◆Amebaブログ◆ににんさんきゃく 【 “二人三脚” の 《一挙手一投足》(記録簿) 】

今、話題の幅広いテーマ(お題=クチコミネタ)について、自分なりの考え・想い・価値観を綴っていければ、、、


テーマ:

ブログネタ:好きなJリーグの選手は?

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こんにちは。クチコミ番付運営局ダニーですあし
こないだナビスコカップの決勝見てたら、なんだかJリーグがアツい気がしてきましたビックリマーク


  ガンバ大阪 1-0 川崎フロンターレ なかなかの好ゲーム!


  プロ野球と異なり、関西勢が優勝できて嬉しさもひとしお♪


  安田理大(決勝戦で、プロ初のゴールが決勝ゴール)が、

  MVP&ニューヒーロー賞のダブル受賞

  これは、田中達也(浦和)に次いで二人目の快挙。


  ドリブルでの突破力、得点力に優れる攻撃的MF。

  右利きながら左サイド担当。サイドバックとして定着し、

  思い切りのいい攻め上がりを見せている。

  今後の更なる活躍に期待!!


ダニーはもともと、Jリーグが大好きっこでしたサッカー


  toshiはやっぱ国際試合にばかり目が向いてしまって、、、

特にヴェルディ全盛期のキングカズ王冠2に憧れてましたひらめき電球
カズダンスをよく真似したものです男の子


 以下、プロフィール、プレイスタイル、語録は『ウィキペディア(Wikipedia)』

 から抜粋しています。

三浦 知良(みうら かずよし、1967年2月26日- 静岡出身) 「キングカズ」「カズ」


日本プロサッカー界におけるパイオニア的存在で、現役最年長選手。

日本人最高の20得点を記録しヴェルディ川崎を初代チャンピオンに導き、Jリーグ初代MVPを受賞した。日本リーグとJリーグを跨いで年間最優秀選手に輝いた。


[プレイスタイル]


代表やクラブで全盛期を迎えていた頃からのメンタリティの強靱さは健在。現在Jリーグでベテランらしい読み、熟練した体の使い方等は若手選手の模範と言える。得点の減少により出場時間は大幅に減ったものの、積極的にプレスを掛け守備を安定させる役割を務めている。


[語録]


「悲しみはいつか癒えていくのかもしれない。でも、傷って消えることは無いんです」

 (1997年フランスW杯アジア地区最終予選開始前、「ドーハの悲劇について今どう思いますか?」と質問され)
「成功した時にスポーツ紙の一面になるのは普通の選手。失敗した時にスポーツ紙の一面になる選手は限られている。一面で失敗を取り上げられ叩かれることに誇りを持てばいい」

 (1998年柔道の田村亮子選手が、イチロー選手との対談で「KAZUさんに言われたこの話を思い出すと心強くなる」と語った)
「日本代表としての誇り、魂みたいなものは向こう(フランス)に置いてきた」
 (1998年6月フランスW杯メンバーから漏れての会見で)
「日本も世界なんですよ」(記者の「日本は世界を相手に戦えますか?」との質問に対して)


 ※日本サッカーに与えた影響力は計り知れませんね。いまだ現役凄すぎ。

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あとは、名波とか好きでした。
韓国戦でのループシュートが忘れられませんべーっだ!(←古い?)

名波 浩(ななみ ひろし、1972年11月28日- 静岡県出身)


ポジションはミッドフィルダー。Jリーグのジュビロ磐田に長らく所属し、2006年途中でセレッソ大阪、2007年シーズンより東京ヴェルディ1969に所属。一時イタリアのACヴェネツィアにレンタル移籍していた。日本代表にもたびたび選出されフランスワールドカップにも出場した。Jリーグでベストイレブン賞を4度受賞している。


[プレイスタイル]


ほとんどのパスを左足から出すゲームメーカー。右足ではほとんどボールを扱わず、右サイドに流れた時にでも無理やり左足でセンタリングを上げることもある。「右足でパスを出すときは、むしろゲーム運びがうまくいっていないと見たほうがいい」(名波談)とも言える。

入団当初は2列目の攻撃的な位置でプレーしていたが、代表やドゥンガ退団後の磐田では中盤の底に位置して、ゲームの流れを作り出す役目を任されている事が多い。

近年は2001年の膝に負った怪我の影響で連戦に耐えられないという噂もあるが、本人は2003年に行われたトークライブの際には「俺のコンディションよりも、むしろピッチコンディションが問題。それさえ整えばできなくはない」ともコメントしている。


 ※俺のコンディションよりも、むしろピッチコンディションが問題と言ってのけられるのがスゴイです。  

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左利きだと、中村俊輔も好き。

中村 俊輔(なかむら しゅんすけ、1978年6月24日 - 神奈川県出身)


スコティッシュ・プレミアリーグ、セルティックFC所属。ポジションはミッドフィールダー。


[プレイスタイル]


2列目から攻撃を組み立てることを好む。正確なボールコントロールでボールをキープし、非常に精度の高いロングパスを前線に供給し、ゲームを創る。また、プレースキックの名手であり、卓越した技術によって、鋭く曲がるボール、急激に落ちるボールなど多彩な球種を蹴り分け、こぼれ玉に味方を詰めさせることを目的としたキックや、ゴールまで30m前後の位置から直接得点する能力も高い。


[語録]


「悔しいと思ったら、また強くなれると思う」
「いつか…、ワールドカップに出られなかったことが良かったと思えるくらい上手くなる」


 ※フリーキックが曲がる曲がる。華麗な技の魔術師!

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ちなみに、名波は今ラモス監督の下、ヴェルディでがんばっているとか。

ラモス 瑠偉(ラモス ルイ、Ramos Ruy、1957年2月9日- ブラジル出身)


日本の元サッカー選手、サッカー指導者。現東京ヴェルディ1969監督。


[プレースタイル]


技術・攻撃的能力が高く、FW、攻撃的MF、ボランチと中盤から前ではどのポジションでも一流の実績を残した。日本リーグ時代のプレー振りからドリブラーの印象も根強くもたれているが、本質的にはパサーであり、当時の同僚たちは「ラモスのように正確でやわらかいパスを出せる選手はその後現れていない」との言葉を残している。

元々DFだったため守備的能力も高い。最も印象的な(得意な?)プレイは、中盤で相手のパスを奪ってそのままダイレクトに素早く縦パスを出すもので、93年のドーハの悲劇の時、韓国戦で取ったカズの得点は、ラモスのこのカウンター気味のパスから生まれた。また、スライディングタックルの名手でもあり、ドリブルする相手選手の斜め後方からトップスピードでスライディングタックルを仕掛けてもファウルを犯さずボールを奪える技術を持っていた。


[語録]


「俺のポジションを取ろうとする奴は足の骨を折ってやる。」
「日の丸の付いたユニフォームを着るなんて本当に夢のようだった。嬉しくて涙がこぼれたよ。」
「カミサマ…。」(ドーハの悲劇で同点ゴールを決められた瞬間に天を仰ぎ)
「みんなタレントだよ。笑い顔で。タレントばっかり」(大事な試合で負けた日本代表を解説でこう表現した)
「シュート外して笑うなよ!」「ガム食うなよ!」「戦争なんだよ! ワールドカップは!」(フランスW杯での日本敗戦直後にNHK有働由美子アナウンサーの「でも、みんな頑張りましたよね」などのフォローを一切無視して、熱く叱咤した)
(ヴェルディでの初采配となった2006年3月4日J2第1節徳島ヴォルティス戦勝利の記者会見で)「嬉しいんだけど、喜んでいない。喜んでいるんだけど、嬉しくない。何言ってるかわかんないね(笑)」


 ※ヴェルディ創成期を思い出します。あの喋り好きです。

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現在、ヴェルディはJ2で2位。
もうちょっとで、J1への昇格が決まりそうですチョキ
昔のような、王者ヴェルディになってほしいですベレーザエンブレム

  かつての読売ジャイアンツのように常勝チームになって、

  アンチ・ヴェルディという名のヴェルディウォッチャー(ファン)

  が生まれるくらい強いと、Jリーグが凄く盛り上がったように

  想えてなりません。


そして、もっとJリーグが盛り上がるといーのにメラメラ

  そうですね、国際試合以外でも盛り上がるといいですね。

ダニーみたいに好きな選手がいると、応援とかも気合が入って、盛り上がりますよね!?

  やっぱり、試合を通常のテレビでなかなか観る事ができないので、

  一部の有名な選手を除いて、判りませんよね。


みんなが好きなJリーグ選手は誰ですかはてなマーク
往年の名スターや、最近のイケメン選手、ベタに日本代表の選手でもOK

好きなJリーグの選手をブログで教えてくださいビックリマーク
そしてみんなでJリーグを応援しましょうアップ


小野 伸二(おの しんじ、1979年9月27日 - 静岡県出身) 「天才」


ポジションはミッドフィールダー。2001年7月から2006年1月までオランダの1部リーグ(エールディヴィジ)チームフェイエノールトに所属。2006年1月から古巣の浦和レッズに復帰。


[プレイスタイル]


同じサッカー選手からも天才と賞賛される選手であり、「ボールと会話できる選手」と言われるテクニックを持っている。
基本的にはパサーであるが、細かなボールタッチからみせる巧みなドリブルやワンタッチで相手をかわすなどのプレーを簡単にこなす。
日本屈指の逆足使いで、高い精度のシュートやボレー、クロスを蹴ることが出来る。また利き足に持ち替えようとする動きもほとんど無い。
ダイレクトプレーは彼の代名詞でもあり、その判断力は味方さえもついていけないときがあるほどである。ボールキープ力も高い。
オランダ挑戦を果たす前は、トップ下の攻撃的ポジションで得点によく絡んでいた。
オランダ・フェイエノールトではチーム事情もありボランチとして起用され、類稀な視野の広さを生かして「ベルベット・パス」とも称される正確なパスを供給し、ボランチとしても才能を発揮した。このレジスタ的ポジションの経験は、パスセンスに更なる磨きを掛けた。守備面では課題が残る。
ペナルティエリアの外からゴール隅をふわりと狙う独特のミドルシュートはフェイエノールト所属当時月間ベストゴールにも選ばれており、高い精度とキーパーのタイミングを外す技術を兼備えている。
「豪快なシュートより技ありのシュートが好き」と話すようにループシュートなどの得点が多い。


 ※「天才」「ボールと会話」の技ありなプレーをもっともっと観たいです。

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井原 正巳(いはら まさみ、1967年9月18日- 滋賀県出身)


1990年代の日本サッカー界を代表するディフェンダーで、その高いディフェンス能力から「アジアの壁」の異名をとった。2002年に現役引退。2007年現在はU-22日本代表アシスタントコーチを務める。家族は妻(1993年結婚)、第1子(男子、2006年出生)、愛犬(ゴールデン・レトリバー)。

ワールドカップへの挑戦は3回。1990年イタリアワールドカップアジア予選に始まり、94年アメリカワールドカップのアジア予選ではあと一歩のところでW杯出場権を逃す「ドーハの悲劇」を経験。1998年のフランスワールドカップアジア予選でイランとの第3代表決定戦を制し、日本のW杯初出場へ導いた。

引退後はNHKサッカー解説、TBSラジオ番組『スポーツBOMBER!』パーソナリティー(2003年度から下半期・木曜日担当)、日本サッカー協会認定のJFAアンバサダー、びわこ成蹊スポーツ大学客員教授、公共広告機構・骨髄バンクCMなど各方面で活躍する傍ら、S級ライセンスを取得し指導者の道を歩んでいる。また日本各地の少年サッカー教室に参加するなどサッカーの普及にも力を注いでいる。2005年には洪明甫と

共に日韓親善大使に選ばれた。


[プレースタイル]

冷静な判断に基づいた的確な守備と、絶妙のタイミングで仕掛ける攻撃参加が特色。洞察力、前線への正確なフィード、1対1の局面でのフィジカルコンタクトの強さと、全てを兼ね備えた守備は元韓国代表の洪明甫と共に「アジアの壁」と称された。

長い現役生活の間に日本サッカーは急激な変化を遂げたが、その間の戦術やプレーの変化にも対応し、日本代表出場試合数は122と、歴代1位を誇る。


 ※「アジアの壁」日本代表出場試合No1。toshiの地元滋賀県出身!!

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中田 英寿(なかた ひでとし、1977年1月22日- 山梨県出身) ヒデ


元日本代表。現在は世界各地を旅している。


[プレースタイル]


瞬時に周囲を見渡せる視野の広さと抜群のスタミナと強靭な精神力を持つ。トップ下、ボランチ、ウイングなど、中盤の様々なポジションをこなし(本人はセンターハーフと答えていた)、特にトップ下でのプレーを好んでいたが、多くのトップ下の選手に特徴づけられる、ファンタジスタと言われる一瞬の閃きによるプレーというよりも、リアリストと言われる予測や合理性に裏打ちされた独特のプレースタイルであると言われている。

論理的に考えること」が中田の突出した能力である。戦術理解状況分析と修正コーチングスペースメイキングの様に、目に見えない「考える」プレーのクオリティが非常に高く、90分を通して集中を途切れさせることなくチームを牽引しながら攻撃を組み立てた。自分の考えを明示する中田は試合中に大声で要求や指示を出すが、特に日本代表の試合では、常にチームメイトを鼓舞し、叱責し、檄を飛ばす姿が目立っていた。しかし、自らは悪質なファウルを受けてもすぐに立ち上がり、淡々とプレーを続ける選手であった。

中田の最大の武器は相手ディフェンスを切り裂くスルーパス。スピードとコースの正確性からキラーパスと称された。インサイドから繰り出されるパスも、スピードとコースの正確性において世界でも数人しか出来ない高レベルのプレーであり、また、空スペースの察知力に優れ、アシストのみならず二列目からの飛び出しによるゴールも数多く決めている。

これらの能力は、フィジカルコンタクトの強さ、優れたボディバランス等をベースにした抜群のボールキープ力によって、自らドリブルして相手DFを引き付け、空いたスペースにスルーパスを出す中田の特徴的なプレーや、縦への早いビルドアップを展開するプレースタイルを造っていた。ちなみにボローニャ時代のチームメイトからは「中田は銀行。中田に預けておけば安心」と賞賛された。

また、プレイスキックの名手でもあり、壁の足元を抜ける地を這うような低い弾道を得意としていた。「よっしゃあー!」と雄たけびを上げてガッツポーズを見せた、コンフェデレーションズカップ2001オーストラリア戦におけるフリーキックでのゴールが印象的である。


 ※良きリーダー(プレイングマネージャー)。旅を経て日本の指導者としての活躍に期待!

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中山 雅史(なかやま まさし、1967年9月23日- 静岡県出身)「ゴン」「ゴン中山」「(ゴン)中山隊長」


ポジションはフォワード。ジュビロ磐田所属。Jリーグ選手協会名誉会長。日本代表にも選出され、フランスワールドカップ・日韓ワールドカップにも出場した。Jリーグ(J1)最優秀選手賞1度受賞、得点王2回、ベストイレブン4度受賞。


[プレースタイル]


一番の強みは諦めないプレースタイル。ギリギリのボールにも反応してゴールしようと試み、少々のトラップミスも自らすぐに取りに行くプレーなど、当たり前のことができるプレイヤー。オフ・ザ・ボールの動きが良く、ゴールへの嗅覚が鋭い。日本人の中では泥臭いゴールが最も良く似合う「何かをやってくれそうな」ストライカー。

戦術眼もあり、パートナーを選ばない適応力の高さを持ち、また自己管理に務めて数々の負傷を乗り越えて数々の記録を作ってきた。サッカー選手のフィールドプレーヤーの寿命は30代前半とよく言われるが、30代半ばを超えてもなおプロとして活躍する息の長さも魅力である。年齢を重ねるにしたがって若い頃のスピードはなくなったが、今度は巧みなポジショニング・動きでスペースを作り出したり、依然として強さを発揮する空中戦のポジショニングでチャンスを生み出すなど、プレーの奥深さは増していると言える。ただ、さすがに衰えもあるのか「フィールドを縦横無尽に駆け回る」と言われた運動量も近年は減った。また常にスタメンフル出場ということも少なくなり、途中交代での出場も増えた(カレン・ロバートや前田遼一といった若手の台頭もある)。

キャプテンシーの強さ、負けず嫌いな性格などチームを引っ張りつづけるだけのメンタル面の強さも特筆される。長く日本代表にとっても精神的支柱であった。そして、今でも名波浩が「中山魂」と言うようにジュビロの魂であり、ジュビロの精神的な柱である(なお、1996年からジュビロのチームキャプテンである。一時はゲームキャプテンも兼ねており、アジウソン体制になってからは、先発時は再びキャプテンマークを巻くようになった)。


[ゴン中山名(迷)言集]


「蝶のように舞い、蜂のように刺す!」('93年W杯最終予選の合宿中、テレビカメラに向かって放ったモハメド・アリの名文句)
「オフト、俺はおまえを信じている。だから、おまえも俺を信じろ!」(オフト・ジャパン時代の代表合宿で、オフの時間を取材するテレビカメラに向かって放った言葉。スーパーサブとして活躍するものの、なかなかスタメン起用されないもどかしさに、ジョークの中に本音を込めていた。語る口調と姿はかなりコミカルなものであり、周りにいた代表選手は大爆笑していた)
「全然ですよ。カズさんのほうが、全然下です。あっ、そんなことないです」(「カズさんを超えたという話がありますが?」と聞かれて)
「勝ちたいんじゃなくて、負けるわけにはいかない」('93年のJリーグについて)
「本当に来ちゃったんだよね。サブにならないように、一生懸命ガンバリマス」(オフトのジュビロ監督就任を聞いて)
「Jリーグ!オレが行く前にファンをがっかりさせるなよ」(ジュビロがJリーグ参加した直後のインタビューで)
「オレが岡部の中山だ!」(ドーハの悲劇直後、出身地岡部町の慰労会で)
「僕がアンポンタンです!」(Jリーグの試合中、チームメイトの鈴木秀人選手が審判に対して「アンポンタンがっ!」と暴言を吐き、審判がカードを出そうとした時のとっさの機転の一言。思わず審判も笑ってしまい、カードは出さなかったという。セリフは「いかれポンチ」という異説あり)
「カズさんのユニフォームの下には嫁さんのブラジャーを…」('97年W杯アジア最終予選の土壇場で代表復帰した中山はカザフ戦でゴールを決め、自分のユニフォームの下に着込んでいたカズ(この試合出場停止)の11番を見せた。この行為には賛否あり、本人も後に「やってしまったことは仕方ない」と語っている。無論、ブラジャー云々はウソ)
「来た!」「アルゼンチンかぁ」(W杯ドイツ大会の抽選会で、アルゼンチンとオランダが同組になった時思わず発したセリフがマイクに拾われ、そのまま配信されてしまった)
「彼のプレーする姿勢や練習する姿勢の中から学ぶものも多くありました」(中田英寿の引退を聞いて)
「(自分に)技術を置いてけよ!って言いたいね」(中山よりずっと年下で優れた技術を持つはずの選手達が30歳そこそこの若さで次々と先に引退していく現状を見て)


 ※あのキャラクター!発言、そして気合溢れるプレー!!

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川口 能活(かわぐち よしかつ、1975年8月15日- 静岡県出身)


ポジションはゴールキーパー。Jリーグのジュビロ磐田所属。

21歳でフル代表に選出され、現在も活躍する日本を代表するGKの1人。


[プレイスタイル]


GKとしては小柄であるが、ゴール前での果敢な飛び出しと俊敏な反応が武器である。大舞台での極限状態に滅法強く、研ぎ澄まされた集中力でスーパーセーブを連発する。PKストッパーとしても名高い(本人曰くPKを止めるコツがあるらしいが「企業秘密」を貫いている)。また、素早く正確なフィードで攻撃の起点になる。


 ※まさに日本の守護神!大舞台で大活躍できるのが素晴らしい!

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宮本 恒靖(みやもと つねやす、1977年2月7日 - 大阪府出身)

現在、レッドブル・ザルツブルク所属。ポジションは中央のディフェンダー(センターバック)。
座右の銘は、『Seize the day』(今を生きろ)で、中学時代に観た『いまを生きる』という映画から。


[プレースタイル]


危機察知能力に優れ、判断の早さとカバーリングに秀でる。3バックのセントラルでのプレー経験が長く、トルシエが日本代表に持ち込んだ『フラット3』の理解者としてそのライン統率力が最大の武器である。近年はフィードやセットプレーからのチャンスメイクにも積極的で、随一のキャプテンシー・シップを誇り、年代別代表からA代表に至るまで、長くキャプテンを務めた。


 ※守りの管理監督者。キャプテンシー・シップは極めて貴重!

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大黒 将志(おおぐろ まさし、1980年5月4日- 大阪府出身)「大黒様」「大黒神」
Jリーグからフランス2部リーグへ、そして世界3大サッカーリーグの一角、イタリア・セリエAへ。ポジションはフォワード。大黒三兄弟の次男でプロを目指す大黒聡の1つ上の兄である。

[プレイスタイル]


右足、左足、ヘディングと豊富なシュートの形を持ち、オフ・ザ・ボールの動きが特に優れており、ボールを受ける前のボディシェイプなどはまさに教科書通りとも言えるものでサッカー選手としてよい手本といえる。また、ドリブルやパスなども器用にこなす。ミッドフィルダーとしての経験もある。積極的にシュートを打つ選手であり、Jリーグ時代は他の日本人FWの倍以上のシュート数を残している。


 ※器用さがいいです。大黒三兄弟の次男ぐぁんばれ。大舞台での活躍を期待!!


平山 相太(ひらやま そうた、1985年6月6日 -  福岡県出身)


FC東京所属のサッカー選手。ポジションはフォワード。長崎県立国見高等学校卒業。筑波大学中退。


[プレースタイル]


FWとしては致命的な運動量不足で守備意識も低いが、日本人離れした192cmの長身で打点の高いヘディングシュートが最大の武器。またスピードが遅い様に思われるが、それはそのでかさによる相対的なもので、実際は6秒台で速い方である。長身の割りには足元の技術が水準以上で、並の選手なら届かない位置のボールを巧みにトラップし、前線で攻撃の基点を作るポストワークも得意とする。


 ※これからに大いに期待しています。


[関連リンク]

Jリーグ公式サイト  ・Ameba Verdy


★6/1【キリンチャレンジカップ2007】スタート!!!

http://ameblo.jp/nininn2sannkyaku3/entry-10035267800.html

以来久々のサッカーネタでした。

  皆それぞれの持ち味を出して
  元気に怪我なくぐぁんばって欲しいです。

  のあるプレーを観たい!


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