「『いるかも知れない』って程度じゃ、あてにするワケにはいかないね」
「……」
「いるかどうかあやふやな存在に祈るのは、確固と存在しているこの現実でできることを全て尽くした後にやるものだよ。『天は自ら助くるものを助く』――聖書の一説らしいが、まさにその通りだと私はは思う。自助努力もしないくせにただ祈ってタダで救ってもらおうなんて、図々しいと思わないかい? 特に、私たちのような医療関係者が神頼みかい?」
「……でも」
「キミが言わんとすることは、良くわかるよ。例えば大災害なんかで人間の力ではどうしようもない事態に陥った時、神様仏様と祈るのをたしなめることは私だってしないよ。毎日熱心に神様に祈りを捧げることが無駄だとも思わない。あの頃伸子さんが、毎日神社にお参りに行っていたことを意味が無いことだったなんて露とも思わないさ。でも、ソレとこれとはちょっと違うよね」
「……はい」
「ああ、別に責めているわけじゃない。私自身試験前には何度ヤマを張っては神様に祈ったことかわからないし、初詣は毎年行っているしね。でも、医者になって以来医療関係ではキッパリそういうことはしなくなった。難しい手術に臨むにあたって、1パーセントの可能性を信じることだってあるし、その1パーセントを5パーセントに増やすためにあらゆる手を尽くす。けれど、いるかいないかハッキリしない神様が起こしてくれるかどうかわからない奇跡は期待しないし、してもいけないと私は考えているんだ」
「……そうですね」
口では同意しながらも、私の断定した意見は彼女の望んだものとは異なっていたのだろう。水島さんの瞳に僅かに不満の色が現れて、消えた。
しかし、それもまた仕方ない。彼女は私とは別の人間なのだから、私と全く同じ意見を持つことはない。私の意見など糧とすればよろしい。いずれは自分の確固たる何かを掴むことができるのであれば。
水島さんは午後の準備があるからと、診察室を出て行った。
ひとりになって温いお茶を啜りながら、彼女に語ることなかったもう一つの考えをぼんやりと思い浮かべる。それは医学とはまた別の次元での考えだ。
キリスト教において、自殺は許されざる罪である。神に与えられた命は同時に尊き試練でもある。それに勝手に幕を下ろすことは大罪だからだ。当然、自殺者は天国に行くことはできない。
だが、神様はそこまで器量の狭いものでもないだろう。何せ、幼子を迎える役を、早くに亡くなった父親に任せるくらいだから。
だったら愛する家族を求めて、両親と弟を残してでも自らもあちらを目指した哀れな女性の一人くらい、天国に受け容れてくれたっていいではないか。か弱き人間にとっては、辛すぎる現実に包まれて生きるよりも死を望んだほうがマシな場合というのもあるかもしれないのだ。医者にあるまじき意見かも知れないが、私はそう考える。
いずれにしたって、当の小山伸子は既に他界してしまった。だったら私が彼女にしてやれることなどもうない。
だが、私は医者で、この世にまだ生きていて、神様も仏様も当てにはできないのだ。死にたくないのに死に瀕している人間がいて、私の元へと運ばれてくる。だから私は全力で精進し全力で患者に向き合う。
それ以外のことはできないし、あの世のコトなんか守備範囲外だ。美都子ちゃんの後にも何人もの患者を診て、力及ばなかったこともあれば、救えた者もいた。その全てを糧として、私は次の患者へと向かうのだ。
救うために。
院内に、昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響いた。ほとんど同時に水島さんが戻ってくる。明日手術予定の青年は、奇しくも美都子ちゃんと同じ症例だ。進行もそれほどではないし、あれから私だって腕を増した。油断も慢心もしないけれど、彼は間違いなく私の手で救ってみせる。
私は例の手紙を机の引き出しに仕舞うと、一言だけここにはいない伸子さんに、さようなら、と呟き――
私を待つ患者の許へと歩き出した。
了