Daily のこちゃん

いつもは会えなくなった人とも、つながっていられますように!


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 最近、井上靖氏の本を続けて読んでみました。どちらも新潮文庫で。

 一昨年の年末、ウチの実家の家族と私たち夫婦で伊豆を旅行したのだけれど、所々で「井上靖の~」って、看板が出ていたのか、弟あたりが話題にしたのか、・・・帰ってから読まなきゃな~と思いながらもう2年。まず「幼き日のこと・青春放浪」を読んでから、今「しろばんば」を読んでいます。やっちゃんが膝といわず背中といわず登ってくるので、まとまって読めないのが残念なところ。


「幼き日のこと」は、ほぼ「しろばんば」と重なる時期の、作者の自伝小説・・・というよりエッセイみたいな感じなんだけど、この中にこういうエピソードがある。つまり、子どものころ、好きだった親戚のおじさんが、ある日作者を抱き上げて、梅の花のにおいをかがせてくれる。

「いいにおいがするだろう」

「うん」

「こちらはどうだ」

「いいにおいがする」

・・・

「こんなことのためか、いつとはなしに、私は梅の花を見ると、顔を梅の花の方へ持って行くような癖を身に着けてしまった。現在も、庭の梅が花をつけると、時々その匂いを嗅ぐし、幼い者でも傍に居ると、嘗て自分がされたように抱き上げて、梅の匂いを嗅がせてやる。自分の場合のように、いま自分が抱き上げてやっている幼い者がこのことを憶えているかも知れないと思うと、ある楽しさがある。甚だ当てにならぬ賭けではあるが、幼い者の心に、梅の花の匂いという時限爆弾でも仕掛けているような気持である。」


 さすがだなぁ。

 梅の花のにおいという、時限爆弾。


 それはさておき、ここには著者の、「幼い者」へのやさしさがあふれていて、それはまさに、「生命のリレー」だと思う。こういう「時限爆弾」を、やっちゃんや生徒たちに、たくさんしかけておきたい。


 さて、こういう「やさしさ」を作者が持っていることと、「しろばんば」の臨場感あふれる子どもの世界の描写とは無関係ではないだろう。田舎の子どもたちが、色々なものに興味を持ったり、恐怖したり、夢中になったり反感をもったり、女の子に心をときめかせたり・・・。本当に素朴な、子どもの視線なのだ。

 私も子どもの頃のことを、よく憶えている方だと思うけれど、この井上靖という人は・・・どうなってんのというくらい、子どもが大人の手を借りて書いているような描写である。だからか、年代は全然違うはずなのに、読みながら子どものころのことをよく思い出す。近所にお嫁さんが来るといえば、嫁菓子をもらいに見に行ったり、・・・・。キレイなお嫁さんを見て、

「こちらこそ(菓子は『よろしく』という意味のものだと教えられたから)これからよろしくお願いします。」

と思っているのに、子どもは蚊帳の外って感じで無視されていたこととか、その興奮と一抹の寂しさなんかを思い出す。夢中で遊んでいるうちに、いつのまにか暗くなって、急に不安になって全速力で走って家に帰り、家の中の、廊下の向こうが明るくて、夕食の煮炊きのために、湿った空気が流れてくるのが、この上なくホッとしたことなんかも思い出す。


 中学の頃の教科書に「赤い実」というタイトルで、「しろばんば」の一節が載っていて、その時はあまり好きでもなかったけれど、今読むとしみじみと懐かしい。子どもの物語というのは、子どもが読むものでもないのかもしれない。


 そして、まだ小さいけれど、男の子の母親になって・・・、こういう子どもの気持ちを思い出しておくのも悪くないという気持だ。

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