のんの日々

のんが日々感じたこと、思ったことを綴る


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バンクーバーの人類博物館行く。

添付写真は、ハイダ族ビル・リードの著名な彫刻「レーバンと最初の人」
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本日お昼にはホリホックを発ち、コルテス島→クアドラ島→キャンベルリバー→ホースシューベイと3回フェリーに乗ってカナダ本土に移動中です。

夢のような日々も終盤を迎えました。

添付写真は、2回目の小さな乗船フェリーです。
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今回航空券は、手配を個人でネットでしたら、チケットレスで搭乗手続きをする当日まで心細かった。何とか行けるらしい…。ほっ。
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さっき出掛けに、NHKを見てたら「ツレがウツになりまして」という作品の漫画家とその主人公の旦那さんが出てた。

過去に自分も病んでたことを思ったり、現在苦しい状況にある友だちのことを考えたりした。

心って案外脆いもんだ、ってのは経験してみて思ったこと。自分自身を制御できないことも体験してみなきゃわからないことだったなぁ。

でも、土砂降りの日がいつまでも続くわけじゃないと思う。天気みたいに、心も日々移り変わるさぁ。
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 本日帰京してた元フォトグラファー、イッシーにデジカメ指導を受けました。身近
な静物を撮ってみました。

 一瞬を切り取るカメラ面白いね。

 イッシーありがとう☆

ヤフーフォトにアップしました☆
http://photos.yahoo.co.jp/ph/onori17/lst?.dir=/418f&.src=ph&.order=&.view=t&.done=http%3a//photos.yahoo.co.jp/
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 6/9御茶ノ水の明治大学リバティータワーで行われた「被爆者の声をうけつぐ映画祭」に行ってきた。訪れた日はこの映画祭の最終日にあたり、私は昼の部と夜の部を鑑賞した。

 昼の部は、記録映画『ヒバクシャ世界の終わりに』の上映からだった。『六ヶ所村ラプソディー』を観た後もその前作にあたるこの映画をずっと観たいと思っていたのだが、なかなか観る機会に恵まれなかったので今回観られて光栄だった。決して軽くない内容なのだが。

 鎌仲監督がイラクを訪れた際に出会った、一人の少女ラシャの映像からこの映画ははじまる。映画の内容については、直接観ていただきたいので割愛する。

 上映後、鎌仲ひとみ監督とこの映画にも登場する被爆医師の肥田舜太郎氏の対談が行われた。

 監督が「私たちの電気のゴミが、イラク に投下された劣化ウラン弾としてして使われている事実をこの映画を撮り始めた時は知らなかった。」とおっしゃった。衝撃的な事実である。

 肥田医師は、広島の中心地ではなく往診にいった先で被爆したそうだ。被爆当時28歳で、農家で子どもを診察していた時の出来事だった。現在90歳になる彼は、自ら被爆体験を持ちながら被爆者たちの診療に従事してきた。

 戦後30年もの間、彼自身も低線量被爆ということを知らずにきたという。爆心地で被爆していなくても、原爆投下の後の広島を肉親を探し歩いた人にも体内に残された放射能によって健康が侵されていることも当初は、わからなかったらしい。

 監督曰く、「ヒバクシャ」のことが人々に伝わらないのは3つのフィルターがあるからだと言う。1つめは、アメリカの意図。2つめは、被爆体験そのものが言葉にしがたい(凄惨な)状況だったこと。3つめは、被爆体験を語ると(その人が)差別されるということだ。

 被爆者をなくすためには、戦争をやめさせること。核兵器をなくすことだと肥田医師は言う。そして、日比谷公園でハチマキして声を上げなくても家族や友人や身近な人と被爆のことを話し合って欲しいと。

 そのためにも大事なのは、人々の意識の改革だと監督は言う。たった一つ価値観に縛られずに各々が何が大切が考え行動をしていくためのだ。


 夜の部は、劇映画『父と暮せば』の上映と広島で被爆した日本原水爆被害者団体協議会の小西悟氏の講演だった。

 『父と暮せば』は、以前観たことがあったがだいぶ内容を忘れていた。主演の宮沢りえさんの美しいこと。被爆した娘を見守る父親のあたたかさ。二度目の鑑賞でも泣いてしまった。

 小西氏の講演は、被爆した当日の記憶が飛んでしまっているということから話された。近くにいた友人に後で教えてもらったそうだ。自分は、好きな人が出来ても(被爆したことを考えると)告白することが出来ないと思っていたという。現在も被爆の後遺症で体調も万全ではない様子だった。


 最後は、原爆投下の日のことを描いた『夏の朝』という歌をシンガーソングライターの田中ルミ子氏が歌い閉幕となった。
「突然に、突然に、消えてしまったあの夏の日」という歌詞がずっと耳に残っていた。
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 6/1PARC自由学校(http://www.parc-jp.org/main/a_fs/)の『オルタナティブ・メディアをつくる!』の第2回目を受講した。

 この回は、映画監督/作家の森達也さんが講師だった。はじめに、去年3月にテレビ東京で放送された「ドキュメンタリーは嘘をつく」の上映から。以前にも森さんのお話を伺ったことがあったから、個人的にもこの回はとても楽しみだった。

 観た結果私は、上映後半までこの映像の嘘がわからなかった(笑)。

 出演されていた監督?の綿井さんの言葉が印象に残った。「映像は映し出すところと、映し出さないものがある。」

 DVDの上映後、森さんがこの内容を受けてお話しくださった。「ウソをつく気がなくてもウソになるんです。表現というのは、ウソなんです。」「カメラが撮る現実は、カメラが介在した現実なんです。」と。

 日本でヤラセが始まったのは、1980年のアフタヌーンショーからだそうだ。この番組の中で暴走族のリンチ映像を流した。しかし、これはデレクターの主観を裏切るものではなかった。その当時、実際にその暴走族はリンチを行っていたから。

 NHKのムスタンの秘境の映像で、雨乞いの儀式をやらせたことも主観を裏切ってはいない。この時期に雨乞いはやらなくても、実際ムスタンでは行わているから。

 今回のあるあるの納豆の番組は、上記の2つのヤラセとは違う。納豆のことを知らないアメリカの研究者の発言にヴォイスオーバー(発言にかぶせ)て納豆の効用を言わせているから。あるあるが、先の2つの番組のヤラセと違うのは、自分が現場で見聞きしたことを(制作者が)裏切っていることだ。

 ヴォイスオーバーは、日本語をかぶせてしまうので元の音が消えてしまう。話している人の息遣いやノイズも消してしまう。翻訳テロップをつける場合は、元の音は残るが、わかりやすいのはヴォイスオーバーを用いた方だ。

 ベトナム戦争の時代は、写真がメディアだった。ピューリッツア賞を受賞した写真が、世相を喚起させた。メディアが進化すればリアルに(現実を)感知できると思ったが、違った。(人々は)情報量が少ないものに喚起される。映像は、受取るだけになる。イマジネーションが喚起されないから。
 
 メディアが戦争を推進させた。19世紀前半の識字率は半数以下。(人類史上)初めての映像は、1897年のハミエール兄弟から。ラジオは、1920年アメリカのピッツバーグから始まった。映像と音は、字が読めなくても伝えられる。1920年代にファシズム起る。プロパガンダが可能になったのは、メディアの発達による。

 (この歴史からみても)メディアは、負の属性を持っている。テレビは、恐ろしい。納豆の問題は、まだいい。憲法の改正など他の問題のことを考えるなら。

 現象・事件とは、多面的である。どこから見るかで違う。今のメディアは、刺激的でわかりやすい切り口でみせる。テレビを信頼してはいけない。映像のウソは、見抜けない。(視る側は)多面性・多重性を意識すること。

 複雑な世界を複雑なままに伝えるのが、ドキュメンタリー。

 (表現は)欠落が人々の関心を高める。例えば、ミロのヴィーナスの手(腕)の欠落。

 メディアは、市場原理がはたらいているので民意が変われば、メディアは変わる。

 森さんに対する質問も受講生からどんどん出て、活発な印象でこの回は幕を閉じた。
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