2011-06-12

道尾秀介の描く孤独と希望

テーマ:ダイアローグ@story


6月も中旬に差し掛かり、ひたひたと蒸し暑さが押し寄せてきた。


走ると感じた昨日までのひんやりとした空気はもうどこにもない。
苦しさは格段に増してくる。
走ることの負荷に、暑さとの格闘が加わる。さらにそこに、湿気で体内の熱が外に放出されなくなる持って行き場のない拘束感が微妙に入り混じっている。着ているものを全部脱ぎたくなる。
ランペースはがくんと遅くなる。
3ヶ月前、㌔4:45ペースで30k走ができたことなどすでに記憶の彼方だ。
同じペースだと10kも走れなくなる。

毎年、暑さでペースが落ちてくるこの時期のランにニングが、一番苦しいような気がする。

それは、走る苦しさに加えて、もっと走力が落ち込んでいくだろうという不安が同時につきまとうからだ。



さて「不安・恐怖」と言えば、今年直木賞も受賞し一躍ホラーミステリー界のプリンスとなった道尾秀介 。文庫本にもなっているその初期の小説を何冊か読んでみた。
 ※以下、若干のネタばれあり。


 ■背の眼(幻冬舎文庫刊、上下2巻)
 ■向日葵の咲かない夏(新潮文庫刊)
 ■骸の爪(幻冬舎文庫刊)
 ■シャドウ(創元推理文庫刊)


特に、向日葵…とシャドウは、非常に印象的な作品だった。
もっとも、他の2冊の方が、本来のミステリーファンには受けがいいだろうとも思える。探偵役が配置されたオーソドックスなミステリー作品だ。


ダイアローグ・ドキュメント


ダイアローグ・ドキュメント

道尾の素晴らしさは、まずずば抜けて文章がうまいことだ。
そのうまさは、『きことわ』(朝吹 真理子作)が純文学ということで芥川賞で、道尾は直木賞ということに一体何の意味があるのかと考えさせられるほどだ。


とくに、登場人物の台詞の間に散りばめられたちょっとした描写が実に抑制が効いていて静謐だ。
例えば『シャドウ』の冒頭部分では、次のようなくだりがある。


  大切な誰かの死ほど、人を言葉に対して敏感にさせる出来事はない。誰もが、耳に入る言葉
  の中に、自分の哀しみを紛らわせてくれる何かを探し、深めてくれる何かを探す。


こうした精巧なつなぎの描写によって、読者はより深くストーリーに引き込まれていく。
このような詩的できれいな文章を書く作家は、同じくホラー作家の乙一 以来ではと思う。


次に、何と言ってもそのストーリー構成の精密さだ。
下手なたとえをしてみれば、それはペルシャ絨毯の紋様のようだとでも言えばいいだろうか。
無数の伏線が張り巡らされ、さらに一旦たどり着いたかに見えた結論が次々にひっくり返される。真相は最後まで読まないと分からない。

ただ、複雑なストーリーの組み立てだけなら、まあ、名のあるミステリー作家なら誰でもやってのける職人芸とも言えるだろう。
向日葵…とシャドウの2冊が秀逸なのは、それを上回る付加価値がそこにあるところだ。


およそ優れた作家は、読者をどのような気分に引き込むかを考え、それをその通り実現してみせる。
道尾は、明らかにそれを計算して組み立てている。
読者が自分が体験した記憶の何を思い出し、その結果どんな精神状態になるかを。

その中心テーマは不安であり、それがもたらす底知れない孤独感だ。


向日葵…とシャドウは、共に主人公は小学生の子供だ。
その思考と行動が、並外れて大人っぽいが、そんなことは重要ではない。


読者は、決して幸せとは言えない子供を取り巻く繊細な環境を通じて、自分の子供時代を追体験する。

向日葵…で道尾秀介のオリジナリティーを強く感じるのは、死者が甦り生まれ変わった動物や昆虫の存在だ。
主人公・ミチオは、そういう存在とコミュニケーション能力を持つ設定で、難なく話をしているため、読者ははじめのうちはまったく気づかない。近所のおばあさんは実は猫で、死んだ友人は蜘蛛に生まれ変わり、動物殺しの犯人でもあるお爺さんはバッタになって再び生きている。そして驚くべきは、一貫して孤独なミチオの唯一の話し相手で同時に相談相手だった妹までもが実は……。
徐々に読者は、人間と人間以外での魂の境目が分からなくなっていく。


向日葵…の主人公・ミチオの母は、毎日パートに出る健気な女性でありながら、母親としても妻としても完全破綻した人物だ。
ゴミを一切捨てることなく家の中にどんどん溜め込み、それをミチオが捨てようとすることも許さない。
ミチオの食事は作らず、夫には毎日怒鳴り散らず。

道尾は、そうしたちょっとした出来事が生み出す不安の心理を巧みにあぶりだす。
加えて、死産したミチオの下の子供の死を認めることができず、それに見立てた人形を「育て」続ける精神異常者でもある。


その出来事のひとつひとつが、子供の時そのような体験をしたら…、自分だったら果たしてどうなったか…、というような不安を次々と思い起こさせる。それどころか、似たような自分の体験までがリアルに呼び戻される。
そうするうちに、自分も少なからずミチオと同じくらい不幸で、また異常なのでは…という暗鬱な気分に落ち込んでいく。くわえて、もう長い間「大人」として生きている今でさえ…。


そういう点で2つの小説は似ているのだが、ストーリー的にはまったく異なる。
シャドウの方は、文字通り精神障害が主要な題材だ。
「シャドウ」というタイトルも、投射機制異常(=自分の異常が、まるで他人に生じているかのように錯覚する精神障害)に由来する。
いきなり主人公の少年・鳳介の母が亡くなり、彼と父親との新しい生活が始まる。
ところが、その新しい生活もほどなくして崩れ始める。
近所に家族ぐるみで親しくしている友人家族があるが、その家庭も母親が自殺し、相前後して精神科医の父親も精神的な病に陥っていく。
正常と思えた人が実は異常で、異常と思えた人がぎりぎりで正常を維持しているという人間関係。
何が異常で何が正常なのか、その境界がだんだんと分からなくなってくる。

道尾秀介は、そうした危機的で切迫したぎりぎりの関係の中に、わずかな希望の光を読者に与えようとしている。


全体として、甲乙つけがたい2作品だが、どちらかというと自分にとっては向日葵…の方が印象が強かったかもしれない。
あまりにもストーリーが複雑すぎて細部で矛盾を来たしている疑いも多少沸くが、それ以上に、デビューしたての

ホラー作家のエネルギーが凝縮された作品に仕上がっている。


向日葵…を読めば、もう虫一匹簡単には殺せなくなるかもしれない。
そのときは、あなた自身がすでに道尾ファンに違いない。


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コメント

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2 ■katouさん

他はまあ普通なんですが、向日葵…だけは独特のムードですよね。内容も濃いです。舞台となっている街に漂う妖気のようなものが、いつまでも皮膚に残る感じです。
あれを上回る作品を今後書けるかどうかが、道尾の勝負どころですね。

1 ■無題

道尾さん、読みましたか。妖しいお話です。
直木賞と芥川賞の違いはぼくもわかりません、今では。ある出版社が出す賞が、ここまで権威をもつのは、伝統と、納得できる公平性なのかなぁ

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