◯ 番外編 ◯
        



        
相模原事件について
障害者からの言葉
ー後半ー
         





          
⑦犯人よりも、
犯人の言葉を葬り去るべき

(自閉症の高校1年生の少年)
        


僕が伝えたいのは、亡くなった人にも言葉があったということ、そして、犯人は死刑にすべきではなく、犯人の、「障害者には言葉が無い」という言葉を葬り去るべきであるということです。
被害者は、「言葉が無い」という間違った理解で殺されてしまったのだから、こんな無念なことはありません。

テレビのキャスターが、僕たちには心のケアが必要だということを言っていましたが、心のケアなんていい加減にしてほしいです。
僕たちはしっかりした意見を持っているし、社会の人が聞く耳を持つことの方が大事なのに...。
       



        
⑧世の中の人たちの考えを
正すことが必要

(自閉症の小学4年生の少年)
       


この事件は、僕たちのような、なかなかうまく話せない人たちを対象にした事件で、僕はとても悔しい思いをさせられました。
もし僕のお母さんが病気にでもなったら、僕もきっとあの施設のようなところに行かなくてはならないので、とても恐かったです。

あのような犯人はそんなにたくさんいるわけではありませんが、同じような考えを持った人は結構たくさんいるし、僕を見て、「この子のような子が生きていて何の意味があるのか」とこっそりささやく人はたくさんいましたから、僕は犯人のような考えがあちこちにあるのを知っています。

だから僕は、本当の僕たちの姿をしっかりと伝えて、世の中の人たちの考えを正さないといけないと思っています。
       
        



⑨軽蔑のまなざしを、
純粋な目でまっすぐに見つめ返す

(40代の方)
        


私は今はこれほどまでに医療的ケアが必要な体になりましたが、元はもう少し体も動いていたわけですから、よく人から、重度の知的障害と言われてきました。
私は天真爛漫とかは言われましたが、結局は何も分からないでにやにやにやにやしている、というかんじの蔑みをされてきました。
そういう風に人から見られるということは、決して悲しいことではなくて、そういう風に見ている人たちのことをもう一度純粋な目で見返すことができるチャンスになります。

私は、被害者の人たちは、首に刃物を当てられた瞬間、「どうぞ」と言ったと思います。
なぜなら、今までそういう刃のようなまなざしを何度も向けられては、私たちは何度もまっすぐ前を見返してきたからです。

だから、被害者の人たちはもちろんとても怖かったとは思いますが、決して目を逸らさなかったのではないかと思いました。
現実は、怖くて怖くて仕方無かったということがほとんどだったと思いますが、被害者の心の中には、「私を軽蔑する人を絶対にまっすぐ見つめ直す」という心があったはずです。
そういう強い思いをみんな持っていたと思います。
       



      
⑩赦すことで心が醜くならずに済んだ

(⑨と同じ方)



あの犯人を赦すか赦さないかといった時に、真っ先にあの亡くなった人たちは、「いいから赦してあげなさい」と言うと思いました。
なぜかと言うと、私たちは何度も何度も赦せないような目に合わされてきたのですが、それを一つひとつ結局は赦してきて、赦すことによって、私たちの心が醜くならずに済んだということを得られたからです。

本当に、私たちは、「人は人を憎んでしまうと自分が情けなくなる」ということをよく知って生きてきたので、亡くなった被害者は、「きっと私なら赦す」という思いだけは捨てなかったと思います。
それを捨てないということが、私たちの最も大切な誇りのようなものですから、今回の事件で、もし亡くなった人たちに語る時間があったなら、「私たちは赦しますから、どうかみなさん死刑にだけはしないでください」と言うのではないかと思いました。

さすがにここまで言えるのは同じ立場の人間だけですが、そういうことをきっと誰も知ることも無く、この事件は闇に葬り去られると思っていたので、言うことができて良かったです。
やはり、こういう思いで生きてきたからこそ、私は誇りを少しも無くさずに生きてこれたので、このことをしっかりと理解できる人には伝えたいと思いました。

私は、今回の事件のことは悲しすぎて言葉にできないと思っていましたが、言葉にして話せるのにきっちりと話さないと、私たちの、いつも相手をまっすぐ見つめ直してきた生き方に反する気がしたので、しっかりと言わせていただきました。
       
      



11.大勢の人が
犯人と同じ考え方を持っている

(男性)
        


やっぱり、僕たちの目が「澄んでいる」とみんながよく言ってくれたのは、実は、そういう馬鹿にする人のまなざしに対して、こちらは澄んだまなざしを投げ返すことを頑張ってきたからです。
僕たちは、まっすぐにものを見ることを、馬鹿にする人たちから反面教師のようにして学んできました。

今回の事件についても、僕は、あの犯人をしっかり前から見つめ直したくて仕方ありませんでした。
亡くなった人たちは一生懸命見つめ直したのだろうけれど、彼には届かなかったのでしょう。

でも、僕はみんなでもう一回見つめ直して、彼が間違っていたということをしっかりと理解させてあげないといけない、と思いました。

「犯人はおかしいやつだから被害者を殺したけれど、考え方自体はあまり間違っていない」と思っている職員はいるので、その考え方こそが間違いで、殺したことなどある意味ではどうでもいいとは言えないけれど、重要なのは、大勢の人がそういう考えを持っているということの方であると、反論をきちんとしようと思います。
       
        


        
*以上、『マザーハウスたよりNo.22』(2016年10月号)に掲載された文章から一部抜粋・編集したものです。お読みくださりありがとうございました。
      
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イラスト:死刑囚
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