セピア色シンドローム

baterが書いた小説を載せていきます。
感想とかいただけると跳び上がって喜びます。
プレアデスの蝶完結しました。


テーマ:
 深夜十二時。少年は、自分の部屋でゲームをしていた。発売されたばかりの人気シリーズだ。少年も発売日に手に入れ、それから、家にいるときはほとんどやっていた。
 映像が移り変わるその間に一瞬テレビ画面が真っ暗になった。そのとき部屋の外に何かが立っているのが画面越しに見えた気がした。振り向くと人の形をしたものがそこに立っている。暗がりに立っているので影のようにしか見えない。しかしそれが何か良くないものであることは一目見てわかった。そして少年にはそれに心当たりがあった。するとその影はぎこちない歩き方で部屋の中へとゆっくりと進んできた。
「やめろ、来るな!」
 少年が叫んでも、彼を追い詰める影は少しずつ彼との距離をつめてくる。
「おれが悪かった。ほんの出来心だったんだよ。許してくれよ」
 暗がりから出てきた影の姿は人間の女の姿でありながら同時に異形のものだった。右腕はひじからちぎれている。また全身の間接がおかしな方向に曲がっている。そして何よりその表情が人間のものではなかった。両目には眼球がなく穴が開いたように黒い。鼻は折れて曲がっていて、開けっ放しの口に見える歯は、所々抜け落ちていた。
 その女の足を引きずりながらの歩みは遅々としていて、走れば逃げられそうなのだが、少年の体はどうしても動いてくれなかった。
「くそっ! 動けよ。動いてくれよ!!」
 少年がそう叫ぶ間にもゆっくりと、しかし着実に女は近づいてきていた。女は体中から血や血ではない体液を垂れ流しにしながら俯いて歩いている。距離はもう三メートルもない。
「謝ってるだろ! なんだよ、許してくれよ」
 女はまるでその声に反応するように顔を上げた。眼球がないため視線も何もないのだが、少年は確かにその暗黒へ繋がる眼窩と目が合った気がした。そしてもはや声を出すこともできなくなっている自分に気付いた。少しずつ近づいてくる眼窩から目を離す事もできず、少年は自らの、死者を冒涜する軽はずみな行為を悔いた。そしてそれが少年が十四年間の人生で最後に考えたこととなった。


「なあ、じゃんけんで負けた奴があの道路、夜の十二時ちょうどに渡ろうぜ」
 給食の時間が終わり、昼休みとなったその小学校は喧騒に包まれていた。
 その喧騒の中、六年一組でそんな事を突然言い出したのはやはりお調子者の隼人だった。

 その隼人たちが通う小学校の近くに、林にそって走る細い道路がある。日中でもほとんど人は通らないし、夜中ならなおさらだ。人気がないため車もスピードを出しがちな、そんな道路だ。そしてその道路を夜中の十二時丁度、日付が変わる瞬間に渡ると、以前深夜十二時丁度に車に轢かれた女の霊に呪われるという噂が、今小学校で流行っていた。
 そういう事故があったのは事実で、今でも現場には花が置いてある。人も車も少ないが、それだけ車はスピードを出しがちで、以前にも何度か深夜の事故が起こっている道路だった。今回の被害者は近所に住むOLで、終電ギリギリまで残業をして家に帰る途中だったそうだ。街灯以外の灯りがなく、その灯りも間隔が遠く、薄暗い道だ。そこで普段は使わないその道を使ったのは家まで、ほんの少しだけ近道になるという事を知っていたからだった。残業で疲れた彼女は少しでも早く家に帰ってシャワーを浴びてベッドで眠るために、多少躊躇はしたがその道に入っていった。それが彼女にとっての致命的な不運に繋がった。彼女を轢いたドライバーによると、急に立ちくらみでも起こしたように車の方に倒れこんできたとのことだった。これが出任せでないことは、警察の捜査で証明されている。さらに接触の際に車体と電信柱に挟まれた右腕が、千切れて飛んでいった。捜索は続いているが、いまだ彼女の右腕は見つかっていない。
 そういったこともあって、この噂は小学校に限らず、この辺り一体に蔓延していた。そしてそんな面白い話を隼人が放っておくはずがなかった。

「いやだよ。第一そんな遅くに外に出れないし」
 大河の反対意見を浩太郎が茶化した。
「なんだよ大河。びびってんのか?」
「そうじゃないけど、不謹慎だよ、人が死んでるのに」
「不謹慎~? 真面目ぶんなって、びびってんだろ?」
「まあまあ二人とも、じゃあさ、こうしようぜ。三人で一緒に渡るんだ。これなら大丈夫だろ」
「だからびびってる訳じゃないって言ってるじゃん!」
 隼人が間に入ったが論点がずれている。大河はため息をついた。
「ちょっと男子うるさいわよ」
 男子三人はクラスの中心的な女子、涼子に叱り付けられた。
「ごめんごめん、もううるさくしないから」
 隼人が謝ったが、涼子はそれだけでは納まらなかった。
「大体話を聞いてたら、何バカなこと考えてるのよ。そんなこと死んじゃった人に失礼よ」
「そ、そうだよ。そんなこと良くないと思う。やめたほうがいいよ」
 涼子の友人のきらりも話に入ってきた。おとなしい彼女から口を開くのは珍しい。
「なんだよ、ちょっと道路渡るだけじゃん」
「道路ならその辺の普通の道路でも渡っときなさいよ」
 浩太郎の抗議も通用しない。
「わかったらそんなバカなことやめなさいよ。じゃないと先生に言うからね」
「わかった。じゃあ涼子達も見に来れば良いじゃん」
 隼人が突拍子もない事を言い出した。
「はあ? なんでそうなるのよ」
「え、何? 涼子びびってんの?」
「そ、そんなわけないでしょう! っていうかそんな問題じゃないし」
「うんうん、まあしょうがないよな~。大河だってびびってる位だもん。涼子には見に来るなんて無理だよな」
「だから僕は――」
「わかったわよ。いってやるわよ。きらり、あんたも行くのよ」
「え、私怖いよ」
「私一人にいけって言うの? お願い、付き合って」
「大丈夫大丈夫、どうせ何も起きやしないんだから」
 大河が抗議する暇もなく、涼子は安い挑発に乗ってしまい、きらりもそれに付き合わされることとなった。
 そのあと結局、渡るのはじゃんけんで負けた一人がということになった。そしてじゃんけんの結果、浩太郎が渡る事となった。
「よし、男を挙げるチャンスだな」
 浩太郎は何故か乗り気だった。
「じゃあ今日の夜、十一時半に事故のあった場所の近くの十字路に集合な。親にはばれんなよ」
 もうこうなったら止めることは無理だと大河は諦めた。しかし、大河は、臆病者扱いされてもここで意地でも止めなかったことを後に後悔することになる。

 そして結局、集合場所には全員が来た。
「よおし、全員五分前集合とは感心だ」
 隼人が担任の物まねをしていたが大河はそれどころではなかった。大河はいわゆる霊感、というものをもっていた。そしてその感覚は、大河に警告を発していた。すなわち、あそこに近づくな、と。
「皆、何か事故現場のほうから凄いいやな感じしない?」
「なんだよ大河、びびりすぎだって。別に帰ったって良いんだぜー。おれの勇姿は拝めないけどな」
「大河の言う通りよ。皆良く平気ね。何か凄い、気持ち悪いくらい嫌な感じする」
 浩太郎はあくまで強気だったが、大河と同じく霊感を持つ涼子が口元を抑えながら大河の意見に同意した。
「ね、帰ろう? やっぱこんなの駄目だよ」
 きらりは何も感じていないようだが、帰りたい一心で皆に言った。
「何? お前ら霊感あんの? ここやばいの?」
 ここに来て隼人の腰が引けてきたようだ。
「やばいよ、かなり」
 大河は隼人に答えると浩太郎の方を向いた。
「悪いこと言わないからやめたほうが良いよ。ほんと洒落にならないから」
「うるせえなあ。行くっつったら行くんだよ」
 ――今さらやめるなんてダサいことあいつの前でできるかよ
 そういうと浩太郎は一人で事故現場のほうへ歩いていってしまった。時間は丁度十二時になった所だった。
「浩太郎!」
 大河は止めたかったが、それ以上現場に近づけなかった。
 浩太郎は軽々と問題の道路を渡ると問題の電信柱に手をついてこちらを振り返った。そしてこちらにピースをすると、一応、というように事故現場に手を合わせた。二、三秒手を合わせると、また軽々と道路を渡って帰ってきた。一見大丈夫そうに見えたが、大河と涼子の目には事故現場から浩太郎に伸びる黒い糸の様な者が見えていた。
 ――捕まったんだ。
 大河は涼子と顔を見合わせる。
「どうしよう大河。浩太郎のあれ絶対やばいよね」
「うん、多分捕まっちゃったんだと思う」
「何とか呪いを解く方法はないのかな」
「確か、腕が見つかってないって言ってたよね」
「事故にあった人? そうね。そっか、じゃあその腕を見つけてちゃんと供養したら呪いは解けるかも」
「うん、僕はそれ以外の方法が思いつかない。こんなこと大人に言っても信じないだろうし。問題は本人に危機感がないことだよ。今のところ特に何かを感じているわけではなさそうだけど。とりあえず今日は解散しよう。もう大分遅いし」
「そうね。隼人、もう今日は解散しましょう」
「おお、そうだな。目的も果たしたし、いやあでも何もなかったな~」
「ほんとだぜ。ちょっと暗い何かなきゃ面白くないし。なあ、きらり」
「え、でも何事もなくてよかったと思う」
「あ、おれのこと心配してくれた? 嬉しいね~」
「きらり、いくよ」
「うん」
「送ろうか?」
 大河が気を使ったが断られた。
「ありがと、でもあたし達二人ともこの近くだから」
「そっか、じゃあバイバイ」
「うん、バイバイ」
「じゃあおれらも帰るか」
「おう、じゃあな」
「また明日~」


 翌日大河が登校すると、涼子が浮かない顔で大河の席にやってきた。
「聞いた?」
「何を」
「まだ聞いてないのね、あの噂。浩太郎と同じ事をした中学生が行方不明になったそうよ。現場に行ってから一週間後だったらしいわ」
「そっか。期限は一週間か、浩太郎の耳にも入ってるだろうな」
「ええ、顔色変えてたわ。きらりの前で格好つけようとするから」
「あ、やっぱわかってたんだ」
「そりゃあまあ、あたしだって女の子だもん。あのくらいは気付くわよ」
「まあそれは良いとして、今日の放課後から、あの辺りの林、探さなきゃね」
「うん、できればあの辺りには近づきたくないけど」
「そうだね。でも夕方くらいまでは大丈夫なはずだよ」
 そこに隼人が登校してきた。そこで隼人にも事情を話した。
「マジかよ。じゃあ浩太郎も一週間経ったら……」
「消えちゃうんだろうね、何もしなかったら」
「な、何をしたら良いんだおれ達は」
「僕はまだ見つかってない交通事故の被害者、渡夕子さんの右腕を見つけるのが解決する方法だと思う」
「名前、どうやって調べたの? 記事にはなってなかったと思うけど」
「今朝、事故現場によってきたんだ。花束に渡夕子さんへって書いてあった」
「へえー、やるじゃん大河」
「あと腕だけど、あの近くにはないと思うんだ。警察が調べたはずだしね。野犬か何かがもっていってしまったんじゃないかな」
「その場合って、食べられちゃったりしてるんじゃ」
「まあ、可能性としてはあるかな。それでも、探さなきゃ」
「そうね。頑張ろうね」

 その日の授業が終わると五人は集まって話し合った。
「信じられないかもしれないけど、僕と涼子には霊感がある。それで、今、浩太郎の背中から延びる黒い糸が見えるんだ。それは多分昨日の事故現場に繋がっている。浩太郎は『捕まった』んだ」
「うそだろ? 確かになんか体が重い感じするけど、大体それなら止めてくれよ!」
「散々止めただろ! それも無理やりいったのは浩太郎だぞ!」
「っ!」
 八つ当たりを正論で返され、浩太郎は黙った。
「こんな時に喧嘩してもしょうがないでしょう? とりあえず今後の方針を決めましょう。放っといたら浩太郎くん、例の中学生みたいに一週間後に、渡さんの霊に消されちゃうわよ」
 険悪な雰囲気を和らげるように涼子が話を進める。
「うん、それなんだけど、渡さんの右腕が見つかってないって話だったよね。それが渡さんの心残りになっているんじゃないかと思うんだ。だから、僕たちでその腕を見つけよう。警察も捜してるみたいだけど一週間以内に見つけてくれる保証もないし」
「探すったってどこを探すんだ? あの道路沿いの林か?」
 隼人が問いかける。
「うん、できれば僕もあのへんには近づきたくないけどやっぱりそんな遠くに飛ばされたってことはないと思うんだ。あの林の中にあると思う。犬とかがもっていった可能性も考えて広い範囲を探さなきゃいけないけどね、近くにあったら警察が見つけてるだろうから。だから、皆で手分けして林を探そう」

 五人は林へ移動するとなくなった腕を捜し始めた。その最中に大河が涼子に話しかけた。
「なあ、涼子」
「何よ大河」
「浩太郎の糸、昨日見たのより少し太くなってないか」
「そういわれてみれば確かに少し太いかも」
「うん、昨日は糸って感じだったけど、今日は紐って感じまでになってる。この調子じゃ、明日は綱になってるかもね」
「怖い事いわないでよ。それにしても見つからないわね」
「しょうがないよ。警察が捜しても見つからなかったんだから」
 日が暮れるまで林を探したが、結局その日は何の収穫もなかった。

 そして次の日、浩太郎の背中から伸びる糸は大河の予想通り、綱引きの綱ほどの太さになっていた。その日の捜索も成果は上がらなかった。

 そして、そのまま腕は見つかることなく七日目を迎えた。浩太郎の背中から出る糸はもう人間の太ももくらいの太さになっていた。
「もう駄目だ。おれは明日死ぬんだ」
 浩太郎はもう半ば諦めて、恐怖に震えていた。糸の太さに比例して体調も悪くなっているようだった。
「諦めるな、まだ今日一日ある。今日中に見つければ良いだろ」
「確かにそうだけど、もし見つけられなかったときの事を考える必要もある」
「何いってんだよ大河。見つけられなかったらおれは消えちまうんだろ」
「何もしなければね。これ、神社で借りてきたんだ」
 そういって大河は浩太郎にお守りを渡した。
「霊験ナントカなとにかく凄いお守りだって神主さんが言ってた。あと、きらり。お前んちクリスチャンだったよな。十字架とか用意できない?」
「わ、わかった。今日林に持っていくね」

 その日の放課後五人はまた林に集まった。
「はい、これ、十字架」
「おう、さんきゅな、きらり」
 きらりが浩太郎に十字架を渡した。そして、最後の捜索が始まった。
 しばらく辺りを探していると、隼人が何かを見つけた。
「この辺りの地面、最近掘り返したあとが残ってないか? おれんち犬飼ってるんだけど、居ぬって穴掘ってそこに物隠す習性があるんだよ」
「じゃあひょっとして……」
「うん、この下かもしれない」
「よし、掘るぞ。時間がない。手でやろう」
 素手での作業とはいえ一度掘り返された地面は柔らかく、簡単に掘ることができた。そうしてしばらく掘ると何かが浩太郎の指先に当たった。掘り出したそれは、ブレスレッドをつけた腐りかけの人間の腕だった。
「うわっ!」
 酷い臭いと感触に思わず放りだしてしまった浩太郎に、大河が忠告する。
「やっと見つけたんだ。粗末に扱わない方がいいよ」
「そ、そうだな」
 そういうと浩太郎はもってきた布で腕をくるみ、抱えた。
「これで、後はどうすれば良いんだ」
「警察に持っていこう。近くに交番がある。そしたら遺族にも連絡が行くだろうし、渡夕子さんの霊も満足するはずだ。急ごう。もう夕方だ」

 五人は急いで交番に向かい、警官に腕を見せた。警官はすぐに担当の刑事に連絡を取った。なぜ見つけたのかを聞かれたので大河が、林で遊んでいる最中に見つけた、と嘘をついた。どうせ本当の事をいっても信じてくれはしないと思ったからだ。多少怪しまれたようだが、そこを追求してもしょうがないと思われたのか、それ以上は聞かれなかった。そして五人は解放された。
「これで大丈夫なんだよな」
 大河が浩二郎の背中を見た。
「あ、背中の糸が消えてる」
「ほんとか!? やった。助かったんだ」
「ふーっ、何とかなってよかったね」
「そうね、よかったわ、ね、きらり?」
「うん、浩太郎君よかったね」
「ああ、皆のおかげだ、ありがとう。そうだ、お守りと十字架、返すよ」
 浩太郎は、少し照れながら全員に礼を言い借りていたものを持ち主に返した。。
「じゃあ、帰ろうぜ」
 隼人の声で、五人はそれぞれ自宅の方へ歩き出した。これで全て解決。これでもう何も起こらない。

 そのはずだった。

 その日の深夜十二時少し前。浩太郎は何となく寝付けずにいた。何とか呪いをとくことができた。それが、少しバカにしていた大河の活躍によるところが大きいのは悔しいが、死ぬよりはましだ。きらりの前でも随分醜態を晒してしまった。明日から何とか取り返さないと、と浩太郎は考えていた。
 と、その時、月の明かりが入っていた窓が暗くなった。月が雲に隠れたかと思い、浩太郎は窓に目をやった。窓の外に、何かがいた。かけたはずの鍵はカタカタとひとりでに動いて少しずつあいていった。そして窓の鍵があいたら、窓も自然にゆっくりと開き、とうとう「それ」は部屋へと入ってきた。
 嘘だ。呪いは解けたはずなのに。いくら浩太郎が「それ」の存在を否定しても、「それ」は確かにそこにいた。「それ」はかろうじて人間の姿をしていたが、髪はなく、目は赤い円でしかなかった。鼻もついておらず、口も歪な形をしていた。全身が揺らめく影のようで、手足も一応ついているものの歪んだものだった。
「それ」はゆっくりと浩太郎のいるベッドに這って近づいてくる。しかし浩太郎は動くことはおろか、声を出すこともできなかった。そしてつい目をあわせてしまい、逸らすこともできなくなった。お守りと十字架を返すんじゃあなかったと今さら悔やんでももう遅かった。そして、「それ」の手がとうとう浩太郎の足をつかんだ。


 同時刻、隼人も寝付けないでいた。自分には直接害は及ばなかったが、今回の体験は十二歳の少年にはあまりに恐ろしいものだった。もしじゃんけんで負けていたら、自分は大河の制止を振り切ってあの道路を渡っただろうか。渡ったかもしれない、わからない。そんな事を考えていると、ドアの開く音がした。
 家族の誰かだろうか。声をかけようとして初めて自分の声が出ないこと、体が動かないことに気付いた。そして人型の黒い影がゆっくりと入ってきた。なぜ自分が。思い当たる理由などなかった。腕を見つけて解決したのではなかったのか。そうではなかったとしても襲われるのは浩太郎だけではないのか。大河や涼子、きらりも襲われるのか。様々な疑問が脳裏を駆け巡ったが、どれも答えは出なかった。そうしている間に近づいてきた「それ」は隼人の手を掴んだ。


 同時刻、涼子ときらりは同じベッドで寝ていた。今日は最初から涼子の家に泊まる予定だった。この二人は家族ぐるみの付き合いなので、連絡さえ入れれば相手の家に泊まるのは簡単だった。
 ふと、涼子はいやな感じがして目が覚めた。何かが近づいてきている。涼子は手を伸ばして机の上においてある、きらりの十字架を掴んだ。こんなもので効果があるかはわからないが、ないよりはましだろう。きらりは起こさなかった。怖い思いはさせたくない。その何かはドアの方から近づいてきている。来るなら来なさい。ただではやられない、と涼子は十字架を握り締めた。
 何かはドアの前で立ち止まったようだった。十字架が効いているのだろうか。しかし少しするとドアノブが回り、人の形をした黒い影が入ってきた。「それ」は赤い眼で起き上がってベッドに腰掛けている涼子を見やると躊躇しながら近づいてきた。握り締めた十字架が火傷しそうなほど熱い。涼子は十字架を「それ」に向かって突き出した。「それ」は明らかに十字架に躊躇した。いけるかと思った矢先、躊躇しながらも「それ」は近づいてきた。十字架はより熱くなり、さらに「それ」が近づいた時、真ん中から折れた。折れた十字架は端から黒く変色し崩れてしまった。
 駄目だ、助からない。涼子はもう諦めるしかなかった。きらりが怖い思いをせずにいけるのが唯一の救いだ。そして「それ」は涼子ときらりに覆いかぶさってきた。涼子は最後に大河の無事を祈った。

 「それ」が浩太郎の足をつかんだ瞬間。隼人の手を掴んだ瞬間。涼子ときらりに覆いかぶさった瞬間。彼ら四人が感じ取ったのは生者に対する強い憎悪と妬みだった。私は、おれは、僕は、うちは、もっと生きていたかった。やりたいことがまだまだあった。「これから」があるお前たちが恨めしい。
 なくなった腕など、もう関係なかったのだ。そもそも相手は単体の霊、渡夕子ではなかった。恐らくあの道路で交通事故の犠牲となった人々の無念の集合体こそが「それ」の正体だったのだ。腕を見つけることで渡夕子の霊は慰められ成仏したかもしれない。しかし他の霊にとってはそんなことは関係なかった。まずふざけ半分で自分達を冒涜した少年を捕まえた。そしてそんな少年を助けるために奔走する友人達すら妬ましかった。「それ」にはもう理性などなかった。「捕まえる」事をせずに生きた人間を呪うことが自らの消滅を意味していたとしても、憎い、ただそれだけで他の四人のところにも出向いたのだ。「それ」は四人をあちら側に引きずりこむと浩太郎のもとへ向かったもの以外は消滅した。


 同時刻、大河も「それ」を感知して起きていた。どうして、腕は返したはずなのに。そう考えてみた所で近づいてくる気配はあの時感じたものだ。このお守りが本当に霊験あらたかなものなら自分は助かるかもしれない。と同時に他の友人達の事を考えた。望みがありそうなのは十字架をもっていたきらりくらいか。しかしあれはアクセサリーに近い量産品だった。どこまで効果があるかは疑問だ。そしてそれはこのお守りにもいえることかもしれなかった。神主は良くないものを退ける力があると言ってたが本当なのか気休めだったのかは大河にはわからなかった。わかるのは、気休めだった場合、自分は死ぬ、と言うことだけだ。
 とうとうドアの前まで来た。ドアを開けるのを躊躇している感じがする。どうやらこのお守りは、ある程度の効果はありそうだ。あの神主は、本物、ということなのだろう。しかし、しばらくの躊躇のあとドアは開き「それ」は大河の部屋に入ってきた。だが「それ」は明らかにお守りを恐れていた。大河はお守りを前に突き出すと、「それ」に向かって前進した。すると「それ」の体は崩れていき、さらに触れるほど近づけば、ぼろぼろと崩れ、後には何も残らなかった。
「助かったのかな、僕は。でも皆は……」

 次の日、学校に登校したのは五人のうち、大河一人だった。教師は風邪で休んでいるといっていたが、もちろんそれが嘘である事を大河は理解していた。
 放課後、大河は四人の家を回って、昨日の夜から四人が行方不明である事を確かめることにした。
 大河はまず涼子の家へと向かった。チャイムを鳴らしてしばらく待つと涼子の母親が出てきた。
「こんにちは、おばさん、あの、涼子さんは」
「ごめんなさいね、涼子はちょっと風邪が酷くて」
 大河は回りくどい聞き方をせずに直球を投げた。
「それ、嘘ですよね」
「えっ……」
「涼子さんは昨日の夜から行方不明になってるんじゃないですか?」
「何でそれを……」
「やっぱり、そうなんだ」
「あなた、何か知ってるの?」
「涼子さんは、いえ涼子さんだけでなく五人全員がもう戻ることはないと思います。それじゃあ僕は失礼します」
 涼子の母はどこかに違和感があるような気がしたが何がおかしいのかはわからないまま大河の背中を見送った。

 大河はそのまま残りの三人の家も回り三人とも行方不明になっている事を確かめた。その頃には夕焼けも消えかかっていた。大河はそのあと神社へと行くと神主に事情を話しお守りを返した。
「おかげで助かりました。ありがとうございました」
「役に立って良かったよ。他の子については残念だが諦めるしかない。悪戯半分で霊に関わってはならんのだよ」
「はい、今回のことでよくわかりました。それじゃあ失礼します」

 そのあと大河は家へ帰り、夕食を家族と食べた。そして十一時半になるとこっそりと家を出て、事故現場へ向かった。到着したのは丁度十二時だった。

 そこにいたのは浩太郎、隼人、涼子、きらりの四人だった。

「良かった。皆の方が居てくれて、やっぱり一番新しく取り込まれた人が前面に出るんだね」
「それはそれで正しいんだけど、今回はちょっと違うの」
 大河に涼子が答えた。
「大河も大体わかってると思うけど、私たちを襲ったものはこの周辺で事故にあった人の怨念みたいなものが集まったものだったの。彼らはただ生きているという理由だけで私たちを妬んで襲って自分達に取り込んだ。まあ浩太郎は自業自得だけど」
 浩太郎が気まずそうに文句を言う。
「うるせえな」
「でも、糸をつけることができたのは事故現場まで来た浩太郎だけだった。それでも私たちを取り込みたかったあいつらは、自分の体を四つに分けてそれぞれの元へ向かったの。四つなのは私がきらりと一緒にいたからね。それで、糸をつけることのできた浩太郎と自力で自分を守りきった大河以外の二つは私たちを取り込んだ後消えてしまったの。そしてその力だけが取り込まれた私たちの魂に残った。そして浩太郎をとり込んで戻って来た四分の一とくっついて浩太郎の魂を取り出すことに成功したの。その四分の一も消えたわけじゃないから、今も生きている大河が妬ましいんだよ」
「妬む必要はないよ。僕は今日、そっちに連れて行ってもらうために来たんだから。一人だけ生き残るなんてそんなの僕は嫌だ。皆がそっちにいるならそっちに行きたい」
「なんだ、そうなんだ。じゃあそんなの簡単だよ。さあ、私の手をとって」
 大河は差し伸べられた涼子の手を、躊躇なく取った。




「ねえねえしってる? あそこの道路を夜の十二時丁度に渡ると呪われるんだって。超面白くない?」
「呪いとかマジウケる。じゃあさ、今日の夜行ってみようよ。で、皆でいっせいに渡ろうよ」
 その夜、件の道路に8人の女子高生が集まった。
「じゃあ皆一緒に手を繋いでね」
「せーの」








あとがき

短編でホラーをと思って書いてみたんですがなかなか上手くいかないものです。どうも登場人物は小学生のはずなのに大人びている気もします。
でもこんなんでも頑張って書いたんです。
読んで下さったら感想と隠れると嬉しいんです。

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