横浜育ちの素人が、「1反農業で生活」。 (田舎へ移住)

311震災を気に、田舎に移住を決意。
田舎の無かった我が家が、徳島県に移住
しました。仕事も決まらないまま…
お借りしたのは1反(300坪)の畑。
農業1/3・食品加工1/3・販売&配送1/3
夫婦で小さな6次産業を始めました。
新天地で家族4人生活をしています。


テーマ:

第44回 「毎日農業記録賞」に応募しました。

”優秀賞”を受賞しました。

 

 

2012年に徳島県へ移住をしてから想定外の人生を歩んでいます。

この数年間に起こっていることをまとめてみたいと思っていました。

そんなタイミングに毎日新聞社の「毎日農業記録賞」を知り、まとめてみることとしました。

 

 

   

 

 

作品を掲載しました。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

題名:「移住をして子育て可能な農業に挑戦」

                  黒川真太郎

 

 

横浜から身寄りのなかった徳島県に移住をして満4年になりました。

移住のきっかけは2011年3月11日に起こった東日本大震災。当時、5歳の長女・0歳の息子・専業主婦の妻・造船業を仕事としていた私の4人での暮らしは、住まい・仕事・友人・子育て環境にいたるまで、全てが順調で問題のない生活でした。

仕事は大型船や艦艇の造船で、物作りが好きだった私は大きな船を建造するという達成感のある仕事を誇りにしていました。

それがあの大震災により生活が一転、想像すらしていなかった人生を歩むこととなりました。

 

震災の翌日に水を買おうと思いスーパーに行きましたが、既に食料は無い状況でした。翌日、翌々日と状況は悪化。たまたま行った先のスーパーでは2かごの買い物かごいっぱいにしている年配の人が店員に、「買うものが全然ない」と文句を言っていました。横浜は震災による家屋の倒壊など大きな被害はありませんでしたが、首都圏の弱さを実感し、「お金があってもモノがなければ買えない」というお金の無力さを初めて実感しました。お金があるだけでは子どもたちは守れない、もし自分達で食べものを作っていたら子ども達だけでも守れるのでは?との思いから、ものが作り出せる暮らしへの移行を考えるようになりました。

 

夫婦揃って横浜生まれ横浜育ちで田舎がなく、身内のほとんどが横浜周辺にいる私たちにとっては、さて、どこに行こうか?と候補地を探す事がまずは想像以上に大変な事でした。

候補地選びにと妻は東京で移住相談会を見つけ出掛け、その時説明に来ていた徳島県担当職員の的確な説明が印象的で、候補地は徳島県に絞ることにしました。移住地選びにはその土地の最初に出会った人の印象も大切だと感じました。

そして2012年2月、下見のために家族で初めて徳島県の土を踏みました。

 

知人はいなかったので、不動産屋とハローワークを訪れての情報収集でしたが、大した情報を得ることも無く時間ばかりが経ち移住を断念せざるを得ない状況でした。

そんな時に偶然に出会うこととなった「新野支援隊」。民間有志の支援隊の方たちと希望が持てる前向きな話し合いが行われ移住への道も一気に前進し、2012年6月に家族4人で徳島県へ移住をしました。

暮らし始めた阿南市新野町は徳島市から車で約1時間ほどの自然豊かな町で海抜も約30m以上あり、市内を流れる桑野川上流に位置をしている水の綺麗な町でした。

 

移住後の生活は仮住まいのアパート、仕事は前職の技術を買われ支援隊が紹介してくれた鉄工所でした。仕事を終えて外に出ると目の前には田園が広がり、稲の緑のじゅうたんが風に吹かれている。技術があるからと横浜にいる頃と同じような仕事をする毎日に、「作り出す暮らしとしての農業をしたくてここに来たんじゃないのか?」と自問自答するようになりました。そんな想いを支援隊に相談すると「できるところからやってみるといいよ」と一人の方が2年間の耕作放棄地を1反ほど貸してくださいました。

農業の基礎知識はありませんでしたがやる気だけはあった自分に、タイミングよく「有機農業サポートセンター」の研修生募集情報が目に留まりました。しかし仕事を辞めての研修はその6か月無収入の生活となるという事。大丈夫だろうかと心配の尽きない選択をする事になりましたが、今ここでやらないときっと今後も挑戦できないと思い、思い切って応募する事にしました。鉄工所の社長も、私の決意や想いを知って快く送り出してくださいました。そして6ヵ月の研修が始まりました。

実習は葉物のみで多品種栽培を目指していた私には少々不満のある実習でした。

しかし、研修では今まで知らなかった有機堆肥と菌を使っての土作りや土壌分析、施肥設計などの知識を身につけることができ、土作りの基本を学べたことは大きな成果でした。

お借りしていた畑もあったので、学んだことを畑ですぐに実践し、2年間耕作放棄地だった畑の土が美味しい作物が耕作できる良い土へと変わっていきました。

 

子ども2人を育てながら、家族4人の暮らしを成り立たせるためには、研修後は直ぐに独り立ちして、自分で作った農作物を納得のできる価格で販売できるシステムを作る必要があると考えていました。

また、この土地に豊富にある食材や価値が無いと思われている食材に一手間加えた加工を行うことによって、付加価値の生まれる食品加工にも興味がありました。

 

研修は6ヵ月で無事修了、農業・食品加工・販売、配送を行う事業をスタートさせました。

まずは10種類程度の地元野菜を箱詰めにした「野菜セット」と、新野町で収穫したお米を関東に住んでいる友人や知人に利用してもらい、感想を聞くことから始めました。

お届けした野菜は新鮮で美味しいと好評でお米のリピートも9割以上あり、徳島県の食材が美味しいことを他者目線から実感できて、事業を続けていける手ごたえを感じることができました。

夫婦2人で始めた事業は3本柱。農業1/3、食品加工1/3、販売・配送1/3、の小さな6次産業は、家族が農業で生活が可能と思える自分流のスタイルです。

 

3本柱その①、「耕作面積1反での農業は無農薬有機栽培」

有機堆肥は同じ町内の畜産農家の牛糞堆肥を使用。外国産の遺伝子組換えを行っていない餌を使用している牛糞堆肥にしました。その堆肥に微量要素を加えての土作り。

野菜作りのこだわりは無農薬栽培なので目が行き届く1反を耕作面積としました。

耕作する野菜は、10種類前後の「野菜セット」を商品としているので、少量多品種生産としました。あまり見ることのない野菜でも、興味を持ち面白そうと思った野菜作りには積極的に取り組むこととしました。

昨年の冬は赤カブと赤大根を耕作しました。日本人は健康に敏感で、身体に良い食材には需要があると思っています。赤大根の色素はアントシアニンで、青首大根と比べ約3倍の抗酸化作用の効能があると言われています。実際にサラダや漬物にして食べてみてもとても美味しい野菜でした。

赤大根を「野菜セット」に詰め、効能やレシピを紹介して、希望者にはプラスのオプションとして紹介すると大変好評でした。

来シーズンには数種類の赤い根菜類の耕作と面積の拡張も予定しています。

白い大根などは地元農家さんが沢山耕作しているので、仕入れることにより農家さんの収入にもなりました。

お米については、まず消費者から年間必要量を予約してもらい、町にはお米を耕作している方が沢山いるので委託栽培をお願いすることとしました。

耕作を委託するお米は、水・堆肥・農薬などを農家さんと打ち合わせを行い、価値のあるブランド米作りに積極的に取り組むことにしました。

現在では、新野米・新野源流米・新野無農薬米を耕作し、年間販売量は約10トン。米どころの新潟県や宮城県、北海道~沖縄迄と、全国に新野町のお米をお届けしています。

 

3本柱その②、「地産地消の食品加工」

お米の需要拡大にも積極的に取り組んでいます。

最初は新野町のお米と県内の塩のみで作れるシンプルなお菓子、ポン煎餅を焼くこととしました。

賞味期限は4ヶ月あるので災害用の非常食にもなり、乳幼児の離乳食にもなります。

乳幼児やアレルギーがある子のお役に立てればとの思いから、熊本地震の救援物資として避難所にもお届けました。

製造過程で割れてしまい商品にならない煎餅はさらに砕き、チョコレートをコーティングしたお菓子にしました。小麦アレルギーのある子どもでも食べることのできるチョコレート菓子の完成です。

食品加工の過程でも規格外扱いとなってしまう商品にはアイデアを出して、新たな商品へ加工することも挑戦しています。

 

近年日本の食文化は多様化していて、小麦粉を原材料としたパンや麺類がよく食されています。そんな分野にもお米を使用したいと考え、お米を使用したパン・ケーキ作りも行っています。

パンにはお米以外にも畑で収穫したカボチャや芋、地元産の小豆・人参・紫芋・卵・ハチミツなど積極的に使用する事で、地元にはこんな食材がある事をパンを通して紹介しています。

お米を使用したパンは腹持ちが良く、モチモチとした食感が特徴的で美味しいと好評で、食パンは開店1時間ほどで完売となるほどの人気商品となりました。

新鮮で豊富な食材を見ていると自分が食べてみたいもののイメージが頭に浮かんできます。食材を見ると後から後からアイデアが浮かんでくる食品加工が楽しく、これからの可能性も大きく感じます。

 

 

 

3本柱その③、「販売と配送」

お米と野菜はインターネットを利用して全国へネット販売。

加工食品のパンとお菓子は週に一度、作業場の一部にテーブルを並べ、その一画をパーテーションで仕切った販売スペースを作り、地産地消の食品工房として直売する店を開いています。

人通りの少ない場所ですが、10時の開店直後から町内や市外からもお客さんが訪れるようになり、早い日は開店2時間ほどで完売してしまうほどになりました。

パン以外の日持ちのするお菓子は、市内の道の駅や観光案内所などでも販売しています。

 

徳島に来るまでは農業をしたいと思いつつ、主な収入を得るためには何処かの会社に勤めなければと思っていました。それが、来た土地には新鮮な食材が豊富にあり、それら食材を作りだせる土地も豊富にありました。全国にはこの町では当たり前と思われている食材を求めている家庭が沢山あり、その生産地と消費者のパイプになることが新たな仕事となりました。

豊富な食材が時には余ったり、規格外の食材と出会い、それを加工することによって新たな商品が生まれ需要も生まれました。

「田舎には何も無い」とよく言われますが、表面に出ていないだけで可能性はいくらでも眠っています。「ないのなら創ってみる」そんな気持ちでとりあえず行動を起こす事が出来る、可能性を掘り起こして組み合わせて広げられる場所です。

 

「作れる人になる」これからの世の中大切になるものだと思っています。

これからも自然豊かな土地で「ないなら創る」を家族4人で楽しみ、農業を軸とした生活の可能性を広げていきます。

 

*********************

読んでいただきありがとうございます。

作品は、毎日新聞社さんの冊子「キラキラ農業」にも掲載されます。

2017年2月発行予定

 

 

 

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