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2015年02月21日

ロング・ショット@荻窪小劇場

テーマ:ブログ
今日は松岡美佳さんからお誘いを受けて荻窪へ♪
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最後まで展開がよめなくて、面白かったな(^^)
お芝居したくなりました。
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2015年02月20日

最後。原点。

テーマ:ブログ
日々精進!


今日はいつもより、少しガンバッたけれど
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こっち(東京)に来た時に聞いた、私の原点はね
「終わった後の飲み会の為!」。
そう銘打っていたんだ。


いつからか私も、がむしゃらに終わった後「ワーーーーって飲みたい!」って思っているw
すっかりうけついでいる、

最終目的か。
まだまだですが。。これからもガッツリやる気満々です( ´ ▽ ` )!



私は私のままで今後も精進致します!

photo:02

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2015年02月15日

或日

テーマ:ブログ
古本

歴史


新しいものは好きです。
何か買うならキレイな方がいいです。
でも、古本を買うときはなるべく古いものを選んでいる自分がいます。

何故かな。

古着とかが好きなわけではありません

考えてみた。
きっと、本を読むのに苦手意識のある私は、これまでその本を手に取った人が多い(可能性のある)程、途中で頓挫しないで読み切れる気がしていたからだと思います。気休めでしかありませんが、その本の歴史に後押しされながら読み進めていくのです。古本の中でもきれいなものを選んで(愛されて読まれていたのだろうと妄想しつつ)…。

なるほど。
特別"新しいもの好き"ってわけでもないけれど、"古本だけは古いもの好き"ってことかな


そんな「或日(あるひ)」

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たまらん
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2015年02月14日

うたがたり@品川プリンスホテル

テーマ:ブログ
今日は吉野悠我さんの公演に行ってきました。
photo:01



素敵だったな。
まさに"うたがたり"
ピアノとパーカッションのインストで気持ちよくなったところに
ゆうがさんの唄声。役者さんだからなのかな、何だろう。
とっても絵が出てきて、映像を見ているようで笑顔になったり涙したりお芝居を見ているようでした。
合間のお喋りで、すでに心を持って行かれているから、身構えとか緊張感はなく、あっという間に世界観に入っちゃう。これも「魅力」という言葉だけでは言い尽くせない
悠我さんの凄さなんだろうな( ^ω^ )ずーっと"悠我さんフィールド"に包まれていた。

ああ、行けて良かった。

2015年02月04日

タワ言ゴト

テーマ:ブログ
最近何かにつけて、"ふ、"と思う。

昔の人はやっぱり凄いなー!
「三つ子の魂百まで」と言いますが、その通りなのかもしれない、と。

私は小さい頃、物凄く本を読むのが嫌いだったし、勉強の意味なんて考えたことがないほど純粋な阿呆でした。外で遊ぶ、誰かと居るが当たり前。そんな中で、私の人生初めてのルールは確か毎日の「ありがとう。ごめんなさいは言えた?」でした。その基準は"自分がされてイヤじゃない(嬉しい)かどうか"。共働きの母が帰って来てまずの確認が、コレでした。

少し大きくなり、1週間だけあった反抗期。この最終日に父に言われた「おとうはお前が好きだけど、お前がおとうはを好きになってくれな、おとうもお前を好きにはなれん。」この革命的な言葉をへて、今の私が出来たのだなと、つくづく思うのです。三つ子(子ども)と言うには、だいぶ大きくなっておりましたが、勉強は出来ませんが(それは遅くてもできるしw)あの多感な時に沢山怪我をしたり、楽しいや嬉しいや大好きを知ったから、今があるんだとおもう。
例えば、怪我をしてカワイイ従兄弟が転ぶと助けてあげたいと思うけれど・・・でも、その痛いを知らなければ、誰かが転んだ時の同じ痛いを考えられない。もしか、起こるかもしれないもっと大きい痛いを想像できなくなる。想像できないと、誰かを傷付けることもで来てしまうし、自分を傷付ける事も出来てしまう。その先に、自分を好きな人が悲しむことなんて想像できるはずがない。

数学とかITとか、知的と呼ばれる学力が先か、人(徳)が先か。全部一緒にできたらいいのに。時間は同じしかない。

そもそも理論的な人でないと、お話にならない、みたい。だから、言葉が下手で感覚的な私はうまく伝えられない事も多いけれど、痛いことがわからないよりは良い。想像力がないよりは良い。
実地(体験)と文学(想像)が混じって人は出来るのかなって。だから勉強しようって。
子どもの頃は、毎日一生懸命過ごすのが勉強だったんだなーっ。

そりゃ、勉強(受験)のための勉強(記憶)はつまらない。

ひゃー。

今更ーー!
最近、富に思う。

痛いをわかる子どもを育てるのって、今の大人。
と言うことは、今の大人も、もうすでに痛いも、悲しいも、嬉しいも、楽しいも、わかってないのかな。想像できないのかな。それとも、何か問題や目的があっての事なのだろうか。せめて、心くらいは疲れていない子どもがいて欲しい。

私より疲れてる子どもばかり見かけるし、一生キズなんて持っていないよね?って子ばっかり。。

何が言いたいのかな。

昔の人は凄い!と言うこと。
嫌が応にも、だったのかもしれないけれど、「子どもでも大人だった」。
でもそれは「子供時代しっかりめちゃくちゃ子どもだった」からなのかもしれない。今の私は、子供時代しっかり子供時代して、大人になっても子供のまま。。ではいけない。

先輩のように、先人のように。
そう思う。


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