• 18 Aug
    • 【誘惑❓】池上先生!

      皆さん、こんにちは。 いつもありがとう。   学研プライムゼミのTwitterをみていたら、こんな写真を発見。 ちょっと衝撃的? というほどでもないですね↓。     いずれにしても、全国の池上先生ファンの皆さん。 どうかご安心ください。   僕がペラペラに変身して、池上先生のもとにそっと忍び寄ったわけではありません。 この等身大パネル、折りたたんで持ち運ぶのは容易ですが、決してみずからの意思で動くことはありません。   明日の難関大教室(現代文)に向けての一コマでした。

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    • 【忖度】“最近の私のツイートから”

      皆さん、こんにちは。 いつもありがとう。   【看護予備校アインス】“国語力は……”で紹介した高島光夫さんが、ブログでもグラサン日記を紹介してくれました↓。   高島さんは、おっさん的“先生”論を「医療職を目指す人にも当てはまります」と記してくれています。 誠にありがとうございます。 同志とまた1人、出会うことができた気分です。   その趣旨は、「先生とは生徒のことを最大限“忖度”するべき存在である」という点にありました。 この言葉を意図的に使ったのは、断るまでもなく、忖度という行為そのものを悪だとは思ってほしくなかったから。   “忖度”とは、「他人の心中やその考えなどを推しはかること。推量。推測。推察」(『日本国語大辞典』)のことをいいます。 ここしばらく話題になった“忖度”は、単に強者にこびへつらったに過ぎません。   僕もまた修行中の1人です。 しかも、修行に集中できているかと問われると、にわかに自信がなくなるのですが、それでも何とか、良質な“忖度”能力を身につけられるよう努めたいと思います。

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  • 17 Aug
    • 17東大日本史本試Ⅳを考える②

      *「17東大日本史本試Ⅳを考える①」の続きです。 *問題は「東大教室(17東大日本史本試Ⅳ 問題)」をご覧ください。   第4問 近代(政治) 大日本帝国憲法下における内閣と軍部   解説②   ■軍部大臣現役武官制の全容   加えて、「軍部の自立性」に密接不可分な要素として、軍部大臣現役武官制を指摘することができる。 設問Aとも関連するが、ここでその全容を再確認しておこう。   軍部大臣現役武官制とは、陸相(陸軍大臣)・海相(海軍大臣)の任用資格を現役の大将・中将に限定する制度をいう。 この制度のもとでは、政党員が陸相・海相に就任することは不可能になる。 政党が勢力を伸張させた日清戦争後の1900年(第2次山県有朋内閣)、陸海軍省官制の改正により制度として確立した(SNG p.46)。   1912年12月、2個師団の増設が閣議で認められなかったことに抗議して上原勇作陸相が単独で天皇に辞表を提出して辞任すると、陸軍省は第2次西園寺公望内閣に対して後任の陸相を推薦しないという手段をとった。 陸相・海相を現役に限定する制度(軍部大臣現役武官制)のもとで陸軍省が陸相推薦を拒否すれば、首相は陸相を選任する手段を失うことになる。 この軍部大臣現役武官制のもつ倒閣機能によって、西園寺内閣は総辞職に追いこまれた(大正政変の開始、SNG p.69)。   1913年、「閥族打破・憲政擁護」をスローガンとする第一次護憲運動の衝撃のなかで成立した第1次山本権兵衛内閣は、陸海軍省官制を改正。 現役規定を削除して陸相・海相の任用資格を予備役・後備役まで拡大することによって、同制度のもつ倒閣機能を消失させた(SNG p.69~p.70)。   以後1920年代にかけて政党勢力が一段と存在感を増し、この過程で「憲政の常道」=政党内閣期も実現することになる(1924~1932)。   1936年、二・二六事件が発生した。 このクーデタは統制派(高度国防国家を合法的に建設しようとした陸軍エリート軍人層)により戒厳令下で鎮圧され、皇道派(天皇中心の精神主義的な昭和維新路線を唱えた急進的青年将校ら)は陸軍内から一掃された。 さらに陸軍内の主導権を握った統制派は、事件後に成立した広田弘毅内閣に圧力をかけ、現状のままでは皇道派が陸軍に舞い戻ってくる恐れがあるという理屈をつけて、軍部大臣現役武官制を復活させることに成功する(SNG p.103)。   復活した軍部大臣現役武官制は、内閣の死命を制しうる破壊的な権限として機能し、昭和戦前期の政治史に大きな影響を与えた。 具体的には、1937年、陸軍省が陸相推薦を拒否するかたちで宇垣一成(かずしげ)(1925年に宇垣軍縮を実行した陸軍出身の政治家)に組閣を断念させ、新体制運動(ナチスや共産党をモデルに一国一党体制を築こうとした政治運動)が高揚した1940年にも、畑俊六陸相辞任後、やはり同様に陸軍省の陸相推薦拒否により米内(よない)光政内閣が総辞職に追いこまれた(SNG p.103)。   *「17東大日本史本試Ⅳを考える③」に続く(近日公開予定)。

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    • 17東大日本史本試Ⅳを考える①

      *問題は「東大教室(17東大日本史本試Ⅳ 問題)」をご覧ください。   第4問 近代(政治) 大日本帝国憲法下における内閣と軍部   解説①   ■明治憲法体制と「軍部の自立性」   明治憲法体制のもつ特質を前提にした問題。   設問の解説にはいる前に、問題文にある「大日本帝国憲法の下においては、内閣・帝国議会・枢密院などの国家機関が複雑に分立し、内閣に対する軍部の自立性も強かった」という表現を簡単に分析しておきたい。   まず、「内閣・帝国議会・枢密院などの国家機関が複雑に分立し」の部分。   明治憲法体制のもとでは、日本の国家的決定はすべて天皇の名でなされるものの(天皇大権)、その実質的な決定権は諸国家機関がそれぞれの役割に応じて掌握した(宮中・府中の別)。   こうした権力の割拠性が生じるメカニズムや、それがもたらした問題点については、東大日本史最頻出テーマの1つであるにもかかわらず、教科書の記述が不足している。 『詳説日本史ガイドブック 下』(p.35、山川出版社、以下SNGと略記する)などを参照して必ず理解を深めておきたい。 ブログ「グラサン日記」の「教科書の研究(明治憲法体制の特質)」も参考になるだろう。   また、『謎とき日本近現代史』(講談社現代新書)でも、「明治憲法下の内閣はなぜ短命だったか」「戦前の政党はなぜ急成長し転落したか」という問いをとりあげている。 東大や一橋大の問題が下敷きになっているので当然のことだが、今後の出題に備えるという点でも一読してみてほしい。   次に、「内閣に対する軍部の自立性も強かった」の部分にも注目しておく必要がある。   「軍部の自立性」をもたらしたもっとも大きな要素は、統帥権の独立だった(SNG p.35)。 統帥権(統帥大権)とは、軍の作戦・用兵などを指揮する権限をいう。 明治憲法に「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」(第11条)と規定された統帥権は、天皇の大権事項の1つとされ、天皇と陸海軍を直結させていた(統帥権の独立)。   一方で、明治憲法体制下の天皇は、その政治的権限を先頭にたって行使しないこと(宮中・府中の別)を原則としていたため、結果として、この統帥権の独立は、統帥事項(軍の作戦・用兵など=軍令事項)を統轄した参謀本部・海軍軍令部が内閣や議会の関与を許さずに行動するための根拠になっていった。   *「17東大日本史本試Ⅳを考える②」に続く(近日公開予定)。

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  • 16 Aug
    • おっさん的“先生”論

      皆さん、こんにちは。 いつもありがとう。   どういうわけか、「先生になりたい、どうすればいいか」という相談を時々受けるようになりました。 ギョッとしました。   そうした問いに対する回答者として、僕はまったく適任ではありません。 気がついたら、この仕事に就くしかなかった人物のアドバイスなど、ほとんど参考にならないと思います。   それでも、こんなことを聞かれる年齢になってしまったかという“哀しみ”をこらえつつ、ぼんやりとした考えは返信してみたのですが、ある日、伝えたかったことに近い歌を思いだしました。   乙三. (読みは「おっさん」)バージョンでお届けします。 空と君のあいだに 【乙三.arrange】↓。     いうまでもなく、現実はこんなに単純ではありません。 出会った「正体」が想像を絶するあまり、茫然とするしかなかったこともしばしばだし、本当に「悪」になったら、仕事は続けられない。   ただ、公教育であれ民間教育であれ、学校・塾・予備校の「先生」とは、精緻なピラミッド型組織とはほぼ無縁であると同時に、教室では事実上の独裁者と化す存在です。   さまざまな場で「先生」たろうとしている比較的若い皆さん。 目の前の生徒たちのことを、持てる感覚を駆使して“忖度”してあげてください。   まずは、とりあえず10年。 そこで集積されていく“暗黙知”は、必ずヒトの成長を促してくれます。

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  • 15 Aug
    • 【東大教室】ブログ上公開演習➎-3(解説解答)

      *【東大教室】ブログ上公開演習➎-2(解説解答)の続きです。 *問題は、【東大教室】ブログ上公開演習➎-1(問題)で確認してください。   演習➎ 近代(社会経済) 秩禄処分   解説②   ■秩禄処分と華族   秩禄処分の結果、華族は多額の金融資産保有者へと転化し、そうした資金は新企業の発生・発展を助長した。   たとえば、5%の利子つき公債証書取得者の場合、その利子収入は年平均3,000円を超えていた。 しかも1876年、国立銀行条例が改正されて華族・士族の公債を抵当とする銀行設立が許可されたため、華族銀行といわれる第十五国立銀行をはじめ、多数の国立銀行がつくられた。 また、5%の利子つき公債証書取得者のなかには大土地所有者へと成長した者も多数存在した。 【国立銀行条例】   ■秩禄処分と下級士族   一方、下級士族のなかからは、慣れない商売に手をだして失敗したり(士族の商法)、生活苦から金禄公債を手放して没落したりする者も多数現れた。   たとえば、7%の利子つき公債証書取得者の利子収入は年平均30円に満たなかった。 日割にすると約8銭で、これは当時の最低日雇い賃金(東京)の3分の1程度に過ぎなかった。   このため、彼らの多くは公債を売って生活費にあてることを余儀なくされ、 「士族は……よく其(その)生計の目的を達する者また之(これ)あらず」(茨城県)、 「其職業に就き生計の目的あるものは絶(たえ)てなし」(鳥取県) という窮状に立たされたのである(いずれも前田正名(まさな)編『興業意見』)。   解 答 B華族のもつ金融資産が企業勃興を助長する一方、士族の中には慣れない商売に手をだして失敗するなど困窮・没落する者も現れた。 (60字)

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    • 東大教室(17東大日本史本試Ⅳ 問題)

      皆さん、こんにちは。 いつもありがとう。   2017年度東大日本史本試、第1問・第2問・第3問につづいて第4問も考えます。   まず問題を紹介します。 くりかえしになりますが、本気で向き合ってみようという受験生は、問題を少なくとも3回は熟読するよう心がけてください。   問 題(2017東大日本史本試Ⅳ)   大日本帝国憲法の下においては,内閣・帝国議会・枢密院などの国家機関が複雑に分立し、内閣に対する軍部の自立性も強かったため、軍備をめぐる問題が政治上の大きな争点となった。 次の年表を参考にしながら、下記の設問A・Bに答えなさい。 解答は、設問ごとに改行し、設問の記号を付して記入しなさい。     設 問 A 2個師団増設をめぐる問題は、政党政治にどのような影響を与えたか。 3行以内(注:1行30字)で述べなさい。   B 浜口内閣が口ンドン海軍軍縮条約の成立を推進した背景として、どのようなことがあったか。 また、この方針に対して国内でどのような反応があったか。 あわせて3行以内(注:1行30字)で述べなさい。   *解答解説は、以下で確認してください。 → 「17東大日本史本試Ⅳを考える①」 → 「17東大日本史本試Ⅳを考える②」(近日公開予定) → 「17東大日本史本試Ⅳを考える③」(近日公開予定)   *東大日本史の過去問をとりあげた記事には以下のものがあります。 ■東大教室(演習2にかかわる解説)  → 東大教室(対等外交という発想①)  → 東大教室(対等外交という発想②)  → 東大教室(対等外交という発想③)  → 東大教室(対等外交という発想④)  → 東大教室(対等外交という発想⑤)  → 【演習2】解答例を追加しました   ■東大教室(16東大日本史本試Ⅳ 設問A) ■東大教室(16東大日本史本試Ⅳ 設問B)  → 東大教室(16東大日本史本試Ⅳ Aを考える①)  → 東大教室(16東大日本史本試Ⅳ Aを考える②)  → 東大教室(16東大日本史本試Ⅳ Bを考える①)  → 東大教室(16東大日本史本試Ⅳ Bを考える②)  → 東大教室(16東大日本史本試Ⅳ Bを考える③)   ■東大教室(17東大日本史本試Ⅰ 問題)  → 17東大日本史本試Ⅰを考える①  → 17東大日本史本試Ⅰを考える②  → 17東大日本史本試Ⅰを考える③   ■東大教室(17東大日本史本試Ⅱ 問題)  → 17東大日本史本試Ⅱを考える①  → 17東大日本史本試Ⅱを考える②   ■東大教室(17東大日本史本試Ⅲ 問題)  → 17東大日本史本試Ⅲを考える①  → 17東大日本史本試Ⅲを考える②

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  • 14 Aug
    • 早慶大受験・正誤判定新研究133(問68)

      問68 標準レベル   江戸時代に流罪に処された人物について述べた文として正しいものを、次の➊~➍のうちから一つ選べ。   ➊ 妙心寺住持の沢庵は、紫衣事件で幕府に抗議したために伊豆大島へ流罪とされたが、のち許されて東海寺を創建した。   ➋ 風俗画家の英一蝶は、遊興がすぎるととがめられて三宅島に流されたが、のち許されて江戸に戻り、ふたたび画家として活躍した。   ➌ 兵学者の山県大弐は、江戸で尊王論を説き、幕政の腐敗を追及したため、宝暦事件で八丈島に流刑となった。   ➍ 医師で蘭学者の高野長英は、幕府の対外政策を批判したため、蛮社の獄で小笠原に流罪となり、一度は脱走に成功したが、のちに自刃した。   *問68の解説解答は、「早慶大受験・正誤判定新研究134(問68を考える)」で確認してください(近日公開予定)。

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    • 【東大教室】2017合格体験記(筑附 川出雄司君)

      僕の失敗に学んでください   川出雄司君(男性)の基本情報 ■国立筑波大学附属高校出身、高卒、東大文Ⅰ・早大国教・同大法合格 ■開示得点   1 知識量の極貧状態から   受験勉強は、最初から最後まで、東大文科一類をめざす二次試験重視スタイルで一貫していました。   現役時代は、部活や友人と遊ぶことが楽しくて、受験勉強を始めるのが高3の夏休みになってしまいました。 私が通っていた高校では、受験に直結するような授業があまりおこなわれないので、自分で一所懸命やる人とそうでない人に分かれるのですが、私は後者のタイプでした。   その上、暗記が嫌いなので、センター試験のための勉強をほとんどおこなわず、日本史・地理・英単語・イディオム・古文単語などの知識量は極貧状態でした。 これには、「東大は二次試験用の勉強さえしておけば、どうにかなるだろう」という、甘い(甘すぎる!)考えが影響したことも否定できません。   そこで、浪人してからは、日本史の教科書を読んだり、センター試験の過去問を10年分解いたりしながら、少しずつ知識量を増やしていきました。 地理に関しても、センター試験の過去問を解きながら知識を増やし、自分の苦手分野を特定していきました。   地歴の学習で『1問1答』などの問題集を使う人が多いと思うのですが、自分はどうしてもそのような勉強方法に拒絶反応が出てしまったので、「それはやらない」と割り切りました。   英単語も、現役時代に比べるとかなりの量を覚えたのですが、イディオムの方は、結局目標数の半分も覚えずに終わってしまいました。 ただ、リスニングに自信をもっていたので、東大英語に対する不安はそれほどありませんでした。   その一方で、私大受験に関しては、知識量よりもリスニング力で勝負できる大学に限られるという制限が出てきてしまいました。 たとえば、早稲田大学を受験するときには国際教養学部を受験するという結果になったのです。   国際教養学部は、早稲田大学の入試で唯一英語リスニングの試験が実施されます。 このときは、「東大に不合格になった場合には、早稲田大学で語学力をつけて東大にはロースクールから入って法律を勉強しよう」という前向きな考えをもつようにしました。   浪人生のときに通っていた予備校では、数学は予習をしてから授業を受けることが基本となっていたので必ず予習をし、模試で間違えた数学の問題は解き直して力をつけました。 数学はもともと得意だったこともあり、東大入試で大きな得点源になりました。   日本史の話に戻りますが、野島先生が学研で講師をされていると知ったのが秋で(野島先生のことは現役時代から知っていました)、慌てて受講の申し込みをおこない、すでに終了していた講座のテキストも購入しました。 「学研東大教室」は冬期講座・直前講習を受講して一気によい“流れ”を作り、東大入試当日を迎えることができました。 ■受講講座一覧 2016学研東大教室 冬期講座(12月) 2016学研東大教室 直前講座(2月)   受験勉強でもっともうまくいかなかったのは理科基礎で、1年前のセンター試験と点数がほとんど同じという結果に終わりました。 選択した物理基礎と化学基礎は好きなのですが、現役時代と同様に「短時間の勉強で済むだろう」と考えていたら、いつの間にか勉強する時間がなくなっていたという失敗を繰り返してしまいました。   2 結果論だけど気分爽快   「学研東大教室」のことは、浪人生のときの秋ごろに偶然知りました。 「偶然」というのは、ある日、漠然と「日本史 野島博之」と検索していたら「学研東大教室」がヒットし、野島先生が「学研プライムゼミ」の講師をされていることを知ったからです。   野島先生は大変有名な方なので、現役時代、日本史だけ受講するために予備校に通おうかと考えた時期もあったのですが、親の反対もあって断念していました。 ところが、「学研なら受講したほうがよい」と、親が大賛成してくれたので、急いで手続きをおこない、すでに終了していた講座のテキストも購入できないかと問い合わせをしてみたところ、快く応じてくれたのでとても助かりました。   学研のスタッフから送られてくるメールは、いつも心がこもっていて優しい文面なので強く信頼することができ、秋からという途中受講でも不安なく参加することができました。 野島先生のお作りになった「学研東大教室」のテキストは、東大の過去問と予想問題が絶妙に組み合わされていて、「有名な先生は有名になる理由があるものだ」と納得する内容でした。   野島先生のライブ授業もとても面白く、ときどきユーモアのあるお話もされるので、ほどよい緊張感と安心感のある雰囲気がとてもよかったです。 今年(2017年)の東大日本史は「難しかった」と感じた人も少なくなかったようですが、野島先生の予想問題と類似した問題が2題も出たので、非常に解きやすく感じました。   「学研東大教室」のテキストの取り組み方としては、まず過去問を解いてから先生の解説を読み、野島先生のブログ(「グラサン日記」)に掲載された「教科書の研究」も参考にしました。 そして、東大入試直前は先生の予想問題を中心に勉強していました。   私は他の「学研東大教室」受講生よりも出遅れたという気持ちがあったので、その分、短期集中で勉強したことも合格に結びついたと思います。 12月から1月にかけて、理科基礎の勉強に割く時間はその分減ってしまいましたが、二次で一気に挽回して合格したので気分爽快です。   3 それでも諦めない   いま“東大合格”という結果を得て最も強く思うことは、「東大をめざす」という目標を最後まで変えずによかったということです。 センター試験は目標としていた800点からはほど遠い得点(リスニングを除くと766点)でしたが、それでも東大を諦めませんでした。   ただ、センター試験の得点が低かったために、ほんの数点の差で文科一類に落ちる可能性もあり、文科三類に変更する考えが頭をよぎったこともありました。 親からは「理科基礎を夏休み中に勉強しなかったからこうなったのでしょう。もう、あみだクジで決めなさい」といわれ、クジをおこなったのですが、その結果が文一だったのです。 このような局面もありましたが、最後まで第一志望を変えずによかったです。   これから東大をめざす方々にお勧めしたいことは、まず、私のようにセンター試験で失敗しないように、夏休みには理科基礎を一度ひと通り終わらせておき、センター試験直前には復習ができる余裕をもつことです。   確かに東大は二次試験の得点の比重が大きいですが、英語・数学で間違いなく高得点が取れるという自信がない人はセンター試験を軽視すると大きなリスクを背負ってしまいます。 二次試験で出題されない科目は、入試が近づくほど時間を割けなくなってしまうので夏休みに勉強しておきましょう。   また、現代文の勉強方法が分からないという方には、まず、ひたすらに解答例を書き写すという作業をおすすめします。 書いているうちに、解答作成のコツや表現方法が身についてきます。   英語のリスニングは、聴くだけではなく、声に出してみることが大切です。 入試には英語の面接がないので会話を軽視しがちですが、自分で発音することによってリスニング力もグンと上がります。   スクリプトを音読したり、低料金で利用できるオンライン英会話などを利用したりすることも一つの方法だと思います。 リスニングのスクリプトは必ず目を通し、聞き取れなかった単語をチェックしましょう。   最後に、地理は必ず地図を見ながら勉強すること、日本史は野島先生を信じてついていくことです!   ご成功をお祈りしています!   付録 学力とやる気のグラフ  

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  • 13 Aug
    • 日本史の基本129(27-10 身分秩序と農民)

      27-10 身分秩序と農民   幕藩制社会(ばくはんせいしゃかい)の根幹を支えたのは、苗字(みょうじ)・帯刀(たいとう)を許された武士(支配身分)と百姓・職人・家持町人(いえもちちょうにん)など(被支配身分)で構成される、世襲的で厳しい身分秩序だった。 武士の家などでは戸主権(こしゅけん)が強く、長子相続(ちょうしそうぞく)が原則とされた。   また、人口のおよそ80%を占める農民は、財政基盤である年貢の負担者としてもっとも重要視され、私生活にまでおよぶ綿密な政策が実行されていった。   幕府や諸藩による農民統制策の基調は、本百姓(ほんびゃくしょう)(検地帳に記載され田畑・屋敷をもつ農民のこと)を維持して小農経営(しょうのうけいえい)を安定させ、確実に年貢・諸役(しょやく)を徴収する、というものだった。   農村支配にあたっても文書行政(もんじょぎょうせい)を徹底した幕府や諸藩は、自治的な共同体であり、かつ検地を通じて石高(こくだか)によって統一的に把握された村を行政単位として、年貢や諸役の徴収にあたった(村請制(むらうけせい))。   したがって、幕藩権力側の発令する法度(はっと)(基本法令)・触書(ふれがき)(命令禁止の旨を簡明に記した法令)などを理解するためにも(文書行政)、また、村請制のもとで、年貢計算など村に委任された業務を遂行していくためにも、村内には識字・計算能力(しきじ・けいさんのうりょく)に秀でた人物(村役人層などの豪農(ごうのう))が必要不可欠だった。   ➊ 村の様子 江戸時代になると、村切(むらぎり)(検地を通じて村の境界を画定すること)や新田開発を背景に村の数は増大し、17世紀末段階の全国の村の総数は6万3000余りに達した。   それぞれの村は、名主(なぬし)(庄屋・肝煎)や組頭(くみがしら)・百姓代(ひゃくしょうだい)からなる村役人(村方三役(むらかたさんやく))を中心とする本百姓によって村法(そんぽう)(村掟(むらおきて))に基づいて運営され、村内には、本百姓以外に、小作(こさく)や日用(ひよう)(日雇)仕事に従事する水呑(みずのみ)(無高(むだか))や、有力な本百姓に隷属する名子(なご)・被官(ひかん)・譜代(ふだい)と呼ばれる人々が存在した。   また、田植え・稲刈り・屋根葺き(やねふき)など農業や日常生活で多くの人手が必要とされる際には、村人たちは共同でこれにあたり(結(ゆい)・もやい)、統治・支配面では、村請制のもとで五人組(ごにんぐみ)と呼ばれる年貢納入・治安維持の連帯責任単位も編成された。   ➋ 年貢と諸役 農民が負担する税には、 (a) 石高を基準に徴収される年貢(本途物成(ほんとものなり))に加え、 (b) 山野河海(さんやかかい)などを対象にして課された小物成(こものなり)、 (c) 土木工事などの際に一国単位で臨時に課された国役(くにやく)、 (d) 街道近辺の村々が公用交通のために人馬を提供する伝馬役(てんまやく)、などがあった。   ➌ 田畑永代売買の禁止令(でんぱたえいたいばいばいのきんしれい)(1643) 農民の階層分化を防ぐための法令。 ただし、実際には質入れのかたちで田畑の実質的売買が進行していった。   ➍ 分地制限令(ぶんちせいげんれい)(1673) 分地とは田畑の分割相続をさし、これを制限する分地制限令で農民の零細化を防ごうとした。   ➎ 田畑勝手作りの禁(でんぱたかってづくりのきん) たばこ・木綿・菜種などの作付を制限する措置(田畑勝手作りの禁)もとられたが、実際には商品作物を栽培する動きを押しとどめることはできなかった。   なお近年、「田畑勝手作りの禁」という法令は存在しなかったと考えられるようになっている。

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    • 【看護予備校アインス】“国語力は……”

      皆さん、こんにちは。 いつもありがとう。     Twitterで、看護予備校アインス代表の高島光夫氏が上記の記事を紹介してくれました。 ありがとうございます↓。   受験生の皆さん。 性格が異なる教育現場から共通して発信される“危機感”の表明に、いくらか敏感であるべきだろうと思います。   使い古された言葉ですが、ピンチとは常にチャンスに転化する可能性をもつ。 付け焼刃ではない国語力の増強は、決定的なアドバンテージをもたらしてくれるはずです。 看護予備校アインス ■HP → http://einsanfang.com/ ■blog → http://ameblo.jp/eins-medi/ ■Twitter → https://twitter.com/mitsuo0620

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  • 12 Aug
    • 【現代文】国語力はすべての土台

      皆さん、こんにちは。 いつもありがとう。   受験生にとっての夏も、いつの間にやら後半戦になりました。 酷暑です。 すべてが思いどおりに進むはずもないことはよく知っています。   それでも、何としても確かな実感をつかむ必要はある。 適切な軌道修正を試みつつ、実力が向上したといえる夏を過ごしてほしいとキネンしています。   この時期、国語力がネックになって意外な伸び悩みにソウグウする受験生がしばしばいます。 具体的な症状を記すと、 ➊ 問題文などの読みとりスピードがやや遅い、 ➋ 文章選択問題などで早とちりすることがある、 ➌ 考えたことをタンテキな文章にまとめられない、など。   大学受験では高度な言語能力が求められるわけではありません。 それでも、大学の研究者が作成する文章は、時々かなり難しい。 いくらかの配慮を示す意思がないわけではないものの、彼らの大半は、わかりやすさや読みやすさの追求に重きをおく必要などない世界に住んでいます。   一方、受験生サイドからみると、国語に大量の時間を投入している場合ではないことも事実。 短い時間で正攻法を身につけて効率的に成果を出す――。   8月19日(土)に実施される難関大教室(現代文、立教大学・池袋キャンパス)は、このためだけに用意された特別集中講義(テスト演習を含む)です。   ★リトマス試験紙として漢字テストも用意しました。 解答は、↓の先にあります。  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓ キネン → 祈念 ソウグウ → 遭遇 タンテキ → 端的

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    • 【東大教室】夏期講座(大阪会場)の様子

      皆さん、こんにちは。 いつもありがとう。   昨日までの3日間(8月9日・10日・11日)、東大教室・夏期講座(大阪会場)の授業がありました。 こんな感じです↓。     大阪会場でも、何人か、遠方からの参加者に出会うことができました。 どうもありがとう。 たとえば、三重県立四日市高校からも、連日、受験生が……。   上記の高校を例示として用いた点に、何か特筆すべき意味が隠されているわけではないのですが、恥ずかしながら母校です。   暑さも加わり、かなり消耗しただろうと思います。 でも、一休みしたらまた走りましょう。   その際、大切なのは懸命にして賢明であろうとすること。 夏期講座(東京・大阪)は、このことの重大性を知り、方法論の一端を会得してもらうために開催されました。

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  • 11 Aug
    • 早慶大受験・正誤判定新研究132(問67を考える)

      *問題は、「早慶大受験・正誤判定新研究131(問67)」で確認してください。   問67 正解は➌。   ➌ 「琉球王国経由での中国への輸出増加を図り」と「琉球の先島諸島で砂糖を増産させた」の部分が誤り。   薩摩藩が貿易で輸出を図った商品の代表例は、松前から積み出された俵物などの海産物。 それらは幕府が独占して長崎から輸出されるはずだったもので、途中で買い上げられ(そうした商品を抜荷(ぬけに)という)、琉球経由で清に運ばれた(密貿易)。   また砂糖は、薩摩藩が琉球から割譲させた奄美諸島の3島(大島・徳之島・喜界島)が主産地で、日本向けに専売された。   なお、琉球・沖縄史は早慶大最頻出分野の1つ。 ➊・➋・➍の文章も、必ず再読しておきたい。

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  • 10 Aug
    • 【受付開始】東大教室・秋期講座(大阪会場)

      皆さん、こんにちは。 いつもありがとう。   【受付開始】東大教室・秋期講座①(東京会場)につづいて、東大教室・秋期講座(大阪会場)の受付も始まっています(学研プライムゼミLIVE)。 詳細はこちらから↓。 https://gpzemi.gakken.jp/live/class/   大阪会場の日程は、10月29日(日)です(60分×4コマ)。 参考記事 ■【東大教室】2017 カリキュラム(大阪会場) ■【東大教室】2017作成テキスト(内容拡大)   講師からのメッセージを再録しておきます。 ■近代をつかむ妙薬を示します。 ゆくてを鮮明にする秘密の特訓!   大阪での秋期講座は10月末。 勉強がもっともはかどる時期に、東大教室のカリキュラムのなかでもっとも重大なところ、いいかえると,頻出なのに自力で克服するのがやっかいなテーマ・分野を集中的に扱います。 秋期講座が終われば、ほどなくして第4コーナーの姿がくっきりしてくる。 よく語られることですが、このあたりから驚異的な伸びをみせる受験生が毎年必ずいます。 そうした一群をもっと育てることが、この講座を開催する最大の目的です。

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  • 09 Aug
    • 【東大教室】夏期講座(東京会場)の様子

      皆さん、こんにちは。 いつもありがとう。   一昨日・昨日と2日間にわたって、東大教室・夏期講座(東京会場)の授業がありました。 こんな感じです↓。     大きな荷物は別室で預かったのですが、それは相当の数になりました。 中央と地方の教育格差の問題をいくらかでも解消するための手立ても真剣に講じようと考えていますが、ただ必ずしも恵まれた条件だけが志望校の突破に役立つわけではありません。   青森に住むムラカミシュン君(一橋大志望)が、高速バスに乗って参加した様子を記事にしてくれています↓。 東京遠征 ―東大教室編―   奮戦してほしいと思います。 そうした一人一人の懸命な姿は次の世代を力強く励ますものになるはずです。

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  • 08 Aug
    • 【受付開始】東大教室・秋期講座①(東京会場)

      皆さん、こんにちは。 いつもありがとう。   東大教室・秋期講座①(東京会場)の申込み受付を開始しました(学研プライムゼミLIVE)。 詳細はこちらから↓。 https://gpzemi.gakken.jp/live/class/   東京会場の日程は、9月17日(日)です(60分×3コマ)。 参考記事 ■【東大教室】2017 カリキュラム(東京会場) ■【東大教室】2017作成テキスト(内容拡大)   講師からのメッセージを再録しておきます。   ■近代史に本格的に突入します。 未来の扉を開ける秘密の特訓!   得点開示の結果は、いつも多くのことを教えてくれます。 重大な特徴・傾向は、 ➊入試本番での採点は予想以上に柔軟である、 ➋地歴科目で生じた得点差が合否をわけることもしばしばある、 という2点。   あなたの運命は、これから数カ月間の戦略の正否と集中の度合いにかかっています。 東大教室という名の受験生専用ドック(dock)を上手に活用してください。 正確な羅針盤、最新の航海技術、劣化しない部品……、今もてるものをすべて投入します。

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  • 07 Aug
    • 【近日発売】ディズニー日本史

      皆さん、こんにちは。 いつもありがとう。   まもなく↓『ディズニー ハンドブック 日本史』が発売されます。 http://hon.gakken.jp/book/1130468000 画像は↓ここから転載。 https://www.amazon.co.jp/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%8B%E3%83%BC-%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8F%B2-%E9%87%8E%E5%B3%B6-%E5%8D%9A%E4%B9%8B/dp/4053046807/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1501995664&sr=1-1 内容的には、『日本史の要点整理【改訂版】』を下敷きにしたものです。 それでも、勉強しようという気持ちを刺激したり、維持したりするのに、何がしかの効果はあるだろうと考えました。   興味のある高校生・受験生は、ぜひ書店で手にとってみてください。

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  • 06 Aug
    • 【ようやく入手】ロジカル・科目別ノート

      皆さん、こんにちは。 いつもありがとう。   昨日、科目別A4サイズノート「ロジカル・科目別ノート」が届きました。 ようやくにして、という感じです。   このノートの全体像(10科目分)については、↓ここをご覧ください。 ■【まもなく発売】ロジカル・科目別ノート また、↓ここをみてもらうと、必要なノートを購入することができます。 ■【予約開始】ロジカル・科目別ノート   「ロジカル・科目別ノート」の大きな特徴の1つは、付録がついているところ。 日本史のノートを例にして、付録の内容を紹介します。   まず、表紙をめくって1枚目↓。 使い方を示したページです。 例示する文章の選択に少し苦労しました。   次のページは、行政区画を示す地図↓。 堺県・水沢県など廃藩置県直後の県名もわかるようにしてあります。 いうまでもなく、早慶大を念頭においた結果です。   あと、↓巻末に資料が2ページにわたって掲載されています。 選択したのは、重要系図3点と歴代内閣表・政党変遷図。 いずれも、学習上の常備品です。   上手に使ってくれれば、頭脳のブラッシュアップに必ず役立ちます。

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  • 05 Aug
    • 【東大教室】ブログ上公開演習➎-2(解説解答)

      *問題は、【東大教室】ブログ上公開演習➎-1(問題)で確認してください。   演習➎ 近代(社会経済) 秩禄処分   解説①   ■秩禄処分の必要性   秩禄処分の第一の必要性は、国家財政が圧迫されていたことだった。   この点は、教科書にも「政府は華・士族に対して、額は減らされたもののいぜんとして家禄を支給し、王政復古の功労者には賞典禄をあたえた。この家禄と賞典禄をあわせて秩禄というが、その支出は国の総支出の約30%を占めて大きな負担となった」(『詳説日本史B』p.265、山川出版社)と記述されている。 近代化を急ぐ明治新政府にとって、財政上、これは放置することのできない事態だった。   第二の必要性として、1871年に廃藩置県が断行され、1873年から地租改正事業が進行していたことの意味を知っておきたい。   廃藩置県によって藩制は解体し、安定的な財政基盤と近代的な土地所有権の確立をめざす地租改正によって課税基準は収穫高(石高)から地価へと大きく変化した。 つまり、近世社会において武士身分の者が土地を領有してきた状態(石高制)は否定され、禄制を存続させる根拠は失われたのである。   第三の必要性は、徴兵制の施行になるだろう。   明治新政府は1872年に徴兵告諭を布告し、1873年に徴兵令を公布したが、これによって国民皆兵が原則とされ、近世社会において武士身分の者だけに課されていた軍役(ぐんやく)は消え去った。 主従関係という点からみても、この軍役の対価という意味をもつ禄制は存続の理由を喪失したといってよいだろう。   ■秩禄処分の内容   このため新政府は、1873年の秩禄奉還の法(奉還希望者に一時金を支給)を経て、1876年、金禄公債証書を与えて華族(公家や藩主)・士族(旧幕臣や藩士)の禄制を全廃した(秩禄処分)。   この金禄公債証書とは、それぞれの禄高の数年分に相当する金額に利子をつけたもので(総額約1億7000万円、交付人数約31万4000人)、5年間すえおかれ、6年目から毎年抽選により30年で償却されることになっていた。 1人あたり平均では、華族は6万4000円程度になったが、士族は500円足らずに過ぎなかった。   ここが設問Aの論点である。 問題文に記された「制度設計上の性格」を前提にしながら、金禄公債の支給状況をまとめた表をみて「結果」を読みとり、その対照性を明確にすればよい。   考えやすい問題だったはずで、ここであれこれ再論はしないが、全体として制度上は換算年数・利子率いずれも「上に薄く下に手厚い」はずだったものの、実際には「上に手厚く下に薄い」事態になっていることがわかるだろう。   解 答 A換算年数・利率の両面で華族など高禄者には抑制的で、下級士族中心に薄禄者には手厚い制度だったが、実際には高禄者が巨額の個人資産を手にする一方で、薄禄者の受給額はわずかにとどまった。 (90字)   *【東大教室】ブログ上公開演習➎-3(解説解答)に続く。

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