ひとりの少女を知っていた。

 「わたしは死ななければならない。わたし自身になるために。」

 さまざまな折り、さまざまな声の色合いで、わたしに、その暗い口癖の命題を打ち寄せてきた、ひとりの少女がいた。今はもういない。彼女はその命題のなかに消えてしまった。一九八四年の六月頃のことだった。

 彼女はもういない、それなのに、彼女の言葉、その命題がわたしのもとを去っていかない。不可視なものとなっても、彼女はいまだに現存する。消え失せてしまった者はもう二度と掻き消すことができない。消えた死者の間近さがわたしに迫る、わたしに問う、わたしを質し、そしてわたしを定めようとする。その虚無のなかに消え、消えながら崩れる瞳がわたしを逃れがたく捉えてくる。だからまだ、その「いない」ものは、「いない」という仕方でそこにいる。その目に視えぬ現存がわたしを撃つ。

 「わたしは死ななければならない。わたし自身になるために。」

 一度も、それは「死にたい」という表現にはならなかった。いつも、強勢を置いた「ねばならない」という語尾で、その寄せ付けぬ、有無を言わさぬ、厳しく張り詰める響きのなかに彼女は自分を告げようとしていた。

 やがて来るべき〈死〉のなかに、氷衣を纏い、一個の星のように青白く光る、美しい威厳に凍って凛と立つ女王の姿の彼女じしんを。わたしにとっては全く見知らぬ女であるような畏るべきものを。その見知らぬ女の幻を見るのは、いつもわたしだった。彼女ではなかった。

  彼女は、その見知らぬ女である自分自身をわたしへと突き出しながら、それを見知らぬどころか、夢だに見ることはなかったのだろう。彼女はその凍った女を愛していたのだと思う。けれど、それが誰であるのか、彼女にはわからなかった。彼女は、その女の幻については全くの盲人同然だったのだ。わたしはそう思うし、また、彼女自身きっと、いつもそう感じていたのに違いない。全くのみすぼらしい盲目の闇のように、彼女は、彼女からつよく踏み出してくる、その、彼女の〈神〉である彼女自身の星の放つ、いちめんに燦然とする青い光のうしろに抹消されてしまう、形跡〔あとかた〕もなく消え失せてしまうのだった。

 その青い光の霜が張りつめたような、凍りついた瞬間の結晶でできた横貌を、わたしは何と言ってよいものかもわからない。彼女にそっくりの全くの他人、いや、むしろ〈別人〉としかそれを呼び得ない、一瞬、ぞっとさせる、そんな冷たい言葉の白刃がわたしの喉もとにつきつけられて、わたしは言葉を失ってしまう。

 わたしはあの横貌、わたしから言葉を奪ってしまうあの横貌のことを時々考える。わたしの〈思い〉を打ち消してしまうまでに強い、白から急転直下に真っ黒となるその横貌の暗転する印象をどう言い定めることができるだろう。思い出すたびに胸が締めつけられ、言葉と思考を繋ぐ喉笛が窒息する苦しさがある。苦しいのに、わたしは考え、そして思い出そう、何かを、その、心の真っ黒な傷であるあの横貌のネガから現像させよう、呼び起こすことで楽になりたいと、その重い暗黒の忘却から明白な記憶への反転図を分娩しようとする。
 そこにも、消えた顔があるのだった。
 それは、消えた顔だ。けれども、消すことのできない顔でもあるのだった。
 忘れがたいと共に、思い出しがたい――思い出となることを拒んで、その外側の闇にかたくなに留まろうとする、隠され、つよく乖〔そむ〕けられた顔だ。
 その顔の事を考えると、わたしは苦しくなる。苦しくて、眠れない夜がある。
 わたしの心がその顔に奪われているのだ。
 わたしはその顔を名づけようと思った。それは〈エンノイア〉という名前の顔だ。ギリシア語で「思考」を意味する女性名詞。この名に辿りつくまで、わたしは、長く明けない不眠の夜と悪夢の白夜を、気の遠くなるほど長い間、亡者のように往復していたような気がする。

 〈エンノイア〉、それはその少女の名前ではない。その少女が時々摩り替わったかのようなあの〈別人〉、あの凍った見知らぬ女の横貌にわたしがつけた名前なのだ。
 それはわたしの昏い夢の名前、幻の女の名前、見知らぬ、けれど限りなく懐かしいひとりの女の名前なのだ。


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