「サルコウ」 の語源 / スケート選手の 「国籍」 ってナンだろう? | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

〓グランプリシリーズのアイスダンス選手の名前をツラツラと眺めるに、

   日本代表ペア C・リード、C・リード

という名前を見つけて 「?」 となったヒトはいないでしょうか。何かのまちがいじゃないか?
〓このペア、実は米国生まれの兄弟なのです。


   キャシー・リード Cathy Reed
     1987年6月5日生まれ  姉


   クリス・リード Chris Reed
     1989年7月7日生まれ  弟


〓このペアのコーチは、安藤美姫選手、高橋大輔選手のコーチでもある、ニコライ・モローゾフで、彼の助言により、2006-2007年シーズンから ── すなわち、前シーズンから ── 日本代表に移籍したのです。
〓というのも、2人の父親は米国人、母親は日本人で、兄弟とも、今のところ 「日米両国籍」 を持っているからなんです。近ごろ話題になっている、

   長洲未来 Mirai Nagasu

選手と同様に、潜在的に、米国・日本どちらの代表にもなりうるわけなのです。
〓日本に移籍後は、全日本フィギュアスケート選手権で2位をとったために、今回のグランプリシリーズに参戦していた、という経緯なんですね。




   げたにれの “日日是言語学”-サフチェンコ・ゾルコヴィ


  【 サブチェンコ・ゾルコビー組 】


〓このグランプリシリーズには、フィギュアスケート・ペアのドイツ代表として、

   サブチェンコ・ゾルコビー組

が出場していました。先日のNHK杯では優勝していましたね。
〓しかしですね、ドイツ語とかドイツ人の名前になじんでいるヒトなら、

   アリオナ・サブチェンコ
   ロビン・ゾルコビー

という名前を聞いて、「?」 となったハズです。どこにも 「ドイツ人の “ド” の字」 も感じられない名前です。
〓それもそのハズなのでして、



   アリオナ・サブチェンコ
     ドイツ語表記  Aljona Sawchenko
     ウクライナ語表記 Олена Савченко
     ロシア語表記  Алёна Савченко

     1984年1月19日 ウクライナ、キエフ生まれ


〓要するに、もともとは、ウクライナ人なのです。2003年にドイツに渡り、2005年の年末にドイツ国籍を取得しています。つまり、今はドイツ人なんですね。


〓ウィキペディアなどでは、彼女の本来の名前をウクライナ表記で Олена Olena [ オ ' れーナ ] としていますが、どうでしょう? ドイツ語表記を Aljona としていることからわかるように、彼女は 「ロシア語話者」 と考えたほうがいいでしょう。
〓2001年の国勢調査では、キエフの75%が母語としてウクライナ語をあげ、25%がロシア語をあげています。

Алёна (通常は、Алена と綴る) Aljona [ ア ' りょーナ ] というのは、ロシア語における Елена Jeljena [ イェ ' りぇーナ ] 「エレーナ」 の民衆形で、現代では、「エレーナ」 とは独立し、女子名の1つになっています。
〓この民衆形は、ロシアでは Алёна 「アリョーナ」 となり、ウクライナでは Олена 「オレーナ」 となって、さらに語形が分離しました。つまり、彼女が、ドイツ語環境において Aljona と名乗ったことは、とりもなおさず、彼女とその家族がロシア語話者であった、ということを傍証しています。

   Савченко Savchenko
     ロシア語音 [ ' サーフチェンカ ]
     ウクライナ語音 [ ' サウチェンコ ]

という姓は、ウクライナ系ではありますが、同じ綴りで、ロシア語とウクライナ語は、若干、発音がちがいます。
〓ドイツ語では Sawchenko と綴っています。おそらく、「サフチェンコ」 と読むべきではないでしょうか。NHK杯の放送では、「アリオナ・サブチェンコ」 と呼んでいましたね。ロシア語式に、ストレートに、

   「アリョーナ・サフチェンコ」

でいいんじゃないかしらん。

〓さてね、ややこしいのが、相方の 「ゾルコビー選手」 ですよ。一見して、黒人選手ですよね。ドイツに?

   Robin Szolkowy
     1979年7月14日 グライフスヴァルト生まれ

グライフスヴァルト Greifswald というのは、まぎれもなくドイツの 「メクレンブルク=フォアポンメルン州」 の都市です。
〓どうして黒人選手なのか、というと、父親はドイツに留学していたタンザニア人医師で、母親がドイツ人なんです。姓は母親のものでしょう。
〓そして、この姓がまた難解なのですよ。

   Szolkowy

〓あきらかにドイツ語ではないです。実は、フォアポンメルンという土地には、スラヴ系のカシューブ人という先住民が住んでいました。ロシア人やポーランド人の親戚ですね。現在では、ほとんど、ドイツ語化してしまっています。
〓ドイツ人に、ときどき、 -ow に終わる姓を持つ人がいますが、これはカシューブ人の姓です。ジャンプに名を残す 「ウルリク・サルコヴ」 Ulrich Salchow は、フォアポンメルン系のスウェーデン人です。(→後述します)

〓日本で、「ゾルコビー」 と呼ばれている選手の Szolkowy という綴りが、ドイツ語の正書法に準拠していると考えるなら、発音は 「ソルコヴィ」 でしょう。しかし、実際にはカシューブ語の正書法を踏襲しているようで、正しくは、


   Szolkowy [ ʃɔl 'ko:vi: ] [ ショる ' コーヴィー ] 「ショルコーヴィー」


と読むようです。



〓この系統の姓には、ポーランドに Szołkow 「ショルコフ」、 Szołkowski 「ショルコフスキ」 があります。
〓また、ドイツ国民、あるいは、英語圏に移民した人たちの姓としては、Solkoff, Sholkoff, Solkowsky, Solkowitz, Sholkowitz 「ゾルコフ、ショルコフ、ゾルコフスキ、ソルコヴィッツ、ショルコヴィッツ」 (と読むのだろうか) などがあります。 -off  -ow (ロシア語 -ов)、 -owitz  -owicz (ロシア語 -ович) の転写形ですね。
〓いずれにしても、カシューブ人の姓であることはまちがいないと思います。そういう姓の持ち主が、さらに黒人とのハーフであるために、ドイツ代表というと、ちょっとフシギな感じがするんですね。




  【 サルコウの由来 】


〓このジャンプは、スウェーデンのフィギュアスケート選手、

   Ulrich Salchow 「ウルリク・サルコヴ」

が 1909年 (明治42年) に成功させたものです。 Ulrich というのは、ドイツ語を摸した綴りで、現代スウェーデン語の標準的な綴りは Ulrik です。
〓問題は、Salchow という姓です。海外では、こんなふうに発音していますね。

   [ 'sæɫ ˌkoʊ ] [ ' サる ˌ コゥ ] 英語圏の発音
   [ salko(:) ] [ サるコ(ー) ] 他のヨーロッパ諸国の発音

〓日本語の 「サルコウ・ジャンプ」 という書き方は英語風なんでしょうか。日本では、通常、彼の名前は、

   ウルリッヒ・サルコウ

と書かれます。ドイツ語-英語のチャンポンな読み方です。

 Salchow という姓は、スウェーデンでは、どうやら、 [ ' サるコヴ ] と発音するようです。おそらくスウェーデン人にも、あまりナジミのない姓でしょう。この姓はスウェーデン語でもないし、ゲルマン語でもないんです。

   -ow

という語尾に引っかからないでしょうか。これは、ポーランド語の -ów、ロシア語の -ов (-ov) などと同様に、「何かへの帰属」 を表すスラヴ語の接尾辞です。
〓ならば、彼はスラヴ人か? YES です。おそらく、先祖はポンメルン出身のスラヴ人です。




  【 ポンメルン 】

ポンメルン Pommern というのは、ドイツ語による歴史的地名です。英語名は 「ポメラニア」 Pomerania。「ポメラニアン」 という犬種は、この地域が原産の犬です。


〓13世紀に神聖ローマ帝国領に入り、17世紀にはプロイセン領となりましたが、この地域にもともと住んでいたのは、ポメラニア語という言語を話す 「ポメラニア人」 という西スラヴ系のスラヴ人でした。つまり、ポーランド語に近いスラヴ語を話すスラヴ人ということです。


 Salchow というのは、この地域の西部、西ポンメルン出身のスラヴ人の姓です。ポンメルンは、第二次世界大戦後、オーデル川を境にドイツとポーランドとに分断されました。西ポンメルンはドイツ領となったので、ドイツには Salchow という姓の人がたくさん見つかります。逆に、西ポンメルンを領土に加えたポーランドには、この姓は、まったく見つかりません。


Salchow は、ドイツ語では、おそらく、

   Salchow [ 'zalço: ] [ ' ザるヒョー ]


と発音します。
〓ならば、なにゆえ、スウェーデンはストックホルム生まれのフィギュアスケーターにポンメルンのスラヴ人がいるのか?

〓かつて、スウェーデン、デンマーク、ポーランド、ロシアなどは、バルト海の覇権を争って、戦争をくりかえしていました。地図で見ると、スカンジナビア半島、すなわちスウェーデンの南の突端は、ポンメルンに向かって突き出しています。17世紀、スウェーデン軍は、三十年戦争を期に大陸側に攻め込み、西ポンメルン地方の海岸部──フォアポンメルン Vorpommern を獲得します。
〓実は、これが重要なんです。このフォアポンメルンという地域には、Klein Bünzow 「クライン・ビュンツォー」 という集落があり、この集落の一地域の名前を

   Salchow ザルヒョー

と言うのです。そして、明らかに、この地域の出身者が名乗った姓が Salchow です。


〓この 「ザルヒョー」 も、17世紀にスウェーデン領に入っています。フォアポンメルンがプロイセン王国に戻るのは、19世紀初頭のウィーン会議によって割譲が決定されてのちです。その間、ほぼ200年間、フォアポンメルンはスウェーデンのヨーロッパ大陸に置ける重要拠点でした。
〓この200年間に、スウェーデン人となって、ストックホルムに移住した 「ザルヒョー」 さんがいたとしても何の不思議もないですね。


〓つまり、今、世界で 「サルコウ」 と呼ばれ、また、スウェーデンでは 「サルコヴ」 と呼ばれるスウェーデンのフィギュアスケーターの先祖は、17~19世紀のいずれかの時期に、現在のドイツのフォアポンメルン地域から、スウェーデンに渡った、もとはプロイセン人の 「ザルヒョー」 さんとして暮らしていたスラヴ人だった、と考えて、まず、間違いありません。
〓残念ながら Salchow の原義はわかりませんでしたが。


〓ややこしいですから、「サルコヴ」 さんの先祖のたどった歴史をまとめてみましょう。


   スラヴ人の故郷から北西に移動を始める
     ↓   ※故地は、カルパチア山脈東麓、ポーランド南部という。

     ↓
   バルト海沿岸に定着する (ポンメルン)
     ↓
   神聖ローマ帝国、プロイセンとドイツ人の支配を受ける
     ↓   ※このあいだにドイツ語化する。

     ↓
   スウェーデンの支配を受ける (フォアポンメルン)
     ↓   ※このあいだにスウェーデン語化する。

     ↓
   バルト海を渡りストックホルムに移住する
     ↓
   子孫の1人がフィギュアスケーターになって新ワザを生み出す
     ↓
   「サルコウ」 という名前が世界に轟く



〓こんな感じです。現在、ドイツ領のポンメルンでは、ポメラニア語は死滅しました。ポーランド領の東ポンメルンでは、わずかながらに話されていて、その言語を、現在では 「カシューブ語」 と呼びます。
〓先だって、過去の経歴で物議をかもしたドイツの作家、ギュンター・グラスは、カシューブ人の血をひいています。


〓ところで、ドイツ語の 「ポンメルン」 Pommern とか、英語の 「ポメラニア」 Pomerania といった地域名は、そもそもスラヴ語なんです。ポメラニア語で何と呼んだのかはわかりませんが、ロシア語で言うところの

   поморье pomor'je [ パ ' モーリエ ]
     по po 「~に沿った」 море morje 「海」  -ье 'je 「場所」


という単純な地名ですね。


〓ロシアでは、「サルコウ」 は、まるでロシア人の姓のごとく、

   Сальхов Sal'khov [ ' サりはフ ]

と呼んでいます。

〓先ほど論じた Szolkowy という姓も、サルコウと同じ 「ポメラニア語→カシューブ語」 が起源であろう、と思われるわけです。