2005年11月23日(水) 00時23分54秒
ひと夏の出来事。その参。入院編最終話。
テーマ:こんなこともありました。
助かったー。
個室でテレビあるし、エアコン自分の好きに調節できるし
御飯だってもちろん朝昼晩付いてるし、ナースコール押せばいつでも
看護士のお姉ちゃんが来てくれるし、高校野球見放題だし。
最高だぴょ~ん。
と、頭の中で考えてはいたのですが
1日目の夜から、辛すぎて体を動かせないような状態に。orz
遂に熱は、人生最高記録、K点超えの42,2度まで上がってました。
実際はテレビを見る余裕もナシ。
どーやら、最悪の状態になる直前の入院だったみたいです。
いやー。助かった。
お見舞いに来てくれるという、嬉しいお言葉も色々頂いたのですが
お見舞いに来られても、動けそうになかったし
万が一、麻疹経験者でなく、うつしてしまったらマズイと思い全部断りました。
で、入院生活。
僕の中での最難関課題は、どのように用を足すか。
22歳になって、おまるは屈辱だ。そんなカッコつけた考えを持っていたのです。orz
そして遂に入院初日の夜。
行動を開始しました。
確か夜中の2時過ぎ、どーにもしっこするのを我慢できなくなってしまい
2部屋先にあるトイレへの潜入を試みたのです。
もう気分はランボー。サヴァイバルです。見つかるわけにはいきません。
見つかったら、すぐに撃たれますからね。
が、しかし。
部屋を出て10メートルも進んだ所で、看護士Aに発見されて死亡。
なかなか看護士の方たちも訓練されてるようで甘くなかったです。
が、しかし。
ココで諦めるのは普通の入院患者。
僕は普通とちょっと違います。なんてたって熱は42度ありましたからね。
その上、超強力細菌兵器で身を固めてるわけですから。危険ですよ。
そして、30分後にトイレ潜入作戦を、もう一度行うことに。今度はB作戦。
相手が一度捕まえて油断してる所につけこむわけです。
今度はトイレへたどり着くことに成功。
もちろん、敵兵士が待機してる看護士ルーム(仮)の前を通過するときは
匍匐前進気味で、進ませてもらいました。
遂にトイレ内へ潜入成功!
が、しかし。
僕の名前を呼ぶ声が!
思わずトイレの中に隠れてみたけど、1秒で見つかる。
あっさりと確保されてしまった。
そのときだけは、トイレ使用を認めてもらえましたが
用を足すと、首根っこを掴まれつつ自分の部屋へ連行。
次の日の夜からは警備を厚くするとのことでした。orz
そんなことを、3日目の深夜まで試みました。
全て捕まってしまいましたが。OTL
ってことでトイレ潜入は諦めて、おまると向き合う生活が始まったのです。
もう、開き直りですよ。
どーせ看護士のみなさんは慣れてるんでしょ。
って思いながら。自分に言い聞かせながら。
慣れちゃうと最初におまるを恥ずかしがっていたことが
恥ずかしくなるわけです。変にカッコつけるのは面白くないと。勉強しました。
かなり扱いずらい患者だったと思います。ごめんちゃい。
が、しかし。
トイレ潜入作戦が功を奏してか、看護士のお姉ちゃん達と
いつの間にか仲良くなってしまっていたのです。
5,6,7日目にもなると、熱もだいぶ落ち着いてきて
夜中は寝れずにヒマになってしまったので、0時過ぎたらナースコールをポチっと押し
看護士のお姉ちゃんを呼んで、くっちゃべってました。
寝れません。とか理由を付けて。
これはマジなんですけどね。
ホント綺麗な人が多かったんですよ。ホントに。ビビッタ。感動した。
また、おしゃべりが楽しくて楽しくて。スミマセン。orz
話してると、やっぱり入院患者っていうのはお年を召した方が多いらしく
僕のように22歳とかで1週間とか入院する人は珍しかったらしいんです。
いつもオジサン、オジイチャンの患者の相手ばかりなので
当時22歳だった僕が看護士のお姉ちゃん達のオアシスだ。
とは言ってませんでしたけど、楽しい会話をさせてもらいました。
いやー。楽しかった。入院生活。
そして、2週間後に東京都、新島村、神津島村にサーフィン旅行に
行った訳なのですが、入院で体重が5㌔だか6㌔だか減ってしまっていました。orz
なのでその前に一度、神奈川から静岡にかけて1泊2日で
体を慣らすためにサーフィンしに行ったのです。
楽しかった。波に流されてばかりでしたが。orz
そして、まずは神津島に4泊、その後新島に3泊の旅行に向かったのであったが・・・。
神津島の海。
続くかもしれますん。
個室でテレビあるし、エアコン自分の好きに調節できるし
御飯だってもちろん朝昼晩付いてるし、ナースコール押せばいつでも
看護士のお姉ちゃんが来てくれるし、高校野球見放題だし。
最高だぴょ~ん。
と、頭の中で考えてはいたのですが
1日目の夜から、辛すぎて体を動かせないような状態に。orz
遂に熱は、人生最高記録、K点超えの42,2度まで上がってました。
実際はテレビを見る余裕もナシ。
どーやら、最悪の状態になる直前の入院だったみたいです。
いやー。助かった。
お見舞いに来てくれるという、嬉しいお言葉も色々頂いたのですが
お見舞いに来られても、動けそうになかったし
万が一、麻疹経験者でなく、うつしてしまったらマズイと思い全部断りました。
で、入院生活。
僕の中での最難関課題は、どのように用を足すか。
22歳になって、おまるは屈辱だ。そんなカッコつけた考えを持っていたのです。orz
そして遂に入院初日の夜。
行動を開始しました。
確か夜中の2時過ぎ、どーにもしっこするのを我慢できなくなってしまい
2部屋先にあるトイレへの潜入を試みたのです。
もう気分はランボー。サヴァイバルです。見つかるわけにはいきません。
見つかったら、すぐに撃たれますからね。
が、しかし。
部屋を出て10メートルも進んだ所で、看護士Aに発見されて死亡。
なかなか看護士の方たちも訓練されてるようで甘くなかったです。
が、しかし。
ココで諦めるのは普通の入院患者。
僕は普通とちょっと違います。なんてたって熱は42度ありましたからね。
その上、超強力細菌兵器で身を固めてるわけですから。危険ですよ。
そして、30分後にトイレ潜入作戦を、もう一度行うことに。今度はB作戦。
相手が一度捕まえて油断してる所につけこむわけです。
今度はトイレへたどり着くことに成功。
もちろん、敵兵士が待機してる看護士ルーム(仮)の前を通過するときは
匍匐前進気味で、進ませてもらいました。
遂にトイレ内へ潜入成功!
が、しかし。
僕の名前を呼ぶ声が!
思わずトイレの中に隠れてみたけど、1秒で見つかる。
あっさりと確保されてしまった。
そのときだけは、トイレ使用を認めてもらえましたが
用を足すと、首根っこを掴まれつつ自分の部屋へ連行。
次の日の夜からは警備を厚くするとのことでした。orz
そんなことを、3日目の深夜まで試みました。
全て捕まってしまいましたが。OTL
ってことでトイレ潜入は諦めて、おまると向き合う生活が始まったのです。
もう、開き直りですよ。
どーせ看護士のみなさんは慣れてるんでしょ。
って思いながら。自分に言い聞かせながら。
慣れちゃうと最初におまるを恥ずかしがっていたことが
恥ずかしくなるわけです。変にカッコつけるのは面白くないと。勉強しました。
かなり扱いずらい患者だったと思います。ごめんちゃい。
が、しかし。
トイレ潜入作戦が功を奏してか、看護士のお姉ちゃん達と
いつの間にか仲良くなってしまっていたのです。
5,6,7日目にもなると、熱もだいぶ落ち着いてきて
夜中は寝れずにヒマになってしまったので、0時過ぎたらナースコールをポチっと押し
看護士のお姉ちゃんを呼んで、くっちゃべってました。
寝れません。とか理由を付けて。
これはマジなんですけどね。
ホント綺麗な人が多かったんですよ。ホントに。ビビッタ。感動した。
また、おしゃべりが楽しくて楽しくて。スミマセン。orz
話してると、やっぱり入院患者っていうのはお年を召した方が多いらしく
僕のように22歳とかで1週間とか入院する人は珍しかったらしいんです。
いつもオジサン、オジイチャンの患者の相手ばかりなので
当時22歳だった僕が看護士のお姉ちゃん達のオアシスだ。
とは言ってませんでしたけど、楽しい会話をさせてもらいました。
いやー。楽しかった。入院生活。
そして、2週間後に東京都、新島村、神津島村にサーフィン旅行に
行った訳なのですが、入院で体重が5㌔だか6㌔だか減ってしまっていました。orz
なのでその前に一度、神奈川から静岡にかけて1泊2日で
体を慣らすためにサーフィンしに行ったのです。
楽しかった。波に流されてばかりでしたが。orz
そして、まずは神津島に4泊、その後新島に3泊の旅行に向かったのであったが・・・。
神津島の海。続くかもしれますん。

















