無心になる

テーマ:

一番無心になりやすい方法は意識的に、自己自身を"人事を尽して天命にまかせる"以外にない絶体絶命の境地に追いこむことであり、これが冥想行法の修行法です。ひまだから無駄、有害なことを考えて心身が分裂してしまうのです。だから私は一番早く幸福になれる人は、精神を統一して真剣に考え、放下心で行なう以外に許されないような、多忙の環境や状態におかれている人であると説いております。

 

『実践冥想ヨガ』より

AD

健康の秘訣

テーマ:

体のことは、体自身が一番よく知っている。体はけっして嘘をつかず、けっして間違いを犯すことはない。しかも、異常があれば自律的にそれを取り除き、あるいは治す力と材料を備えているのである。したがって、感じる働きを正し、判断する働きを高め、感性と理性を一致させて高度の和合性を保つことが、健康の秘訣ということになる。体に備わる知恵と働きに意識的に協力することが、健康法であると同時に治病法でもあり、また長寿法であると同時に悟りへの道でもある。

 

『ヨガによる生きる喜びの発見』より

AD

ヨガは行中心の教え

テーマ:

私は自然法則すなわち神仏の心がなんであるかを話すことや、書くだけのことならばしごく簡単なことだと思います。しかしヨガは、法則すなわち教えを実行して、体得することを第一義としているものであること、すなわち行中心の教であるからむずかしいのです。教えがむずかしいのではなくて実行することがむずかしいのです。教えを本当に理解するためには、その教えを実行して体得しなければならないものであると信じています。
 

『実践冥想ヨガ』より

AD

目に見えない祖先に対しては、どうすればよいのでしょうか。
まず、祖先があったのだ、ということを自覚するのです。祖先をたどっていくと、共通の祖先につながっていきます。世の中には、本当の他人などはいないのです。しかも、生殖細胞というものは、どこへでも飛んでいくのです。ですから、世界中のものは、皆一つの祖先から出たものです。
自分が自分を高め、清め、強めることが、祖先に対するご恩返しです。私の祖先は、全部私の中に入っています。また、他のものも同じ祖先から分かれたものです。ですから、他の人が高まるように、清まるように、強まるように協力することが、祖先に対するご恩返しです。このご恩返しを行ずることです。
多くの人は、祖先へのご恩返しというと、墓にでも行っておだんごをあげたり線香を供えたりすることだ、などと考えがちです。それでは、あまりにも低級です。

 

『生きている教育』より
 

私たちは、生まれてから今日まで、数えきれないご恩を受けています。生まれてから今日まで、すべてのもののご恩があったから、今日の自分があるのです。何に対して、というのではありません。わかってくればわかってくるほど、何に対してではなく、とにかくすべてのものに対してご恩を感じる以外にない、ということに気づいてきます。

『生きている教育』より

私のところでは、自分自身の回答だけを求めます。ですから「他と同じ考えです」などと回答した場合には、君は他人と同じでないから、同じということはありえない、失礼な回答をしてはいけない、自分を侮辱するな、自分の考えを出しなさいと、本人自身の回答を出すまでは許しません。いまは自己喪失者がたいへんに多いのです。自分の考えなしに、うろついたり、さわいだり、まねしたりしている機械的人聞が多いのです。
さらに、本当の結果を出すためには、なにごとでも時間と手間が必要です。早い結果を求めたり、それをよいものとしているがゆえに、あやまるのです。すぐ効くくすりは一番下級のくすりです。私はみなさまに、問題を正解するためには、時間をかける決心をもちなさいと申し上げているのですが、みなインスタントだけを求めます。
私は自分の臨終まで結果報告は、求めないことにして人生を出発しました。
さらにたいせつな理解は、結果の成否是非を見るよりも、その間のプロセスを見ることであると思います。ここにのみ、よき方法と結果と進化と、おたがいの生かしあいと、学びあいが生れてくるのではないでしょうか。

 

『実践冥想ヨガ』より

今の教育の問題

テーマ:

いまの教育は、数多くの欠陥をもっていますが、そのうちでも最大なものは、感じさせず、考えさせず行なわせない教育であることだと思っています。
感じさせるには、自分に体験させることが必要です。感じさせるにも、考えさせるにも、一番たいせつなことは、よろこんで苦労させることであると思います。過保護の依存教育では、あたらしい才能をつぶしてしまうだけです。いまの教育では、個性別の尊さも、人間性の価値も、なくしてしまう結果になってしまいます。なぜこうなるのか、それは、
(一)知識が主体となっていて、人間のためのものでなくなっているからです。
(一)結果のみ重要視して、しかもその結果が、決定的なものとして決められてしまっているからです。
これは一番に誤っていることです。なぜならば、個性別である以上は解答もまた個性別であるのが本当であって、このちがいをおたがいに学びあってこそ、本当の学びになるのであって、ここにのみ真の進化があり、おたがいに自己を出しきって生きることができ、おたがいに尊い存在になり、ここにはじめて拝みあえる共存共栄の仏国土が実現するからです。

 

『実践冥想ヨガ』より

 

本当の愛

テーマ:

「尊ぶ心」というのは、相手の持っている本当の意味と価値を理解できる能力のことです。そして、相手が正しく生きることに協力することが"愛" です。ですから、人間の場合は"尊愛"でなければなりません。尊ぶ心で愛するのです。「愛はすべてである」と言われていますが、確かにそのとおりです。生きるということは窮極の目的ですから、正しく尊く生きることに協力するのが本当の愛です。

 

『生きている教育』より

人間的自然心

テーマ:

人間的自然心を維持するためには、心の姿勢・心の呼吸・心の食べ物を正す必要があります。心の正しい姿勢とは、感謝する心、お詫びする心の二つです。心の正しい呼吸というのは、下座・奉仕の心です。また、心の正しい食べ物とは、正しい知性を意識的に身につけることです。

 

『生きている教育』より

病気の治り方

テーマ:

どんな病気でも自然法則に従って、変化と進化の刺激、バランスと活用の刺激、安定と強化の刺激の三つを与えれば自然に治るのであることを自覚していただきたい。
とくに慢性病というのは、かたよりに中毒している状態であって、これは変化の停止している麻痺状態であるから、変化刺激と調和刺激を与えて執着から解放すればよいのである。発病するということは何かのかたよりがあること、または過不足があることであるから、逆刺激か補瀉刺激を与えればよいのである。

 

『ヨガ総合健康法(上)』より