


ガンマナイフでは治療時に毎回金属のピンで頭蓋骨を固定する必要があったため、苦痛も大きく、

基本的には連日治療、分割照射というのは出来なかったのです。


そのためガンマナイフでは神経など重要な組織の近くの腫瘍や、

大きな腫瘍の治療が難しかったのですが、サイバーナイフでは可能です。


ガンマナイフのように非分割で照射する場合には多くの線量が一発でいきますので、

周囲の組織を傷めてしまいます。


そのため、重要組織の傍では治療ができなかったり、

狭い範囲に限った治療しかできなかったのです。

広い範囲にドンと一発で放射線が当たると周囲への影響が大きすぎるのですね。


分割照射が可能なサイバーナイフでは、

広い範囲に定位放射線治療が出来ることが特徴です。


さて、それらを踏まえて、

サイバーナイフでの再治療ができるか?という今回の質問ですが、

前回と離れた部位であれば治療が可能だと思います。


前回と近い場所での再治療が難しい理由は、

近い部位に再度放射線をあててしまうと周囲の正常組織への放射線の影響が蓄積し、、

正常脳神経細胞などが死んでしまうからなのです。



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テーマ募集で研修医の先生から質問をいただきました。

内容としては、


「患者さんの入院が長くなると本人や家族と話をする機会も増え、

親密になることがあるが、結果として力が及ばないことも多い。


そういった時に心に残ることが多い、時として精神的に辛いことも当然あるが、

それは経験を積めば慣れていくものなのか?」


というご質問でした。


この質問に対して僕が言えることとしては、


それはずっと変わらないよ、ということです。


医師といっても人間ですから、

コミュニケーションをとって親密になった患者さんが元気に退院できなければ、それは当たり前に辛いです。

ましてや自分が手術をした患者であれば尚更のこと。


これは一重に患者さんとの関係性によるでしょう。

親密になればなるほど、元気に退院したときの心の振れ幅も、そうでなかったときの振れ幅も大きい。


それは変わりません。


ただ、

病気が病気な場合にはどうしようもないこともあり、

そういう場合には初めから治療を担当する側として、ある程度不幸な結果となる覚悟を持つようになります。


そうすると覚悟がなかった場合よりはショックは少ないかもしれません。


よく、

医師が経験を積むにつれて、そういったことに慣れていくと表現されるのは、

実際には少し異なると思います。


経験が増えて、医師としての仕事を業務として割り切るようになってくると、

どこかで患者との関係にも一線を引くようになりがちです。


そうすると感情移入するほど十分にコミュニケーションをとること自体が少なくなるのかもしれません。


そうなってはならないとは思いますし、

ただ、一方で毎回感情移入していてはとてもこちらの身ももちません。


そのバランス、患者への接し方は医師によって異なるものでしょう。

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今回は、


「老衰時に食事をとれなくなるのは本人にとってどうなのか?そのとき脳はどうなっているのか?」


というご質問に対する記事です。


少しずつリクエストにこたえていますが、

うまく記事を書けなそうだと思った場合はそのままコメントに返信することにしていますので、


リクエストが記事にされずに飛ばされていると思った方はコメントを見てみてください。


さて、

今回のご質問ですが、


僕は老年科の医師ではないので、純粋な老衰についてそれほど豊富な経験があるわけではありません。


よって、この記事は僕自身の限られた経験と、

専門家のご意見、および一般論をお答えするだけになってしまいますが、

あしからず。


前提として、寝たきりで自らは食事を経口摂取することもできないような老衰の状態と考えてください。


こういった患者を診る終末期診療で言われている常識のひとつとして、

「本人が老衰で食べれなくなった場合、栄養投与はほんの最低限でよい」

ということがあります。


ます、

経管による消化管からの栄養投与について考えます。


終末期でも胃瘻や経鼻胃管によって、本人が経口摂取できなくなったとしても、

現代の医療では胃に栄養を流し込むことが可能となっているからです。


しかし、

消化器に投与された栄養を消化するにはエネルギーが必要です。

健常な人では消化に使ったエネルギーを上回るエネルギーを最終的に食べ物を分解して得るわけですが、

終末期の場合にはまず十分に食事を消化するだけの消化管機能もエネルギーも十分ではありません。


老衰による終末期ではゆるやかに全身の機能が下がっていますから、

投与された栄養を消化し、消化管を動かして便として排出することすら負担となりうるからです。


そして、

そもそも全身の組織、臓器がゆるやかに機能低下し、終末に向かっている状況では、

実は通常人の常識で考えるほどのエネルギーは必要ないのです。


過剰なエネルギー投与は本人を助けるどころか、

むしろ負担となると言われています。


人間は口から何も食べたくもなくなったら、

そこに無理やり管で栄養を流し込むことはないのです。


これらは経管投与でなくとも、経静脈の点滴による栄養投与でも同じことが言えます。


点滴の場合は消化管への負担はありませんが、

過剰なエネルギーと水分を体に強制的に流し込むという点では同様です。


しかし、点滴で投与された糖分などの栄養ですら、

それらを有効に利用する機能は終末期には十分でないでしょう。


計算上の何百キロカロリーを点滴で投与したとしても、

それらが本当に栄養として終末期患者の体に取り込まれ、有効に利用されているかというと、

決してそうではないのです。


むしろ、

過剰な栄養投与は負担になりますし、

心臓や腎臓が弱っている中では水分を過剰に投与するだけでも全身を浮腫ませ、本人にとっては負担となってしまいます。


栄養だけでなく、水分についても必要量で十分なのです。


ありがちなのは、

健常人で算定した体重あたりの必要カロリーを老衰期の患者に投与しようとして、

結果として水分量が多くなりすぎてしまうということです。


そうすると全身の浮腫で患者は変わり果ててしまいますし、

肺に水がたまると最悪、呼吸苦まで起こしてしまいます。


水分についても脱水にならない程度の適度な量を補給してあげるのが十分なのですね。

あとは血中のイオン、つまりナトリウムなどの電解質濃度を可能な限り正常な範囲に管理できれば良いでしょう。実際には腎臓や心臓の機能が低下するとこの電解質を適性に管理するのは相当に難しいのですが。

最低限の水分と栄養を補給、血液の電解質を管理することで、

ゆるやかに最期を迎えるというのがベストと言えます。


そのとき脳がどうなっているか?

脳自体がどういった状況にあるのかはわかりません。


ただし、全身機能が低下していく中で、血中の電解質が崩れたり、ビタミンが不足したり、代謝物質が排出されないようになると脳は機能できなくなります。


その結果としてか、

老衰時の終末期には次第に患者は昏睡となります。


昏睡となってしまっては最早脳に対する栄養が必要かどうかはわかりません。


しかし、

意識を保ち家族とコミュニケーションをとりつつ、ゆるやかに最期に向かうような理想的な場合には、

最低限脳を動かすだけのブドウ糖とある種のビタミン投与に加えて、電解質管理は必要なのではないかと思います。


脳はブドウ糖で動き、ビタミンや適性な電解質は脳を動かす上で必要な要素なのです。




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