2009-06-01 10:15:03
しかける側としかけられる側
テーマ:ブログピストバイクという自転車をご存じだろうか?
そろそろ流行りも下火になりつつある感のこのブーム。
東京ではここ2年くらいはブームだったと言えるかなぁと僕は勝手に感じている。
東京でブームになったものは、その熱をちょっと覚ましたような状態で地方に輸出されていく。
受け入れる側の地方ではそれを独自に咀嚼してもともと地場にあった文化と融合していく。
まぁ、国と国の間で文化が行き来するのと同じ原理だ。
若者って文化で行くと、東京で2年くらいしっかり流行ったものは、地方にいってもなんとなく根付くと
僕は勝手に思っている。
スケボーとかが感覚的にはそれに近い。
先週と先々週、東京のブームの仕掛け人といわれるお店、全8店に行ってきた。
そして幸いなことに、その仕掛け人の友人という人が僕の友人だったということが発覚したりして
世間は狭いなぁと感じたり、ブームを仕掛けるような年ごろに僕もなったんだなとちょっと複雑な気分になった。
ブームなんて所詮は大人が作り出したマネタイズのルーチン。そんなところになんて絶対に乗らないって
思っていた僕たちの世代が、今やその仕掛け人側なわけだ。。。
乗るべきか、乗せるべきか。踊るべきか、躍らせるべきか。
大学生のころに偉くなった気分になったころに思ったこと。
今は少し感じ方が違っているような気がする。(残念ながら大学生の頃の思考はどこにも残されておらず)
たぶん、どうせなら躍らせるほうに回ったほうが面白いってくらいのことを思っていたような気がする。
さてと。今はどうだろうか。
ピストバイクというブームがあることを知りつつ、地方輸出に絡むことでカルチャー発信ができそうだと思いつつ、
内実やっていることといえば、それを「誰かが作った情報」から知るだけで、全然その本質に触れてもいない。
触れてもいないくせにそのことを知ったかのように語る。
うわぁ~、これ。僕がガキンチョだったころに一番カッコ悪いって思っていた大人だ。
そして、そのことを指摘されると、ワカモンのことは分からんっていう大人の要素だ。
ということで、東京中のお店を回った後で、そんな僕でも暖かく迎えてくれそうなところでパーツを買い、ちょっとコミュニケーションをとってみたりして、土曜日は土曜日でそのパーツを使って一台組んでみたりして、そんで今日は今日で、そのバイクに乗って通勤してみたりした。
当事者意識といわれるものを味わうには当事者になるしかない。
ところが、その当事者になってみると、その意識はとっくに当たり前の感覚になっていて、さらに細分化された当事者意識を持つことになる。
政党があって、その中に派閥があるっていうものも理解できる。
大きく括られると、「そこ」なんだけど、「そこ」の中では「あっち」だったり「こっち」だったりするんだと思う。
たかだか人が一人生きていくのにそんなに多くの当事者意識を持つことなんてできやしない。
だって、当事者にならなきゃならないんだもの。
そうすると、いかにその事象に本気で取り組むか、いや、本気で取り組まないという当事者意識もあるのか…
だったら、どうやってその事象に取り組むべきなのかを本気で考えることが必要になってくるのかな。
どのくらいの本気さで挑むのか、取り組む前に全体を見通して、自分とその事象の関係性を意識しながら。
しかける側としかけられる側ってのもどっちにしてもその当事者としての位置の問題なんだなぁ。
そこにあって、「興味」をちょっとでもそそられるものがあるなら、そこにがっつり入りこむってことが出来ないかな?
たまたまそれが仕事だったり、趣味だったりしてもいいと思う。
一度でもそのがっつり入りこむってことを経験したことがあれば、その楽しさやどっち側?なんてくだらない話がどうでもいい話だってことが分かると思う。
無我夢中になってやれるような何かに出会えることが、人生を愉しくする鍵かなと思う。




