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2016年08月18日

光州を訪ねて…③

テーマ:活動

8月9日

5.18民主化運動の本部があった場所であり、最後の抗戦では数多くの市民が命を落とした全南道庁へ(現在の全南道庁は、違う場所に移転)

遺体が並べられた体育館など、庁舎本館はそのまま残されています。

道庁前の噴水台では、516日~18日大学生と市民はここに集まり大規模の「民族・民主化大集会」を開き、「たいまつデモ」の舞台にもなったところです。

この一帯は「5.18民主の広場」と名付けられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

錦南道 デモ隊でうめつくされ、戒厳軍の包囲に対して、バスが道路を埋め尽くし対抗した

 

光州5.18精神

この民主化運動は、過去の歴史的な民衆闘争を通じて表出された自主・民主・統一を継承しただけでなく、韓国現代史の民主主義発展史に不滅の金字塔を打ち立てた民権闘争として記録されています。

 

知識も多くはなかったけれど、初めて「光州5.18」という映画を観た時、民主化運動を担った人々の思いや決意に触れ、映画の結末に何をどう表現していいのか、言葉が見つからなかったことを覚えています。

 

長島愛生園に訪れ、入居者の方からお話を伺い、やっぱりその場に行って、その人に会って、初めてちゃんと共有できるものを見つけることができる、と思いました。

その同じことを、光州を訪ねて、その場を知り、記録に触れることによって、より身近に感じ、その時に思いを馳せることができる、ことを再認識しました。

その積み重ねが、さらに私を成長させてくれる、と思いました。

未来のために…平和と民主主義のために…

私ができること…記録し、一人でも多くの人に知っていただくこと!

そして一歩をともに踏み出していきたい!

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2016年08月17日

光州を訪ねて…②

テーマ:活動

8日

全南大学で、5.18博物館を見学し、冷麺の昼食後は

 

歴史の現場であった旧カトリックセンターに設立された「5.18記録館」の見学を…光州5.18民主化運動に至る軍部・政府の動きや、光州での闘いそのものを、多くの写真、映像、記録物や資料など、特に要所要所に掲示されている版画はすごく、5.18に思いを馳せ、身近に感じ、心が震えました。なんといっても1980年、私が中学校教員になった年です。たった36年前の出来事なわけです。165人が亡くなり、77人が行方不明に、暴行、拷問などの後遺症で死亡した人は100人以上、負傷者と連行者は、4300人以上にのぼりました。

 

案内をしていただいている金 容哲さんは、「光州5.18精神」を私たちに何回も確認されました。

①民主と人権

②大同団結

③記録(記憶)されない歴史は必ず繰り返される

この光州民主化運動の記録は、ユネスコ世界記憶遺産に2011年に人権記録遺産として登録されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

自由公園でその日の見学予定は終了

まず、野火烈士記念碑を…野火夜学活動家7人 北斗七星に例えられた碑

憲兵隊本部事務室は連行者を拘束し拷問や殴打を行った様子などを聴き、営倉では、収容規模30人のところに150人も収容され、食事は30人分だけという過酷な状況であったことを聴き、少しだけその体験も…

最後は、民主化運動に参加した拘束者が軍事裁判を受けた法廷

どんなに拷問を受けても、強い信念を持って民主化運動の正当性を主張したが、軍事裁判部はあらかじめ作られた脚本に従って実刑判決を下しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野火夜学:労働者や貧しい人たちのための夜学教室。「野火」は1894年の東学農民戦争で燃え上がった革命の炎を継承し、燃え広がる野火になろう、という意味で名づけられたそうです。

野火烈士、野火の意味が深く、民主主義のために行動をする、その強さに圧倒されます。

 

韓定食のお店で、野火烈士事業会の理事長さんたちも一緒に夕食を

やはり、事業会の人も何らかの形で、1980年5月18日光州におられました。

そして、平和と民主主義への強い思い…そこには祖国統一がありました。

 

 

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2016年08月17日

光州を訪ねて…①

テーマ:活動

8月7日~10日 韓国に旅行しました。現職の教員を含め総勢27人の旅となりました。

 

8月7日

今回の旅は「光州民主化運動の地を訪ね、人々の平和への想いを知り、光州5.18を直接学ぶこと」が目的です。

7日は、ほぼ移動になりました。仁川空港からバスで龍山駅へ、韓国の新幹線KTXで光州に着いたのは、午後4時を過ぎていました。

夕食会場は、無等山国立公園の入り口あたりにあるサムギョプサルのお店でした。

野火烈士事業会の理事長をはじめ何人かの理事の方も来てくださり、食事と有意義なお話をお聴きすることもできました。

光州5.18に係る案内と通訳を務めていただいたのは、光州全南文化研究所の(きむ) (よん)(ちゅる)先生です。

 

 

 

8月8日

マンウォルトン(望月洞)墓地を訪れました。5.18民主化運動当時に命を落とした人たちが埋葬された場所で、共同墓地になっています。527日に道庁が陥落した時に犠牲となった遺体は、清掃車に乗せられてここに埋められました。

1997年に墓地聖域化事業により新しい墓地が完成すると、ここに埋められていた人たちは、新しい墓地に移葬されました。この旧墓地は当時の惨状を凄絶に残している場所で、原形を復元し、外見はそのまま残されています。入り口の道に、全斗煥大統領と刻まれた石が埋められていて、嫌いな人は踏んで行ってください、と金先生は言われます。みんな踏んで行きました。

行方不明者の写真も掲げられていました。

 

 

 

 

 

その後は、新墓地・国立墓地に…。

光州民主化運動についてのDVDを観ました。光州民主化運動のあらまし(518日~27日の10日間の状況)がよくわかりました。

私たちは、黙とう、献花を行い、お参りをした後に、ユン サンウォンのお墓(霊魂結婚式が行われたパク キスンも同じお墓に入っている)前で、前日に教えてもらった「あなたのための行進曲」を合唱しました。それから、写真がないこどものお墓等など説明を受けました。

望月洞墓地と違って、高さ40mの追慕塔と墓石群、巨大なモニュメントなどがあり、広大な敷地に多くの5.18に関わる施設があります。5.18民主化運動に対する再評価業が行われ、2002年に「国立5.18墓地」となり、自由と民主そして正義を渇望する世界の人々の胸に民主化の聖地として深く根付いているそうです。また、二度と不義と独裁が根を降ろすことのないようにするという、尊厳な歴史教育の場として活用されています。

記帳簿には、団長だけ書くようにと言われたので、名前と団体名、メッセージ「あなたたちの思い、決意、行動を 私たちは忘れない!! 平和と民主主義のために」と記しました。

 

 

 

 

「あなたのための行進曲」

愛も名誉も 名も残さずに

命をかけようと 誓いは燃える

同士は倒れて 旗のみなびく

やがて来る日まで 揺れることなく

時は行くとも 山河に響け

我らの叫び 尽きない歓声

立ち上がれともよ かばねを超えて

いざ前に進まん かばねを超えて

 

 

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