2011-08-20

恒川光太郎/その郷愁溢れる異次元世界

テーマ:ダイアローグ@story

日常時空間のちょっとした裂け目に、その入口があって、そこにはこの世とは似て非なる別の世界が広がっている。
そこまでは、ホラーやSF小説には、お馴染みの設定だ。


恒川光太郎の場合は、その「別の世界」の質感がまったく異なっている。
荒唐無稽な仮想世界でも、また現実世界の鏡面のような異次元空間でもない。
そこは、現実とちょっとずれているだけですぐに行けそうな気がする。明らかに架空の別世界なのに、その成り立ちの痕跡はすべてわれわれのリアル世界の部品で構成させているかのようなのだ。しかも、現実世界が失ってしまった生活実感や自然や伝統的習慣が息づき、人々が豊かな関係性を切り結ぶ、まるで宝石のようなかけがえのない「記憶」がそこにはある。
それどころが、これは自分が子供の頃生活していた世界そのものではないかと錯覚しそうになるほど、リアルな

いとおしさに満ち溢れている。


ダイアローグ・ドキュメント


ほぼ唯一の長編『雷の季節の終わりに』の異次元空間では、主人公の少年は養父母と共にごく平凡な日常を送っている。普通にいじめもあり、ときには仲間はずれにもなり、一方で、少数の親友との交流もある。

それで何がいいのかというと、例えば、収穫の季節になると、友達の家の農作業を手伝ったりする。農作業に汗を流しながら、親友といつもとは違うちょっとした会話を交わす。手伝いの後には、ご褒美に豪華な夕食をご馳走になる。そして、家に帰る。いつも怒られてばかりの養母に、例によって「こんな遅くまで何をしていたのか」と怒鳴られる。ところが、農作業の手伝いのことを告げると、一転「それはいいことをしたね」と褒めてくれ、うれしくなったりする。
要するに、恒川の描く「異次元空間」は、そうした失われた「在りし日」の追憶を強烈に呼び起こすいとおしさに彩られた世界なのだ。


そんなわけで、「ホラー作家」・恒川光太郎の小説世界に、ここしばらくはまり込んでしまっていた。
読んだのは4冊。
 ①『草祭』(新潮文庫)
 ②『夜市』(角川ホラー文庫)
 ③『秋の牢獄』(角川ホラー文庫)
 ④『雷の季節の終わりに』(角川ホラー文庫)
恒川は2005年のホラー小説大賞を受賞して間もないこともあり、この4冊が文庫化された小説すべてだ。 


恒川を知ることになったのは、競作短編集・『七つの死者の囁き』(新潮文庫)がきっかけだった。ホラー作家7人による短編集は、まあ、道尾秀介も入っていることだし完全はずれはないだろうという程度の気持ちで買った。
想定通り、道尾の短編は探偵型作品『背の眼』の続編のような位置付けの筋で、それなりに面白かった。
ところが、その道尾を上回る美しい文章で、何とも不思議な物語を描いていたのが当の恒川光太郎だった。



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そのタイトルは、『夕闇地蔵』という。
何やら怪しげだが、決して怪しさだけがテーマではない。
「地蔵助」という少年が主人公で、舞台は明治末期の山村という設定だ。
地蔵助はちょっと不思議な能力を持っている。だが、いわゆる超能力というほど荒唐無稽ではなく、ひょっとしたら現実にそういう能力があるかもしれないなと思わせるようなものだ。


彼は、日頃は色を認識できず、要するにモノクローム世界しか見ることができない。しかし、意識を集中して眼を凝らすと、一種の「深層世界」を見ることができる能力を持っている。その世界は、モノクロがカラーになるということではなく、人間や動物を包み込むオーラのようなものが見えるという。
恒川が優れているのは、そのありもしないはずの特殊能力の描き方が実にリアルなところだ。
オーラは、金色や銀色に光輝いていて、その時々の生命の状態や活動のエネルギーを映し出す。例えば、病気になったときはオーラの輝きが暗くなり、あるいは情交の最中の男女の上には互いのオーラが交錯しあってパチパチと火花のようなものを散らせたりする。
オーラは陽光とは関係がないので、要するに昼夜の別なく見える。だから、地蔵助は闇夜でも難なく行動できる

のだった。そのメリットを生かして、村の外で迷子になった友人達を救い出して連れ帰ったりする。


というように、恒川の描く世界は、その全てがまるで自分で体験して見て来たかのように、リアリティに満ちている。また、明治末期の村の商業や農業の様子も描かれ、在りし日の風俗の描写も充実している。


ところで、強いて4作品に序列をつければ、次のようななるだろうか。
 ①『夜市』
 ②『雷の季節の終わりに』
 ③『草祭』
 ④『秋の牢獄』

なお、②③は甲乙付けがたい。
『雷の…』は、前半の異次元世界での生活を描いた部分が極めて素晴らしい一方、後半の「往還」部分の流れが

少々平板になり、長編作品への課題を残してるようにも感じられたからだ。



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さて、1位の『夜市』は、短編2編からなるのだが、特に後半(B面?)の『風の古道』という小説が素晴らしい。舞台となる異次元空間の構成が優れているのに加えて、そこで展開される物語がドラマティックなのだ。

ドラマの筋の方は実物に触れてもらうとして、異次元空間の方に少しだけ言及しておこう。
その空間を、恒川は「古道」と名づけた。そのセンスが素晴らしい。要するに、昔の街道のイメージだ。いろいろな場所で複雑に交錯しながら日本全体に網の目のように伸びていて、ところどころに宿場もある。「古道」は、ちょっとしたきっかけで誰でも入り込んでしまいかねない。現実世界にピッタリ寄り添うようにして存在している。古道への入口を見つけられれば、誰でも現実世界との間を自由に行き来できる。
主人公の少年は、小さい頃両親と訪れた東京都の小金井公園で迷子になり、老女に導かれて「古道」に入り込んでしまう。そのときは普通の道かと思っていたのだが、何かが少し違うことは憶えていた。やがて成長して小学

生になり、友人と共に何気なく再び「古道」へ入っていくのだった。そして、今回だけはすぐに抜け出すことができず、「古道」の真実を知ることになる……。


というようにして物語は展開していくのだが、物語以前に舞台となる「古道」そのものがとても懐かしい場所なのだ。旅籠があり、茶屋がある。茶屋はのんびりとした老人が主人をやっていて、店の前には簾に覆われた縁台があり、暑い夏にはカキ氷が出てきたりする。いつまでも、その懐かしい空間を味わっていたい、物語が終わってしまうのが惜しいと思わせる。


しいてジャンル付けをすれば、「隣接異次元空間往還小説」とでも言うのだろうか。
恒川の描く世界はそうした矮小なジャンルを超越した、文字通りの優れた文学作品というべきだろう。



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コメント

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5 ■nozomipapaさん

本屋さんで手にとったら、とてもおもしろそうなので、ついつい4冊全部買ってしまいました。今日から通勤が楽しみです。(^^)

4 ■katouさん

たしかに電車はありますね。自分の場合は出張で新幹線に乗る頻度と読書量が比例しています。恒川作品も一度読んでみてください。

3 ■マギーさん

ぜひ読んでみてください。

2 ■無題

恒川さんの作は読んだことがありませんが、独特の世界のようですね。
電車に乗らないと 本を読まないのだなぁと思うこの頃です

1 ■恒川光太郎、読んでみます♪

nozomipapaさんのブログを読んで、その世界に浸りたくなりました。(^^) 今日、本やさんで手にとってみます。

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