ちょっと聞いてみよう (野口智博公式ブログ・毎週月曜更新)

日々進化するスポーツサイエンスとスポーツコーチングの現場との間を行ったり来たりしながら、現場での疑問を拾いあげてネタにするブログです。野口が学外で行う講演やイベントなどの告知も行います。


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リオから帰国いたしました。
大会中は、大変多くのご声援を賜り、誠にありがとうございました!

 

いやあ、正直、いろいろと想定して準備していたものの、
こんな苦難の連続となるとは、思いませんでした。
木村の初日であった50m自由形で0.3秒ベスト更新した時は、

これはこの後凄いことが起こるぞ…と期待したのですが、

その前日来、彼を襲った「不眠」が、翌日「喉の痛み」、その後「発熱」を引き起こし、
あとはローリングストーンのごとくで、

体調は泳げば悪化ー休んで少し回復…の繰り返し。

日に日に悪くなっていく状態を見ながら、最低限の活動時間に抑えつつ、

泳ぎの調子を整えて、レースに送り出す…の毎日となってしまいました。

 

直前のトロント合宿では、前半に移動の疲労による体調不良でスケジュール変更がありましたが、

そこで力になってくれたのは、小沢トレーナーでした。
「普段より強めの強度で、量も1割、2割多くても大丈夫です。全部ボクがほぐしますんで」
こう言って下さったのです。
その言葉を信じて、テーパー期の割にはボリューム・クオリティともに高いセットを実施し、
最終的には、トロント終盤で「木村史上最強の木村」に仕上げることができていました。

全ての練習で、以前より格段に強くなっていることを確認できたのです。

 

その後、木村の大会初日・50m自由形が開幕し、
あとは既にご覧いただいた通りですが、
二日目以降最終日まで、やれ「食事が喉を通らない」とか、

「寝られない」とか、「発熱した」などと情報が発せられる度に、
サポートスタッフみんなが寄ってたかって知恵を出し合い、対応しました。
発熱後は小沢トレーナーも、状態を横目で睨みながら、
それ以上熱が上がらないよう、ケアの方法や強度を幾度となく変えて、
木村の筋と心のコンディションを最適な状態に整えてくださいました。
ゼリーやスポーツドリンク以外、なにも口に入れなくなった木村に、
日本から持参した「なま八つ橋」を渡した、フリースタイル・後藤社長。
100m自由形のメダル獲得の日の昼に、口に入れることができた固形物が、
なんとこの「生八つ橋」だけだったんです(笑)。
満身創痍での接戦のラスト15m、彼の筋肉を動かしたのは、
ここで摂取した生八つ橋のグリコーゲンだったのかもしれません。
まさに、「殊勲の生八つ橋」でした。

健常者のオリンピック選手このようなことをしてしまえば、

「アスリートとして失格」の烙印を押されます。
しかし、そこが「ブラインド」だと少し異なります。
木村のような全盲の人たちは、
私たちのように自由に「ストレス・マネジメント行動」をとることができません。
実は、ストレスを逃がしたり向き合ったりすることも、視覚が大きく役立っています。

よく考えてみてください。例えば我々が日頃行うストレス解消方法だって、

「音楽を聴く」以外は、全て視覚が必要なことばかりですよね?
ストレス解消・あるいは回避する行動で視覚が使えないと、

様々な感情の変化を、全て自分の内側で処理しなければなりません。

それが、例えば大舞台の前とか、健常者でもその負荷が大きいと感じられるほどに達した時に、

様々な症状となって表出する可能性があることは、容易に想像出来るのではないでしょうか?
であれば木村は、我々とは別の方法でストレス回避行動をとったり、

ストレスに協調していく行動を取りつつ、思考を整える必要があると考えられます。
 

ましてや、真っ暗闇の中を怪我の恐怖と戦いながら突っ切って行くスポーツの選手ですから、
恐らく交感神経の活性水準も高く、それゆえ低下しても、安静に睡眠が取れるレベルになかなか下がらない、
もしくは、副交感神経の活性がそれに伴わないとも考えられます。
それらが、ストレス要因や不眠の遠因なのかもしれません。

これまでは、2014年アジアパラで、38度の高熱を出して以来は、

IPC世界選手権などの大舞台でも、不眠などにならずに済んでいましたが、

特にこの1年は、マスコミの取材も増え、その都度自身も金メダル宣言をしたりして、
これまでの大舞台とは全く違う立場に、彼も置かれました。

であれば、これまで以上にそういった対処法を準備せねばならなかった…とも考えることができるわけです。

実は、木村以外のブラインドの選手も、200m個人メドレーの招集所では、

ゲホゲホと咳をしていたそうです。

きっと、ライバルたちも同じような状況の中、力を振り絞って戦っていたのでしょう。

ただ、これらは解決出来ない問題ではないはずなので、
客観的検証の後、解決方法を探り出す必要があると思います。
どこの国やチームが最初に探り出すかで、2020の順位が決まってくるかもしれませんね。

この4年間、我々はこうやって出てきたブラインドスイマー特有の問題を、その都度ゼミ生たちや外部スタッフの方々を巻込み、多くの方々の協力を得ながら客観的に検証し、1個1個解を導き出し、試行を繰り返しながら強化に繋げてきました。
ですからこの問題に対しても、しっかりと解を導き出してみたいものです。

 

あと、きっと私以上に木村の側にいて、
彼の感情の抑揚を敏感に感じながらスタート台まで導いた、寺西先生と、谷川先生。

このお二人のことも、触れずにはいられません。
彼らは最後まで熱く、且つ冷静にターンやゴールタッチに導いて下さいました。
特に100m自由形では高速で突っ込んでクイックターンで折り返すので、
ここのタッピングのタイミングは、蹴り出しのスピードにも直接的に影響します。
すなわち、後半50mのラップタイムに直結する局面です。
今振返っても、あの時の寺西先生のタッピングは、もはや芸術の域だったと思います。
ゴール側の谷川先生も、自分のタップで順位が変わってしまうというプレッシャーの中、
本当にうまく叩いて、メダルに導いてくださいました。

レース後のNHKのインタ中に彼は泣き出してしまい、
長いインタビユーを「切る」という役割りを完全に忘れてしまっていたようですが(爆)、
微笑ましいヒューマンエラーとして、今後も語り継いで行きたいと思います。

寺西先生は長年、本当にことあるごとに木村の心の支えとなっていました。

個人的には、木村から先生へ金メダルをかけて欲しい…その一心でここまでやってきた気持ちもありました。

結果的に金はなくても、木村自身の手で掴んだ4つのメダルを、

何かの機会に直接、寺西先生にかけてあげて欲しいと思います。

先生に見出されなかったら、先生の支えがなかったら、
今日(こんにち)の木村成功は、あり得なかったわけですから…。

 

最後に、木村が何度も「悔いが残る」というように、
本音を言えば、私も、いや木村以上に、
トロントまでに作り上げた「木村史上最強の木村」で戦わせたかった…という気持ちが強かったです。

結果的に「木村史上最強の木村」は、「木村ですら知り得ない木村」によって、

金メダルへの道は阻まれてしまいました。
しかしその一方で、日頃のハードワークで何段階も力を上げていたからこそ、
「木村でさえ知り得ない木村」に足を引っ張られながらも、
最後まで全てのレースでメダル争いができたのだと、明確に言い切れます。
まだ彼には実感はないと思いますが、もう少ししたら、
多くの困難にめげず成し遂げた快挙を、潔く受け入れてもらいたいと思います。

 

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