のんの日々

のんが日々感じたこと、思ったことを綴る


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 2007年度のPARC自由学校の「オルタナティブ・メディアを作る」クラスが終了した。講義の感想などを発表することになった「春の自由学校まつり2008」も3/15に終わり、何だかぼおっとしているこの頃。

 そもそも、この講座を受講しようと思ったきっかけは、『六ヶ所村ラプソディー』の上映会に行ったことによる。上映会場で欲しかった冊子が売り切れで、後日鎌田ひとみ監督に送ってもらった冊子と共に「オルタナティブ・メディアを作る」のチラシが入っていなければこの講座を受講していないかも、と考えると不思議である。

 申込時に、私が他の講師で知っていたのは映画監督・作家の森達也さんくらい。でも、講座を終えた現在は受講して良かったと思う。

 表向きの講座以外にも通称“ウラ”講座と呼ばれる自由参加の講座があったことも刺激になった。元「噂の真相」副編集長の川端さん、ウェブマガジン「アクセスジャーナル」の山岡さん、主に30代のサラリーマン対象の月刊誌「サイゾー」編集長の揖斐さんに原稿をみていただける機会など、めったにないのではないだろうか。

 私は、この“ウラ”講座でのテーマを裁判傍聴に決め、何度か東京地裁に傍聴に行った。この講座がなければ、おそらく裁判傍聴にも行かなかっただろう。

 下記のオルタナティブ・メディアも、私はこの講座を受講するまで知らなかった。

ウェブマガジン『アクセスジャーナル

ニュースサイト『My News Japan

インターネット新聞『Jan Jan

インターネット放送局『Our Planet-TV

ビデオニュース・ドットコム


 この講座を受講したことでの1番の収穫は、メディアというものに興味がなかった私が、講師陣やクラスメイトとの出会いでメディアというものに興味関心を持つようになったことだ。伝えられる情報に疑いの目を持つようになり、メディアとの接し方を考えるようになった。

 講座修了後も、クラスメイトと顔を会わせることで今後もメディアについて関心を持ち続けていきたいと思う。実際に自分たちがオルタナティブ・メディアを立ち上げられたらいいんだけどね。

PARC自由学校2008は、以下のサイトをご覧ください。
http://www.parc-jp.org/fs/fs.html 

鎌仲ひとみ監督もコーディネーターのようです。
「PARCafe(パルカフェ)」
http://www.parc-jp.org/fs/pdf/04.pdf
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 8/8東京地方裁判所に初めて行き、刑事裁判を2件傍聴してきた。

 まず、裁判所の中に入ると飛行機への搭乗時のように持ち物のチェックとボディーチェックがあった。特に荷物の中を開示されることもなく、受付にある開廷表を確認しすぐに傍聴できそうな裁判を選んで会場の法廷を目指した。

 私が、傍聴したのは422法廷で、11時開始予定の傷害事件の審理だった。開始の予定時刻を過ぎてもなかなか裁判が始まらなかったのは、前の裁判か何かで弁護人が遅れたためのようだった。

 開廷まで、テレビでしか観たことのない法廷や傍聴人の様子をみながら裁判開始を待った。「裁判官って本当に法衣?黒いガウンみたいなの着るのねぇ。」などと観察していた。傍聴人は、学生が多くて意外だった。弁護人の関係者もいたようだった。夏休みの法学部の学生なんだろうか?傍聴人の服装もまちまちで、スーツ姿の方もいればラフな感じの方もいた。

 被告人は、席に着く前にテレビドラマでみるように、後ろ手に紐でつながれてきた。弁護人も到着し、15分遅れで開廷した。裁判所事務官の裁判開始の声で、皆で一礼してから着席した。

 1件目の裁判は、酒に酔ってスナックで客に暴行した40才半ばくらいの男性の審理だった。被告人といっても、極悪人顔という感じではなくいわゆる普通に街で見かける人という感じだった。喧嘩っ早そうな人ではあったけど。

 検察官が事件に関わる書類を裁判官に提出していたが、審理の上理由がないとして棄却した場面が続いた。検察官は30代前半くらいで陳述の際、言いよどんだりしてドラマのように朗々と述べるという感じではなかった。まぁ、台詞じゃないからつまったりする方がリアルなんだと思うけど。 それに比べて弁護人は、50代くらいの男性で落ち着いた印象を受けた。

 検察官は、裁判に関わる資料をめくりながら陳述したのだがその資料の量も多くて大変そうだった。被告人以外に事件当日のことを知る人がいない法廷で陳述するというのは、難しいことだと思う。

 検察官、弁護人、裁判官の間でのやりとりを聞きながら時々目が会う被告人にドキっとしたりもした。この場かぎりで被告人に会うことはないけど、あまりジロジロみると恨みをかわないかなぁなどと思ったりしたからだ。

 審理を終え、次回裁判の日程を裁判官・検察官・弁護人が調整をし次回裁判日を決め閉廷した。

 同じ法廷で行われた次の裁判は、電車内での窃盗事件の判決だった。被告は、先程の被告よりもさらに普通に街でみかけそうでおとなしそうな40代前半の男性だった。

 しかし、裁判官が述べるところによると1年半もの間に27回も電車内で女性のバックの窃盗を繰り返し、盗んだキャッシュカードを使って現金を引き出していたようだった。

 財布の数だけで、24個。被害金額は、220万円にものぼる。そのうちの現金、188万円は被害者に弁償もされていないという。

 キャバクラでの遊蕩費欲しさに起こしたこの窃盗事件での判決は、懲役4年だった。裁判官からは、出所してから待ってくれるであろう被告人の母についてもふれ、その母親の助けも借りながら人生を立て直すようにとも言っていた。

 初めての傍聴は、疲れて裁判所の地下のレストランで昼食をいただいて帰宅した。

 家に着いて、夕方のテレビを見ていたら渋谷の歯科医の浪人中の息子が妹を殺害した事件の裁判が行われていたニュースが流れていた。確か、傍聴券が必要だった裁判があったからその事件の裁判だったのかも。

 初めての裁判傍聴は、なかなか疲れた。人が人を裁くということは、難しいものだと実感した日でもあった。
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 6/1PARC自由学校(http://www.parc-jp.org/main/a_fs/)の『オルタナティブ・メディアをつくる!』の第2回目を受講した。

 この回は、映画監督/作家の森達也さんが講師だった。はじめに、去年3月にテレビ東京で放送された「ドキュメンタリーは嘘をつく」の上映から。以前にも森さんのお話を伺ったことがあったから、個人的にもこの回はとても楽しみだった。

 観た結果私は、上映後半までこの映像の嘘がわからなかった(笑)。

 出演されていた監督?の綿井さんの言葉が印象に残った。「映像は映し出すところと、映し出さないものがある。」

 DVDの上映後、森さんがこの内容を受けてお話しくださった。「ウソをつく気がなくてもウソになるんです。表現というのは、ウソなんです。」「カメラが撮る現実は、カメラが介在した現実なんです。」と。

 日本でヤラセが始まったのは、1980年のアフタヌーンショーからだそうだ。この番組の中で暴走族のリンチ映像を流した。しかし、これはデレクターの主観を裏切るものではなかった。その当時、実際にその暴走族はリンチを行っていたから。

 NHKのムスタンの秘境の映像で、雨乞いの儀式をやらせたことも主観を裏切ってはいない。この時期に雨乞いはやらなくても、実際ムスタンでは行わているから。

 今回のあるあるの納豆の番組は、上記の2つのヤラセとは違う。納豆のことを知らないアメリカの研究者の発言にヴォイスオーバー(発言にかぶせ)て納豆の効用を言わせているから。あるあるが、先の2つの番組のヤラセと違うのは、自分が現場で見聞きしたことを(制作者が)裏切っていることだ。

 ヴォイスオーバーは、日本語をかぶせてしまうので元の音が消えてしまう。話している人の息遣いやノイズも消してしまう。翻訳テロップをつける場合は、元の音は残るが、わかりやすいのはヴォイスオーバーを用いた方だ。

 ベトナム戦争の時代は、写真がメディアだった。ピューリッツア賞を受賞した写真が、世相を喚起させた。メディアが進化すればリアルに(現実を)感知できると思ったが、違った。(人々は)情報量が少ないものに喚起される。映像は、受取るだけになる。イマジネーションが喚起されないから。
 
 メディアが戦争を推進させた。19世紀前半の識字率は半数以下。(人類史上)初めての映像は、1897年のハミエール兄弟から。ラジオは、1920年アメリカのピッツバーグから始まった。映像と音は、字が読めなくても伝えられる。1920年代にファシズム起る。プロパガンダが可能になったのは、メディアの発達による。

 (この歴史からみても)メディアは、負の属性を持っている。テレビは、恐ろしい。納豆の問題は、まだいい。憲法の改正など他の問題のことを考えるなら。

 現象・事件とは、多面的である。どこから見るかで違う。今のメディアは、刺激的でわかりやすい切り口でみせる。テレビを信頼してはいけない。映像のウソは、見抜けない。(視る側は)多面性・多重性を意識すること。

 複雑な世界を複雑なままに伝えるのが、ドキュメンタリー。

 (表現は)欠落が人々の関心を高める。例えば、ミロのヴィーナスの手(腕)の欠落。

 メディアは、市場原理がはたらいているので民意が変われば、メディアは変わる。

 森さんに対する質問も受講生からどんどん出て、活発な印象でこの回は幕を閉じた。
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 早朝4時15分起床の予定だったが、その5分程前に紺色の半纏を着たスタッフに襖を開けられ、長ーい布団をたたむよう促された。「開けますよぉ」とか一声あってもいいのにと思いつつ、ここでのペースは先方のなすがまま(笑)

 御来光を見に遥拝台を目指すも、ガスで富士山は見えなかった。昨日訪れていない境内の一之池に行く。水面に周りの景色が映って神秘的だった。

 一之池で写真を撮っていると本堂からお経が聞こえてきたので、急いで敬慎院に戻り、朝のお勤めに参列した。このお経を聞きながらこんなに祈ってもらう経験ってなかなかないだろうなと思った。私の知っているお経は、亡くなった方のものというイメージだったから。もちろんここでも、先祖の霊に祈ることもしていたけれど、個人的なことも下山の無事も合わせて祈願するというのが新鮮だった。

 朝のお勤めが終わると朝食を昨晩同様、部屋でいただく。ご飯とワカメのお味噌汁、切り干し大根の煮物、昆布の佃煮など。また、お代わりをいただいた。

 同室だった中村さんが一足先に出発し、その後自分たちも出かける準備をし、午前6時半には敬慎院を出発、奥之院を目指した。途中、今回のお勤めを取仕切っていた執事(お坊さん)を見かけ下山する彼に習って和光門(1650m)でお礼をした。

 後で気付くことになるが、彼は奥之院方向に進んでいたのではなく、あくまでも下山だった。和光門を出て、少し下山したところで、この道は奥之院に行く道ではないことに気付き、敬慎院境内に戻るように登った。ここで気付かなかったら、私たちは奥之院には行かずに下山したかも(笑)戻った敬慎院で、奥之院から移動してきた方々に、道を訊ねた。

 奥之院を目指して歩いていたら、二之池があった。またしばらく歩くと、七面大明神がお姿を現じて日朗上人一行を迎えたと言われる影嚮石(ようごうせき)が右手に見えてきた。左手には、奥之院(1660m)がありお参りをする。奥之院でも宿坊があったので、「次回はここに泊まりたいね!!」などどHちゃんと話しつつ今度は御神木の大イチイノ木を目指した。

 影嚮石の右手に大イチイノ木への道があり、看板通りに森に入っていった。私の記憶が定かではないが、この影嚮石付近で見かけた看板には大イチイノ木まで400mとあったが大イチイノ木まではかなり時間がかかった。

 苔むした倒木がある深い森に、御神木の大イチイノ木(1000m)があった。宮崎アニメのコダマだっけ?森の精霊がいそうな雰囲気だった。いやいや、いるんだろうなぁ。

 大イチイノ木から、奥之院から敬慎院に向かう道に戻り下山をした。登りよりは、楽だろうと思っていたけどそう簡単ではなかった。三十六丁目の晴雲坊までは、まだまだ大丈夫だったけど、二十三丁目の中適坊を過ぎたあたりから足の痛みで今まで以上にゆっくりとしか下山できなかった。

 十三丁目の肝心坊でソフトクリームをいただき、二丁目の神力坊では冷えたトマトをいただいた。疲れていても食べることには、執着する私(笑)。やっと出発地点に到着し、Hちゃんと「よく登ったねぇ」とお互いねぎらいの言葉をかけあった。

 駐車場で昼食をいただいた後は、白糸の滝のお万の方様の像に下山の無事を報告し、その奥にある雄滝を目指した。白糸の滝が、女性的だとすればこの雄滝の方は男性的だった。

 雄滝からの帰りの白糸の滝では、太鼓を叩いて祈っている方がいた。この七面山登山では、修行中の学生が入山前に読経をしてたり、読経しながら下山する信者さんのグループがいたりと、他の登山では見かけない人々に出会えた。

 登山の後は温泉でしょ!!ということで、帰りの道沿いで看板があった「つむぎの湯」に入ってみた。そこの駐車場で、朝下山して行った執事にばったりお会いした。執事は非番(警官か?)で、この温泉に入ってきたらしい。

 Hちゃんは、泉質が気になるらしく執事にここの温泉の様子を聞いていた。執事は東京方面に帰るのなら「みたまの湯」がいいと紹介してくれた。

 このご縁も七面大明神のなせるお導きなのだろうか。私たちは、執事に教わった「みたまの湯」を目指し車を走らせた。桃畑が広がる高台に「みたまの湯」があった。先程の「つむぎの湯」よりも大規模で、マイクロバスも止まっていた。

 この「みたまの湯」は、フォッサ・マグナ(大地裂帯)から湧いたという本格的な天然温泉で、甲府盆地が一望できる露天風呂が最高だった。

 温泉の後は、一路東京方面に向けて車を走らせた。途中の談合坂P.A.で夕食をいただいた。温泉でゆるんだ体に食事とくれば、疲れた体は眠りを欲していた。

 上野原・藤野の道路表示で、「センターよっていく?」とHちゃんと話しながら、助手席の私がパーマカルチャーセンターに電話をし、休憩させくださいとお願いした。まったく、大迷惑な卒業生の私たち(笑)

 2時間程仮眠させていただき、起きてからセンター長のSさんに手相を観ていただいた。私の場合家相に何かがあるようで、その問題の解決のヒントをいただけた。

 センターのスタッフにお別れし、なんだかんだ家に着いたのは午前12時をまわっていた。

 たくさんの人々に助けられた七面山参拝でした。みなさまに感謝です。

写真  早朝の一之池
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 5/28深夜2時、Hちゃんに高井戸で拾ってもらい、一路山梨に向けて出発した。

 途中、談合坂P.A.で休憩し七面山登山口を目指す。午前6時には、スタート地点の羽衣(500m)に到着。当初は、仮眠してから登山の予定だったが登頂までに何時間かかるかわからず、頂上に着いたらゆっくり休もう、ということで車で朝食をいただき、登山の準備し午前7時には出発した。二人ともハイで仮眠どころじゃなかったかも(笑)。

 始めに、徳川家康公の側近「お万の方」が身を清めて七面山の女人禁制を解いたと言われる白糸の滝を目指し、お万の方様の像に今回の登山の無事を祈願した。

 その後、また羽衣に戻り、ひたすら宿坊のある敬慎院を目指した。登りのきつい杉木立を行けば、白装束の信者さんたちと何度かすれちがった。

 二丁目の神力坊を通過し、十三丁目の肝心坊で休憩をした。食べ物に気を使うHちゃんには珍しく「炭酸飲まない?」と言われ、断る理由もないので三ツ矢サイダーの250mlの缶を二人でシェアした。乾いた喉に冷たいサイダーの美味しかったこと。この十三丁目の肝心坊には、知った芸能人の千社札があった。

 二十三丁目の中適坊、三十六丁目の晴雲坊でも休憩をした。晴雲坊では、休憩してると体が冷えてきてフリースを着た。息が白く、晴雲坊にかけあった温度計での気温は、9℃だった。

 和光門(1650m)が見えるとやっと着いたという気になるが、敬慎院(1710m)はまだ。坂を登り五十丁目の敬慎院を目指す。敬慎院は、思っていたよりも立派な建物で、こんな険しい山によく建てたものだと感心しする。羽衣を登り始めて5時間後の午後12時頃敬慎院に到着した。

 泊まりの受付を済ませ部屋に案内された。荷物を部屋に置き、今度は七面山山頂を目指した。途中、ナナイタガレという崩落跡も見た。

 カラマツの緑が美しい林の中を登って行ったが、私は途中から疲労と猛烈な睡魔に襲われHちゃんに「ここで待ってるよぉー」と言い横になった。誰も来ないとだろうと思い、道で寝てると人の声がしたのでハッと目覚めるとおじさんが二人登ってきた。「す、すみません。」と謝りながら道をそれた所に移動し、Hちゃんを待つ間また眠った。森の中でのお昼寝って幸せだったわぁ(笑)。

 山頂から下りてきた、Hちゃんと合流し下山した。随身門の遥拝台から眺める富士山は、山裾が雲に覆われていたけれど東京で見る富士山と迫力が違った。七面山でへたってる私が今年富士山に登れるか自信がなくなった。もとから自信があった訳じゃないけど(笑)。それにしても、富士山って美しいなと思った。ゴミが多いと聞くけれど、ここからだとゴミは見えないし、雲の上の富士山の神々しさってなんなんだ!!


 敬慎院に戻ってから、夕飯をいただいた。ワカメのお味噌汁にご飯、カボチャの煮物、ひじき、お漬け物のシンプルな精進料理。ご飯もお味噌汁もお代りしちゃった!!

 夕食後は、お風呂に入った。合宿所のお風呂という感じの浴槽があるだけで、シャワーなどはもちろんなく、浴槽のお湯で体を洗いお湯につかった。私は宿坊だからこんなものかと思ったけど、若いお姉さんなどはシャンプーもボディーソープも使えないとショックかも。

 この宿坊では相部屋が普通で男女も部屋を分けないらしい。私たちが着いた時は二人だけだったから貸しきりかなと思ったけど、川崎から訪れた中村さんという60代くらいおじさんが同室だった。

 四方とも襖で区切ってる私たちの部屋には、何度か部屋を間違って開ける他の部屋の信者さんがいて落ち着かなかった。これも行(ぎょう)ですか??(笑)

 20回だか30回だかこの敬慎院を訪れているベテランの中村さんに、ご開帳での服装や持ち物を質問した。服装は、登ってきた格好でいいとのこと。数珠もあればと言われ、宿坊宿泊ビギナーの私たちはもちろん持っていなかった(笑)今度、宿坊泊まる時は数珠が必須ね!!

 ご開帳、夜のお勤めではご焼香したり、それぞれの願いを祈願していただいた。「和歌山県のだれそれ~商売繁昌、交通安全、心願成就~」など、所在地とお願いごとが唱えられるのだ。私のお願いごとは・・・まぁ秘密にしておきますわ(笑)。

 お勤めでは、太鼓や鐘がなったり、お題目?お経?もスピード感があって、しんみりというより、にぎやかな様子でした。日蓮宗ってこういう感じなの??

 お勤めが終わったら、長ーい敷き布団と掛け布団が用意され、私は午後8時台に布団に入った。この長ーい布団は、3名だけだからよかったものの混雑する時はゆっくり休めないだろと思った。登山途中、前日宿坊に泊まった信者さんから夜寒かったことを聞いていたので、布団の下に丹前を着てさらに毛布のようにかけて寝入ったのでした。
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 4/28ぐらするーつ(http://grassroots.jp/)のヨガワークショップに参加してきた。『自宅でもできるベーシックヨガ』ということで、配布されたA4の紙にメモをとりながら受講した。その場でポーズはとれても、家に帰ると忘れてしまうからこの方法はいいね。

 以前安曇野のシャロムヒュッテに泊まった翌朝にヨガを体験したのが初めてだったけど、今回が初めてのヨガといっていいくらいのレベルな私。

 先生は、ブルントランひかるさんという痩身の女性。どっかでお見かけしたお顔だなと思っていたら、ワークショップ後のお話でお店に来てくださったことが判明。接客しっかりしなきゃー(汗)。

 普段の呼吸では500mlくらい(の酸素量?)だけれども、そもそも肺の容量は4000~5000mlくらいあるので深い呼吸を行うことで、たくさんの酸素と空気中をただようプラーナ(サンスクリット語/生命エネルギー)を取り入れることが出来るんですって。

 その呼吸は必ず鼻から行うこと。それは、鼻から呼吸を行うことで鼻(毛)がフィルターの役目をし、空気が粘膜に直接触れるのを防いでくれるからだそうな。口からの呼吸の場合は直接粘膜に届いてしまうからね。

 先生のポーズを見せてもらってから、実際にやってみるんだけどなかなか難しいのよぉ。先生のポーズってキレイだけど、私のは・・・。

 ヨガという言葉の意味は、「結びつける」という意なんだそうな。しなやかな体と心を結びつけることを目標にがんばるわ。
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 昨日6/7もプランツを訪れリラクゼーションサロンヒーリング・ラグーンの(http://www.healinglagoon.com/index.html)『E.I.Lリフレクソロジースクール』に参加しました。参加者は、私を含め3名。少人数で、贅沢に受講できました。

 まず始めに、リフレクソロジーの歴史から学びました。ここのサロンでは、ツボというよりは「反射区」という64カ所からなるゾーンを刺激するもののようです。「反射区」は、内臓や各器官と密接に繋がるポイントのこと。

 また、足の重要性も学びました。入門講座テキストから抜粋。「足は身体の一番下に位置するため、重力の関係で血液や体液が滞留しやすい。足先まで落ちた血液が重力に逆らって心臓まで戻るのは容易ではない。それを助けているのが、足である。歩いた時に動くふくらはぎの筋肉が、ポンプのように血管を収縮・弛緩させて、血管の逆流防止弁の働きとあいまって血液を上へ上へと押し上げている。足を怠けさせず、毎日適度に筋肉を動かすことは、健康を保つ上で大変重要である。」

 次に、実験として腰椎の反射区を刺激することでどのような変化があるか試してみました。腰椎の反射区を刺激する前に、参加者全員で前屈をしましたが私が一番からだがかたいことが判明しました。軽いショックを受けながらも、実験は進められました。で、腰椎の反射区を押した後の前屈では、腰椎の反射区を押す前より手が床に近くまげられるようになりました。でも、からだかたいのは、かーなーりー(軽くない)ショックでした。(笑い)ストレッチしなきゃーね。

 休憩をはさみ、その後は初級講座にうつりました。64カ所の反射区を8つのエリアにわけてとらえ、そのうちの基本ゾーンである第1エリアから第3エリアまで、順番に反射区を押していきました。

 この反射区とそれぞれの内臓や各器官とのつながりが不思議でおもしろかったです。私は、腎臓から膀胱までの反射区を押した時に、ゴリゴリと指先に当る感触があったので、この器官にトラブルがあることがわかりました。でも、自分一人ではまだこの微妙な感覚はわからないので、日々足に触れるようにしたいと思いました。

 ビバ、反射区ですな!!!
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