ありがとうございました
テーマ:川上とも子お久しぶりです。
今年の6月に人気声優でラジオパーソナリティとして活動されていた、とも蔵こと川上とも子さんが逝去されました。
私は彼女の番組を1997年から聴いてました。
イベントに参加したのは2000年の9月が最初だったと記憶しています。
彼女の冠番組「川上とも子のうさぎのみみたぶ」はラジオ関西のローカル番組としてスタートしました。ラジオ関西が中京圏や首都圏で遠距離受信しやすいこともあり、関東のリスナーがたくさんいました。
その後インターネット専用番組に移行しつつ2008年8月まで放送が継続しました。
2008年8月から病気休業に入りラジオとアニメのレギュラーを全て降板しました。
公開録音も数回あり、関東開催分では2002年のそれが一番盛り上がったと記憶しています。
この頃まではラジオの公開録音に限らず、ファン交流の声優イベントが比較的多く開催されていました。
2000年から2002年の握手会やサイン会に参加した関係で私も顔を覚えていただいていました。2002年の公開録音の時は私は緊張して名乗るのを忘れてしまったのですが、ちゃんと覚えてくれていたことがうれしかったです。公開録音後の打ち上げも大いに盛り上がりました。
その後もイベントはありましたが、ステージイベントばかりになってしまったのでとも子さんと公開録音のあとお話ししたのが、2005年4月のAIRサイン会と、とも子さんがファンの前に出た最後のイベントとなった「カート耐久レース」の2回のみとなってしまいました。
イベントではチケットの購入や交通機関の問題などで苦労が多かったですね。それらをインターネットの情報や知り合いのサポートでクリアしつつ8年間参加しつづけました。参加し損ねて後悔したイベントも数回ありました。
川上とも子さんの訃報は病名が伏せられていたこともあり、ファンには受け入れがたいものでした。イベントの際には笑顔を絶やさなかった方だけに残念でなりません。入院直前のレースの際も水樹奈々さんと笑顔で写っている写真がツインリンクもてぎで公開されています。
ツインリンクもてぎは交通機関だと川崎から5時間もかかるところで参加するか迷いましたが、参加できて一生の思い出となりました。
川上とも子さんはとにかく笑顔のすてきな方で、ラジオやイベントには常にアットホームな雰囲気がありました。それでいて、イベントの進行など締めるところはきちんと締めるという人で、一参加者の私にもきめ細かい心遣いをいただいたことが印象に残っています。
川上とも子さんを知る直前の私は、テレビ局やビデオソフト会社のひどい対応が続いていたことや学校生活の不満などがあり荒れていました。
私はその頃のことでわだかまりがあり、とも子さんの入院中、自分の気に入らない会社および関係者を批判していました。NHKの番組編成に弊害をもたらしていた(とアニメファンから嫌われている)大相撲の批判もしていました。
今回、川上とも子さんの闘病生活が明らかにされていく過程で、昔のことにいつまでもこだわって、意味の無い業界批判を繰り返していたことを深く反省しました。
一番の後悔は自宅を出たことを自分からとも子さんに伝えられなかったことです。
とも蔵さんへ
今までありがとうございました。あなたがイベントで見せてくれた笑顔と優しさをいつまでも忘れません。
これからはくだらない業界批判などせず、周囲の人々に対する感謝と笑顔を忘れずに生きていきたいと思います。






