NPO君日記

北陸のお寺、本光寺でNPOを立ち上げる。お寺とは無縁の職業を経てきたNPO君。ひょんな事からお寺の住職からNPO事務局長に任命されたのです。


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 11月20日()、一水会の今年の締めくくり行事「感謝祭」であります。第一弾は、朝から餅つきと大根の販売です。

若杉町一水会感謝祭1   第二弾は午後から会員の親睦会です。
NPO君は、今年は仕事の関係で午後の部懇親会の出席でした。一水会役員の皆さんは朝早くから、販売用の大根を畑に取りに行き、その後餅つきの準備と大変だったと思います。昨年はNPO君も役員で一日手伝いましたが、大根売るのも楽しいし、餅をつくのも心が弾みます。  

 日本人にとって餅は特別です。蒸籠で蒸しあがったもち米をちょっとつまんで口に入れ、塩をさっと一振り、小づきをしっかりやります。もち米が纏まり始めたら、手返しとの呼吸を合わせ、ペッタンとつき始めます。若い時は一臼連続で搗き上げたが、今は途中で交替しないと息切れです。

若杉町一水会感謝祭2
 搗き上がったばかりのお餅の美味しい事といったらありません。醤油のかかった大根おろしにたっぷりつけて口に放り込む。また餅つきの機会はあるので、今日は我慢です。

勿論、餅は町の皆さんに無料で振舞います。大根は格安で販売します。沢山の人だったようです。嫁に写真を撮ってもらっておきました。
 午後から仕事を終え、懇親会に嫁と一緒に参加です。50人近くの参加者でその賑やかな事。鍋を囲んで皆で一杯やるのは幸せなことです。


若杉町一水会感謝祭  若杉町に帰ってきて丸8年、すぐに一水会に入って町の先輩方と一緒に活動させて貰いました。本日は、皆さんそれぞれが回りに感謝の日でありますが、NPO君に取りましては、特に会員の仲間・先輩に感謝申し上げる次第です。今後ともよろしくお願いします。









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 若杉堤から八幡温泉 へ向う道沿いに歩きますと、右手の奥が射撃場跡と呼んで、冬場は小学校のスキー練習場になっていたように思う。竹スキーで長靴をゴムで締めてエイヤーと滑っていたものです。 最近は住宅が増え、カラフルな屋根が輝いています。

清水山  何軒か営業している温泉旅館もあります。その東側の山沿いの道路から、清水山 に登る道があります。ここには一等三角点があり、昔から目印になる所だったのでしょう。低い山ではありますが、小松市街や、梯川、能美平野が一望出来ます。 東には白山が霞みます。

 この東側、目の下を国道8号バイパスが通り、その傍らに浄水寺遺跡があります。池の跡や礎石が一部残りますが、バイパス工事で削減されてしまいました。ここが円満寺発祥の地で、その円満寺こそNPO君の勤務先の本光寺 の前身であります。ここらあたりの事はもう少し詳しく調べたいと思っています。


浄水の池  北側に、清水山を見下ろすような大きく高い建物があります。これが八幡メディカルセンター です。八幡温泉が開湯、その温泉を利用した温泉病院や、北陸科学体力研究所などが発展し、ケアセンターもある一大医療健康センターになったのでした。近くにこのような医療施設の整った病院があるという事は、安心であります。




 その八幡温泉の総湯が病院の下手にあり、NPO君も時々利用しています。昔はプロ野球選手がシーズンオフに身体の手入れに来ていたと言います。
 里山が平野に出るあたりの恵まれたところ、八幡から若杉、吉竹と続くこのあたりこそ我が故郷であります。憩いの森を中心にもっと人が集える場所に出来ないでしょう か。そんな事を思いながら、散歩をしています。(続く)

メディカルセンター



 









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舞台   総合案内所から東に入り、坂を越えると芝生広場と舞台が あ ります。東屋や遊具もあり、ここへ来ると「菊」は大喜 びです。北に向かい竹やぶを抜けたところには芝生の丘があ り、滑り台などもあり、こちらも「菊」の大好きな場所で  す。

 この芝生広場と舞台は、各種イベントの会場によ使われてい ます。周辺の植物には万葉名の名札が下り、その植物が出て くる和歌が立て札に書かれています。これはありがたい事で す。但し時々読み難くなっている名札もありますので、管理 されている方は大変でしょうが修繕をお願いします。
  
 西谷家住宅  広場から道路沿いに北へ向かうと茅葺の屋根が見えます。 西谷家住宅です。実際に住んでいた住宅を移築保存していま す。江戸時代の山の暮らしが偲ばれます。ここから吉竹堤が 見わたせます。
   
  春は桜、今は水面にカルガモが泳いでいます。堤にかかる 橋のたもとに、水芭蕉の咲く湿地があります。僅かの株数で すが、白いきれいな花を咲かせます。市街地から近くまた低 地で咲くのは珍しいのではないでしょうか。
湿地   
  橋を渡るとサイクリングロードが横切ります。吉竹堤と若 杉堤の間を昔走っていた尾小屋鉄道の線路跡です。バーベ  キュー場のあたりに遊園地前と言う駅がありました。NPO君 達が中学生の頃、若杉堤で泳いでいましたが、列車が通るた び大騒ぎして水に潜って隠れたりしていました。勿論随分前 からここは水泳禁止ですし、今思うとこんな危ない汚いとこ ろでよく泳いだものと思います。現在、修理のため水抜きさ れ無残な姿をさらしています。
 
  この堤の周りの山は、四季それぞれに子どもたちの遊び場 でありました。春は焚き木ひろい、夏は水泳、秋はコケ取  り・クリひろい、冬はスキーと懐かしい限りです。(続く)




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 以前に「散歩で見つけたもの」として、憩いの森の周辺で見つけたものを紹介した事があります。家の駄犬「菊」と散歩をしていると、まだまだいろんな物や事を見つけます。少しずつ紹介できればと思います。
 最近は吉竹町側の駐車場に車を置き、菊を連れてそのあたりを散歩する事が多い。そこでまず「憩いの森 総合案内所」の周辺をご案内します。
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先ずは幡生神社です。駐車場の北側の森に鎮座しています。平成5年9月に放火によるものと思われる失火により全焼しました。たまたま単身赴任先から帰省していて、消防自動車がサイレンを鳴らし走って行った先に黒い煙がモクモクと上がっていました。
 
幡生神社

このあたりでも由緒ある、織物の神様を祭る神社でしたが、焼け落ちる本殿を見ながらだれがこんな事をと腹立たしい思いをしたものです。平成10年4月に再建落慶しましたが、吉竹町の皆さんの大変な負担があったと聞いています。
 大きな椎の木が何本もあり、椎の実が沢山落ちています。今では拾う人も少なくなっています。
総合案内所の横に、サル舎があり一匹のサルがいつも寂しそうにしています。
芦城公園 にいたサルで、公園に「千叟屋敷と玄庵」(裏千家の茶室)ができる時にこちらに移ったと聞いています。
 
サル

NPO君が高校生の頃(約40年前)、芦城公園にはサルとイヌワシがいて、学校の行き帰りによくサルを冷やかして行ったものです。その何代目かのサルでしょう。
 綜合案内所の裏には最近梅の木が植えられている。青年会議所の事業だと言うが、小松市の市花は梅でありますから、梅の名所になってくれれば良い。 散歩の楽しみが増えてよい事だ(続く)

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2005年11月6日(日)恒例の公民館主催の文化祭が催された。NPO君は午後半休を取り、公民館に向った。

 嫁は母が入っている施設のイベントで、そちらに出かけている。2時から演芸会で、公民館に着くと広間は人で一杯です。最初は保育所の子どもたちや小学生低学年の遊戯やよさこいなどが続き、親のほうが熱心で必死にわが子の応援をしていて大変です。
文化祭
 
とりあえず顔馴染みの連中に挨拶し、2階の作品展示室に向かい「町誌完成コーナー」を覗いた。コーナーを作りPRしなければと言って、準備は全く人任せのNPO君でしたが、林先生や坂本さんが立派なコーナーを設けていました。

 4年前には公民館長として文化祭を仕切っていたNPO君ですが、随分昔の事のように思われます。2階の展示物が少なくなっています。何か手を打たないといけないなどと余分な心配をしてしまいます。
文化祭  もうおでんは売り切れだったのでヤキトリとビールを求め、広間にどっかり座りました。後はビールを飲みながら演芸を楽しむだけです。

 近隣の町内で、当町ほど熱心に文化祭を楽しんでいる所はないでしょう。婦人会の踊りあり、マジックあり、歌謡舞踊あり、合唱あり、極めつけは一水会と公民館役員の演劇であります。何事もスマートに済ませる若者が、おじさんと一緒に泥臭いというのが当てはまるような芝居に取り組んでいる。町内の大向こうのばあちゃん連中を喜ばせている。
文化祭

 この文化祭がこれからも続きますよう公民館の若手の皆さん頑張って。そして他町の方も一度覗いてみて下さい。
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 大聖寺 は加賀市の中心市街地で大聖寺藩10万石の城下町、名所旧跡・文化財にこと欠かない所です。
 しかし、隣の町でありながら、特別に用事でも作らないとなかなか行く事は無いものです。今回は「深田久弥  山の文化館」を訪ねる必要があり、たまたま近くを通りかかりここに立寄る事にしました。

 江沼神社 江沼神社長流亭 はガイドブックで見た事はあったが、訪ねるのは初めてでした。北に大聖寺川、西に錦城山をひかえて、市街地の端に広大な敷地を占めています。

 ガイドブックによれば、宝永元年(1704年)大聖寺藩三代藩主前田利直邸に遠祖菅原道真を祀り、当初天満天神社と称した。明治10年に江沼神社を、明治12年に松嶋神社を合祀し現社名となる。境内にある前田利直の休憩所と言われる長流亭は、宝永6年建立で国指定重要文化財となっている。
長流亭

 長流亭拝観は要予約となっているので、大聖寺川 に臨む建屋を外から見るだけにして境内に入った。拝殿の南側は大きな池を囲んで築山があり、樹齢も古い木がうっそうと茂り、これこそ大名庭園だという雰囲気である。池泉回遊式の庭で歩くたびに景色が変わります。拝殿よりも庭のほうが立派ですか。
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 深田久弥の記念碑を見ながらブラブラしていると、お婆ちゃんに母娘の三世代が、仲良く椎の実を拾っていました。最近は拾う人も少なくなりましたが、NPO君は久し振りに子どもの頃を思い出し、懐かしい気分になりました。秋のちょっといい時間を過ごさせて頂きました。
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 11月1日(火)、石川県立美術館の「日本伝統工芸展」を見た後、天気も良いし小立野の天徳院 を拝観する事にした。いつも前の大通りから奥まった山門を眺めるだけで、立ち寄るとか拝観することは今までになかった。

 曹洞宗金龍山天徳院は元和九年(1623年)に加賀藩三代藩主前田利常公 が正室珠姫菩提のため、金沢城の東(小立野台)に四万坪の敷地を定めて創建したものと、パンフレットにある。

 珠姫は徳川二代将軍秀忠の次女として生まれ、前田利家亡き後の徳川家との融和のため、利常の元へ三歳のとき輿入れ、十四歳で結婚、三男五女を育て、24歳の若さで亡くなられたと言う。祖母はお市の方、母はお江の方、淀君は叔母、姉は千姫となると、もう歴史に翻弄された女の一生を推し量るしかない。
 てんとく 受付で「午後2時から、からくり人形が始まるので急いでお願いします。」と言われ、山門から回廊を走り、本堂に入った。案内の方に教えられ、暗幕をくぐって部屋に入ると、もう始まっていた。先客3人が居り、東京か大阪から出張に来てちょっと見物に立寄ったと言う雰囲気である。

 珠姫様物語 で約20分、その一生をなかなか良くまとめていた。本堂や鎮守堂、寺宝や珠姫の手折りの紙雛など日常の品々を見学し、外に出た。
tennotku 創建当時の建物は山門のみとの事、その前に立ってぐるりと境内を見回す。庭園を見逃したが、今日は帰る事にする。最近、京都の向こうを張って金沢検定というのをやるらしい。百万石祭り 行列の華「珠姫」様や「天徳院」は出題される事でしょう。
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 今年も鮭を見ることが出来て一安心です。土手に戻りぶらぶら歩いていると、河口から1kmの標識が見えます。
 東には白山がうっすらと冠雪しているのが見えます。西にはJR鉄橋と北陸道の橋の向こうに日本海、河原にはススキが揺れています。中州の間を流れがくねる。秋ですねぇ。
さけ  本流の西、支流の熊田川があり、ここも鮭が上ります。鮭見橋という橋が架かり、真ん中に流れを見下ろせるでっぱりがあります。残念ながら今日は見ることが出来ません。
しゃけ ここを渡った所に呉竹文庫というのがあります。案内によれば大正11年、資産家熊田源太郎が自宅に開いた図書館です。貴重な図書の閲覧や、お庭を見ながらの茶会など、文化活動の場としても利用されているとのことです。また白壁土蔵には芸術品とも見える「こて絵」が見られます。
さけだ 一度このあたりをぶらぶらされたらいかがでしょうか。対岸には石川ルーツ交流館もあり、景色を楽しみ、歴史や文化財にも触れるのもいいものです。
鮭の遡上を見に来て、今年もいい秋を感じる事が出来ました。
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 近所の居酒屋でバネッサの送別会をするからと、いつもの仲間から声が掛かり、この手の飲み会は喜んで出席すると返事するNPO君でありました。
 バネッサは、先生の所にホームステイのオーストラリアから来た学生です。バネッサ 前回「ハビちゃん」を紹介しましたが、彼女は彼と交替で先生のところに来た日本語研修生です。ハビちゃんの送別会にも顔を出しており、一緒にソバ打ちをした仲でもあります。今度はそのバネッサの番です。出会いがあれば別れがあるのは当然で、名残惜しさを心に留め、今夜は楽しく飲みましょう。バネッサ

 16人位が集まり、ちょっと狭いテーブルですが料理も酒も並び賑やかな事です。お酒が入ると一段と陽気なバネッサですが、おしゃべりは若い人達に任せ、NPOおじさんはみなの話をニコニコ聞いているだけです。おもしろい話や、知らない事を聞くことが出来たりして、お酒の場の話はこれがいい所です。

 彼女にとって、先生宅のホームステイや、町内のいろんな行事に顔を出したりして、随分楽しかったようです。
バネッサ

次の日(11月13日)、第一校下(金沢・小松地区は校区の事を校下と言う)の文化祭でした。NPO君は仕事で行けなかったのですが、嫁が言うにはバネッサは缶ビール片手に一水会の竹細工コーナーで手伝っていたよ、との事でした。彼女の竹トンボは飛んだのでしょうか。夕方は、国際交流協会の研修生のさよならパーティーもあったようで、バネッサも大忙し、しっかり日本語を勉強してね。
NPO君が教えたソバの味も忘れないでね。さようなら。
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ハビちゃん夫妻とバネッサも蕎麦を打ってみたいとのことで、「公民館の台所で準備をするから後で来て下さい。」とNPO君は自宅に戻り、道具や蕎麦粉や嫁に用意して貰った「大根おろし」「そばつゆ」「ネギ刻み」「鰹節パック」を車に積み込んだ。いつものおろし蕎麦を作ります。
 長野県の製粉メーカーから取り寄せた今日の為の蕎麦粉を用意し、それでも30人も居たら、2回打ってもほんの一口しか行き渡らないぞと思いながら、準備を進めた。はびさん
 ハビちゃん夫妻やバネッサが台所に顔を出し、付き添いも沢山いていよいよ蕎麦うちの始まりである。水回しをやって貰うが、師匠役が水の量を多めにしてしまい、随分と軟らかくなってしまった。
 伸ばしにかかるとひっついて重なってしまう。打ち粉をたっぷり振り、なんとか包丁で切って貰う。師匠はほとんど手を出さず、日本語で指導、なんとか格好がついて麺に仕上がりました。
 その頃には、台所は人で一杯で、お湯を沸かしてもらい、早速茹でます。何度かに分け、茹で上がるとすぐに冷水で締めます。隣で皿を並べてもらい、麺を分け、カツオ節とネギと大根おろしをのせ、つゆをかけていきます。あっという間に30人前の出来上がり。但しほんとの一口・二口でしたがしょうがない。
 はびさん2 皆さんに美味しいと言ってもらって、ハビもバネッサも満足そうでした。こちらもホッとしました。
 またどこか出会うこともあるか知れない。二度と会えないかもしれない。食べて飲んで、皆で片付けて、さらりと別れましょう。さようなら。
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