2005年08月07日

児玉博 『幻想曲――孫正義とソフトバンクの過去・今・未来』

テーマ:ノンフィクション
児玉 博
幻想曲 孫正義とソフトバンクの過去・今・未来

時代の先駆者なのか、無責任極まる虚業家なのか――。


この本は、IT業界のガリバー企業、ソフトバンクの総帥、孫正義を、さまざまな角度から照射して、その実像を浮き彫りにしようと試みた人物ノンフィクションである


旧態依然とした既得権の横行する日本社会に風穴を開けた風雲児。
一方で、ネットバブルを煽った「稀代の山師」とも。
毀誉褒貶する孫のルーツを求めて、その出身地を訪ねることから、物語は始まる。


在日三世の出生というだけで、当たり前のように可能性が閉ざされてしまう時代があった。
むろん今でもそうだろうが。
そんな自分を取り巻く環境が、孫の飽くことなき上昇志向の源泉になっていることは確かだろう。


そして、若き日の渡米経験が、その閉ざされた自分の可能性を開いてくれるものは、事業以外にはないことを、気づかせてくれた。
孫が、米国留学の経験で見出した事業の原点は、日本と米国の間にある経済ギャップと、時間差を利用すれば、他人より一歩を先んじることができる「タイムマシーン経営」であった。
つまり、「時間と情報のサヤとり(アービトラージ)」で稼ぐという手法である。
これに加えて、「急成長」「スピード」「何もしないことがリスクなのだ」という信条も、米国での経験から学んだものであろう。
それらが、孫が事業をするうえでの行動規範になっている。


当然のごとく、その事業は地味にコツコツと、牛の歩みのように遅いものではない。
世間的な常識の尺度を超えた手法で、注目を集めつつ、一気に飛躍しなければならない。
それは、無謀ともいえる投機性、賭博性の強いものになる。
孫が、リスクティカーといわれる所以だ。
そんな孫を、ソニーの元会長、出井伸之は、「選択眼のいいギャンブラー」と評した。
それだけに、狙った獲物を獲得する時の集中力はずば抜けている。
だが、手に入れた途端に、その対象への興味を失ってしまう。
ナスダックジャパンの創設や、あおぞら銀行への資本参加と、その後の顛末などは、その最たるものであろう。


閉塞した状況を破る破壊者ではあるが、建設者としては不向きということか。
著者は、この本の最後を次のように締め括っている。


――孫は”失われた十年”と呼ばれた時代に最もその輝きを見せた。
破壊者、ルールブレーカーの役回りこそ、孫を孫たらしめていた。
孫の存在がなければ、はたして楽天の三木谷や、ライブドアの堀江が、いまのかたちで登場することはできただろうか?
しかし、最終的に経営者として名と実を残すのは後者のような気がする。
なぜなら孫は、経営者ではなく、やはり時代が生んだ一代の梟雄に他ならないからだ。


著者の言葉は、さしずめ孫が尊敬しているという幕末の坂本竜馬の役割と最期に重ね合わせているかのようである。
孫は、これを読んで、果たしてどう感じるのであろうか。


この本は、なかなかのノンフィクションに仕上がっているとは思うが、雑誌連載をまとめたものなので、重複する箇所が何度も出てきて、正直うざい。

それに度々、時間軸が前後したり、横道にそれすぎたりもしている。
著者か、編集者は、ゲラの校正段階で刈り取る作業をすべきではなかったかと思う。



切れ味: 可


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2005年06月01日

 松島庸 『追われ者』

テーマ:ノンフィクション
著者: 松島 庸
タイトル: 追われ者―こうしてボクは上場企業社長の座を追い落とされた

空前のネットバブルに沸いた2000年、史上最年少二十六歳という若さで、新興市場への上場を果たした二人の経営者。
クレイフィッシュの松島庸。
サイバーエージェントの藤田晋


ほぼ同時期に、競うようにして上場した両者に、やがてネットバブル崩壊の危機が訪れる。
藤田晋 は、悪戦苦闘の末、辛うじてこの苦境を脱した。
しかし、松島庸は、自らが創業した会社から追放される。


本書は、松島自らが、その経緯を綴った「敗軍の将 語る」である。
これが、シェイクスピアの芝居でも観ているようで、実に面白い(むろん著者にとっては、面白かろうはずはないが)。
当事者の手記だけに、へたな経済小説などより、よほど迫力がある。
しかも、ドッグイヤーの速度で時間が進むと云われるIT業界の会社の話だけに、起伏に富んだ波乱含みの展開は、まるで、ジェットコースターにでも乗った気分になる。


著者の周囲に群がってくるのが、これまた『ベニスの商人』も顔負けの銭奴ばかり。
この連中が、会社を喰い物にしようと、跳梁跋扈する。
そして、著者の孤軍奮闘も空しく、この連中の画策したクーデターによって、追われてしまう。


ベンチャー企業の経営とは、かくも大変なことなのか。
その現実の厳しさを、まざまざと見せつけてくれる。
起業ブームに浮かれて、ひとつ自分も、などと安易に考えている人は、是非、一度読んでみるといい。



切れ味: 良






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2005年05月31日

藤田晋 『渋谷ではたらく社長の告白』

テーマ:ノンフィクション
著者: 藤田 晋
タイトル: 渋谷ではたらく社長の告白

「21世紀を代表する会社をつくる」という夢を抱いた青年が、会社を設立し、新興市場に上場させ、ネットバブル崩壊の試練を乗り越えて、会社を軌道にのせるまでを綴ったサクセスストーリーの自伝ノンフィクション。


オーナー経営者なら、会社規模の大小は別にして、こうした苦労は、つきものであろう。
その意味では、とりたてて、目新しいことが書かれているわけではない。
偶々、それが成長産業と目されるIT業界の会社であったことと、上場直後に、ネットバブルが弾けるというアクシデントに見舞われた点が、興味を惹く程度だ。
ただ、二十代半ばで、こうした苦境を経験したことは、貴重であろう。

同じ境遇に立たされて、明暗を分けた人に、クレイフィッシュの松島庸がいる。

松島が執筆した『追われ者 』も、対比させて読んでみると、面白い。


また、この類の本としては、比較的、率直に心情を吐露しているようにも見える。
巷では企業ブームのようであるが、会社を経営するということは、決して奇麗事だけで済むことではないだろう。
時に、自分を信じてくれた人を裏切り、資金繰りが苦しくなれば、ためらうことなく社員のクビを切る。
競争相手を蹴落とすためには、いかなる手段も選ばない。
他人からどう思われようとも、会社存続と発展のために、他のあらゆることを犠牲するのを厭わないタフな精神力がなければ務まらない。


社長本と呼ばれる読物には、こうしたドロドロには一切触れず(まあ、表沙汰にすれば、問題になるので、触れられないであろうが)、調子のいい奇麗事と、誇張された手柄話、会社のPRばかりの場合がほとんどである。
その点では、本書は、けっこう好感が持てる。


一つ嫌味を言うなら、自叙伝を出版するのも結構だが、自社が運営しているアメーバブログのサーバが重いのをなんとかしてもらいたいことだ。
いろいろメンテナンスをやっているようだが、一向に改善されている気がしない。
藤田社長、まずは、アメーバブログの会員の顧客満足度を高めてくれ!


切れ味: 可


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2005年05月24日

柳 美里 『命』

テーマ:ノンフィクション
著者: 柳 美里
タイトル: 命

ディープな題名です。
自伝ノンフィクションである本書の中身も、こってりと濃厚です。


恋愛、出産、仕事、病気、死別――。

誰もが経験する出来事も、著者には、より一層の劇的事件となるのです。

それもこれも、自意識過剰のなせる業でしょう。


他者への執拗な攻撃性と、常におびえた小動物のような臆病さ。
安易に人を寄せ付けない気高さと、誰かに全身全霊で、寄りかからずにはいられない病的ともいえる依存性。


あざといまでに誇張された多面性と、感情の振り幅の大きさが、柳美里の魅力です。
彼女の小説よりも、彼女自身が、一個の作品のようです。


ですが、実際に、この方か゛自分の周囲にいたら、さぞ大変だろうなと思います。
ヘタレ者の私は、真っ先に逃げ出しそうです。
そこで、柳美里の編集担当者の皆さん。
あんたらは、エライ!



切れ味: 可

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2005年05月14日

斎藤貴男 『カルト資本主義』

テーマ:ノンフィクション
著者: 斎藤 貴男
タイトル: カルト資本主義

書店のビジネス書コーナーを覗くと、およそ二つの潮流があるようだ。
一つは、ベンチャー起業・独立開業に関する本が多くなっていること。
もう一つは、これはバブル崩壊後、ずっと続いている傾向だが、経済論、経営論を装いつつ、中身は、怪しげな宗教書に近いトンデモ本とでもいうべきものだ。
有名な著者としては、船井幸雄、浅井隆、増田俊男、副島隆彦らが挙げられるのではないだろうか。


本書の著者、斎藤貴男は、冒頭で、これらの本の基調には共通する思想があると書いている。それは――。


①我々は、生きているのではなく、生かされている存在である。
②世の中で起こることの全ては、必要、必然、ベストである。
③思ったことは全て実現する。
④近い将来、この世界は崩壊する。しかし、選ばれた人々だけは、生き延び、新しい理想世界を築き上げるであろう。
というものだ。


先進国では、社会が閉塞状況に陥ると、終末思想やオカルティズムが流行するようだ。
ただ、欧米とは異なる会社中心主義の社会である日本では、その流行の顕れ方も、ある特殊性を帯びるらしい。
その日本独自の体系を、斎藤は、「カルト資本主義」と名づけている。
欧米流の合理的なビジネス思考の必要性が叫ばれる一方で、非合理な神秘主義が、日本の企業社会の土壌には、びっしりと根を張っている。


本書は、そんなオカルティズムが支配する日本の企業社会と、その先導役を務めるグルともいうべき人物たちを取材した労作である。

本書に列挙されている、カルト資本主義に共通する特徴をいくつか拾ってみると――。


無為自然、ポジティブ・シンキングなど、個々人の生活信条に属する考え方が、普遍的な真理として扱われる。
情緒的、感覚的であり、論理的、合理的でない。
西洋近代文明を否定する態度を示し、そのアンチテーゼとしてのエコロジーを主張する。
オカルト的な神秘主義を基本的な価値観とする。
バブル崩壊後、急速に台頭してきた。
ナチズムにも酷似した、優生学的な思想傾向が見られる。
民族主義的である。
経営者、官僚、保守党政治家などの指導者層に属する人々が、中心的役割を担っている。

等々である。


本書の中で、特に興味を惹かれた人物が二人いる。いずれも、この「カルト資本主義」のグルともいえる大物だ。
一人は、中小企業の経営者、管理職たちから、絶大な支持を受けている京セラの創業者、稲盛和夫。
いま一人は、もっと広範な大衆層にまで人気が浸透している船井総合研究所の創業者、船井幸雄である。


斎藤は、稲盛和夫の主張する哲学を、どこまでも人間を企業に縛りつけ、奉仕させるために内面から縛り、究極の奴隷とする呪術的便法にすぎないと喝破する。
バブル崩壊と、それに続く大競争時代への突入で、日本的経営の根幹であった終身雇用や年功序列は、もはや維持できなくなっている。
しかし、大競争時代に生き残るためには、これまで以上に生産性を高めたい。
そのためには、見返りを求めない従業員の忠誠心を涵養したい。
何もかも肯定する生き方こそ人生の真理だと説く思想は、その最高の方法論になり得ると、稲盛は確信しているのではないか。
だからこそ、経営者たちは、稲盛哲学とやらを、手放しで支持するのだとも。


船井幸雄の場合、持論を語るだけでなく、さまざまな珍奇なアイデアや商品、人物をプロデュースして、ヒットする術にも長けている。
例えば、『脳内革命』がベストセラーになった春山茂雄、『超右脳革命』の七田眞、日本アムウェイの中島薫など、枚挙に暇がない。
中には、マルチ商法、霊感商法と見紛うものも少なくないという。
それらも「本物」と推奨して、講演会や書籍などを通じて、紹介する。
確信犯的な商法ともいえる。


こうしたカルト的な考え方が横行する背景には、従来のように、会社に人生を託すことが望めない、現在のサラリーマンには、「目先の我執を捨て」「何事も前向きに」「すべて物事は必要、必然、ベスト」と自己暗示をかけ、自らの不安を慰めるという諦念があるようだ。


世は、起業ブームに沸き立っているが、ほとんどの人は、雇われる側の立場にいる。
一方では、欧米流の成果主義と自己責任を押し付けられ、他方では、経営者には、『望ましいマインド・コントロール」によって、従業員の脳細胞が侵食される危険が待ち受けている。
サラリーマン受難の時代は、まだまだ続くようだ。


切れ味: 可


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2005年05月10日

松田公太 『すべては一杯のコーヒーから』

テーマ:ノンフィクション
著者: 松田 公太
タイトル: すべては一杯のコーヒーから

たまたま、友人の結婚式で、シアトルに滞在中だった松田公太は、起業家志望の現役銀行員。
結婚式の合間を縫って、友人に連れられていった先で、スペシャルティ・コーヒーの存在を知ったことが、彼の起業家魂に火をつけることになった。


その頃、国内では、格安コーヒーのチェーン店が、急速に普及し、町の小さな喫茶店を駆逐していた。
まだ、日本にスターバックスは上陸しておらず、スペシャルティー・コーヒーそのものが、国内では認知されていなかった。


友人に連れられていったスペシャルティー・コーヒーの店は、値段こそ、少々高いが、匂いは香ばしくて、味もよい。店内の雰囲気も洒落ている。
興味をもった松田は、いろいろな店を訪ねてみようと思い立ち、連日、シアトルを歩きまわる。
そして、数あるスペシャルティー・コーヒーの中でも、特に、タリーズ・コーヒーの味に惚れ込むと、これを日本で普及させようと決意。


しかし、この時点で、彼は、二十代の若さで、一介の日本の銀行員に過ぎず、資金もなく、有望なスポンサーの後ろ盾もなかった。
そんな、平凡極まりない(?)青年が、銀行を辞め、単身、タリーズ・コーヒーの日本法人設立の契約を獲得。
そして、銀座に一号店をオープンする。


銀行業務とは、まったく異なる飲食サービス業は、もちろん未経験。
不慣れな松田の前に、資金、立地、原材料・備品などの輸入障壁などの問題、米国本社の内紛と、日本法人への内政干渉、大手食品会社の横槍など、次々に難問が降りかかってくる。
どれも、避けることの出来ないトラブルだが、松田は自暴自棄にならず、持ち前の粘り強さで、危機的状況を切り抜けていく。
そして、会社設立から、わずか三年二ヶ月で、新興市場へ上場をはたす。


この本には、机上の経営理論や、安直な成功を煽る啓発本を、百冊分あわせても敵わない説得力がある。
とかく、有名な社長が書いた自伝は、高いところから睥睨するようなものが多い。
自分にとって不名誉なことや、過去に失敗したことには触れず、自画自賛と誇張のオンパレード。

本書には、そうした臭気は全くない。
松田は、虚勢を張らずに、等身大の目線に立って、自分の半生を振り返ろうと努めている。
この類の本としては希少である。

松田は、幼少期から高校卒業までの時期を、父親の仕事の関係で、海外で送っている。
また、銀行員時代には、自ら志願して、法人の新規開拓担当をした。
そうした経験が、後に起業家として行動していくで、非常にプラスに働いたようだ。


松田公太は、ライブドアの堀江貴文 のように、意図的に、メディアへの露出度を高め、派手なパフォーマンスによって、注目を集める経営者とは違うようだ。
物心ついた頃から、海外生活を通して、異質のカルチャーに肌で接し続け、人一倍、世間に揉まれている分、常識をわきまえた普通人の生活感覚がある。
しかし、思い立ったら、即座に行動に移すせっかちな性格や、対面したこともない社会的地位のある人に対しても、臆せずに会いに行く行動力、そして、失敗しても、常に前向きであるポジティブな性格などは、今風のITベンチャーの経営者と共通している。


本書は、ビジネス書の範疇に括られるのであろうが、いまだ成長途上にある青年起業家の優れた自伝ノンフィクションとして、読まれるべき本ではないかと思う。


切れ味: 良


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2005年05月07日

佐野眞一 『あぶく銭師たちよ――昭和虚人伝』

テーマ:ノンフィクション
著者: 佐野 眞一
タイトル: あぶく銭師たちよ!―昭和虚人伝

まさに、日本経済がバブル真っ盛りだった80年代後半。
本書は、その時期に、月刊文藝春秋に連載された記事をまとめたものだ。
この狂乱の時代に、荒稼ぎをした有名虚業家たちの仮面を剥ぐことを試みた人物ルポルタージュである。

今となっては、過去の人である虚業家の面々。
リクルートの江副浩正(佐野が取材開始をした時点では、まだ事件は発覚していなかった)、バブルの代名詞となった「地上げ」の帝王、最上恒産の早坂太吉、メディアを私物化したフジサンケイグループの二代目、鹿内春雄など、計六人が俎上にのせられている。


しかし、白眉は、なんといっても、大殺界の占い師、細木数子のルポであろう。
なにしろ、この本の中で取り上げられた人物のうちで、細木は、零落せずに、いまなお健在、どころか全盛の絶頂にあるからだ。
このしぶとさは、どこから来るのか。およそ二十年近くも前に書かれたルポは、いささかも古びずに、その真相に迫っている。


ルポを読むと、波乱万丈の人生とは、まさしく細木数子のためにある言葉ではないかと思えてしまう。
数子の実父は、戦前には院外団の壮士として鳴らした人物だが、私生活では、六十を過ぎて、愛人に子供を生ませ、平然と妻妾を同居させるという神経の持ち主だった。
このような、いびつな家庭環境が、幼かった数子に、成長するうえで決して良い影響を与えなかったことは想像に難くない。
しかし、自立心は人一倍旺盛。
十七歳でスタンドコーヒーの店を開き、二十代半ばには、銀座にクラブを三軒もつオーナーママとして、豪勢を極める。
ところが、三十五歳の時、詐欺師にひっかかり、十億の借金を抱えて、奈落の底へ。
そのどん底生活の中で、次第に深まるアンダーグラウンドの人脈。
歌手の島倉千代子の手形裏書事件に介入し、債権者会議を取り仕切ることで、マスコミに一躍脚光を浴びる。
この時、島倉千代子を金蔓とした細木のやり方を批判した記事を書いた雑誌編集部に乗り込んで、記者に向かい「あんた、畳の上じゃあ、死ねないよ」と脅しあげる剣幕も演じた。
さらに、戦前戦後の政財界の黒幕的存在であった安岡正篤に取り入り、篭絡してしまう手練手管。
暴力と色と情とを、その時、その場、その相手により、巧みに使い分ける抜け目なさ。
水商売が傾きかけてきたとみるや、さっさと見切りをつけて、ブーム到来を予感するかのように、占い商法に金脈を見出す。
会費をとって講演会を開けば、来場者にサイン本を売りつけ、高額の個人鑑定を申し込ませ、さらには、細木と入魂の業者から、墓石や仏壇を買わせてしまう抱き合わせ商法の錬金術。


佐野が、本書の中で、「占いと、墓石、仏壇。細木が講演会で、借金をしてでも先祖供養をきちんとしなさいと、しきりに強調していることを考えあわせれば、これは一種の”霊感商法”だといえなくもない」と書いているのも、頷ける。
そして、大衆が、この香具師の匂いが強烈に漂う細木数子に何をもとめているのかを次のように述べて最後を締め括っている。


「多くの聴衆は、……細木数子という怪しげな人物を通して、血につながる家族の記憶、郷愁にも似たその感情のなかに身をひたしているとはいえないだろうか」


うーん、細木数子怖るべし。
でも、そこらの起業家どもより、よっぽど根性があるのも確かだ。
ありがたいご宣託をうけて、今日も誰かが、墓石と仏壇の購入に狂奔しているんだろうな。
ご苦労様。


切れ味: 良

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2005年05月04日

森まゆみ 『大正美人伝――林きむ子の生涯』

テーマ:ノンフィクション
著者: 森 まゆみ
タイトル: 大正美人伝―林きむ子の生涯

明治維新を経て、近代国家の仲間入りを果たした日本。
しかし、実際には、太平洋戦争で敗戦するまでは、さまざまな制限、制約の多い時代であった。
女性が自立して生きていくには、尚更である。
そんな時代に生を享けた、本書の主人公、林きむ子は、自立した精神と、知性と、そして類稀なる美貌を併せ持った女性だった。
そして、彼女は、時代の制約を受けつつも、それに無抵抗に流されることを潔しとせず、著者の言葉を借りれば、「見事な誇り高い一生」を生ききった人だった。


「凛とした」という形容が、相応しいきむ子の生涯は、波乱万丈に満ちており、また、彼女の周囲には、常に、明治、大正、昭和の時代に名を馳せた様々な人物が彩っていた。
本筋とは、直接には関係ない、そんな人たちのエピソードが、本書の読みどころの一つである


物語の前半では、右翼の巨頭、玄洋社の頭山満も登場する。
明治の中頃、きむ子は、新橋にある待合茶屋「浜屋」の養女になっていたのだが、当時、すでに壮士として知られていた頭山満が、福岡から上京し、「浜屋」の常連客として居続けていた。それも何年にもわたって。
この待合茶屋を根城に、頭山は、政財官界、軍人、在野の人士らを招き、座敷で接待をしつつ、様々な裏面工作をしていたようだ。
そんな頭山が贔屓にしていたのが、芸妓「洗い髪のお妻」である。
「洗い髪のお妻」とは、粋なネーミングではないか。
実際、本の中に、彼女の写真も掲載されているが、瓜実顔の絵に描いたような美人である。
頭山満と、この「洗い髪のお妻」との出会いと別れ、その後の邂逅に関する挿話は清々しく、まるで、一流の芝居を観ているかのようで、ある意味、本筋である林きむ子の生涯よりも、印象に残った。



切れ味: 可


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