NPO君日記

北陸のお寺、本光寺でNPOを立ち上げる。お寺とは無縁の職業を経てきたNPO君。ひょんな事からお寺の住職からNPO事務局長に任命されたのです。


テーマ:
 5月22日(日)曇り空ではありしたが、円満の会歴史探訪委員会のバス旅行の日で、この委員会の担当はNPO君です。朝から張り切りました。

 受付8時、出発8時30分でありますが、8時前には90名中1人を待つのみ。当地では小松時間というのがあって、何事も遅れるのが当たり前ですが、ここはビックリするほど集合が早いのです。8時過ぎに全員集合、同15分には出発となりました。バスや飲み物の手配も、受付もバスの中の雑用も会員が手伝ってくれますので、スムーズに行きます。

 コースは富山方面、砺波市の厳照寺 、小矢部市の勝満寺、お昼を氷見市の海鮮市場で、午後は雨晴海岸伏木勝興寺如意の渡二上山万葉ライン を回り帰途につくというコースです。

 下見に行ったときとは違った道路から入ったのと、観光寺院ではないので、バスの運転手も行ったことがないので、厳照寺を通り過ぎてしまいました。少し歩いてもらったものの、境内に入ったら樹齢五百年を超える門スギに圧倒されて、声も出ないといった皆さんでありました。大杉
 ご住職は、ご近所のお寺の法要でお出かけでしたが、近くに住むご門徒さんが、境内や本堂でお寺の由緒を説明してくださいました。これがまた、なんともいえずユーモアに溢れ、楽しく聞かせてもらいました。90名が本堂でお茶とお菓子をご馳走になり、本当にありがとうございました。
「蓮如さんの足跡を訪ねて」として、近県の蓮如さんに関連する名所旧跡を訪ねる小旅行、今年で6回目であります。

 最初は「円満の会 」会員向け行事として、歴史ハイキングとしてスタートしましたが、その後はバス旅行に変えて続いています。
                                  (続きは次回)

綽如ゆかりの大坊 華蔵閣厳照寺 浄土真宗本願寺派 砺波市福岡217
人気blogランキングに参加しています、クリックお願いします。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
 朝夕「ケーン・ケーン」とキジの鳴く声が聞こえます。その声の大きさと方向でどの辺りにいるのか判断できます。
 きじ2 これはうちの庭に来ているなと思うと、台所の網戸の隙間からそっと覗きます。羽のきれいなキジ が草茫々の庭にじっとしています。家には犬がいますが、お互いあまり気にならないようです。追いかければ逃げますが、じっと見ている分には動きません。

 日本の国鳥でもあり、食肉としても昔から珍重されてきた ようです。寿命は10年ぐらい、留鳥で周年同じところに生息するらしいから、この近く1キロ四方ぐらいが縄張りなのかなとも思う。
 数年前、近くの空地からメスのキジが6~7羽のヒナをつれて、道路を横切るのに出くわしたことがある。やっぱりこの近くに巣を作っているに違いない。

4月から7月ごろに8~20個のクリーム色の玉子を産み、約三週間玉子を抱くそうです。ヒナ は孵化した後、数時間でメス親とともに巣を離れるらしいから、どうもそれに出くわしたらしい。空地の草むらに入り見失ってしまって、それっきりになってしまいましたけれど。

「キジも鳴かずば撃たれまい」という諺や、桃太郎でもなじみの深い野鳥が家の近くで見られることは、喜ばしいことです。これが熊や猪や猿であれば笑っていられませんが。
もう一度、ヒナを目にしたいものです。
きじ
人気blogランキングに参加しています、クリックお願いします。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
 前回、国宝「松林図屏風」を見に行った報告 をしましたが、その帰りに少し足を伸ばして大覚寺というお寺に寄りました。
  七尾市中島町笠師にある曹洞宗のお寺です。お寺の裏山に何代か前の住職が、四国八十八ヶ所のお砂を埋めて、お参りが出来るようにしたそうです。番外もあり全部お参りして回ると100ヶ所を越え、全長4kmにもなります。

 境内は、菊桜 が少し盛りを過ぎ、芍薬 が満開でした。池には鯉が悠然と泳いでおり、こじんまりではありますがよいお庭でありました。今日は天候も悪く山道でもあり、とりあえず様子見で回ってみようと思い、上りかかったのですが、お寺の方に声を掛けられました。

北国48

 嫁さんが八十八ヶ所の略図を頂いて戻ってくると、20番辺りにフクロウのヒナがおり、見てみぬフリをして通り過ぎてくださいとのことでした。

 19番辺りから周りを見回しながら歩きましたが、何もいません。ひょいと顔を上げると5mほど先にねずみ色のかたまりがありました。これがフクロウのヒナでした。4月の後半に生まれたのだろうか、本当にぬいぐるみです。カメラを持たずに来たことをこのときほど残念に思ったことはありません。(写真は借用)嫁さんにそこだと言って教えていると、後ろのほうでバサッという羽音、親鳥が見張っているみたいでした。
fukurou
今日は本当によいものを見せてもらいました。
そっと振り返りながら、ヒナのいるところから離れました。足元も悪く、三分の一ほど回ったところで、出発点に戻りました。今度来たときに全部回ろう。いつになるかわかりませんが。

 元々愛媛県今治市 に三年住んだことがあるので、八十八ヶ所は馴染みに思います。51番石手寺55番南光坊 などは何度か行きました。北國八十八ヶ所も勿論ですが、本場の八十八ヶ所も早く回りたいものです。
人気blogランキングに参加しています、クリックお願いします。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
 昨年秋に能登演劇堂 へ行った時、せっかくだからと県七尾美術館 に立寄りましたが、開催していたのが第9回「長谷川等伯 展」でした。

 その時に「来年は第10回に当たるし、市町村合併で新七尾市が誕生するのを記念して「松林図屏風」が里帰りする」という話を聞きました。
長谷川等伯 その国宝中の国宝といわれる「松林図屏風 」が七尾のお祭り「青柏祭 」に合わせて里帰りし、公開されている訳です。所蔵する東京国立博物館 でも3年に一度しか公開しないとか、地方では最初で最後だとかの言葉に乗せられたようで、とにかく行こうと、嫁さんと出かけました。

 公開は明日(5月8日)までという日で、入場者も多く大変な賑わいでした。見学者の後について、まずは同時に展示されている作品や、解説の資料などを見ながら進みます。等伯の初期の仏画などは、端正で綺麗なものだと思いました。七尾に埋もれさすには惜しいと誰もが思ったことでしょう。都に上り、とうとう狩野派に対抗する一派を打ち立てることになった訳です。

 しかし、才能溢れる息子を26歳で亡くすなど、不幸にもみまわれています。最後は江戸に向かい、到着してすぐに亡くなったと聞きます。何を思い、何を求めて江戸へ向ったのでしょう。

 いよいよ、ご対面です。六曲二双の屏風、霧に浮かぶ松林、上部にうっすらと白い山が描かれています。松は能登の松でしょう。何かしら心に響くところがありました。確かに水墨画の最高峰といわれることに納得です。しかし、謎の多い作品であり、等伯自身もまだまだ知られない点が多々あると言われています。仏画から障壁画へ、山水画へ、そして水墨画へと作品も変化しています。
touhakuten
 本物を見たという満足感に浸りながら(自己満足ですが)美術館を後にしました。

人気blogランキングに参加しています、クリックお願いします。
いいね!した人  |  コメント(3)  |  リブログ(0)

テーマ:
 我が若杉町 の蕎麦打ち会は、同好の士の集まりというよりも、一緒に遊び飲んで楽しむ事がメインの会である。蕎麦打ちの腕はあまり身につかないが、町内の親睦には十分すぎるくらい役に立っている。
 そば

 NPO君は昨年から、事務員兼務で円満の会 の運営に携わっている。お寺というところは、土日のほうが忙しい所で、蕎麦打ち会には出づらくなっています。また、大晦日は、当本光寺も除夜会というのがあり、鐘つきと年越し蕎麦を振舞っておりこちらも大変な人で賑わっている。勤務先優先でやらずばなるまい。

 今は、たまに気が向いたときに、長野の製粉メーカーから取り寄せた蕎麦粉で打っている。頼まれれば別だが本来面倒くさがりのほうで、食べ歩くほうが良い。どちらかといえば、酒がメインで蕎麦が付いていればもっと良い。純粋に蕎麦を楽しむだけでは物足りない方だ。

 大阪時代に聞いたある人の話である。「水はどこの名水で、蕎麦粉は○○産、麺切包丁は銘入り、こね鉢は別注で、返しは□□産と△△産の鰹節、本わさびに特別の海苔。」という調子で、薀蓄を聞きつつ、食べさせてもらったそうだ。本当においしかったのですが「この蕎麦一枚いくらになります」と蕎麦自慢の人に聞いたら、「聞いてくれるな、商売じゃないんだ。値段は付けられない。」との返事だったそうです。この話を思い出して、NPO君はだしやつゆの世界までは踏み込まないようにしている。

 NPO君の願いは、蕎麦をつまみに酒が飲めて、観光できればという辺りで、元気なうちに仕事も、世事も引退し、旅にしあればしみじみと蕎麦を食したい訳で、山形、福島あたりに心は飛んでいる。
蕎麦カツオ
人気blogランキングに参加しています、クリックお願いします。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
 自己満足の蕎麦打ちが家族のひんしゅくを買っていた様で、これではいけないと思い、ちょうど目についた地元新聞社文化センター主催の蕎麦打ち教室(全3 回)に参加した。20人くらいが5班に分かれて実習である。知らない人の前で捏ねたり伸ばしたり切ったりは結構恥ずかしいものである。でもこれはやはり役に立った。
蕎麦かり

 テレビの趣味講座で蕎麦打ちを取り上げていたのでこれも結構真剣に見た。また、 南郷の「山英 さん、 鳥越の「才次郎」 さんや「みたき 」さん、 吉野谷の「花川 」さん、鶴来の「草庵 」さん、金沢の「末野倉 」さんや「宮川 」さん、福井や武生の蕎麦屋 さんなどへ食べに行った。
 そうこうしている内に、何とか形になってきたようだった。

 その頃、当町内 で有志が集まり、大晦日に神社に参詣の人に年越し蕎麦を振舞おうという話が出て、声を掛けられた。全くの素人集団で少し経験があるのはNPO君と二人ぐらい。何人かで「唐変木 」へ蕎麦打ち講習に行って来たとのことでした。

 最初の年は出来合いの麺を用意、自分たちが打ったのは購入した蕎麦粉少しで、とても人前に出せるものではなかった。それでも気持ちは壮大で、次回から、休耕田に蕎麦を蒔き収穫し、乾燥し、石臼で挽き、蕎麦粉にするというプランになった。
蕎麦挽き

 次の年、皆がんばってとうとう暮には自前の蕎麦粉ができた。大晦日の午後公民館で、何とか仕上げた。太い、細い、短いが入り混じった麺ではあったが、さっそく茹で上げ、おろし蕎麦と掛け蕎麦にして年越しのお参りの人に出した。つゆは専門店のものであるから、麺はいまいちだが町の人に評判は良かった。

最近はこの振る舞いもすっかり定着して、麺もそれらしくなり町民の評判になっている。
(以下次号)
人気blogランキングに参加しています、クリックお願いします。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
 春祭りで蕎麦を打ち、仲間に振舞ったわけですが、自分たちが育て実を挽き粉にした蕎麦粉ですから、大晦日の残り物でありますが、一生懸命打ちました。
そば粉

 昔は麺類といえばうどんかラーメンで、蕎麦は二の次でした。駅の立ち食い蕎麦が最高と言って喜んでいたものです。それが、蕎麦はおろし蕎麦に限ると他人に講釈するようになったのですから、人間も変われば変るものです。

 何年前か、鳥越の集落センターで「唐変木 」の橋本先生の蕎麦打ち体験教室があり、参加したことがある。これは結構面白いと思ったのと、白山麓 のあちこちに結構お蕎麦屋さんがあり、食べ歩きもできるなと思い少し本気でやってみようかと思ったのがキッカケである。

 その年の秋、金沢のデパートで能登の門前蕎麦の体験教室があり、つなぎに自然薯を使い打たせてもらった。これで嵌ったようである。
 とりあえず、スーパーで蕎麦粉を買い、本屋で入門書を買ってきた。のし台や、麺棒はホームセンターで間に合わせのものを用意し、こね鉢はポリの洗面器でスタートした。包丁は嫁の使い古しで、台所にあるものは何でも間に合わせで使った。
そば

 しばらくして、包丁だけは麺切包丁を買ってもらった。今はこね鉢も一人前のものになりましたが、スタートは何でもいいと思います。

 あるとき、嫁の両親を食事に招待し、蕎麦を出したのですが水加減を失敗し、麺というより団子が出来上がり、一口も食べてもらえなかったことがありました。そうか、嫁も子供もいつも迷惑していたのだと、ようやく気がついたのであります。(以下次号)
人気blogランキングに参加しています、クリックお願いします。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。