秋の夜長

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今日はだめです。

お友達が昨日、自ら命を絶ったお客さんが来てくれて、ホステスする店にね。

泣きはらした目なんだよな。
もう、そこでだめです。

わたしも二十代に、お世話になった方がそういうケースで、その衝撃と、
何で?という疑問に包まれた時がありまして。

だからなおさら、何を話せばいいかと。

まあ、体験は話すしかないけど。

だけど、せっかく来てくれて、
あの接客でいいのかな。

お客さん、落涙だし。

亡くなったお友達も、はるか前に店でお会いしたことあるし、つなぎでついたことはあるし。
父がお世話になったし。

お客さんが言うんだ。友達の死を「信長みたいな死に方だね」と。
亡くなった方は、五十歳。「人間五十年ー」、信長の言葉だよねと。

まあね、一緒に飲めたのでよかったのかなー
変に同情も驚きもできない。
自分が体験したから。
今年は、わたしのお世話になった人の命日に仏前にお花を送りました。


そんな夜でした。


ご冥福をお祈りします。


わたしはね、

お世話になった方の死にざまを見て、
消化できないけど、悔やむけど、

十年たって、
その人の分まで、
生きたいなと、
微力ながら思います。だけど、そこまで長かったです。事実を受け止めるまでが。

人間、生まれるところは選べない。
死ぬ選択の権利が自由だという言葉を聞いたことがある。

だけど、わたしはもがきますよ。

恋につまずいても、仕事で失敗しても、お金なくても、
人生、見えなくなっても、

一筋の光明を信じていきたい。



追記、拙稿ですが、わたしのお世話になった方への鎮魂歌 今年の九月二十四日のブログの記事 「打ち上げ花火」

やっとやっと書けた文かも。

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りんご畑でつかまえて

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今、帰宅。
今日は緒方拳さん逝去のニュース。
好きな俳優さんだった。
名演技はたくさんあるが、ベスト2は、映画の
「火宅の人」。
作家の壇一雄役。
不倫は肯定しませんが、どうしようもなさの悲哀あった。
正妻役がいしだあゆみで愛人が原田美枝子。
愛人とのケンカも愛も壮絶であり、
二人でこもったのがお茶の水の山の上ホテル。憧れである。卒業した大学の近くだけど。まだバーしか行ってないが、嬉しかったな。
好きなシーンは子供と畳で泳ぐまねをするシーン。

次は、映画の「復讐するには我にあり」。法廷作家の佐木隆三の直木賞受賞作。実際の事件の五人殺しのエピソードをもとに、映画化。緒方拳は主人公の殺人犯の役。冷酷でニヒルで釘付けになった。父親役は大好きな三國連太郎。あの冷たい瞳が忘れられない。
緒方拳と親交あった役者の津川雅彦のブログより引用すると、緒方拳の死に際は、「歌舞伎役者のように、虚空をにらみつけながら、静かに静かに息をひきとった」らしい。
実にイメージの緒方拳らしい。
また惜しい人が亡くなった。
ご冥福を祈ります。


今日は店のお客さんのりんご畑に訪問。すすきが揺れていた。小さな小さなりんごをくれた。
りんご畑のあぜみちを愛犬と歩く。
すごくわたしには新鮮。
小さな小さなりんごは、酸味あった。
いいお散歩である。

月曜日火曜日、働く店は暇だ。厨房のスタッフがぽつりと、「こんなときにお客さん呼べる女の子いればね」と。自分の無力さを思う。はがゆいね。まあ、常連のお客さんはあとで来てくれたが。
日々を考えて仕事したい。流されたくない。自分の気分で仕事するような人はきらいだ。経営者夫婦が親だから、実情や数字はわかる。自営業、大変だけど楽しい局面もある。戦力になりたいなぁ。できるかぎり。週末まで工夫しますわ。自分なりに。

☆一六五四字☆

追記、写真は小さな小さなりんご。初めて食べた。
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打ち上げ花火

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今年の街の夏祭りで、働く店の名前で、初めて花火をあげた。よく、花火の前に企業や団体さんの名前をアナウンスする、あれです。

ふと、思い出した。相模湖の花火大会で、何年も前から、みんなで花火をあげようと言っていた。当時は何万円からできた。打ち上げ花火、追悼☆ついとう☆のきらめき。

今日、二十三日はお彼岸の中日と言うらしい。お客さんが教えてくれた。

追悼の花火は相模湖の親友の妹さんへ。九月二十日が命日の。
親友の妹さんに出会ったのは中学三年生。ヤクルトの応援で、神宮球場の外野席応援団のうしろ。
いつも同じ席に座っていたら、よく会うようになり、一緒に外野自由席に並ぶようになった。
妹さんは、いつも薄い白いふわふわしたブラウスにフレアーのロングスカート。ビールを豪快に飲み、かっこよく煙草を吸っていた。


まだ中学生で、世界が狭かったわたしには、初めて出会った大人の女性。
よく夕方から球場にいるんで、何しているかと思っていたが、だんだんとわかっていた。前の年に離婚して、慰謝料で暮らしていてた。慰謝料なくなるまで野球見るらしい。またまた、すごいなと思った。

きっぷよくて、
さっぱりしていて、男勝りだけど、
何か色気があった。いい女には、男がいるんだなと思った。
当時の妹さんの恋人もたまに野球場に、顔をだしていた。恋人くると妹さんの顔が、はなやかになる。ほんとうに幸せそうになる。そういうところも好きだった。
ちゃんと一緒に飲めるようになったのは、十七くらいかな。二人で恋の話ばかりしていた。
いろんな話を聞かせてくれた。アドバイスも。


わたしが、大学四年生の時に訃報を聞いた。入院していたのは知っていたが。
突然のカットアウト。余命三ヶ月の末期癌。
中国の山水画の渓谷のような橋から。恋人と一緒に、
舞い降りた。

すごい沈痛なお葬式かと思ったが、
相模湖ファミリーは気丈で明るく飲んでいた。妹さんと恋人の棺☆ひつぎ☆二つ並んだお葬式。
親友とわたしも飲んだくれ、親友が、
「一緒に死んでくれる男なんて、わたしたちには、いないね」と言ったのが、すごい覚えてる。

あれから、十年。
妹さん、今、飲んで話したいことが、
たくさんありますよ。わたしも、恋してきたし。たくさんお世話になったのに、何もかえしてないですね。
みんなで見た野球が一番楽しかった。
懐かしいです。
九月になると思い出しますよ。
思い出すことも、
追悼になるでしょうか。
やはり恋愛って、大切ですよね。
わたしも妹さんみたいな飲み方や愛し方したいですよ。
憧れです。永遠の。
初めてお会いした時の妹さんの年に、
わたしも近づいてきましたよ。
もっと真摯☆しんし☆に生きなきゃならないと、書きながら思いました。

「なぜ私たちは年齢を重ねるのか。生活に逃げこんでドアを閉めるためじゃない、また出会うためだ。出会うことを選ぶためだ。選んだ場所に自分の足で歩いていくためだ」
「対岸の彼女」角田光代
文藝春秋
直木賞受賞作。四年ぶりの再読。
☆二四三六字☆

追記、写真は秋田県湯沢の秋桜☆コスモス☆。
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