こりあうぉっちんぐ

 嫌韓ではありません、笑韓です。観ているだけなら、これほど面白い人たちもありませんから。


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2017/3/19 朝鮮日報

「文禄・慶長の役は日本の勝利」の論理とは

 

 

 

 

 

 18世紀の初めまで、壬申(じんしん)倭乱(文禄・慶長の役)に関する韓中日の主要な文献は、日本に集中していました。壬申倭乱に関する日本側の記憶と議論が、まさにこのとき形成されたんです。この『戦争文献』は、日本文化に大きな影響を及ぼしました」

 

 (中略)

 

 

 

 金教授は「丙子胡乱(1636-37年の清の侵略)後の朝鮮王朝後期200年は、平和が続いた極めて異例な時期だったが、その時期が現代韓国人の記憶と化した」と語った。そのため、「平和が日常的な状況で、戦争は特殊な状況」と感じるようになったという。「ところが歴史全体で見るとその逆で、戦争が日常的な状況であって、平和は戦争と戦争の間の中休みだった」というのが金教授の主張。戦争と軍史を学問の非主流扱いしてはまずい理由が、ここにあるというわけだ。

 

兪碩在(ユ・ソクチェ)記者

 

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2017/03/17/2017031701458.html

 

 

 

引用ここまで

 

 

 緑色の文字列は関連記事へのリンクです。

 

 

 別に記事はどうでもいいんです。とにかく韓国は「壬申倭乱」という言葉を使うのを止めるように。

 「乱」というのは国内の反乱に使うべき用語で対外戦争に使う言葉ではありません。

 

 たとえば朝鮮戦争などは「乱」という言葉がぴったりでしょう。もっともアレはアメリカと中国の戦争でしたしねえ。

 

 そして朝鮮征伐も実際には日本と明の戦争でした。

 

 とにかく朝鮮半島は有史以来、日本と戦争が出来るような力を持ったことなどなかったのです。

 

 李朝は1419年に国を挙げて、僅か対馬一島に攻撃をかけてきました。応永の外冦ですな。

 そしてミットモナイことに対馬にも勝てずに追い払われて・・・・・・・まだ千年経っていませんから、被害者と加害者の立場は変わっていないんですよ。

 

 そういえば作家の安岡章太郎は1960年にアメリカの南部の大学に留学してましたが、見学に出かけた小学校だったかで、歴史の教師が南北戦争について公式の名称である「civil war 」・・・・要するに内戦と言ったあと「war between South and North」と言い直したと書いていました。

 

 いえ、韓国の教授様が何を書こうがどうでもいいんですが。

 

 

 

 

 

 

 

 集落の総会も無事に終わり、役員の仕事もほぼ終了です。明日からはコメントの返事も書けそうな。

 明日は春分の日、散歩の時期じゃと言うのに。

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