少し冷たくなってきた風に髪を乱されながら、コンクリートの上に寝転ぶ。
目の前に広がるのは5限目の空。
秋の空は、なんとなく哀愁があると思った。
古い扉が軋んで開く。
微かな足音がして、俺の上に影が落ちた。
「おやおや、柚月(ゆづき)君じゃないか。
こんなところで何をしているんだい?
いや、答えなくてもいいんだよ。私には分かりきっていることだからね。
空腹が満たされこんなに心地良い風が吹いている中、教室に引き篭もって教科書とにらめっこなんて馬鹿のやることだ。
君の行動は正しい。こんなに気持ちのいい午後は屋上で寝るに限るね」
「いや、どっちかってーと俺とお前の方が間違ってるよ。サボってる俺が言うのもなんだけどさ」
「柚月君、私にはね、雨宮鈴香(あめみやすずか)というスマートかつキュートな名前があるのだよ。
それに個人的な意見を言わせて貰えばお前と呼ばれることに少なからず不快感を感じるのでね。
あぁ、だからといって謝る必要はないよ、織笠(おりかさ)柚月くん。
君が親しみを込めて呼んでくれていることは重々承知しているからね」
俺の足元に立っている雨宮のスカートが風で揺れる。
セーラー服の赤いスカーフも同じ方向にはためく。
この風変わりな女、雨宮鈴香は空を背負って俺を見下ろしている。
恐ろしく空の似合う女だ。
そして相も変わらずおかしな女だ。
話し方、笑い方、目を細める仕草、細く白い手が肩口で切りそろえられた真っ黒な髪を抑える。
そんな何気ない光景に、俺は目を奪われるのだ。
「柚月くん、私に見惚れているね」
「何馬鹿なこと言ってるんだ。そんなわけないだろ」
あっさりと見抜かれてしまった。
少し上擦った俺の声は予想以上に間抜けだった。
雨宮は繊細な人形のような顔に似合わず、にやりと口の端を上げてから俺の隣に座って、くだらない話をするように言った。
「柚月くん。私はね、こんな狭い世界は嫌いだよ。でもね、この世界が好きなんだ。矛盾というのはとても気持ち悪いものだね」
「あー、何となくわかるかも」
「どこか遠くへ行きたいとは思わないかい?」
「たまに思うこともあるけど、面倒だから俺はいいや。もし行ったら土産話でも聞かせてくれよ」
「……柚月くんは狡いことを言うね。そう言われてしまっては、帰ってくるしかないじゃないか」
「あぁ、俺は雨宮のこと、割と好きだからな」
「それは愛の告白かい?」
「飛躍しすぎだ」
「……すまないね。柄にもなく照れてしまった」
「意外と可愛いとこあるのな」
「………」
「顔赤いぞ」
「…最近寒くなってきたから、風邪かもしれない。そろそろ教室に戻るとしよう」
そう言って頬を真っ赤に染めた雨宮が立ち上がろうとした瞬間、俺は細い手首をそっと掴んだ。
振り払えるくらいの強さだったが、雨宮は振り払わなかった。
だから俺は、ブレザーのジャケットをその細い方にかけてやって、ずっと、ずっと触ってみたかった艶のある黒い髪を乱雑に撫でた。
「今度の休み、隣町の河川敷に行こうか。秋桜が咲いているらしいぞ」
「そんな言い方をしたら、デートの誘いに聞こえてしまうよ」
「聞こえてしまうもなにも、デートの誘いだからな」
「……柚月くんは狡いよ。とても狡い」
ひんやりとした秋の風が吹く屋上で、青い空に白く浮かぶ月を見ながら、俺たちはただ身を寄せ合ってチャイムが鳴るのを待った。