見て感じることの大切さ

テーマ:
~争いは嫌いだった
    でも、武器は欲しがった~

「UnderGround」nowhere




小学校の修学旅行で初めて訪れた広島。

みんなで折った千羽鶴をもって、原爆ドームへも行きました。

そして、一番衝撃的だった原爆資料館。

ただただ、悲惨でした。
同級生の中には何人か気分が悪くなって最後まで見れなかった子もいました。
子供だった私たちには、きっと大人が見る以上に強烈に恐怖を感じる場所でした。

今でも、鮮明に思い出せます。
資料館に漂う、ズシンとした重い空気感までも。

こんなことは2度と起こってはいけない、と子供でも強くそう思えました。

そんな場所へ、初めてアメリカの現職大統領が訪れた日。

きっと、言葉で延々と核の凄惨さを語られるより、その場へ行き見るだけで、一瞬にして全てを理解できると思います。

被爆者の方と、オバマ大統領が抱き合っている姿は、感動とか許しとか、そういう次元ではない何かを感じました。
加害者も被害者も、同じ人類で、その人類が犯した罪を認めて、そして、「核戦争は絶対にダメ」という同じ意識を確認し、同じ方向を見ていることを確かめ合ったような、そんな光景でした。

71年前のことは決して消えない、けれども、71年前にとどまるのではなく、今という時間をきちんと生きている。

だからこそ、昨日のような日が訪れるのですね。


核保有国は、9ヶ国。(疑惑国を除く)

一国が持ってしまうと、他の国はもしもの為、〈守る〉為に持たなくては‼︎となってしまう。

みんな平和を望んでるのに、争いを好きな人なんていないのに。
守る為に、武器を欲しがるのです。
欲しがった最初の意図はどうであれ、武器は武器なんですよね。


人間ってなぁ。。














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