若冲の流れで上野動物園に(東京都美術館の隣)

 

若冲でも描かれる鶴

 

 

そして象

 

 

君も描かれているかもしれん

 

 

 

 

客待ち中のペンギン

 

 

近づくと泳いでくれる

 

 

パンダは設備を見に行った感じ

 

 

 

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先週のこと・・・若冲展に行きました。

 

 

早朝、5時半くらい

 

 

 

7時

 

 

 

 

8時くらいに開門、

少し少しと進み、しばらくした後に入館できました。

ほとんどの人が最初の順路には入らず、脇道から上に。

順路通り、ゆるりと見てからエスカレーターで上に行くと

・・・すでに、たくさんの人だかりが。

 

 

今回の目玉のがありました。

「釈迦三尊像」(しゃかさんぞんぞう)3幅

「動植綵絵」(どうしょくさいえ)30幅

 

 

このエリアは円形。

コンセプトとしては中央の釈迦を見せて、左右の動植綵絵は自由に見せたい。

客の任意で並びが出来て、動きが生まれる。

2列目、3列目から入り込む人もいる、混乱のエリアでした。

 

スタッフは「自由に見ていい」と言う人と、

前の動きが止まるために「左に進んで」と言う人がいました。

入り口は左、出口は右のため、そのまま左から右に進む流れがあり、

結局、ぶつかってしまいました。

渋滞が起きてみんな停止。交通整理のプロがいれば。

 

 

「石峰寺図」(せきほうじず)は驚かされました。

本やネットでは小さいため、地味で良さがわからなかったのですが

実物の絵は大きめ、ひとりひとりに細かな表情があり、

つまらなそうなお堅い集団、その後ろに楽しんでいる集団など

マンガのような面白さがありました。

 

 

美術館はお高くとまった感じがして、入りにくさがありますが、

これだけ人が多いので、そんな感じはゼロ。

若冲の絵は誰が見てもいいとわかります。

しばらくは見られない可能性があること、多くのメディアで取り上げられたこと、

混雑話題も加わり、さらに多くの人が集まったのだと思います。

 

若冲展は、せめて整理券があれば・・・

他の美術館に流したくないのでしょうね。

あさましさも含めての展覧会。

 

 

若冲チケットの半券で入れる「公募団体ベストセレクション」は

様々な芸術団体の、今を生きる芸術家の作品が見られました。

全体的には答えが出ない、暗いトーンが多いのかな。

若冲だと「蓮池図(れんちず)」。

彫刻や立体作品もあり、ジョジョに出てくるようなスタンド風のもありました。

 

 

 

午後

 

 

 

 

 

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映画「ズートピア」

人に悪口を言われトラウマになり悩んでいる人にとっては
この作品を見ることで、前向きに切り替えられる機会になるかも。
主人公を傷つけた幼なじみのキツネが改心して出てきますが、
現実では大人になってもわからない人もいますからね・・・
子どものままの大人はつまらないと感じるかも。

動物の世界と言いつつ、やはり人間を描いた世界。構造は複雑。
ありのままに裸になり開脚するなど・・・セクシーさもあり?



認知的不協和、防衛規制など、心理学をうまく取り入れていると感じました。
多くのキャラを出して、それぞれに役目を与えている。


認知的不協和・・・自身の中で矛盾した認知を抱えること。
人はその不協和(不快感)を解消するために、
比較的変えやすいほうの認知を変えて、協和している状態にしようとする。


自分で希望してその職についたが、つまらない仕事を与えられた。
そこで不協和が生まれます。
不協和をなくすために、言い訳を考えたり、他人のせいにしたり、別の目標を作ったりします。
やり方は人それぞれ、悪い行動もありますよね。
ちなみに、認知的不協和の例として、イソップ童話「すっぱいぶどう」がよく出てきます。


「すっぱいぶどう」
そのブドウは努力しても手が届かない。
不味いんだ、自分にはふさわしくないんだ。
キツネは高いところにあるブドウを「まだ青くて食べられない」と考えてあきらめます。


「ズートピア」はうさぎのジュディが主人公なのですが、
物語の鍵となるのはキツネのニックとブルーベリー。
ブルーベリーは青いぶどう、つまりは手に入れたいもの、地位、夢。


ニックはブルーベリーを気軽に食べているのですけども。
食べてみて、こんな味だったのかという台詞があります。
自分にとっていいものなのか、そうでないものなのか。
結局は食べてみたり、調べてみないとわからないですよね。

また、食べてはいけないブルーベリーも出てきました・・・描写は覚醒剤ですが。
(ドラマ「ブレイキング・バッド」のオマージュ)



キツネは騙すもの。
ライオンはトップに君臨するもの。
羊は利用されるもの。
こういう存在だろうと自分の世界から勝手に判断します。
それは童話やディズニーアニメで作り出したイメージ。


ジュディは小さなうさぎの女ですが、警察学校で戦う訓練もしてきました。
そこではトップの成績を修めました。
しかし、外見から判断されて、行方不明事件の捜査には加われません。
ジュディは駐車禁止の取り締まりをさせられます。
不快を感じますが、上司が言うキップを切る目標数よりも、もっと数をかせぐんだと
新たに目標を作り努力をしていきます。
仕事は完璧なのですが、市民からは嫌われてしまいます。
まあ、落ち込む暇はなく、新たな事件が起こるのですけど。
ジュディの展開は浮き沈みが激しいです。結構、ノリで生きてる感じも。


見た目で判断するなと思うのですが、
ニックはキツネのイメージそのまま、詐欺師をしています。
動物に残された習性を利用して金をかせいでいます。
(詐欺をしなくても商売になりそう)

ジュディは行方不明者の捜査をする中でニックを仲間にします。
行方不明者が乗った車のナンバーがわかり、DMVという免許を取る役場に行きます。
このDMV、かなり仕事が遅い。なぜなら職員全員がナマケモノなのですから。
(アメリカではDMVの遅さが問題視されているそうです)


ジュディは後に行方不明者を見つけ出しますが、
報道で彼らは「肉食動物のDNA」「野生化する」と語ってしまったため、
世の中では「肉食動物」の排除が起こります。
動物たちは進化をして人間化しましたが、それぞれ習性が残っており、
教育を受ける中で野生での知識持っていましたから。
オオカミならば遠吠えする習性があり、それは無意識でやっています。

ジュディは羊の新市長から警察の英雄になって欲しいと言われます。
(キャプテンアメリカみたいな宣伝役です)
しかし、自分の発言で世の中が変わったことにショックを受けており、
警察官をやめて、農業を営む実家に戻ってしまいます。
そして、畑に虫除けで植えられた青い花を見つけます。
「夜の遠吠え」と呼ばれている危険な青い花です。


自分の知る世界にないものが現れた時にどうするのだろうか

自分の知る世界にあるものと同じだと考えていいのだろうか


見た目で判断してはいけない。
そうわかってはいても、見た目に騙されてしまう。
どうしようもないものだとわかります。
なぜなら、観客はこの映画の見た目に騙されるのですから。
映画を見終わった後に、あれもこれも騙されていたのかなと
作中のトリックを考えさせられました。



ジュディの落ち込む心の変化、それに対しての行動があるように、
心理学での防衛機制を意図的に入れられています。

防衛機制・・・不快な感情、気持ち、体験を弱めたり避けることによって、
心理的に安定した状態を保つために発生する心理的な作用。
抑圧、否認、同一化、投影、合理化、置き換え、反動形成
分離、復元、昇華、神経症、退行など

心理学といっても、ごく日常にありふれたもの。
無意識でやっていることで、どんな物語にも入っています。


防衛機制のひとつ「同一化」
受け入れられない現実や、叶えられそうにない現実があるとき、
その相手を真似たりすることで、満足しようとする。


歌姫のガゼルと一緒に踊る「スマホアプリ」で遊ぶ場面があります。
ガゼルと一緒に踊りたい、けれど頑張っても自分には無理なんだ。
それでもアプリの中に自分の顔を入れ込み、ガゼルと踊らせ、心では満足させています。
強面の署長まで・・・。アプリをやる署長を見た部下はウキウキ。僕と一緒なんだ。
また、エンドクレジットのところは、ほとんどのキャラは観客です。
ディズにーにしては地味ですが、現実感の中におさえていました。


困難になった場面の後には、
心理コントロールをする場面が入ります。
ゴンドラに乗っている時には、ニックは辛い過去を思い出します。
そこに問題を解決するヒントはありませんが、
困難になったところに辛い過去を入れたことで、観客はニックと重なり共感しやすくなっていました。

博物館でピンチになったところでは、光で影を作り投影させる場面があります。
それを見る相手にイメージさせているのですが、
ここで観客は冒頭にもある演劇の場面が思い出されます。
子どもの演劇で、過去の歴史観を押しつけていました。
教育を語っていることになりますし、ここまで連想させるものを入れ込むのかと驚きました。


造形において
ズートピアに来た時はどんな動物もいっしょに、
なおかつそれぞれの道があるという造形にしています。
身体のサイズが違っていても、みんなで生きられる理想があります。

しかし、みなが一緒に暮らしているわけではなく、壁があり小型動物の区域があります。
小さな建物に住んでおり、車も小さい。
そこではジュディがウルトラマンのように大きい存在になります。
大きな動物なら簡単に壊すことができますから、とても危うい世界だともいえます。

ジュディは壁が薄いアパートに住んでいますが、
他の警察官はどんなところに住んでいるのでしょうか。


動物たちを描くものの問題は食にありますが、「ズートピア」はほとんど食べる場面がありません。
外食店はあるものの、ニックが作るアイスのように、材料が何なのかはわかりません。
幼なじみのキツネはうさぎのためにパイを作っていましたし、
食に関してはうまくやっているのでしょう。
(裏設定は肉食動物たちは昆虫を材料にしたものを食べている)

ニンジンマークのスマホ、キツネマークの撃退グッズ。
スマホなどの道具はうさぎが作っているのかもしれません。
後のシリーズか、短編などで語られるといいですね。



私は隠れミッキーには気づきませんでした・・・後で調べてそこかと。
何度も目には入っていたのに。ブルーレイが出たら見てみます。
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わからない、そんな映画を観た時にだけ記事を書いているような。
映画「紙の月」の感想と勝手な解釈を書いてみます。



愛人を作る。金を横領で得る。考えつくすべてのことをする。
「紙の月」は多幸感を得られるものを探す女を描いている。


夫に時計をプレゼントするが、安いものだから使わないようだ。
逆に高級時計をプレゼントされる。主人公は面白くない。
主人公は銀行員であり、外回りに出る。
客のおじいさんの孫(大学生の若者)と出会い、
肉体関係を持ち、つき合うようになる。
若者には学費を払うための借金があるとわかり、
銀行に入れるべき、おじいさんの金を横領して、若者に貸す。
金の使い方はエスカレートし、他の客からもどんどん金を横領していく。


過去の少女時代の場面では、ミッション系の学校に通い、
そこで胡散臭いネーミングの募金に寄付をしている。
後に外国の被災地の少年から手紙が届き、
少年が写った写真、少年の描いた絵が入れられている。
子供の顔には大きな火傷のような痕があるが、とびっきりの笑顔を見せている。
絵には少年と少女が描かれている。その少女は自分なのだろう。
そこに主人公は大きな喜びを感じている。

時が経ち、クラスメイトは募金を全くしなくなり、教師もしなくていいと言うようになる。
それでも、主人公は父の財布から盗み 5万円を募金する。
学校では問題となり募金自体を中止にするが、
以前にクラスで集まった募金が5万円であり、同じだと反論をする。


タイトルは「紙の月」
空に欠けた月が浮かんでいるが、指を伸ばしてこすると消えてしまう。
それは偽物だったのだ。


仕事をして金を得る、夫にプレゼントをする。
それでも欠けたまま。
多額のお金を横領し、化粧品や服を買い自分を美しくする。
愛人と高級レストランで食事、高級ホテルで過ごす。
住む場所、食べるもの、着るもの。愛人の必要なものを与える。
それでも欠けたまま。
その欠けた「紙の月」は、自分を映している。


エピローグでは、外国で売り物のリンゴを道路に落とした少女を見かける。
主人公はリンゴを拾い、少女に渡そうとするが、少女は受け取らない。
リンゴを店の主人に渡そうとするが・・・。


細かな設定がふわっとしており、薄く軽く。
こういう物語はコメディで描くほうが面白いのかも。
主人公の走って逃げる姿は、矢口監督のコメディ映画「ひみつの花園」を思い出しました。
性質は全く違いますが、ところどころ重なるところがありました。


「紙の月」での見所は、ボケたおばあさん役の中原ひとみさん。
主人公の罪に気づいているのかとドキッとする台詞があり、
凄みが出ていました。
品がありそう→ボケ老人→孤独→ボケは嘘?
各場面の時間は短いのですが、多くの変化が見られました。


平凡な人が罪を犯して転落するという物語ではなく、
特殊な人が、自分が普通ではないことに気づき始め、試しにやってみた、
そして色々やる、でも違っていた、そんな物語でした。
駅のホームは一歩踏み出した場面。ギャグっぽくもあり印象に残りました。
エピローグはまいた種が花を咲かせ・・というようにも見え、
そのものが現実にある、その人が現実にいる、自分を肯定するように感じました。


自分の変態性に気づかず生活をしている。
「紙の月」はその本性を目覚めさせられなかったという物語でもあります。
「監獄学園」のアンドレに出会っていたら、犯罪は犯さなかったのかも。





「となりのトトロ」のようなおんぼろな家ではそのままでは住めない。
匠の手で普通に住めるようリフォームしよう。
マーニーが住んでいた洋館がリフォームされる場面があるのですが、
作品そのものを表現しているような。


実際にその場所があり、撮影してきて絵にしたかのような映像演出。
宮崎監督とは違う、新たなる挑戦とこだわりを感じました。
ただ、実写的な映像美では新海監督作品があるので、
どこか後ろに時を戻している印象を受けました。

話の作りは「おもひでぽろぽろ」、細かな描写や設定は「風立ちぬ」など、
ちょいちょい過去作と重なってくるなとも。


物語を大雑把にとらえると。
中学生のアンナが湖の向こうの館に住むマーニと出会う。
それはアンナが作り出した亡霊である。
ホラーでもおなじみで、似たような構成の作品はたくさんあります。
ありきたりだなと思ったのですが、最後の涙への盛り上がりは、
アニメの力技でどうだとばかりに感動させられました。
やっぱりアニメ的なほうがいい。


サブキャラでいいのは館に引っ越してくる女の子のみ。
ボートの男や女の子の兄など、他のキャラにもエピソードがあればよかったのになと思いました。