今日はのど自慢の日

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周りに歌が上手い人、いる?

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今日は、のど自慢の日なんだって。
では、どうして、今日がのど自慢の日なのかというと、1946年(昭和21年)1月19日にNHKラジオで「のど自慢素人音楽会」が始まったからなんだって。
 
で、まわりに歌が上手い人、いる?というのが今日の質問。
 
うん、いるよ。才色兼備なこの娘たちは、歌がメッチャ上手いんだよ。
 
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(って、プロの歌手なんだから、当たり前だろうが。それに、周りにいる人じゃないだろうが)。
 
さらにいうと、歌が上手いだけではなくて、平成の名曲、
 
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「いのちの歌」も歌っているんだよ(って、もう分かったから…)。
 
ええっと、歌手を除いて、素人でだったら(って、だからそれが前提なんだってば)、Sさんは玄人はだしレベルにうまいよ。
ただし、選曲は、昭和にニオイがプンプンするような歌ばかりだけどね。
 
では、NOBURINの歌はどうかというと…まあ、聴いてみたら分かると思うよ。
 
では、13番、NOBURIN、「長崎から船に乗って」
 
♪ながさきか~ら~ ふ~ねにのって…
 
カーン
 
…いつも神戸に着かないんだよねぇ…。


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えっ?せんとくん、何だって?…何、この下手くそな歌は?
お父さんの歌は、歌というよりも、もはや、騒音というレベルだよ。
お父さんの騒音公害にすぎない歌を聞かされたせいで、耳がおかしくなっちゃったじゃないって?

あっ、ゴメン、ゴメ…って、コラ、せんとくん。何を言わせるの?
ったく、あんたは、どうして、そういう言い方しかできないの?

えっ?何だって?…お父さん、あの殺人的な歌を聴かされる身にもなってよね。
あのヒドイ歌を聴かせるのは、もはや児童虐待だよって?

コラ、歌が児童なんていう話、聞いたことないでしょ?

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コラ、そのうちわもやめなさい。
 
 
 



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みんな、お待たせ。今日は、3日ぶりに「吉野ぶらり見てある記」をお届けするよ。

 

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えっ?せんとくん、何だって?…お父さん、何寝ぼけたこと言ってるの?

「お待たせ」って、お父さんのくだらないブログなんて、誰も待ってやしないよって?

 

そうだったよね。お父さんのくだらないブログは、誰も待ったやしな…って、コラ、せんとくん。何を言わせるの。

ったく、あんたは、また、オープニングから余計なことを言って…。

もう今日のブログを始めるから、あんたは黙ってなさい。

 

 

それでは、今日の話の前に、前回までのお話の紹介から…。

 

吉野ぶらり見てある記~吉野神宮の巻 」(2017年1月8日更新)

吉野ぶらり見てある記~吉野山へ!の巻 」(2017年1月9日更新)

吉野ぶらり見てある記~金峯山寺の巻 」(2017年1月11日更新)

吉野ぶらり見てある記~「やっこ」さんの巻 」(2017年1月13日更新)

吉野ぶらり見てある記~吉水神社の巻 」(2017年1月15日更新)

 

まだ読んでいない人は、こちらから読んでみてね。

 

 

さて、吉水神社を後にして、次に向かったのは、

 

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勝手神社である。

この勝手神社には、天忍穂耳命、大山祇神、木花咲耶姫など、六柱の神が祀られているんだって。

そして、この勝手神社には、吉野大峯の山々を鎮める信仰があって、仏法守護神、軍神としても有名なんだって。

さらには、この勝手神社の後ろの袖振山には、大海人皇子(後の天武天皇)が、ここ、勝手神社の社前で琴を奏でたとき、天女が袖振山から現れて、袖を翻して舞ったという言い伝えもあるんだって。

だったら、NOBURINもここで楽器を演奏したら、天女が現れるのかな?

 

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えっ?せんとくん、何だって?…お父さん、何言ってるの?お父さんの演奏じゃ、天女が現れるわけないじゃない。

そもそも、お父さんは、ろくすっぽ楽器の演奏ができもしないくせに、そういう寝言を言うのは、寝てるときだけにしなよ。

お父さんの楽器の演奏は、ただの騒音だから、「うるさい」という苦情がでるだけだよって?

 

そうだったよね。お父さんがここで楽器を演奏して出るのは苦情だけだっ…って、コラ、せんとくん。何を言わせるの。

やれやれ、NOBURINの前には、天女は現れないで、バカ息子が現れて、毒を吐くだけだからなぁ…。

 

それじゃあ、上に登ってみるね。

 

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ここが勝手神社だよ。

えっ?何もないじゃないって?

実は、以前はここにはこんな立派な建物が建っていたんだけどね。

 

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実は勝手神社は、平成13年9月27日に不審火で焼失したんだって。

どうやら犯人は五條市在住の無職の男(当時33歳)だったみたいだよ。

現在、勝手神社は、吉水神社の境内に仮遷座していて、再建に向けて勝手神社再建委員会も設立されていて、再建のための寄付も募集しているんだって(詳細はこちらを見てね)。

 

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えっ?せんとくん、何だって?…お父さん、勝手神社は、大海人皇子の時代からの由緒ある神社だし、こういう歴史的にも価値のあるものは、後世まで残していかないといけないよね。

その意味でも、一日も早く再建してもらいたいものだよねって?

 

ホントにそうだよね。

あんたもたまにはいいこと言うじゃない。

 

えっ?何だって?…でも、その再建に向けて取り組んでいることの紹介が、お父さんのこんな下手くそな紹介のしかたじゃ、読者には伝わらないよね?

お父さん、やる気あるのって?

 

そうだよね。再建に向けての取り組みも、お父さんのこんな下手くそな紹介じゃ…って、コラ、せんとくん。何を言わせるの?

ったく、あんたは、せっかくいいことを言ったのに、どうしてそうやって、余計なことを付け加えるの?

 

さっき誉めたのは取り消しね。

 

 

吉野山をさらに登って行くと、こんな碑があったよ。

 

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ここは御幸の芝とよばれている場所なんだって。

後醍醐天皇が吉野の行宮におられた五月雨の降り続くある日、お供を連れて、このあたりを行幸していたら、空模様がますます怪しくなってきたんだって。

でもって、かたわらにあった観音堂に入って休んでいるときに、こんな和歌を詠んだんだって。

 

ここはなほ 丹生の社に ほど近し

祈らば晴れよ 五月雨の空

 

そうしたら、急に空が晴れわたって、うららかな日和になったんだって。

それ以降、この観音様を雨師観音とよぶようになったんだけど、残念ながら、1867年(明治8年)の神仏分離で雨師観音は廃されてしまったんだって。

 

その雨師観音堂は、向かいの社のところにあったみたいだよ。

その社がこちら。

 

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えっ?せんとくん、何だって?…お父さん、和歌を詠んだら、空が晴れ渡ったって、スゴイ話だよねって?

 

ホントにそうだよね。

この話には、さすがにせんとくんも、驚いているみたいだね。

 

えっ?何だって?…それにひきかえ、お父さんは、日頃の行いが悪いから、お出かけのときに、失注雨にしちゃってるよねって?

 

そうだよね。お父さんは、日頃の行いが悪いか…って、コラ、せんとくん。何を言わせるの。

だいたい、日頃の行いのことは、あんただけには言われたくないよ。

あんたは、そういう余計なことを言ってないで、向かいの社にお参りをしてきなさい。

 

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といったところで、今日はここまで。

この続きは、また次回、お届けするね。

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本日は緊急生中継

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今日は、訳あって、緊急生中継でお届けするよ。
で、その訳とは…まあ、そんなこと、どうだっていいじゃない。
そんな細かいことは気にしないで読んでいってよね。





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みんな、おはよう。ぼく、せんとくん。
今日は、にげんなまちゅうけいで、おとどけするよ。
お父さん、「そんなこと、どうだっていいじゃない」って、ちっともよくないよ。
じつは、今日、きんきゅうなまちゅうけいになったのは、お父さんが、またねぼうして、いえで、ブログを書くじかんがなくなったからというだけの話なんだよ。
お父さんも、ホントにしょうがないよね。



あれ?また、急に中継が繋がらなくなっちゃったじゃない。
スタッフ、生中継をするたびに、繋がらなくなるんじゃ困るよ。
ホント、ちゃんとしてくれなきゃダメじゃない。

えっ?本番中?…はい、クルリンパ(って、ダチョウ倶楽部か)。

昨日は、稀勢の里、負けちゃったよね。
今場所こそと、期待していたのに、相変わらずこけ一番というところで、負けるからなぁ。
もっとも、白鵬も連敗してくれたことは、稀勢の里にとっては、ついてたよね。
でも、このつきを生かすには、もう1つも負けられないのだろうね。
残り6日間、全部勝つつもりで、集中して相撲を取ってもらいたいよ。

そして、今日の22時から、TBS系列で「カルテット」が始まるよね。
この「カルテット」は、弦楽四重奏の話みたいだね(って、そのままやん)。
まあ、登場人物も、なんかそれぞれに秘密をかかえているみたいで、話が進めにつれて、それが明かされていくんだろうね。
火曜22時からは、「カルテット」、是非ご覧ください。

えっ?NOBURINは、どの楽器担当で出てるのって?…一切出ておりません(だから、世界のワタベkunみたいな言い方はやめってんだ)。

そして、今日のコーヒータイム…と言いたいところだけど、今日はコーヒータイムの時間もなかったんだよね(って、何じゃそりゃ)。

というわけで(って、どういうわけやねん?)、今日通勤途中に飲んだのは、こちら。


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はい、ぽかぽかレモンね。
このぽかぽかレモン、カイロのかわりにもしたりしていたよ(笑)。

そして、今日のあおによし奈良の都の空の写真。


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といったところで、今日はこれでオシマイ…Adios!





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しょうがないなぁ。お父さん、きんきゅうなまちゅうけいとしょうして、また、くだらないブログをかいてるよ。
お父さんが、こんなくだらないブログを書くせいで、ぼくまではずかしいおもいをするんだから、お父さん、ホントにいいかげんにしてよね。
ねぇ、ポチもお父さんに、なにかいってやりなよ。


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ガオー。

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今年もアイツがやってきた

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いや~、それにしても寒いよね(って、最初の言葉がそれかい)。

ホントに寒い、寒い、寒い…フトコロもサムイ(って、それは年中やん)。

それもそのはず、気温は氷点下まで下がったみたいだからね。

 

どうやら、この寒さは、アイツのせいらしいよね。

アイツと言うのはそう…北風小僧の寒太郎kunね。

しかも、その寒太郎kun、今年は例年以上にパワーアップして来たみたいだからね。

何しろ、全国各地で大雪になっているみたいだからね。

みんな、事故には十分気を付けてね。

 

そして、あおによし奈良の都でも、土曜日には雪が降ったよ。

この日は、極楽湯に行ったんだけど、着いたときには、まだ雪は降ってはいなかったんだよね。

で、帰りに車に戻ったら、車の窓が全部雪に覆われていてビックリ!

幸い、車は雪に覆われてはいたものの、道路は、さほど雪に覆われていたわけではなかったから、今でおそるおそる運転して帰ったけどね(なんせ、雪道の運転には慣れていないもので…)。

 

でもって、寒太郎kunのせいで、今朝も一段と冷え込んだわけね(はぁ?)。

でもって、これだけ寒いと、布団からも出たくないじゃない(って、何言ってるねん)。

それで、なかなか布団から出られなかったというわけね(って、それはアカンやろ)。

 

さらに言うと、それにおネムも重なったわけ(って、知らんがな)。

何しろ、昨日は「おんな城主 直虎」を見てから寝たわけだからね(って言うか、それだけ寝てて、おネムってどういうことやねん)。

そんなわけだから、尚更布団から出られなくなるものだよね(って、知らんがな)。

 

えっ?さっきから何言ってるのって?

分からないかなぁ?(って、分かるわけないやん)。

つまりは、今日のブログは、寝坊したから、言い訳ブログになっちゃったということなんだけどね(って、またかいな)。

 

でもね、ただ言い訳をしてるわけじゃないんだよ。

ただ、言い訳をしてるのではなくて、時間がないから手抜きもしてるんだよ(それ、余計アカンやん)。

 

今日のブログが、言い訳ブログになっちゃったのは、寒太郎kunのせいだからね(って、そうやって責任転嫁をするの、やめってんだ)。

そんなわけで、寒太郎kunを奈良地方裁判所に訴えたいんだけど…受理してくれるかなぁ(って、するわけないだろうが)。

 

それじゃあ、寒くてかなわないから、今日のブログはこれでオシマイ(って、やる気あるんかい?)。

 

 

 

 

 

 

 

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しょうがないなぁ。お父さん、また、くだらないブログを書いてるよ。

お父さんが、くだらないブログを書いたせいで、ただでさえサムイのに、ますますおサムくなっちゃったじゃない。

 

お父さん、こんなおサムいブログを書いて、ひょうがきにするつもりなの?

 

それに、お父さん、やれさむいだとか、やれおネムだとかいって、ブログのてぬきをするって、ただたんに、やるきがないだけじゃない。

だったら、お父さん、ブログ、やめちゃいなよ。

お父さんが、ブログをやめたら、あとは、ぼくがひきついで、「せんとくんのべっそう」として、リニューアルオープンして、お父さんのくだらないブログなんかよりも、はるかにすばらしいブログを書いてあげるからね。

 

ねぇ、ポチもそれがいいとおもうよね?

 

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ポチも「ホントにそれがいいよね」っていってるよ。

 

ということで、ポチもさんせいしてくれたことだし、あしたからは、お父さんにはいんたいしてもらって、ぼくがこのブログを書くことにす…えっ?ポチ、なんなの?

 

うしろって?…うしろがどうし…イテッ!

 

 

 

 

コラ、せんとくん。あんた、何、勝手にブログを書きたしてるの?

勝手にブログを書きたしたらダメだって、いつも言ってるでしょ?

 

それに、何、勝手にお父さんを引退させて、自分のブログにしようとしてるの?

だいたいあんたのブログは、ひらがなばっかりで、読みにくいって、苦情が殺到してるんだからね。

まだ8歳でろくに漢字の読み書きもできないのに、ブログを書こうなんて、あんたには、1300年早いの。

あんたにだけは、このブログは渡さないからね。

 

それにポチも、何、「ホントにそれがいいよね」なんて、せんとくんに賛同してるの?

あんたも、せんとくんと一緒になって、そんなこと言ってたらダメでしょ。

 

今日、帰ったら、二人ともみっちりとお説教をするからね。

お父さんが帰ってくるまで、二人とも押し入れに入ってなさい。

 

 

ったく、せんとくんのせいで、ますますサムくなってきちゃったじゃない…。

 

今日も寒くなったけど…

風邪ひくなよ。

お風呂入れよ。

宿題やれよ。

また明日(って、加藤茶さんか)。

まずは、前回までのお話から紹介するね。

 

吉野ぶらり見てある記~吉野神宮の巻 」(2017年1月8日更新)

吉野ぶらり見てある記~吉野山へ!の巻 」(2017年1月9日更新)

吉野ぶらり見てある記~金峯山寺の巻 」(2017年1月11日更新)

吉野ぶらり見てある記~「やっこ」さんの巻 」(2017年1月13日更新)

 

まだ読んでいない人は、こちらから読んでみてね。

 

ところで、この「吉野ぶらり見てある記」であるが、第1話と第2話こそ連続で書いているものの、第2話から今日の第5話までは、隔日で書いてるんだよね。

 

では、隔日で書いている理由はというと…ない(って、何じゃそりゃ)。

まあ、たまたまそうなっているだけというのが、本当のところなんだけどね。

でも、この「吉野ぶらり見てある記」は、たとえカクジツ(隔日)になろうともカクジツ(確実)にお届けしていくね。

 

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えっ?せんとくん、何だって?…お父さん、そのくだらないダジャレは何なの?

しかも、お父さん、こんなくだらないダジャレを言うためだけに、わざわざ回りくどいことを言って、何、無駄な時間を使ってるの?

ただでさえ寒いのに、お父さんがこんなくだらないダジャレを言うせいで、寒波が襲来したかと思うほど、寒くなってきちゃったじゃないって?

 

コラ、せんとくん。あんたは、まあそういう余計なことを言って…。

あんたは、そういう余計なことばっかり言うんじゃないの。

 

えっ?何だって?…それに、隔日になってしまったのは、ただ単にお父さんが1日おきに寝坊したからというだけの話でしょ?

これが、2日連続で寝坊したら2日おきになるわけだし、3日連続で寝坊したら3日連続になるんでしょ?

それなのに、何、「確実にお届けしていくね」なんてウソ言ってるのって?

 

コラ、それはバラしたらダメでしょ。

ったく、もう今日の話を始めるから、あんたは余計なことを言わないで、静かにしていなさい。

 

 

さて、お昼ごはんの後、、向かったのは

 

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吉水神社だよ。

吉水神社は、もともとは吉水院という吉野山を統率する修験宗の僧坊だったんだって。

その僧坊が、どうして神社になったのかというと、明治8年に神仏分離が行われた際、後醍醐天皇の南朝の皇居だった皇居だったことから、この僧坊を吉水神社に改めたんだって。

 

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えっ?せんとくん、何だって?…お父さん、そんなことよりも、この下手くそな写真は何なの?

この横に吉水神社の名前があるんだから、普通はそれを入れて撮るんじゃないの?

それに吉水神社の説明も下手くそだし…。

お父さんは、写真もダメ、説明もダメ、おまけにぶ男で顔もダメって、ダメなとこばかりだよねって?

 

そうだよね。お父さんは写真も説明も顔もダメでダメなとこば…って、コラ、せんとくん。何を言わせるの。

それに、顔は関係ないでしょ。

 

そして、吉水神社の名前もあったよ。

 

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えっ?せんとくん、だから何?…お父さん、さっきから「ヨシミズジンジャ」の「ヨシ」の字間違ってるじゃない。

お父さん、「吉水神社」って書いてるけど、「ヨシ」という字は、下が長いほうでしょ?

それなのに、お父さん、さっきから「吉」って、上が長いほうの「ヨシ」を書いてるじゃないって?

 

コラ、せんとくん。あんたは、また余計なツッコミをして…。

しょうがないでしょ。下が長い「ヨシ」は辞書に入ってないんだから…。

さりとて、外字を作っても、今度はガラパゴスで見ている人は、「?水神社」と表示されちゃうから、かえって何のこっちゃ分からなくなるわけだからね。

 

えっ?何だって?…お父さん、またそうやって言い訳するの?

ホント、お父さんって、言い訳ばっかりだよねって?

 

うるさい。そういうあんたこそ、余計なことばっかり言うんじゃないの…。

 

ここでおことわり。

「吉水神社」の「吉」という字は、せんとくんが言ったように、正しくは下が長い「ヨシ」であるが(正しくは写真にある字)、先ほども言ったように下が長い「ヨシ」が辞書になく、さりとて外字で書いても、機種によっては表示がされず「?水神社」と表示されたら、かえって分からないと思われ、また、ガイドでも「吉水神社」となっていることも多いことも踏まえ、このブログでも「吉水神社」と書かせていただくのでご了承のほどを…。

 

そして、こちらが吉水神社の門だよ。

 

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ここ、吉水神社の祭神は後醍醐天皇で、その後醍醐天皇の忠臣であった楠木正成と吉水院宗信法印を合祀しているよ。

その吉水神社は、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成施設の1つにもなっているよ。

その吉水神社に関わりの深い歴史上の人物は3人いるよ。

 

1人目は源義経

2人目は後醍醐天皇

3人目は豊臣秀吉

 

後醍醐天皇については、既に少し触れたけど、この3人と吉水院(吉水神社)との関わりついては、おいおい話していくね。

 

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えっ?せんとくん、だから何?…お父さん、鳥居からこの門まであたかもすぐのように書いてるけど、本当は鳥居からこの門までは200mくらいあるんだよね。

お父さん、何、そうやって、あたかも鳥居をくぐったらすぐにこの門のところに来るみたいに書いてるのって?

 

コラ、せんとくん。あんたは、また余計なツッコミをして…。

それに、鳥居からすぐのところにあるなんて、一言も言ってないでしょ。

ったく、あんたは、そうやって変な言いがかりをつけるんじゃないの。

 

えっ?何だって?…だったら、どうして、鳥居からすぐのところじゃないことを書かないの?

それを書かなかったら、何も知らない人だったら、鳥居からすぐのところに門があるって思うじゃないって?

 

ったく、あんたは、ああ言えばこう言うんだから…。

 

 

さっそく吉水神社に入ってみたよ。

こちらが吉水神社にある吉水院庭園。

 

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この庭園の基本設計を行ったのは豊臣秀吉。

1594年(文禄3年)に豊臣秀吉が吉野で盛大な花見をしたときに、本陣として数日間滞在したのが、吉水院(吉水神社)だったわけで、この庭園もそのときに造られたものなんだって。

この庭園は、桃山様式の日本庭園で、神仙思想に基づく鶴亀蓬莱の庭なんだって。

もっとも、蓬莱だからといって、秀吉がここで551の豚まんを食べたわけじゃないけどね。

 

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えっ?せんとくん、だから何?…お父さん、「蓬莱だからといって、秀吉がここで551の豚まんを食べたわけじゃないけどね」って、何、ボケたこと言ってるの?

第一、秀吉の時代に、551なんて、まだなかったじゃない。

551がまだないのに、551の豚まんを食べられるわけないでしょ。

そんなことも分からないなんて、お父さん、バッカじゃないのって?

 

コラ、せんとくん。あんたは、また余計なツッコミをして…。

お父さんだって、その時代に551がないことくらい知ってるよ。

これは、ギャグで言っただけでしょ?

あんたこそ、ギャグで言ったということくらい分からないの?

 

えっ?何だって?…お父さん、ギャグっていうのは、面白いものを言うんだよ。

お父さんのは全然面白くないのに、よくギャグだなんて言えるよね。

って言うか、面白いどころか、「551がないとき」レベルのサムさしか感じないわけだし、これはもはや、グーで殴りたくなるレベルだよって?

 

ったく、あんたは、どうしてそういう言い方しかできないの?

 

 

そしてこちらが、

 

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弁慶の力釘だよ。

 

…と言っても、これじゃあ何のことかさっぱり分からないよね。

 

それじゃあ、拡大した写真も載せるね。

 

このまん中あたりにある釘がそれね。

 

1185年(文治元年)に源頼朝の追手を逃れた源義経と弁慶はここ、吉水院(吉水神社)に隠れ住んでいたんだって。

だが、ここにも頼朝の追手が現れる。

頼朝の追手がここに来たときに、弁慶が出て行って、「力自慢をいたそうぞ」と言って、この岩に親指だけで釘を打ちこんだのだとか。

その弁慶の形相と馬鹿力を目の当たりにした追手たちは、蜘蛛の子を散らしたように逃げ去った…そんな言い伝えがあるらしいよ。

 

そして、秀吉が花見でここに来たときも「力をもらいたい…力を…」と言って、この弁慶の力釘に触れたという話も残っているみたいだよ。

 

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えっ?せんとくん、何なの?…お父さんも、弁慶から力をもらったほうがいいんじゃないよ。

そうしたら、無力なお父さんでも、石に釘は無理でも、せめて糠に釘くらいなら、親指一本で打てるようになるかもしれないよって?

 

そうだよね。弁慶にあやかったら、力のないと父さんでも糠に釘くらいなら…って、コラ、せんとくん。何を言わせるの。

ったく、だいたい、糠にだったら、誰だって親指一本でも釘は打てるでしょうが。

 

やれやれ。せんとくんには、しょっちゅう余計なことを言わないように釘をさしてはいるんだけど、こいつには、それこそ糠に釘だからなぁ…。

 

そしてこちらが、

 

吉水神社の書院だよ。

この書院は、日本住宅建築史上最古の書院であって、初期書院造の代表的なものであり、重要文化財にも指定されているよ。

この書院内には、義経潜居の間と後醍醐天皇の玉座もあるよ。

 

義経潜居の間は、室町初期に改築されたものではあるが、床棚書院の初期の様式を今に伝える古風な遺構なんだよ。

そして、ここは義経と静御前が最後に過ごした場所でもあるんだって。

ここで義経と最後の時間を過ごした後、静御前は義経と別れ、今日へ向かおうとするが、従者に持ち物を奪われて山中をさまよっていたところを山僧に捕えられて、翌1186年3月に鎌倉に送られる。

その年の9月には京に返されるが、その後の消息は不明なんだって。

その静御前が詠んだ歌。

 

吉野山 峯の白雪 踏み分けて

入りにし人の 跡ぞ恋しき

 

 

そして、吉水院(吉水神社)は、1336年(延元元年)に後醍醐天皇は、ここを南朝の皇居とした。

そして、吉水院(吉水神社)は現存する南朝唯一の行宮でもあるんだって。

 

そんな義経、静御前、弁慶、後醍醐天皇、そして秀吉にゆかりのある品をはじめ、多くの文化財がこの書院には展示してあって、中を見ることもできるよ(拝観料が必要)。

 

その書院の前には、

 

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こんな立派な御神木があったよ。

 

その御神木の前に、神様が降りたった…?

 

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…って、あんたかい。

ったく、あんたはそういう紛らわしいことをするんじゃないの。

 

その横には、

 

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秀吉花見の本陣の碑もあったよ。

この花見では、歌の会、お茶の会、お能の会などを開いて天下に秀吉の権勢を示したんだって。

この花見は、一世の英雄が、おのが春を謳歌する豪勢なものになったみたいだよ。

もっとも、これを今の時代にやったら、税金の無駄遣いなんて言う記事を文春に書かれるんだろうけど、当時はそんなことを言おうものなら、磔にされるだとうからね(ちなみに、理由は不明だが秀吉は処刑にはなぜか磔にすることが多かったらしい)。

 

その吉水神社から望む一目千本と言われる桜はこちら。

 

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ちなみにこちらの写真は2015年4月に撮影したものだよ。

まあ、これだけの絶景だから、秀吉が花見の地にここを選んだのもうなずける話だよね。

その秀吉の詠んだ歌。

 

年月を 心にかけし 吉野山

花の盛りを 今日見つるかな

 

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えっ?せんとくん、だから何?…お父さん、どうして過去ブログの写真をわざわざ載せたりするわけ?

写真だったら、このときの写真を載せればいいじゃないって?

 

あのねぇ、せんとくん。今は1月なんだよ。

いくら何でも、1月だったらまだ桜は咲いてるわけないじゃない。

桜が咲いてもいないのに、ここから見る一目千本の風景なんて言っても、読者だって「何じゃこりゃ」ってなるだけでしょ。

 

えっ?何だって?…だったら、桜も咲いてない今行くわけ?

それだったら、桜の見頃のときに行けばいいのにって?

 

うるさい。ったく、あんたはどうしてそうやって、ああ言えばこう言うの?

 

その奥にあるのが、

 

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北闕門(ほっけつもん)だよ。

ここ、吉水院は、修験者たちが大峯山に入山するときの入山許可証を発行していたんだって。

その入山許可証を発行してもらうときに、修験者たちは書院の奥にあるこの場所で無事下山できるようにお祈りをしていたんだって。

さらには、後醍醐天皇も、この門が京都を向いて建っていたことから、每朝夕にこの北闕門の前に立って「九字真法」を行っていたんだって。

さらには、楠木正行も、出陣にあたって、この場所で「九字真法」を行ったと言われているよ。

 

その「九字真法」というのは、「臨(りん)・兵(ぴょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(じん)・烈(れつ)・在(ざい)・前(ぜん)」と唱えながら、手を刀に見立てて横に1回、タテに1回、また横に1回、また縦に1回…と縦横交互に空を切っていく護身のためのお祓い法なんだって。

そして、毎朝夕、この場所でのお祈りをしたが、それでも京へ帰ることが叶わなかった後醍醐天皇の辞世の句。

 

身はたとえ南山の苔に埋るとも、

魂魄(こんぱく)は常に北闕の天を望まんと思う

 

それでは、この続きは次回、お届けするね。

 

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えっ?せんとくん。だから何?…お父さん、これだけ時間をかけたのに、結局吉水神社の話しか書けなかったの?

僕の祈りも叶わず、お父さんの頼りないことと、どんくさいことと、おバカなことと、ノロマのことは、まったく改善されてないよねって?

 

コラ、せんとくん。あんたは、どうして最後までそうやって余計なことばっかり言うの?

 

えっ?何だって?…それでなくても、お父さんはぶ男で、これだけは改善の余地がないんだから、せめて後のくらいは改善しなよって?

 

うるさい。ったく、あんたは、そういうことも付け加えるんじゃないの…。 

今日はタロ、ジロの日

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犬に名前をつけるなら、何にする?

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今日は、タロ・ジロの日なんだって。
と言っても、西村京太郎先生と赤川次郎先生の日じゃないよ(って、そんなこと、一々言わなくても分かるってば)。
 
タロ・ジロというのは、1956年(昭和31年)11月に南極観測船「宗谷」で南極に向かった第一次南極観測隊と共に南極に向かった樺太犬なんだよ。
この第一次南極観測隊にはタロ・ジロを含む22頭の樺太犬が連れていかれ、うち3頭は昭和基地に着いたときに、病気などの理由でそのまま帰国することになったため、残る19頭が観測隊と共に越冬することとなった。 
その樺太犬たちは、越冬中に犬ぞり引きなどに使われたんだって。

 

翌1957年(昭和32年)に12月に第二次越冬隊を乗せた「宗谷」が南極に到着したものの、例年にない悪天候に見舞われて、「宗谷」は昭和基地に到達できず、1958年(昭和33年)2月にかろうじて外洋に脱出できた。

そして、アメリカ海軍の砕氷船「バートン・アイランド号」の支援を受けて再び昭和基地に向かった。

まず2月11日に6便に分かれて第一次越冬隊の11名と雄の三毛猫タケシとカナリア2羽が宗谷に帰還。

翌12日には第2次越冬隊の3名が昭和基地に到達した。

ところが13日から再び天候が悪化。

昭和基地に到達した第2次越冬隊の3名には帰還命令が下されて、翌14日に宗谷に帰還した。

 

だが、このとき昭和基地にいた樺太犬はというと、空輸をするときの積載量の問題から、連れて戻る余裕はなかったんだって。

 

第一次越冬隊と共に昭和基地にいた犬のうち2頭は病死、1頭は行方不明になってしまい、越冬隊唯一の雌犬だったシロ子が8頭の子犬を産んでいた。

そのシロ子と8頭の子犬は、最後に残った隊員と共に、迎えに来た昭和号に乗せて帰国させることが出来たが、残りの雄犬15頭は、第2次越冬隊の活動のときに必要だから、野生化したり、共食いをしないように鎖でつなぐよう指示があったため、鎖につないで置き去りにされた。

 

そして、24日には南極本部より第二次越冬・本観測放棄の指示があり、それとともに15頭の樺太犬の救助も見送られた。

その南極に残された15頭の樺太犬の生存は絶望視され、7月には大阪の堺市に、その15頭の犬を供養する銅像も建てられたんだって。

 

1959年1月14日に第3次越冬隊が2匹の犬をいるのを確認する。

急遽、第一次越冬隊で犬係だった北村泰一氏が昭和基地に向かい、タロ・ジロであることを確認する。

つまりは、1959年の今日、1月14日に、南極に置き去りにされたタロ・ジロの生存が確認されたことから、タロ・ジロの日とされたということなんだって。

 

昭和基地では、7頭の犬が鎖に繋がれたまま息絶えていて、残りの6頭は行方不明になっていた。

タロとジロは、首輪抜けをした後、アザラシの糞やペンギンを食べて生きていたのではないかと北村氏は推測しているよ。

 

ジロは第4次越冬中の1960年(昭和35年)5月に昭和基地で病死したけど、タロは、1961年(昭和36年)5月4日に第4次越冬隊と共に4年半ぶりに帰国したよ。

その後、北海道大学植物園で飼育されて1970年(昭和45年)8月11日に老衰のため14歳7カ月で亡くなったよ。

ちなみに、人間でいうと、80歳~90歳という天寿を全うしての大往生になるんだって。

 

そのタロとジロの話は、1983年(昭和58年)に「南極物語」というタイトルで映画化もされたよ(公開は翌年)。

さらには、2011年(平成23年)には、TBSで「南極大陸」というタイトルでドラマ化もされたよ。

 

 

さて、これをふまえての今日の質問は、「犬に名前をつけるなら、何にする?」だよね(って、ふまえてないやん)。

犬の名前…何にするのかは、実際その子を見てからでないと決められないなぁ(って、何じゃそりゃ)。

 

ちなみに、NOBURINは今まで2回犬を飼ったことがあるけど、最初に飼った犬の名前は「ちず」ね。

それじゃあ、どうして「ちず」になったのかというと、チーズが好きだったから(って、安直だなぁ)。

 

そして、2番目に飼ってた犬の名前は「シーザー」。

で、どうして「シーザー」になったのかと言うと、当時見ていた刑事ドラマ(タイトルは忘れた)に出てくる警察犬の名前がシーザーで、カッコイイ名前だと思ったから(って、それ、何やねん)。

 

 

そして、NOBURIN家では、今は犬は飼ってないけど、そのかわりライオンを飼っているよ。

 

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この子がNOBURIN家で飼ってるライオンのポチね。

それじゃあ、どうして、「ポチ」という名前にしたのかと言うと、やはり百獣の王、ライオンにふさわしい名前をと思って、この名前にしたんだよ(って、言ってること、オカシイってば)。

 

どう、どこから見ても、まさに「百獣の王」という表現がピッタリの凛々しい姿でしょ…。

 

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…って、ちょっと、ポチ、タテガミはどうしたの?

えっ?横って…?

 

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あっ。コラ、せんとくん。あんたは、またおイタをして…。

ポチのタテガミを取ったらダメだって、あんたは何回言わせたら気がすむの。

ったく、あんたは、おイタばっかりしないで、ちゃんとポチにタテガミを返しなさい。

 

それにポチもポチだよ。

ライオンと言えば、百獣の王なのに、あんたは、せんとくんにタテガミを取られるたびにベソをかいて…あんた、それでもライオンなの?

 

それにあんたは、ライオンのくせに肉を食べようとしないし、ましてや生肉なんてもってのほか…そのくせ、ミスター飲茶の肉まんは好きだけどね。

それで、あんたの好きな食べ物はドーナツで、特に大好物はポンデリングって…あんた、うちに来る前、どんなところで暮らしてたの?

 

最近よく草食系男子というのはよく聞くけど、草食系ライオンなんて聞いたことないよ。

 

 

それじゃあ、タロとジロの日にちなんで、タロとジロが南極で奇跡に生き延びたことを讃えるとともに、どんなことがあっても強く生きていってもらいたいという思いを込めてこの曲でお別れ…。

 

 

夢の画用紙

 

茉奈佳奈

 

命はどんな形をしてるんだろう

どうすれば元気になるのかな

草花のように 水をかけるといいのかな

 

夢はどんな色をしてるんだろう

どうすれば大きく描けるのかな

雨が降ったあとの 虹のように誰かを喜ばせたい

 

1つ1つ 日々を大切に 過ごせたらいいな

落ち込んだり 傷をいやしながら

あせらず ゆっくり進もう

 

強く生きて 精一杯生きて

笑って笑っていこう

あなたの中に生まれた何かを

身体中で感じながら

 

真っ直ぐ生きて たまには涙して

それでも笑っていこう

あなたの頬に流れた涙も

夢を描く絵の具になる

 

一緒にかこう夢の画用紙

 

この曲をYouTubeで聴きたいひとは、こちらからどうぞ。

みんな、お待たせ。

前回は、金峯山寺の途中だったけど、余計なことばっかり言うせんとくんに、お説教をしないといけなかったから、中断しちゃったけどゴメンね。

でもって、せんとくんには、みっちりとお説教をしてたものだから、2日ぶりになるけど、「吉野ぶらり見てある記」を再開するね。

まあ、あれだけお説教をしたら、さすがにせんとくんも懲りて、大人しくするんだろうね。

 

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えっ?せんとくん、何だって?…お父さん、よく言うよ。2日ぶりになったのは、昨日、お父さんが寝坊したせいで、「吉野ぶらり見てある記」を書いてるヒマがなかったからでしょって?

 

コラ、せんとくん。何、バラしてるの。

それは、バラしたらダメでしょ。

ったく、あんたは、あれだけお説教したのにまだ分からないの?

だったら、もう一度お説教を…。

 

えっ?何だって?…お父さん、今日だって、時間があんまりないんでしょ?

そんなこと言ってるヒマがあるんだったら、さっさと今日の話を始めなよって?

 

ったく、あんたは、都合が悪くなったら、これなんだから…。

 

 

でも、時間がないのは事実だから、せんとくんのお説教は後ですることにして、今日の話を始めるね。

 

…と、その前に、前回までのお話の紹介からしておくね。

 

吉野ぶらり見てある記~吉野神宮の巻 」(2017年1月8日更新)

吉野ぶらり見てある記~吉野山へ!の巻 」(2017年1月9日更新)

吉野ぶらり見てある記~金峯山寺の巻 」(2017年1月11日更新)

 

まだ読んでいない人は、こちらから読んでみてね。

 

 

 

それでは、今日は、金峯山寺の蔵王堂の向かいにあるこちらから紹介するね。

 

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こちらは、四本桜とよばれている場所ね。

 

写メだったら分かりにくいから、蔵王堂の上から撮ったデジカメで撮った写真も載せておくね。

 

この奥にあるのが四本桜だよ。

ここは、1333年(元弘3年)2月3日に、南朝の大塔宮護良親王が北条勢に攻められて、吉野落城を覚悟して最後の酒宴を催した場所なんだって。

このときの合戦で村上義光が、護良親王の身代わりとなって戦死した話は、すでにしたよね(その話はこちらを参照)。

そして、護良親王は高野山に逃れ、その後六波羅探題を滅ぼす。

建武の新政では、護良親王は、後醍醐天皇から征夷大将軍、兵部卿に任じられたんだって。

 

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えっ?せんとくん、何だって?…それよりも、お父さん、この下手くそな写真は何なの?

写メで撮った写真は、端の方が入ってないうえに、全体の様子が分からないし、デジカメの写真は、手前の甕が目立ち過ぎで、肝心な四本桜とのバランスが悪すぎるじゃない。

こんな写真しか撮れないって、お父さん、やる気あるのって?

 

コラ、せんとくん。あんたは、また余計なツッコミをして…。

あんたは、そういう余計なことばっかり言うんじゃないの。

 

その奥にあるのは、

 

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村上義光公死之所の石碑だよ。

このあたりに、かつては二天門があったんだって。

先ほど言ってた酒宴の終わりに、村上義光が護良親王の鎧兜を身につけて、二天門の上に登って腹をかき切って壮絶な最期を遂げ、その隙に護良親王は吉野山を逃れたと言われているよ。

 

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えっ?せんとくん、だから何?…お父さん、「このあたりに、かつては二天門があったんだって」って、何、アバウトな言い方をしてるの?

二天門があったのは、石碑のあるところなの?それとも僕がいるところなの?…そういう肝心なところをあいまいな言い方しかしないって、お父さんも本当に使えないよねって?

 

コラ、せんとくん。あんたは、また余計なツッコミをして…。

しょうがないでしょ。二天門がどこにどんな形であったのかは、書いてなかったんだから、テキトーなことを書くわけにもいかないわけだし…。

 

えっ?何だって?…お父さん、よく言うよ。いつもは、テキトーにブログを書いてるくせに、そんなお父さんが、テキトーなことを書くわけにもいかないなんて言っても説得力ゼロだよって?

 

ったく、あんたは、ああ言えばこう言うんだから…。

 

 

金峯山寺を出た後は、金峯山寺を出てすぐのところにある

 

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「やっこ」さんでお昼ごはんにしたよ。

実は、ここ「やっこ」さんは、「眺望のいいレストラン」にも認定されたんだよ。

でもって、「眺望のいいレストラン」に認定されたのを記念して、

 

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期間限定で「大和まな葛あんかけうどんセット」があったから、それにしたよ。

 

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えっ?せんとくん、だから何?…お父さん、認定記念とか期間限定という言葉につられて、注文しちゃうなんて、ホントに単細胞だよねって?

 

うるさい。ったく、あんたは、どうしてそういう言い方しかできないの?

 

そして、その「大和まな葛あんかけうどんセット」はこちらだよ。

 

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大和野菜の大和まなが入った、吉野葛のあんかけうどんにいなりずしと柿の葉寿司、黒胡麻豆腐、そしてデザートの黒蜜ときな粉で食べる葛きりがセットになったものだよ。

 

そして、その「眺望のいいレストラン」に認定された「やっこ」さんからの窓からの眺望はこちら。

 

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ちなみに、桜の季節になったら、ここから一目千本と言われる桜も眺めることができるんだろうね。

 

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えっ?せんとくん、何だって?…お父さん、「桜の季節になったら、ここから一目千本と言われる桜も眺めることができるんだろうね」って、咲いてもいない桜のことを言ってどうするの?

これだったら、「吉野山は彼女と行きたいよね」なんて言いながら、1人で行くのはかわいそうだからと、仕方なくついて行ってあげたぼくと2人で吉野山に行くのと同じじゃない。

まあ、こんな頼りないお父さんといっしょに吉野山に行こうなんていう、物好きはいるはずはないけどねって?

 

コラ、せんとくん。どさくさに紛れて、何、変なたとえを出してるの。

それに、あんた、そんなところに登ったらダメでしょ…さっさと降りて来なさい。

 

えっ?何だって?…それにこの下手くそな写真は何なの?

ぼくの写真、半分影になっちゃって、よく写ってないじゃない。

こんな下手くそな写真しか撮れないんじゃ、お父さん、そりゃモテるはずがないよねって?

 

うるさい…いくら眺望のいいレストランでも、一緒に行くのがこんなうるさいヤツがいたんじゃ、楽しむどころじゃないよ…。

 

やっぱり、眺望のいいレストランに行くときは、一緒に行く相手も選ぶべきみたいだね。

 

この続きは、次回お届けするね。

スキーの日

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スキー・スノボ、どっち派?

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今日は、スキーの日なんだって。
では、どうして今日がスキーの日なのかと言うと、1911年(明治44年)1月12日にオーストリアのレルヒ少佐が新潟県の陸軍歩兵連隊の青年将校にスキーの指導をしたのだけど、実はこれが日本人初のスキーであったことから、ミズノの
直営店であるエスポーとミズノが1994年(平成6年)に1月12日をスキーの日と制定したからなんだって。
ちなみに、今日は桜島の日でもあるんだって。
1914年に桜島の大噴火(大正大噴火)があったのだけど、この大噴火が始まったのが1月12日ということで、制定されたみたいだよ。
この一連の噴火による死者は58名出たんだって。
このとき流出した溶岩の体積は約1.5㎦で、溶岩で覆われた面積は約9.2㎢、そしてこの噴火によりこれまで島だった桜島は、対岸の大隅半島と陸続きになったんだって。
その桜島はこちらね。

 

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で、スキーの話だったよね(って言うか、何で勝手に桜島の話に変えてるねん)。

 

今日の質問は、スキー・スノボどっち派というもの。

 

どっち派と言われても、スキーもスノボもしないからなぁ…ハハ派だよ(って、それ、何やねん)。

 

何しろ、基本的に寒いところは苦手だからね(って言うか、ほなら何でこのブログをやるねん)。

で、どれくらい寒いのが苦手なんかと言うと…もはやドラえもんレベルに苦手なんだよ(って、それは相当ヒドイなぁ)。

 

やっぱり、冬は温泉で将棋でしょ(って、じいさんか)。

実は、以前、これを言ったら、みんな同感してくれたこともあるよ…もっともこれを言ったのは、将棋の集まりのときだったんだけどね(って、そんな何の参考にもならない情報はいらないんだってば)。

 

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えっ?せんとくん、何だって?…お父さん、サムイのが苦手なんて言いながら、お父さんの書くブログは、おサムイものばかりっていうのはどういうことなのって?

 

そうだよね、お父さんは寒いのが苦手なのに、どうしておサムイブログばかり書くのかというと…って、コラ、せんとくん。何を言わせるの。

ったく、あんたは、余計なことばっかり言って…。

 

って言うか、あんた、冬でもこんな格好で寒くないの?

あんた、冬はせめて長袖くらい着なよ…。

昨日は「みんなのQ&A」をやった関係で、1日あいてしまったけど、2日ぶりに「吉野見てある記」を再開するよ。

この「吉野ぶらり見てある記」は、「何で今頃になって書いてるの?」なんて言われないように、早いこと書いちゃわないとね。

 

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えっ?せんとくん、何だって?…お父さん、吉野に行ったのって、1月3日のことでしょ?

それからもう1週間以上たってるのに、ほとんど書けてないじゃない。

お父さん、1週間も前の話を何で今頃になって書いてるのって?

 

コラ、せんとくん。オープニングからそういうツッコミをするんじゃないの。

まあ、それでなくても、NOBURIN家には、こういううるさいヤツがいるわけだからね…。

 

 

それじゃあ、今日の話を始める前に、前回までのお話の紹介からするね。

 

吉野ぶらり見てある記~吉野神宮の巻 」(2017年1月8日更新)

吉野ぶらり見てある記~吉野山へ!の巻 」(2017年1月9日更新)

 

まだ読んでいない人は、こちらから読んでみてね。

 

 

さて、大橋からさらに歩いて行くと、

 

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吉野ロープウェイの吉野山駅に着いたよ(「ケーブルのりば」と書いてあるけど、実際はロープウェイの乗り場ね)。

この吉野ロープウェイは、近鉄吉野駅からすぐのところにある千本口駅とここ、吉野山駅を結んでいるのだけど…その吉野ロープウェイの話は、後日改めてお届けするね。

 

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えっ?せんとくん、だから何?…お父さん、ここまで書いておいて、話は後日改めてって、何、フェイントをかましてるの?

お父さんが、しょうもないフェイントをかましたせいで、みんなズッコケちゃったじゃないって?

 

うるさい。あんたこそ、一々そういうしょうもないツッコミをするんじゃないの。

 

その吉野ロープウェイの吉野山駅から、しばらく歩いたところにあるのが、

 

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黒門である。

この黒門が、金峯山寺の総門になるんだよ。

かつては、公家や大名もこの黒門からは、馬や駕籠から降り、槍や長刀を伏せて通らないといけなかったんだって。

その黒門は、高麗門とよばれる門なんだよ。

この高麗門は、城郭の表門に用いられる門…つまりは、このことによって、吉野山自体が、金峯山寺を中心とする山城であったということが裏付けられるというわけね。

 

せんとくん、公家や武士でもここからは、馬や駕籠から降りて歩かないといけなかったわけだからね。

あんたも、ここからは、トートバックから出て歩きなさい。

 

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えっ?せんとくん、だから何?…お父さん、何言ってるの?

ぼくはぬいぐるみなんだから、自力で歩けるわけないでしょ。

ぼくが歩いたりしたら、それこそ都市伝説になってしまって、ぬいぐるみが歩いてるなんて、報道陣が殺到して大騒ぎになっちゃうじゃない。

そんなことも分からないなんて、お父さん、バッカじゃないの。

お父さん、つべこべ言わないで、ぼくをトートバックに入れて、ちゃんと持って行きなよって?

 

ったく、あんたは、そうやって都合が悪くなったときだけ、急にリアルになるんじゃないの…。

 

その黒門からさらに歩いたところにあるのが、

 

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銅(かね)の鳥居である。

この銅の鳥居は、銅製の鳥居としては日本最古のもので、安芸の宮島の朱塗りの鳥居、四天王寺の石の鳥居とともに、日本三鳥居とされているんだって。

吉野山から大峯山上にまでの間に「発心」、「修行」、「等覚」、「妙覚」と悟りに近づくための4つの門があって、修験者は厳しい山岳修行の心を固めて、それぞれの門をくぐっていったわけだけど、この銅の門はまさに吉野山から大峯山上までの修行のための道の第一門であって、「発心門」とも呼ばれている…つまりは、ここがまさに俗世間から浄土への入口とされているんだって。

ちなみに、この銅の鳥居も金峯山寺の鳥居…お寺の鳥居というのも、なんか変な感じがするけど、神仏融合の思想の影響を受けたのだろうね。

 

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えっ?せんとくん、何だって?…でもお父さんは、吉野神宮からここに来るまでに、もう既にバテバテなんだよね。

これじゃあ、お父さんは、修業どころか発心すらできなかったっていうことになるよねって?

 

そうだよね。お父さんは、ここに着くまでに、もう既にバテてるから、発心もできな…って、コラ、せんとくん。何を言わせるの。

ったく、それに、お父さんは、修験者でもないし、修業をしにきたのでもないから、あんたもそういう余計なことを言うんじゃないの。

 

その銅の鳥居を裏側から見るとこうなっているよ。

 

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えっ?せんとくん、だから何なの?…お父さん、何も裏側から撮らなくても、表から普通に近づいて撮った写真を載せたらいいじゃない。

それなのに、どうして、わざわざ裏から撮るわけって?

 

そ…それは…。

 

えっ?何だって?…お父さん、表から撮った写真は、逆光で使い物にならなかったから、ボツにしたんだよね。

しかも、階段の下から撮った銅の鳥居も、逆光でよく撮れてないし…この下手くそって?

 

ったく、あんたは、そのことを知ってて、わざと聞いたりするんじゃないの…。

 

 

その銅の鳥居からさらに奥に歩いて行くと、

 

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金峯山寺(きんぷせんじ)の仁王門が見えてきたよ。

この仁王門は、重層入母屋造の高さ20.3mの山門で、国宝にも指定されているよ。

修験者たちは、吉野から熊野三山までの大峰山系の稜線伝いに行く修験道…大峯奥駈道を修業の場としたが、それには熊野から修業を始める順峯と吉野から修業を始める逆峯があった。

この仁王門は、その逆峯のコースで修業を行う修験者のために造られた門なんだって。

 

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えっ?せんとくん、だから何?…お父さん、「だから何」じゃないでしょ。

だいたいこの下手くそな写真は何なの?

逆光でよく見えないわ、おまけに端の方は切れててどんな建物なのかよく分からないわ…お父さん、こんな写真しかないって、やる気あるのって?

 

コラ、せんとくん。あんたはまた余計なツッコミをして…あんたは、そういう余計なツッコミはしないようにって、何回言わせたら気がすむの?

 

その仁王門から境内に入って、奥へと進んでいくと、

 

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金峯山寺の本堂、蔵王堂に出るよ。

現在の蔵王堂は、1592年(天正20年)に再建されたもので、重層入母屋造で桧皮葺の高さ34m、四方はそれぞれ36mの建物で、国宝にも指定されているよ。

 

金峯山は、吉野山から山上ヶ岳(大峯山)に至る一帯のことを言うんだって。

その金峯山で7世紀の後半に修験道を始めた役行者(えんのぎょうじゃ)が、山上ヶ岳で人々を迷いや苦しみから救って、悟りの世界に導くために、金剛蔵王権現を祈りだしたんだって。

その姿を山桜の木に彫刻して、山上ヶ岳と吉野山にお堂を建てて祀ったんだって。

そのうちの吉野山のお堂が、蔵王堂のはじまりであって、また金峯山寺の始まりにもなったというわけね。

さらには、このとき役行者が蔵王権現を彫刻したのが山桜の木であることから、吉野山では桜をご神木として保護、献木されてきたわけで、現在では日本でも有数の桜の名所となっているわけね。

それに加えて、ここ金峯山寺は2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成施設として世界遺産にも登録されているよ。

 

その蔵王堂に安置されている御本尊の蔵王権現立像は重要文化財にも指定されているよ。

そして、ここ蔵王堂の柱は、68本あって、杉、松、檜、梨、葡萄など、様々な木が使われているけど、いずれもほとんど加工をしないで自然のままの大木を使っているんだって。

まぁ、こういう柱というのは大事だからね。

これは、家でも同じわけで、NOBURINも大黒柱としてNOBURIN家を支えているわけだからね。

 

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えっ?せんとくん、何だって?…お父さん、よく言うよ。

お父さん、こんなに頼りないくせに、大黒柱なんて、そんな厚かましいことがよく言えるよね。

お父さんみたいな頼りないのが柱じゃ、家で言うと、いつ倒壊するか分からない欠陥住宅になっちゃうじゃないって?

 

そうだったよね。お父さんみたいに頼りないのが柱だったら、それは欠陥住宅みたいなも…って、コラ、せんとくん。何を言わせるの。

ったく、あんたは、どうしてそういう余計なことばっかり言うの?

 

ええっと、話の途中だけどゴメン。

今日はここまでにさせてもらうよ。

何しろ、さっきから余計なことばっかり言うせんとくんに、お説教をしないといけないからね…せんとくん、今からみっちりとお説教をするから、そこに座りなさい…。

みんなのQ&A 第14弾

テーマ:

3連休、終わっちゃったね…もっともNOBURINは、昨日は祝日出勤だったけど(って、何じゃそりゃ)。

このところ、休みの日って、ブログも休みの日っていう人も、けっこう多いんだよね。

そんなわけで、なかなかできなかったんだけど、休みも終わったことだし、そろそろやっちゃおうかな?…みんなのQ&Aをね…。

 

このみんなのQ&Aというのは、実に簡単。

コメントにあった質問なんかを、テキトーに選んで、テキトーに答えるというものね(だからテキトーだったらアカンやん)

 

それじゃあ、時間もないことだから、さっそく最初の質問からいくね。

 

 

まずはこちらから。

「奈良に行ったのは10年も前だから、その頃知っていれば食べたかも(その頃から販売してたかは謎だが)」というもの。

 

10年前といえば、ちょうど奈良のうまいものが始まったばかりの頃だから、その頃には、柿けーきはあったのではないかと思われるよ。

もっとも、今でこそ、柿けーきは、結構いろんなところで売ってるけど、当時は販売されているところも限られていたから、あるいは気が付かなかったということは、十分あり得るかもね。

 

 

 

続いてはこちら。

「奈良県限定のお菓子や飲み物とか他にある?」というもの。

奈良県限定か…。これはまた難しい(笑)。

たしかに、奈良県のお菓子だったら、いくらでもあるけど、最近ではネット販売をしているものもあるし(実は先日紹介した銀河ロールケーキもそうね)、東京にある奈良まほろば館でも販売したりしているものもある(実は柿けーきもそうね)からね。

 

でも、これはさすがに奈良県限定だろうというのはこちら。

 

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なら瑠璃絵のときに販売されるしあわせココアね。

これ、一見普通のココアに見えるけど、実は吉野葛が入ってるんだよ。

吉野葛の入ったしあわせココアは、奈良県限定…どころかなら瑠璃絵限定だからね。

それと、NOBURINがよく使う奈良のお菓子屋さんは萬春堂さんね。

この萬春堂さんのお菓子は、あきしの川、竹柏(なぎ)、南都名月、鹿寄せなど、あおによし奈良の都らしい名前がついていて、紙袋もあおによし奈良の都らしいものが使われているよ。

 

 

 

それじゃあ、次に行くね。

「ならのしかおkunの横にいる秋元康氏みたいな人はマネージャー?」というもの。

で、その秋元康氏は(って、違うってば)この人ね。

 

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ええっと、この人は、奈良の鹿愛護会の人ね。

ちなみに、ならのしかおkunとは、握手もできるんだけど、握手券を手に入れるために大量にCDを購入する必要は一切ないので念のため(って、A〇Bじゃあるまいし)

 

 

 

続いてはこちら。

「『アハッピーニューイヤー』か、『ハッピーニューイヤー』か、どちらがどうなの?『ア』は、いるのか、いらないのか。外国人は、つけていた気が…」というもの。

そりゃ、A Happy New Yearでしょう…と、一瞬思ったけど…。

ちょっと待てよ。そういえば、Happy New Yearって言う場合も結構あるかも…。

…と思って、実際に調べてみたら、なんと意外なことが判明したよ。

 

A Happy New Yearというのは、「よい新年を」願いや祈りの意味合いが込められているんだって。

例えば、

I wish you a happy new year!

というようにね。

 

これに対して、Happy new yearというのは、単純に新年のそのときを迎えているときの挨拶になってなっているんだって。

 

つまりは、新年の挨拶としては、Happy new yearが正しいというわけね。

 

でも、NOBURINの新年のブログでは、A Happy New Yearと言ってるけど、これはあってるんだよ。

何しろ、たしかにアップしたのは1月1日だけど、実はこのブログを書いたのは12月31日…そして、馬見丘陵公園の撮影をしたのは12月30日で、まだ新年を迎えていなかったわけだからね。

 

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えっ?せんとくん、何だって?…お父さん、何、そういう屁理屈を言ってるの?これって、正月特番を、前年に撮ったものってバラすようなもので、それは反則じゃない。

それに、お父さん、新年のコメントでもA Happy New Yearを連発してたじゃない。

これは、屁理屈を言って逃げられないよね?

これは、明らかにお父さんの間違いだよね。

こんな間違いをあちこちでしまくるなんて、お父さん、バッカじゃないのって?

 

うるさい。ったく、あんたはどうしてそういう言い方しかできないの。

 

 

 

じゃあ次行くから、せんとくん、あんたは黙ってなさい。

「ポチのたてがみ無しが酉に見えなくもなかった」というもの。

 

それではその写真を再掲。

 

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以上(って、それだけかい)。

 

 

 

それじゃあ、次に行くね。

「今年もよろしくお願いします。」というもの。

これは、新年のブログに多数あったよ。

こちらこそよろしくお願いします(って、その返しを今頃になるって、どういうことやねん?)。

 

 

 

続いてはこちら。

「好きな韓国俳優or歌手がいたら教えて。ちなみにマナカナラブなのは知ってる」というもの。

個人じゃなくて、劇団だけどNANTAは好きだよ。

 

NOBURINの別荘-2011062519000000.jpg

ちなみに、こちらは2011年に行われた日本公演のときのポスターね。

このNANTAは、韓国に行ったときも見たし、日本公演のときも見に行ったよ(その日本公演のときのブログはこちら)。

 

 

 

それじゃあ、時間になったから、今回はここまで。

今回採用されたか否かに関わらず、コメントをくれたみんな、おおきに。

そして、今回自分のコメントが採用されなかった人、ゴメンね。

 

 

 

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みんな、おはよう。ぼく、せんとくん。

今回は、ぼくへのコメントもあったからこたえるね。

 

「せんとくん、NOBURINさんは20歳だから年寄りじゃないでしょ!」というものね。

 

いやいや、お父さんは、としよりだよ。

それを20さいなんて、お父さんも、あつかましいにも、ほどがあるよね。

それじゃあ、お父さんは、ほんとうは、なんさいかというと…。

お父さんは100さ~い、100さ~イテッ!

 

 

 

 

コラ、せんとくん。あんた、何、勝手にブログをつけ足してるの?

勝手にブログをつけ足したらダメだって、いつも言ってるでしょ?

それに、何、ウソ答えてるの?

お父さんが100歳って、いくら何でもそんなわけないでしょ。

 

今日、帰ったら、みっちりとお説教をするからね。

お父さんが帰ってくるまで、あんたは押し入れに入ってなさい。