お誘い

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様々な場所で、


おお!この人カッコイイ!とか私の基準の【専門性】を持った人に出会うと


「子ども達のお芝居や表現を支援しているですが、手伝ってもらえませんか?」


なんて、勧誘しています。


先日福祉まつりでカラオケで演歌(中にセリフが入る)を歌っているおじ様に、声をかけさせてもらったら、お電話がかかってきました。(興味があるので、内容を聞きたいと)


おじ様は、その【魅力的な声】を使って、老人施設等を慰問する活動をしているらしいのです。(昔役者をやっていた事もあるようです)


一度付き合ってもらって、こちらの基準に合えばぜひ今後も問いうことになります。

どんな基準か?といえば

●子どもが第一という事が考えられる人

   ・・・・・時々、自分が第一の人がいて、【自分を認めて欲しい】とかという欲がムクムクしちゃうと、ちょっとご遠慮願います。中途半端なプロや自意識過剰なアマチュアは要注意

●専門性や自信、経験がある人

   ・・・・・単に世話好きな人では、子どもになめられてしまいます。それなりに「へえ!」という部分がないと続きません。

●お金や時間に余裕がある人

   ・・・・・有閑マダムが対象という事ではありません。この活動で、儲けようとしたりあてにされたりすると難しいです。結局、精神的にも余裕につながるでしょうが、本来【遊び】のような部分なので、必死になってしまうと、みえるものが見えなくなってしまいます。



さて、どんなものでしょうか?私達の「好きなものを芯に大人と子どもで新しいコミュニティを作っていこうという活動」理解してもらえるでしょうか?




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同じ年

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帰りの電車で、昔同じ芝居に出た、同じ年の人形使いが隣の車両にいるのを発見しました。


しばらくみないうちに


ほとんど白髪頭・・・・。


ちょっとショックで声をかけられませんでした。


ノーミソはほとんど進歩のない状態なのに、確実に年は取っていくのですね。


年をとることに関しては、まだヒヨッコなので、ちょっとぐらいのことでショック受けています。

フィードバック

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先生や、講座でお呼びした講師の方には、必ずこちらの感想や、子ども達、受講生の反応を伝えるようにしています。


やっぱり


[反応]


がないとやる気がおきませんから。


学校の授業なんかも、影で文句は言いますが、「子どもがこんなに変わった!」とかなど、先生にもお伝えすると、先生が元気になって、結局子ども達にも良い影響が出るものです。


出来れば努力してでも、[良い!」と思ったことは表現するのは大事だと思いますが、どんなものでしょうか?


江戸庶民の食べ物ー大根

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先日インターナショナルスクールで

パペットワークショップを行い、最後に様々な人形を紹介していたとき、ふざけてつくった「大根マン」を見せたら、たったひりの子が「ダイコン!」とこたえていました。

英語圏の人たちはダイコンをしらないのでしょうか?


江戸庶民の食べ物には大根や豆腐を材料に使ったものが多くみられました。醤油などの調味料があるから大根で、ケチャップなどにはあまりあわないのか?(でもマヨネーズは大丈夫だけど)よくわかりません。



完璧主義者

完璧を望むあまり、実際ひとっつも「モノ]に出来ない。という男の子がいます。

(大人で、自分が子どもの頃完ぺき主義で、理想とのギャップに悩み、どのように克服していったのか、体験談がある人はぜひ教えて欲しいです。)



児童館で月に1回、自由に工作する時間でのお話。


いつも、一番乗りで

「やりたいやりたい!!」

とやってくる子

ところが彼は、すぐ「やりたい」が「やって」に変わってしまい、

大人を捕まえて、必ずおねだり。

そして人にやらせておいて、自分はやることがないので途中で逃亡。出来上がっても、愛着がなく、結局[自分の作ったもの」を一度も獲得したことがありません。

どんなものでもいいから[自分で作る」ということが出来ないのです。


他の知人に話したら、そのような傾向の子どもはたいてい男の子。

女の子は現実主義者なので、理想と現実にうまく折り合いをつける能力を身に着けているようです。


昨日は、皆が人形を作っているのを横目に見ながら、

【車】を作りたがり、

車輪四個を作るのに大変苦労していました。


きれいな円の車輪を作るために、接着剤のキャップの丸い形を利用して、ペンでなぞるようにわたすと、1cmぐらい描くと


「あ!ダメだ」


といってまた次の円を描き、また1cmで


「わ!ダメだ」


ずうっと、ずう~っとその繰り返し。


だんだんかんしゃくを起こし、自分は出来ないから、私にやってくれと頼みますが、


私も、おいそれと、彼の作戦にはのらないつもりです。


彼のイメージにある理想の形と、自分の描いている円のギャップはなかなか埋まりません。

まして、はさみで切るなんてことは至難の業、しかも1輪車や2輪車はダメで、[4]という数字のほど遠い気いい絶望的な感覚・・・・。


失敗だらけの円が紙いっぱいになってしまい、


「もう、描くとこがない!!!」


彼は怒ってキャップを投げたり、すねたりしていました。


「ねえ、じゃあ、もうちょっと小さいタイヤを描くから、円く切るのをがんばってみたら?」


といって、私はバンバン円を描いて、いくら失敗してもあまりがあるぐらいわたしてみました。


彼はしぶしぶ円を切り出し、いくら失敗してもまだまだあるという安心感か?順調に自分の気に入った[円」の4っつ作ることが出来ました。


[円く切るのって、難しいんだよね!J君はコレで上手になったから、今度[円]を作るときは、必ず手伝ってねもらうよ!」


彼はやっと自分の[完璧主義]から解放されて、普段の様子を取り戻しました。


その後、このJ君の完ぺき主義脱出作戦をスタッフの大人たちで話し合い、新たな素材を取り入れることに決めました。


「いいかげん」を受け入れる練習。



今後、彼がどのように変っていくのか?楽しみです。



怪しい日本語

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6月は学校公開の時期らしく、飛び込みで、「パペットワークショップ」学校バージョンの申し込みがイロイロ

あります。子ども達の生な姿を見せるのがチャンスという感じです。


おまけに、「インターナショナルスクール」からも・・・。

英語がまるでダメなので、ビビリましたが、「ニホンゴ」の勉強のためなので一切は英語はナシ。

少し安心ですが、実は「日本語」もちょっと怪しいので・・・。


先日福祉まつりで大声大会の司会をしたのですが、私の隣にいる手話通訳の人が、「怪しい日本語で」コケていたと息子が笑っていました。