摂食障害は贅沢病?馬鹿野郎

テーマ:
愛子さまが激やせ?拒食症かもしれないって
ニュース?みて

父がひとこと

「俺には関係ねーわ、はは、贅沢病だ。」

……。


「あのさ、あたしも摂食障害あるから
そういう人を見下したような言い方
傷つくんだけど。

何にも考えないで言ってるんだろうけど
聞いてる方は気分悪いんだけど。
何が面白いの?
自分はどれだけ強い人間なの?」

朝から不愉快すぎる。

まぁ確かに低俗で品のないあんたには
皇室の話なんて
関係のない話だわ。

さっきも小声でぐちぐち言ってるから
3倍くらいにして怒鳴ってやった。

無神経で空気読めないって言うか

品がないんですよね。選ぶ言葉。
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母が入院してから10日、
当初は1週間くらいで退院できるかな、って
話しだったんだけど

まだ病院からの説明もなくて

リハビリ始まったら
やっぱり血圧が上がってしまうみたい。


毎日面会に行って踏ん張ってたけど

今日は面会お休みしました。

そろそろ疲れが溜まってきました(;ω;)


幼稚園のお迎えに行って二人を連れて面会も
自転車だから体力的にきつい。

お迎えの前に行く方が楽だけど
行ったり来たりの移動距離も疲れる。

94歳の祖母、
脳出血で入院して
ひと月前に退院したばかりの父、
2歳と4歳の娘、

掃除はよっぽどじゃなきゃしないと決めて、

食事は手を抜いて惣菜ばっかりだし

買い物も食材は買わないって決めて
(使い切らないと結局いろいろ料理してしまうから、節約主婦の宿命、笑)

祖母のお昼は父に丸投げ
(私も自分の母親の入院中の身の回りの世話するんだから、お父さんもこんな機会なんだし自分の母親の世話くらいして、と。)

洗濯も父が回して干して
私が取り込んで畳む、の役割分担。


朝は幼稚園、車で一緒に乗せて行って貰って
義妹はそのまま仕事、私は徒歩で帰宅。

洗濯は義妹が仕事帰りに病棟に寄って持ってきてくれるし

毎日のように友達や義妹、兄も弟も
顔見に行ってくれてる。

明日は必ず行くからね、って電話したら
そんなに無理しなくていいからね、って。

……
書いてて気が付いたけど

別に面会、毎日義務にしなくていいよね、
だって
私が毎日行かないと困る理由、全然ない、笑。


あー無理してたわ、またやってる、私
勝手に頑張ってる、笑。

無性にイライラして
一人でいっぱいいっぱいになって
ゆっくり座ってご飯、食べてなかった。

朝は卵かけご飯と味噌汁かき込んで
昼は出先で持参したオニギリとコンビニで唐揚げ、帰宅してお迎え前に
アンコとバター挟んだ食パンとビスケット、

空腹満たすためだけに食べてた(;ω;)


夕飯は意地でもゆっくり食べてやる!
野菜が食べたい!

あーーー疲れが溜まってる!笑



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過食嘔吐時代。

テーマ:

20年くらい遡って
過食嘔吐時代の振り返りです。

私、非嘔吐過食という形で
克服したつもりでいた摂食障害が再発、表在化して
藁をも掴む気持ちでこのブログを始めましたが


10代、中学の時に始まって高校・専門時代はどっぷりだった私の摂食障害は
所謂【過食嘔吐】のタイプでした。

母の手料理で吐かなかったのは
朝ごはんとお昼のオニギリだけ。

お弁当も母の作る茶系のお弁当が嫌で
オニギリだけでいいって言って
学校の購買のパン買って
友達と食べてました。

放課後はほぼバイトか
バイトがない日は
バイトの稼ぎで友達とカラオケ行ったり買い物したりして遊ぶのが習慣だったんですが

帰宅時間になり家路につくころには
友達との会話も上の空で
今日は吐かない、今日は吐かない、
って葛藤しながら
薄暗い中、自転車漕いでた。

平日のバイトは5時から8時までで、帰宅は8時半くらいだったかな。

自宅に着いて
作り置きの夕飯を母が火を入れ直してくれて
食べるんですが

献立によってはオカズを見ただけで
過食スイッチ入ってた。

一人前を詰め込んだ後、母がお風呂に入ったタイミングで自転車でコンビニに走る。

どう考えてもバイト帰りにコンビニ寄った方が時間効率いいのに
スイッチ入るまでは
毎日、今日こそは吐かないって思ってるから
夕飯前にコンビニに寄ったことはなかった。

吐く前提で夕飯食べるわけじゃないんですよね。

だから、余計に
予定外に結局コンビニに行ってしまう自分にウンザリ。

菓子パン、チョコレート、アイス、ケーキ、フライドチキン、パスタ、パックのカフェオレ……

母の手料理とは真逆の
とことんジャンクなものを買い込み

自転車漕ぎながら待ちきれずに菓子パン噛みちぎって
何かに取り憑かれたように部屋に篭って
一心不乱に食べて食べて、
二階のトイレで吐く。



でも私、うまく吐ける体質じゃなくて
日を追うごとに
嘔吐反射が鈍くなり

どんなに強く喉の奥を刺激しても
嗚咽と涙が出てくるだけで
食べたものが全然出てこなくなりました。
1時間とかトイレで格闘してたと思います。

やる事たくさんあったはずなのに
今日もできない、寝る時間、また1時になっちゃう。
焦っても焦っても焦っても、
吐けない、

早くお風呂入りなさい、って下でお母さん怒鳴ってる。

待って、お風呂入るよ、お風呂入りたいけどわかってるけど
詰め込んだ物が全然出てこないの、吐き出さなきゃ出られない、どうしよう、助けて…お母さん助けて…。


顔は浮腫でパンパン、吐瀉物と吐瀉物塗れの手、口の中、涙でぐちゃぐちゃの顔を鏡で見ながら
洗面所で汚れた手を洗う姿、
吐瀉物が飛び散った便器を洗う情けない姿、

吐き終えた後の疲労感と罪悪感は
今思い出しても身慄いするほど重く

トイレの床に座り込んで
便座に顔を突っ込んだまま
声を殺して何度泣いたことか。

今日も我慢できなかった、
あたし何やってんだろ、もうやめたい、
今日でこんなこと最後にする、明日は絶対に我慢するんだ。って

でも同じ毎日の繰り返しでした。

記憶が曖昧ではっきりわからないけど
中学3年の受験の時期くらいから
高校卒業して
ワーホリで海外に行ってる間も
(進学も就職も決めずに自堕落な生活してたら勝手に申し込まれてました、親の期待と希望を込めた突き放しだった模様。)

吐かなかったのは環境が変わって
駆け出しの初期だけ。
帰国して専門学校行き出してからも、そう。


社会人になって親の加護から放たれるまで
夕飯を食べてコンビニ行って過食して無理やり吐く生活を惰性で続けていました。


でもだんだん吐けなくなって
顔はパンパン、痩せることもなく
過食嘔吐時代も終盤頃には

頭の中は何をしててもジャンクな食べ物でいっぱい。
飴を持ち歩いて常に舐めていたし

今思えば
低血糖症になっていたのかもしれません。

意志の問題ではどうにもならない、
『血糖値の乱高下』

更に

夕飯を食べる→過食モードに入る→コンビニに行く、とインプットされた脳への繰り返しの刷り込み
『自己暗示』からの『条件反射』

一度脳に刷り込まれるとなかなか断ち切ることができなくなる
『嗜癖・習慣化』


立派な依存症の出来上がり。


に加えてストレスの吐き出し方がわからないことや、自分の意見が言えない(わからない)、
安請け合いしやすい、断れない、など

性格の部分も大いに影響して

既にこの当時、理性でどうにかできる段階ではなかったと思います。



二階は子供達の部屋しかなくて
二階のトイレは両親は使わなかったけど
当時社会人成り立てだった同居する姉には気づかれていて
姉が母に私が吐いていること、話したみたい。

心配して相談する形で話したのか
呆れて告げ口したのかはわからなかったけど

それから母に見つかるまでは
時間の問題でした。

トイレで吐いていた私に廊下から母の怒鳴り声、

「◯◯!!何やってんの!勿体無い!
浄化槽に生ゴミ流すなって業者に言われたからおかしいと思ってたら、何をやってんのよ!そんなこと辞めなさい!」


……勿体ない、勿体ないから
辞めなさい、浄化槽が詰まるから辞めなさい、
この人はそう言ってる。


自分でもどうする事も出来なくて、心底混乱していたから
「なんでそんな事するの?どうしたの?」って
心配して聞いて欲しかったのかな。

いや、実際に心配されても大丈夫なふりしてたかな。わからない。

ただ突き放された絶望感でいっぱいでした。苦しいのに更に追い討ちをかける母の言葉、告げ口した姉の裏切り。


当時の私は母に
どんな私でも愛してくれるでしょ?
察して、気遣って、心配して、
母親なんだから言わなくてもわかるでしょ?

母親なんだから、私を産んだ責任取って、
私のこと、どうにかして!って

干渉されたくない割に
本音ではそう思ってたかもしれません。

でも、言葉がストレートな母、
同居で義両親に虐められ、育児不参加の旦那(私の父)にも助けてもらえず、更に曽祖父の介護してた母。
4人の子供の育児と家の事に忙しく動き回ってる母に
心を打ち明けて相談なんて出来る空気じゃなかった。


母も余裕がない中にあって
毎日忙しい中で一生懸命作った手料理を
食べて吐き出す娘を理解出来なかったはず。



多分ね、私が母に要求していたのって
『愛情』っていう漠然とした幻想的、理想的なものじゃなくて
ただ単純に
どんな私でも受け入れて貰える安心感。

『問題のある私』じゃなくて
『私が問題を起こしている』って言う

人格そのものの承認だったと思うんです。

摂食障害は病気、症状。
人格とは別のものって。
理由がなければこんな辛い事、私だってしたくない、けど
その理由がわからないんだよ、みたいな。

当時は私自身も自分の意志の弱さが原因だと思っていたし
気持ちをできる限り忠実に伝える術もなかったし、そりゃ、何を考えてるのか、なんでせっかく作った料理をわざわざはき出すのかなんて
黙って吐いてる姿見せられたって
わからないよね。


私は助けて、お母さん、辛い、が言えなかったし幼い頃からずっと手のかからない良い子でした。
母は思春期になって問題ばかり起こす私に手を焼いて
姉に言ってたみたい、

「◯◯は(小さい頃)本当に手のかからない良い子だった。ほっといたら何時間でも一人で絵を描いたり本読んだりしてた。だから、手をかけなくていいと思った。それが良くなかった。」

と。

あと、「事故にでもあって死んでくれればいいのに。」とも。

これは音信不通だった時に、姉がわざわざ
こう言ってたよって
笑いながら教えてくれました。





社会人になって実家を出て
一人暮らしを始めると
過食嘔吐はピタっと止まりました。

単に機能不全の家庭によるストレス云々から解放されたことで症状としての過食嘔吐がなくなったのではなく

学生から社会人、
勉強から仕事、
友達から同僚、
自転車から車、
同居生活から単身生活、
母の手料理から自炊、
食事の時間、場所、調達の仕方など

全てにおいて生活スタイル、環境が変わったことで
条件反射の動機付けになるスイッチがリセットされたのかもしれません。



自分でも真実がそうなのかはわからなくて
あくまで過去の振り返りからの
推測の範囲を超えないけど、なんとなく
それもあるよな、って。

彼氏が出来たり、付き合う人、関わる人の年齢やタイプが変わったり
環境ガラッと変わった同じ時期に過食がなくなり嘔吐も必然的にしなくなった。

家を出たこと、家族と離れたことだけにスポットを当てるのは
単純過ぎるのかな、って。



アダルトチルドレン論争で語られる機能不全家族だけが原因なら、
よく言われる
母親との関係性だけが原因なら

4人居る兄弟で
三番目、次女のわたしだけ
摂食障害になったことの説明、裏付けとしては
甘いかな、と……。

私が知らないだけで
兄弟達にも、それぞれ違う形でアディクションはあったのかもしれないけど、
もって産まれた性格の違いも大きい。

同じ血を分けて
同じ環境で育っても
それぞれの目に映っていたもの、
捉え方は
同じじゃないんですよね。




過食と嘔吐が止まると、まず顔がひとまわり小さくなって
それまで自分の輪郭だと思い込んでた顔のエラが
実は唾液腺の腫れだったことがわかりました。

学生の時の実習で出会った
精神科に入院していた摂食障害の女の子、
ガリガリの体とアンバランスな太った顔、

私もこんな風に見えてたのか、と思うと
もう嘔吐はしたくない、心底そう思えました。
吐かなくたって痩せられる方法があるはず。


こうして長い過食嘔吐時代を終え
以降今に至るまで一度も自己誘発嘔吐はしていません。(妊娠中の悪阻で何度か吐いたけど
悪阻の自然嘔吐は噴水でした、トイレに駆け込む感じ。笑)


ただ、それからは
365日ストイックな自己流ダイエット、超偏食時代に突入します。

この365日ダイエット生活は
結婚、妊娠、出産期も変わらず続き、

第二子の産後に糖質制限と出会い、
無理な減量から非嘔吐過食になって
このブログを始めるまで続きました。

私はもう過食して吐く、って言う選択肢が
自分の中でなかったから

炭水化物、糖質を徹底的に排除して
ひたすらカロリーのないもの、
太らないものを詰め込む
非嘔吐タイプの過食症を選んだ。




過食嘔吐を克服したつもりでも
摂食障害は健在だったんですよね。
無理なダイエットって云う形になって
火種が小さくなってくすぶり続けていただけ。

その火種が爆発して
人生でドン底まで落ちました。
それが半年前、うつ病になった時。

死んだ方がマシ、じゃない。
死んだ方が楽。
怖かった、朝が来るのが本当に怖かった。








ずっと継続して振り返り作業してると
精神的に引っ張られるので

またぼちぼち振り返りたくなったときに
関連記事は書ければいいな、くらいな感じで
とりあえず終わります^ - ^

今ね、
ありのままの私で
素直に助けてが言えるようになって
正直にできないって甘えられるようになって
昔と同じ、母と同じ屋根の下で一緒に生活していて
なんの不満もないんです。
母を怖がったり機嫌取ったりもしてない。



母も私の事、本当にいろいろあったけど
娘産んで良かった、今が一番幸せって、
本当にそう思ってるの、言葉で言ってくれるからわかる。心にもない事は言う人じゃないから。

私も母の娘に産まれて幸せって伝えてます。
生きているうちに
ありがとう、大好きって
気が付けて良かった。
(いや、先が短いわけじゃないですよ、笑)



だから、辛かった過去の振り返りが
母が入院している不在中のタイミング、今なのかな。


同じ空間に居てついさっきまで楽しくご飯食べていたのに
布団に入ったタイミングで
苦しかった過去の関係掘り起こすの、出来なかったのかも。

あんなに憎んでいた母。
縁を切って4年間音信不通だった時期もあったくらい、関係性は破綻してた。
縁を切ったつもりでも
心の何処かではずっと求めていた母。


母は基本的に変わってません。
ある意味全くブレない人。笑

ただ、祖父が亡くなったこと、
子供達が成長して
母の立場を理解できるようになって
父から母を庇うようになったことで
本当に穏やかになりました。

父も変わらない、でも関わり方、わかってきたから
些細な言動でもイライラしたら怒鳴ってぶつけてる。
おかげで滅多に過食する事はなくなりました。


私を追い詰める元凶だったのは母じゃなかった。
私の場合は実の姉と父親でした。

この二人とは分かり合えないから諦めてます。
もう、黒幕だったってわかってからも
どうしようとも思わない。


まだ、あるけどね。
イライラを食行動で解決しようとしてしまう癖はなかなか簡単には治らない。
でも、
気が付いてモヤモヤ、吐き出せば
衝動ちゃんとおさまる。



しかし
楽しい記憶なら容易に回想できるのに
シンドイ記憶遡るのって
かなり精神力要る、笑。


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