私も弟も小さいとき。「ヤンチャー」は我が家の一員となった。
なんとも小さく可愛らしい「ヤンチャー」。
あれから何年経ったのだろう・・・
「ヤンチャー」はどんどん大きくなった。みんな見ると「大きいね~」と必ず言っている。
大好物は煮干。でもカエルも食べることも確認している。
人の足の裏やお尻が好きらしく、よく近づいてきた。寝床は押入れの奥深く。
マンションの4階から転落したこともあったが、近所の幼なじみにより無事救出された。
そんな「ヤンチャー」は、いつのまにか邪魔者扱いされてしまっていた・・・。
3月・・・いつもなら春になると力強く元気に動き回る「ヤンチャー」。
そして大好物の魚を食べ、ボーっと日に当たっている。
しかし、今年の春は違っていた。元気に動き回るものの魚を食べようとしない。
私は「絶対おかしい」と思ってはいたものの、どうすればいいのかも分からないし
親もそこまで心配はしてないようだった。
そして、23日・・・私は友達の家で飲んで帰宅すると、突然告げられた。
「ヤンチャー」は約15年という短いようで長い、長いようで短い生涯を突然終えてしまったのだ。
タオルにくるまれている「ヤンチャー」は生きている時と何も変わらない姿でタオルにくるまれていた。
もしかしたら寝てるだけかも・・・なんて思ってしまうぐらい。いつもの「ヤンチャー」と同じ姿がそこにある。
しかし、足を触っても頭をなでても嫌がらない。そう、やっぱり死んでしまったのだ。
その夜。私は一人、布団の中で声を殺して泣いてしまった。
何の世話もしてない、何の愛情も注いでなかったというのに・・・。
数少ない「ヤンチャー」との思い出を振り返っていると
目からは何度も涙がこぼれ、鼻水が出て、布団はどんどん湿っていった。
そばにいるのが当たり前の存在だったので、うっとうしいと思うこともあったが
本当にいなくなると、なんだか寂しいものだ。
24日・・・私は学校に行く途中にも「ヤンチャー」の事を思い出し、少し泣いてしまった。
その日1日、私はなんだかセミの抜け殻のようになってしまっていた。
「体」という殻は頑張って絵を描いているものの、「心」はどっか遠くへ飛んでしまっている。
そんな私を心配してくれたのが、やっぱり友達。
元気のない私を見て、友達が困った顔で心配してくれている。
それを見て「これ以上心配をかけては悪いな~」と思い、何とか立ち直ろうとした。
25日・・・「ヤンチャー」は同級生のお寺で供養されることとなった。
公園に埋めるわけにもいかなくて困っていたので、これで一安心だ。
そして、夜。母と弟に連れられて、「ヤンチャー」は我が家を去った。
生きているものは、必ず死が訪れる。
そして、私たちはいつ死が訪れるか知ることが出来ない。
もしかしたら明日かもしれないし、10分後かもしれない。
「ヤンチャー」の死により、私は命、人生についてもう少しいろいろ考えてみようと思った。