とりあえず、タイトルだけはカッコよく決めた。
わかると思うけど、これ世界一かっこいい哲学者だった九鬼周造の『「いき」の構造』のパロディね。

で、僕は不可能性の形而上学者で自称「魔術師」、いちおう独立系思想家なので、お見知りおきを。

前は「アンチポップス」という標題で、僕の死ぬほどキライなJ-POPなるものと音楽文化を破壊している国内外の音楽産業を撲滅するためのラディカルなサイトにしたかったんだけど、邪道な権力からの不当な攻撃でデリられても困るんでこれはやめ。それよりもっと根源的に日本文化(僕は「甘え=生き=恥」の構造と呼んでいる)を徹底的に批判することをトップテーマとすることにした。。。。なあんてね。

それから、他に形而上学的思索としては九鬼の『偶然性の問題』の向こうを張った「不可能性の問題」とか心を鬼にして尊敬する師匠レヴィナスに反逆する「アポスターズ論」とかその他もろもろ、文学的お遊びとして「形而上学魔法小説ノリメタンゲレ」なんてのも連載してます。

また、たまに書評みたいなの(文芸珍評とか感想文)も書くが、奇人であるので絶対にトンデモなことしか書きません。常に敢えて通説を暴力的に破壊するようなことしか書かないことを美学としているので、常識的な書評読みたい方は他を当たってください。

で、そんなわけでここ、バラエティー番組状態なので、THEME LISTから選んで読んでいただくことをぜひともキボンヌ

さもないと頭混乱するかもしれないぞ。

また、たまには痴呆化して下らぬギャグを書くこともありますので、ご容赦くださいね。

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ぼちぼち再開

テーマ:
長らく放置してましたが、まあそろそろボチボチ再開するつもりです。

職場が変わったり、ちょっと右肩脱臼したり、酷暑でPC熱暴走してディスククラッシュ、その後PCいじりの方にハマってしまってて、ブログの方は何だか すっかり忘れてました。(Linuxインストールマニアに加えてPC自作派、加えてMac改造マニアだったりもするので、いったんパソコンにハマり出すと 他の全てを忘れて長期間没頭しちゃうのです)

メインマシン吹っ飛んだときに、自分の最新のブックマークも吹っ飛んでまして、そのなかにココを含めてあっちこっちに作った全てのブログサイトのブック マークも含まれてた。で、そうなるとなんとなくアクセスするのもちょっと億劫になってしまって、いままで延びちゃったってこともあります。

長期ブランク期間中、mixiだけはつきあいなんかもあるので、細々続けてました。ここと違って、会員以外非公開、当然Web検索エンジンにもひっかから ない隠れた場所であるんで、ここに書けないような不穏な内容のことも割りと気軽に書けたりもするのでね(そういっても最近会員増えすぎちゃって大して隠れ てられる場所でもなくなった。同じ職場でもmixiやってる人多いので、いつ見つかっちゃうことかとヒヤヒヤしてます。まあ、それは相手も同じか (笑)。)。

ブログ更新サボっちゃったもうひとつの理由は、会社の上司筋の人が僕の或るブログを見つけて、そのなかにたいしたことではないけれどちょっと不穏当な内容 があるので削除するように指導してくるという少し不愉快な事件があったからでもあります。公権力によるのでない、民間企業の事勿れ主義によるこういう陰湿 な陰に隠れたチマチマウザい言論統制って、まあ、今の日本社会のどこにでもウンザリするほど横行してますね。プライバシーの不当で不愉快な侵害だとも思う んだけど、ちょっとそういう嫌なことあったので、ほとぼり冷めるまでブログは全部休止することにしてたのです。やろうとすると、そういう嫌なことつい思い 出してしまうので、あんまり気持ちよく取り掛かれなかったってこと大きいかも。
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友愛の恋文

テーマ:

 ブログとは別にSNCのmixiをやっている。そこにはマイミクシイ(略称マイミク)といわれる制度あるいは機能というのがあって、要は単なるコメント欄つきの日記の相互リンクに過ぎないのだが、そういう近しい関係性を築くときに、礼儀として相手にマイミク申請のメッセージを送ることになっている。
 勿論、マイミクでなければ互いの日記にコメントを入れられないということはない。また、相互にメッセージをやりとりすることも可能だ。実際に僕はマイミクでない人たちからもメッセージをもらうし、そのメッセージに返信するなどするし、いわばミクシイ内でのメル友ともいうべき内密な仲になった相手もいる。
 マイミクという関係性は他のmixi会員にも公開されるのでオープンな分だけクールな関係となりやすい。僕は自分からはほとんど滅多にマイミク申請を人に出すことはないが、人からそれを貰うと、相手が余程嫌な人間であると思わない限り、断る事はない。
 下の文章は、そんな僕が例外的に或る人に対して出したマイミク申請のメッセージ文(一部改変)だ。コメントやメッセージでのやりとりから、相手に対して強い友情が芽生えることがある。この手紙はそうした言葉のやりとりから生まれた、いわば「友愛の恋文」ともいうべきものである。

 

  *  *  *

 

 仕事では、いつもながらですが、まあ我慢をしてやっております。
 僕にとって、既に断念した夢であるとはいえ、大学に籍を置く学究の徒である以外の如何なる職も受難以外の意味を持ち得ないということではどうせ同じなので、夢も希望も無くただ黙々と食い扶持を稼ぐために耐えていますが、いつものことです。天にも地にも僕の身の置ける場所は、もう当の昔に無くなっています。ただ妻の愛だけが僕をこの世に留め、そしてこうして、あなたと知り合うことができました。

 絶望しきった人間にも友愛はあります。或いはむしろ絶望し切った人間だからこそ友愛に飢えるのかもしれません。それは僕の生命を永らえさせるためではありません。僕という、世界や社会に既に殺されてしまった者の、殺されてしまっているからこそ言い残しておかねばならない死者の人格の尊厳のためです。僕の恨みは他者の魂の復活によってのみ癒され、そして購われます。このような底暗い情念の持ち主からの、むしろ一方的な友愛を受け容れていただけるなら幸いです。

 

 僕自身は、全く瞑想家ではありません。むしろ上に記したような、単に死んでも死に切れぬ怨念の権化のような人間です。また、僕は哲学者ですので、何かを信ずるというよりも実はどこまでも猜疑し懐疑するものであり、同時に(哲学者とちがって、これはなりたくてなった訳ではないですが)魔術師であり、それも恐らくは如何なる幸福な黒魔術師よりも黒く絶望的な黒魔術師です。それは全てを不可能にされてしまったが故に、最後に残った、そしてそれだけは虚無によっても消し去る事の出来ない全き不可能というものをただうべない続ることしかできなくされたものであるだけです。このことは本当に悲しいことですが、もう自分のために流す涙は残っていません。だからできるだけ笑っていようと思いますし、また、人の笑顔も見たいと思います。それは僕の目に見えるのが、本当に贖いも救いも無い全き悪の世界、そして世の終わりまで悲しみと苦しみばかりがただ荒涼と続くだけの暗黒の世界であるからです。だからこそ、僕は、神の様相、美の様相、奇蹟の綺麗な物語の様相が、その表にきらめいて描き出されねばならないと痛感しているのです。たといそれが虚妄であったとしても、単に全てを破滅させるだけの役にしかたたない忌まわしい真理という名の憎むべきものよりも好もしいのだと思っています。

 

 だから僕は命尽きるまで、いや命が尽きた後でも永遠に、この絶望的な宇宙を創造した神の蔑むべき全能性を呪い続ける声でありたいと思っています。それを翻っていえば、欺瞞の天地の創造を覆すような異なる天地の創造を要請するということです。自分を創った神と戦うためにその神を自ら異なる様相において創造してみせることで、この逃れられぬ不本意な破滅の宿命を自ら意志して招いた結果へと何処までもすりかえきるということです。僕はそれを〈運命=永劫回帰〉の創造と呼んでいます。僕のいう〈魔術〉とは、ただそれだけのものです。

 

 でも、ただそれだけのものに過ぎないとしても、僕はどんなに修行を積んだ精神世界の瞑想家にも、どんなに学識を積んだ現代思想の精通者にも負ける事はありません。何も全く出来なくなったものにだけしか出来ないことが僕には出来てしまうからです。ただ出来事が出来することを神の恐るべきヒューモアとして、ただ狂おしくうべないつづけるということです。この狂った世界に負けないくらい、大きく狂って途方もなく、狂い続けて狂い止むまいとすることです。すると、世界には感動が、驚異が、まことにありうべからざる出来事、すなわち〈奇蹟〉が、起こりに起こって起こり止まないということになりますね。

 

 レトリックを弄ぶなら、これはシンクロニシティを越えるダイアクロニシティとしての運命の創造であり、半端な心理学や超心理学を覆して、絶対にそれに敗れることのない虚妄の大作としての物語の創作であるといっていいでしょう。したがって、これはむしろ文学であり、そして文学の勝利であると言い換えてもよいのかもしれません。

 

 そして、あらゆる文学的なもののなかで、最も尊く美しいものは友愛です。友愛こそ、ことによれば恋愛にすらたち勝る、人間的な、最も人間的な、最強の奇蹟なのではないでしょうか。

 

 [関連記事]力が欲しいか?――魔力について

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いきなり読者さんがついてしまいました。
でも、すまんです。ここはそのうち何かやろうかなと思って開設はしたが、
とりあえずは書く事決めとりません。
仮題「アンチポッス」でいこーかな、と思ってますけど、変えるかも知れん。
他にも複数、ブログサイト立ち上げてます。
うち、3つばかりは本腰入れてて、他の幾つかはどれも実験・学習用です。
で、ここもその実験・学習用の仮サイトなんですよ。ハハ。

本腰入れてるのは、

◆不可能性の美学Ⅱ http://blog.livedoor.jp/novalis666/
◆不可能性の問題 http://novalis666.blogtribe.org/
◆神沢昌宏全集 http://d.hatena.ne.jp/novalis666/

の3つです。しかし、悪いですが、僕相当変わり者で難解な思想をもつ哲学者でもありますので、上記3サイト、けっこう読むのきついかも。

それから、今は色々ありまして、ブログ活動はすべて一時休止中です。
更新はここしばらく、上記メインサイトにおいても滅多になされないと思います。

つーか、ありがちな話ですが、現在はソーシャルネットワークに没頭中で
ミクシイとキヌガサに入り、特にミクシイを活動拠点にしてますんで、
しばらくの間、それにかかりきり。ブログどころじゃないんですよ。

ブログにはミクシイで固まったネタができたら投稿するっぺというスタンスに今はなってます。

まあ、飽きっぽいムラ気な性格でもあるので、いつまたふらりと舞い戻ってくるかもわかりません。

色々手を広げすぎているキライはあるが、時間さえあればぜんぶやりたい欲だけはあります。でも、一度に全部するわけにもいかないですしね。。

まあ、今のところは余り期待せんといて下さいな。


何だこりゃ。

テーマ:
最近ブログ始めた(約1ヶ月前)。
最初、Doblogで開始したが、どうもテンプレートがしょぼくて、またエントリーの文字色を変えられないので乗れなかった。で、別に閉鎖するつもりはないけど(DoBlogはDoBlogで便利なとこもある)、そこはちょっとお休みにすることにした。
次に、/News Handlerで「不可能性の問題」というサイトを立ち上げた。で、このときからCSSやHTMLを少し齧りだしたので、何とか満足の行くかなというデザインにはできた。DoBlogよりフォントなどの扱いがやりやすかったので、その点は満足。しかし気合を入れすぎて真っ黒クロスケにしてしまったので、どうも気が重くていかん。
で、はてなダイアリーで「神沢昌宏全集」というふざけたタイトルの新たなサイト立ち上げた。非常に書き易い。
次にライブドアで、「不可能性の美学Ⅱ」 というサイト立ち上げた。ここではDoBlogでやろうとしてたタイトルをやりなおしたのだが、いいテンプレートがあったのとカスタマイズがしやすかったのとで、かなり満足のいく出来に。
……まあ、そんなこんなで、本来なら一個のブログに腰すえて、記事を書いたりトラックバックやったりしていくのが本道なのかもしれないが、色々わき道それてるうちに、色々な無料ブログサイトに手を出して、試して見るのも面白いかなと思うようになりました。

で、ここアメーバブログにも来たんだけど、何だこりゃ、このテンプレート、凄い。凄すぎる。すげえヘンだよ。

。。と驚き、感動してしまったところで次回に続きます。