菊池範一の仙台人になりたい!

仙台生まれで、いつか必ず仙台に移り住みたいという夢をもつ菊池範一のゆる~くやろうと思っている日常物語である。


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レジェンドといえば?ブログネタ:レジェンドといえば? 参加中
ベガルタ仙台の歴史を語る上で、清水秀彦は絶対に忘れることのできない存在である。

彼がベガルタ仙台の監督に就任したのは1999年の夏。J2リーグを半分を終えて、10連敗で最下位という最悪の時期だった。

しかし、2週間チームを見学したうえでサッカーに対する規律と意識改革を持ち込み、リーグ後半戦はある程度戦えるチームに立て直すことができたのである。

チームと契約した時は、複数年での契約だったと言う。

彼はベガルタ仙台が目標としているJ1の世界を知っている。J1で戦うためは、必要な人材や設備環境が必要なのである。

しかし、チームは「お金が無いから」の一点張りで、将来に対する話し合いは全然進まず、チームを退任することを考えていた。

そんな時にサポーターが動いたのである。仙台市中心部の公園で100人以上が集まって集会を開き、2000人以上もの署名を集めてチームに監督の留任を訴えたのである。

結果が出なければ、サポーターから「監督辞めろ!」のシュプレヒコールが叫ばれる。

しかし、清水が監督に就任してからは、前半戦と違って結果が出るようになった。「清水監督の留任を訴える署名運動」が起こったのは当然であった。

清水秀彦は、ベガルタ仙台のサポーターから「選ばれた」監督となったのである。監督人事でサポーターを巻き込んだのは、たぶんベガルタ仙台だけだと思う。

本格的な監督活動をすることとなった2000年以降、過去に在籍したチームで知っている選手を集めることとなる。

「俺と一緒に仙台でやらねぇか?年俸は安くなるけどな」と、黒澤明の名作・七人の侍の「金は無いけど飯は腹一杯食わせてやる」みたいな感じで、仕事ができる選手を集めたのである。

藤吉信次をはじめ、岩本輝雄や山田隆弘、山下芳輝に小村徳男・森保一や高桑大二郎など、過去に指導経験のある選手達を集めたのである。

これは、長年の監督経験で培われたコネクションによるものである。清水のコネクションが無ければ、ベガルタ仙台はいつまでたってもJ2暮らしだったに違いない。

(C)能田達規

2003年のシーズン途中で解任されるも、ベガルタ仙台の基礎を築きあげた、まさにレジェンドである。

それから12年。これだけの実績がありながら、他のJリーグチームの監督にならないのは、「何も無い」状態から、自分が思い描く環境のチームに作り上げたのである。ベガルタ仙台だからできたのである。


ユアテックスタジアム仙台には、ベガッ太君の石像がある。カシマサッカースタジアムにはジーコ像があるというが、何年かすれば清水秀彦の石像ができるかもしれないと勝手に想像したりする。

清水秀彦は、ベガルタ仙台の歴史上の監督の中でも「伝説」と呼べるくらいの人物なのである。

それ以上の監督は、しばらく現れることはないだろうとは思うけど・・・。
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