Go for Broke ~ハワイ日系二世の記憶~

ハワイの日系二世たちが第二次大戦で大活躍をし、多大な犠牲を払ったことは、日本では殆ど知られていません。彼らは、移民後の日系社会を知る唯一の世代でもあるのです。これは、彼らの功労を広く伝え、二世の記憶を残す貴重なドキュメンタリー映画の制作・上映日記です。


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今年は、まったく上映が進みません。

 

フラ団体やハワイの各地と姉妹都市を結んでいる地方自治体に話をしても、まとまりません。

 

しかし、まだ上映していない地域がたくさんあります。

 

新潟、福島、長野、福井、静岡、三重、和歌山、愛媛、周防大島(山口)、大分などハワイへの移民を輩出した地域です。また北海道在住の方からの問い合わせもあるのですが、現地で動いてくれる方がいないと、なかなか上映が実施できません。

 

これらの地域の方がおられたら、上映のお手伝いをいただけると助かります。

 

さて、定例となっている錦糸町での上映会です。

 

ゆったりとした雰囲気の中、持ち寄ったお食事を食べながら映画を鑑賞し、終了後は、もちろん監督である松元のトークもありますし、みなさんが交流をされ、あらたなご縁を結ぶ機会ともなっています。

 

スペース的にも20名ほどしかご入場いただけないので、お申し込みはお早めにされることをお勧めします。

 

前回は、ハワイで制作中の『Go for Broke movie』に出演した『キカイダー』の主役俳優「伴大介さん」がご来場になりました。

 

二世に会ってみたい方、普通では会えない人たちと触れ合うツアーにご興味がおありの方の参加もお待ちしています。

 

『第11回 錦糸町上映会』

日時:7月8日(土) 開場17:30 〜/上映スタート18:00 〜
会場:錦糸町(錦糸公園そば)*プライベート空間のため詳細は参加者にのみおしらせします。
料金:上映費1,500円プラス会場費500円(備品代、ゴミ処理代含む) 
お申し込み:goforbrokekinshichou@gmail.comまで。
*ポットラックのため何か一品お持ちください。

 

 

This is the information of the regular screening at Kinshicho Tokyo.
VenueIt is a relaxing atmosphere.
You can watch a movie while eating the meal that everyone brought. After the end, producer Matsumoto 's talk is also there, and everyone can socialize. It is also an opportunity to connect with a new further acquaintance.

 

Date: July 8 (Sat) opening 17: 30 ~ / screening start 18: 00 ~
Place: Kinshicho (Near the Kinshi Park) * For private space details will be announced to participants only.
Price: 1,500 yen for screening expenses plus 500 yen for venue fee (including miscellaneous supplies, garbage disposal fee)
Application: goforbrokekinshichou@gmail.com.
* Please bring some foods and drink for a potluck party.

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本当に、悲しいニュースが飛び込んできました。
この映画で証言するエディーヤマサキさんがお亡くなりになりました。

エディーさんは、442連隊のI中隊とサービス中隊に所属しました。

 

エディーさんとは2009年のメモリアルデーで会い、2010年のインタビューは日本の藤沢で撮影しました。
また2010年末に行われた私たちのNPOの設立パーティーにも参加してくれました。実際の日系人部隊のヴェテランが来ているのです。パーティーでは、エディさんは他の参加者からアイドルのように扱われていました。
パーティ−終了後に一緒に帰りましたが「皆さんがとても良くしてくれた」と喜んでいました。


 

2012年と2015年のホノルル上映にも来てくれました。それ以外にもハワイや日本でご飯もご一緒しています。


 

またエディーさんは、戦後の一時期、同志社で英語を教えている時期もあり、そのため同志社にある「ハワイハウス」には、エディさんが寄贈したコアウッドのボウルが飾られています。

 

この映画では一番長く、そして一番お付き合いのあるヴェテランでした。
 

まだ92歳と、日系人部隊では一番若い世代です。

 

心にぽっかりと穴が空いてしまった感じです。
とても…本当に…悲しいです。

 

We got really sad news.
Eddie Yamasaki-san who testifies in this movie has passed away.
He belonged to I Company and Service Company of 442 Regiment.
We met with Eddie-san at the 2009 Memorial Day and in 2010 interview was shooting at Fujisawa in Japan.
It also participated in the founding party of our NPO held at the end of 2010. At that time, he was treated like an idol from other guests.
After the Party finished, Eddie-san and we go back together but he was pleased that "every guests made it very kindnes me".
It also came to the screening of Honolulu in 2012 and 2015. Besides that, we are having meals together in Hawaii and Japan.
And Eddie-san was teaching English at Doshisha for a while after the war.
He was the longest in this movie, and the most familiar veteran.
He was still the youngest generation at the age of 92.
It is a feeling that a hole has been emptied completely in our heart.

We are very and really sad...

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ツアー4日目。最後の交流日となります。

朝食は、ヒロで有名なKen's House of Pancakeでパンケーキをいただきました。

The tour fourth day. It is a last interchange day.

The breakfast had a pancake house in famous Ken's House of Pancake in Hilo.

 

実は前日、参加者の一人の親戚がヒロにいるということが判明しました。そのため、残りの方にはヒロの町を少しホロホロしていただき、その間に住所を頼りにご親戚のお家へ向かいました。
わざわざ出向かわなければならなかったのは、電話番号が一桁多く、前日には電話連絡がつかなかったからです。

残念ながら親戚の方はお留守のようで、メッセージを残して皆さんと合流しコナへ向かいました。

ところがサドルロードが工事中で渋滞があり、とてもお昼には間に合いそうもありませんでした。

The day before, it was recognized that there was one relative of the participant in Hilo. Therefore we had some towns of Hilo have Holo Holo towards the remainder and she and Matsumoto went to the house of the relative counting on an address in the meantime.
The reason why we had to purposely go out was that the phone number was one digit long and we could not reach the phone the day before.

Unfortunately my relatives seemed to be out, leaving a message and joining you and heading for Kona.

However, there was a traffic jam while the saddle road was under construction and it was not likely to be in time for lunch.

 

お昼は、コナコーヒーファームに戦後嫁入りした日本の女性に会い、お話を伺う予定でしたが、とても間に合いそうにありません。

その方とは夕食をご一緒することで調整し、すこしだけコナの街を観光することができました。
みなさんが、「私たちは普通の観光もできた〜」と喜んでおられたのが印象的です。初めてのツアーで詰め込み過ぎるのも良くはないようです。

Lunch was scheduled to meet a Japanese woman who married after the war on the Kona Coffee Farm, and I was planning to talk with you, but it does not seem to be in time very well.

We adjusted it by having dinner with that person, and we could just visit the city of Kona a little.
It is impressive that everyone was pleased that "We were able to do normal sightseeing ~". It seems that it is not good to stuff too much with the first tour.

 

夕食をご一緒する予定だったデグチさんに所用が入ってしまったため、夕方一瞬だけしかお会いできなくなり、その前に「キムラ・ラウハラショップ」のアルフリーダ・フジタさんにお会いすることに。

前日お電話し、急遽お邪魔したため長くはお会いできませんでしたが、それでも昔のコナのお話を少ししてくださいました。

Due to Mr. Deguchi-san who was planning to have dinner, we are only able to see for the moment only in the evening and before that we will meet Alfreida Fujita-san of "Kimura's Lauhala Shop".

We called to her on the previous day and she in a hurry so we could not see her for a long time, but she still gave a little talk about Kona in the past.

 

その後、UCCコナコーヒーに顔を出したところ、Hideki Mikiさんがツアーの皆さんに少しだけコーヒーの木に関する説明をサービスしてくれました。

After coming to the UCC kona coffee, Mr. Hideki Miki gave the explanation about the coffee tree free to all of tours only a little afterwards.

 

そして皆さん待望の「テシマレストラン」へ。

And to "Teshima Restaurant" of the everybody expectation.

 

ここで、お昼に会う予定だった「永井イリエさん(80歳)」ご夫妻と待ち合わせです。

永井さんは、戦後、一度のお見合いでコナコーヒーファームに嫁いだ女性で、当時のコナコーヒーファームには、20名余りの日本の女性が、同じように一度のお見合いで海を渡ったそうです。

Here we are meeting with Mr. and Mrs. Nagai Irie (80 years old) who was planning to meet at noon.

Mrs. Irie Nagai-san was the woman who married into a kona coffee farm at one marriage meeting after the war, and, to a then kona coffee farm, more than 20 Japanese women seemed to cross the sea at one marriage meeting in the same way. 

 

その当時のお話を伺っていたところ、「ヤスノリ・デグチさん(92歳)」が顔を出してくれました。そしてさらにコナ日系人協会のウォルター・クニタケ会長も合流し、話は尽きませんでした。

We was hearing a story at that time, and "Yasunori Deguchi-san(92 years old)" came. Moreover, Walter Kunitake-san who president of Kona Japanese Citizens Association also joined, and the story did not run out.


 

結局、テシマレストランの閉店時間になってしまい、レストランの外でも話が続きました。

Eventually, it became the closing time of the Teshima Restaurant, and the talk continued even outside the restaurant.

 

この日の宿泊は「Manago Hotel」です。もちろん、日本移民が創業したホテルで、映画で証言する故Sunao Kadookaさんのお父さんが建設に従事していました。

The accommodation of this day is "Manago Hotel". Of course, Manago hotel was founded by a Japanese immigrant, and the late Sunao Kadooka's father who testifies in a movie was engaged in construction.

 

最終日も「日系人に関する」内容の濃い一日となりました。

The last day also became a rich day for "Nikkei of Hawaii".

 

 

以上、3回に分けて「二世に会い日系人と交流するツアー」のご報告をさせていただきました。

第2回目も近いうちに開催予定です。

ご興味をお持ちの方は、引き続きご注目ください。

We will finish reporting the tour as above.

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第1回「二世に会い、日系人と交流するツアー」後編

 

ハワイ島はあまりにも濃密だったため、2回に分けてご紹介します。

今回は、ハワイ島篇①です。

 

マウイを朝発つ際に、大きな虹が出ていました。それが次第にダブルレインボウになってきて。

 

ヒロ空港に着いた足でホノカアに向かいます。
予定よりも早く着いたので、スケジュールにはなかったホノカアの街をホロホロしている間に、松元がピ−プルズシアターに顔を出したところ、ちょうどオーナーのDr.キーンが庭の植物に水を撒いていました。Dr.とは2012年の本作の上映以来です。

 

「映画で証言する二世に会うツアーのために来たんだよ」と告げると、「じゃあ、みんなに中を見せるよ。正面に回って!」と、開館前だったのにわざわざ開けてくれました。

ロビーやシアター、さらに映写室やVIP席を案内してくれ、果てはDr.のプライベートルームまで皆さんに見せてくれました。

 

2012年のハワイ上映行脚で、本作はピ-プルズシアターでも上映し、Dr.にはお世話になりました。
 

依然、ピ-プルズシアターの経営が厳しいのは変わりなく、本作が少しでもピ-プルズシアターの存続の役に立てるよう、私たちは、あることを考えています。Dr.とは、その件でメイルのやり取りをしましょう、と約束し、ピ-プルズシアターを後にしました。

 

マラサダで有名なTEX DRIVE INNで昼食を買い込み、「トモエ・オケタニさん(92歳)」のご自宅へ。


 

トモエさんは、ハワイアンキルトを復興させた伝説のキルトクラブ『Ka Hui Kapa Apana O' Waimea』の創設時から参加しているメンバーです。
最近まで車の運転をしていて、ボンダンスも踊っている、と言っていました。
 

4人姉妹の一番下で、家にはお金がなかったから上の三姉妹は7年生や8年生までしか学校に行けなかったこと。自分も8年生までと諦めて仕事をしていたところ、プランテーションのマネージャーの家のメイドに雇われ、外で陽を浴びる厳しい労働からは免れた、と言っていました。トモエさんが16歳の時のことだそうです。

 

さらにトモエさんのキルト作品を見せてもらいながら、Ka Hui Kapa Apana O' Waimeaに参加した時の話などもうかがいました。作品の中には、10年以上もかかった作品もあります。

 

トモエさんは、私たちの来訪にドリンクや自家製のお漬物、デザートまで用意してくれていました。その心遣いが嬉しくて、おばあちゃんのお家に遊びに来た感情も沸き起こったぐらいです。

名残惜しつつもトモエさんのお宅を辞する時間になったのですが、トモエさんは家の外まで出てきて最後までお見送りしている様子を見て、みんなで「トモエさんカワイイ〜!!」の大合唱でした。

 

 

そしてヒロに戻りハワイ大学で行われている本作の上映会に。

 

2回目の終盤に間に合い、最後尾で映画を見ていたのですが、前日にお会いしたヒロシ・アリスミさんの「忘れられんのぉ、仲間のことは…」という言葉にグッときたりして。

 

上映後に松元が簡単な挨拶をしました。

内容は、「私が何故この映画を製作したのか。思いは一つです。多くの日本人は、一世の移民の苦労は、なんとなく知っています。しかし、多くの日本人は、二世たちの形の違う苦労をほとんど知りません。私は、同じ根を持ち同じ血を有する日本人として、それは“恥”だと思います。だからこの映画を作って日本人に知ってもらいたかったのです」と言うものでした。

 

その後、会場に来ていた映画で証言する二世ヴェテラン「ワタル・コハシさん(94歳)」と邂逅をし、もう一人のヴェテラン「イサム・カネクニさん(95歳)」とディナーをご一緒しました。

 

カネクニさんは常ににこやかにし、ツアー参加者の皆さんとのやりとりも楽しんでいるようでした。

上映会を主催されたハワイ大学の本田教授や本田教授のお母様もご一緒していました。本田教授母子とは、2012年のハワイ島上映で常に行動を共にしていましたから、やはり久しぶりにお会いしたことになります。

そろそろお開きに、というところで、カネクニさんが全員分のお会計を済ませてしまいました。

恐縮するツアー参加者の皆さんでしたが、本田教授や松元は「こういう時は素直にご馳走になるのが二世との付き合い方」との事で、全員がご馳走になりました。

 

夜間の運転をしなくなった二世が多いのですが、カネクニさんは「ボクは平気ですよ〜」と笑いながら車に向かって行くのですが、背筋がシャンと伸び矍鑠としており95歳というのが全く感じられません。聞くと、お母様も105歳まで長生きされたとか。


 

マウイのトムさんといい、長生きのGood Geneをお持ちのようです。

 

 

 

"A tour to meet a Nisei, and to interchange with a Japanese-American" first time.

We introduce Hawaii Island in two parts, because the content was too dense.

This time is Hawaiian Island Vol.1.

A big Anuenue appeared when we left Maui in the morning.
It gradually becomes double rainbow.

We head for Honokaa with the feet that arrived at Hilo Airport.
Although it was not on the schedule, We holoholo around the town of Honokaa. When Matsumoto visited the People's Theater, Dr. Keene, the owner, was sprinkling water on the plants in the garden.
Dr. has been since the screening of this film in 2012.

When Matsumoto told that "I came for a tour that meets Nisei to testify in my movie," Dr. said, "I will show you everything inside, please go to around the entrance!" Although it was before opening, it opened out for us It was.

Dr. showed us the lobby, the theater, the projecting room and the VIP seating, and at the end showed everyone up to Dr.'s private room.

On the occasion of screening in Hawaii in 2012, this film was screened at the People's Theater and was indebted to Dr.
Still, the management of the People's Theater remains strict, and we are thinking of something that this film can serve as a viable part of the People's Theater even a little. Dr. and Matsumoto promised to exchange mails on that matter and left for the People 's Theater.

We bought a lunch at TEX DRIVE INN famous for Malasada and go to house of "Tomoe Oketani-san (92 years old)".
Tomoe-san is a member who has participated since the establishment of the legendary quilt club "Ka Hui Kapa Apana O 'Waimea" who revived the Hawaiian quilt.
Until recently she was driving a car and she was told that Bon Dance is also dancing.
At the bottom of the four sisters, there were no money in the family, so the upper three sisters could only go to school until the seventh and eighth grade. She also gave up until the 8th grade, and told me that she was hired by the maid of the plantation manager's house and that she was allowed to go to school.

While asking Mrs. Tomoe's quilt work, we also heard stories about participating in Ka Hui Kapa Apana O 'Waimea. Some of the works took over 10 years.

Tomoe-san had prepared drinks, homemade pickles and desserts for our visit. We was glad about that thought, and the feeling that came to visit my grandmother 's home was also brisk.
Everybody said "Tome-san Kawaii~!! "

Although we was regret, we quit Tomoe's house and returned to Hilo to the screening of this movie being held at the University of Hawaii at Hilo.

We was in time for the end of the second time and we was watching the movie at the last part, but Hiroshi Arisumi-san who met on the previous day got into the word "I can not forget, about my friends ..." Then.

Matsumoto made a simple greeting after the screening.

The content says, "Why did I make this movie, a onlu one thing, many Japanese know the hardships of Immigrant of the Issei, but many Japanese do not know the diferentstyle hardship of Nisei. I though that it was "shame" as a Japanese with the same root and same blood, so I wanted to make this movie and let the Japanese know about this movie It was what I said.

After that, we encountered the Nisei veteran "Wataru Kohashi-san (94 years old)" who testified in the movie that came to the venue and we had dinner with another veteran "Isamu Kanekuni-san (95 years old)" .

Kanekuni-san always kept smiling and seemed to enjoy interactions with tour participants as well.

Professor Honda of Hawaii University and Professor Honda 's mother were also hosting the screenings. Professor Honda and his mother has always been acting together on 2012 Hawaii Island screening, so we will have never met for a long time.

Soon it is time to about finish, Kanekuni-san has completed accounting for all of them.

Everyone was excited tour participants, but Professor Honda and Matsumoto said that "It is a way to go out to dinner at this time is a way to get along with Nisei", so everyone was treated.

Although there are many second generation who have stopped driving at night, Kanekuni-san goes to the car with a smile saying "I am fine", When I asked, his mother also lived up to 105 years old.
It is good to be with Mr. Tom and we think Kanekuni-san have a good living Gene.

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久々の上映会のお知らせです。

 

定例となった錦糸町での10回目の上映会です。

ただし今回は、上映のみならず、2月の「二世に会い、日系人と交流するツアー」のご報告会も兼ねています。

また今回は、ハワイで制作中の『Go for Broke Movie』にも出演した日本の俳優(昔、人造人間キカイダーというヒーローものの主役をされていた方)も参加されます。

二世に会ってみたい方、普通では会えない人たちと触れ合うツアーにご興味がおありの方の参加もお待ちしております。


『第10回 錦糸町上映&ツアー報告会』

日時:4月8日(土) 開場17:30 〜/上映スタート18:30 〜
会場:錦糸町(錦糸公園そば)*プライベート空間のため詳細は参加者のみにおしらせします。
料金:上映費1,500円プラス会場費500円(備品代、ゴミ処理代含む) 
お申し込み:goforbrokekinshichou@gmail.com、もしくは、NPO法人NAC-J: 090-3501-1249まで。
*ポットラックのため何か一品お持ちください。

 

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